▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『血みどろ赤頭巾ちゃんの錆びた夢 』
橋場 アイリスja1078

 むかしむかしの、おはなしです。

 あるところに、ふんそうにまきこまれた、すなのまちがありました。
 そこはすなあらしがときどきふく、せんじょうでした。

 ばきゅーん、ばきゅーん。

 せんじょうにはいつでも、あさでもよるでも、てっぽうのおとがひびいていました。
 そんなじゅうせいにまぎれて、うわさばなしが、ひとつ。
「しってるかい、このまちには、あかずきんちゃんがいるんだよ」
 いつからか、だれかが、いいはじめたふしぎなおはなし。
「あかいふくに、あかいめに、かえりちであかくぬれたかみのけで、ちぬれたあかいけんをもった、おっかないばけものさ――」


 ――むかしむかしの、おはなしです。


 ZIP ZIP.
 弾丸が砂塵を突き破り、誰かの肉を食い破る音は、橋場 アイリス(ja1078)
にとっては慣れ親しんだ音だった。
 しかし、年端もゆかぬ幼い少女が戦場にいるなど、俄かには信じ難い光景だった。あまりにも不似合いである。あどけなさが残る顔も、銃が主流の時代であるのに、その手に握った武骨な大剣も。
 その上、戦場にいるというのに彼女のいでたちは防具すらまともに着けていない赤い服。頭にはヘルメットも着けず、伸ばしっぱなしの銀の髪が硝煙臭い風にたなびいた。

 ただただ、爛々と輝いているのは赤い双眸。
 ゆらゆら、その身から立ち上るのは血色の霧。

 あまりにも――異質。

「……」
 唇を一文字に結んだアイリスは死人のように何も語らず。死人のように無表情。死人さながら。幽霊のよう。
 冷え切った指先で少女は剣を握り直した。
 一陣の風。晴れる砂塵。
 その彼方に布陣している、兵隊達。

 ゆら、り。

 標的を見つけた少女が、地を滑るように走り出す。
 弾丸めいた速度だった。一瞬で手近な兵士へ間合いを詰めたアイリスが、擦れ違い様に切っ先で咽をひと撫で。咽を裂いた剣の勢いをそのまま、もう一人の体を袈裟掛けに両断。更に踏み込みながら返す刃で、別の兵士の首を刎ねる。

 全てが一瞬の出来事で、兵士達には何が起こったか全く理解できなかった。
 ただ、気が付けば周りが血の海で、バラバラになった仲間の破片が散らばっていて、血溜まりの真ん中には――返り血に染まりきった少女が、彼等を見ていて。

「出たぞ……『Little Red-Cap<赤頭巾>』だ!」

 それはこの町の兵士達の間で語られる『噂話』。
 大きな剣に赤い服、赤い目をした少女。
 出遭った全てを殺し尽くす、血塗れた死神。
 兵士達は面白半分で、彼女を赤頭巾と冗句でたとえた。
 けれど誰もが、信じ難いと思いながらも、理解している。

 それは噂などではない、紛れもない真実であるのだと。

「殺せ! 殺せ!!」
 狂乱交じりに叫ばれた声は、がなる銃声に掻き消えて――それすらも、剣が肉を裂く音で消え果てた。

 ふう。ふう。

 見開かれた少女の目は充血している。
 剥き出した歯列。犬歯が吸血鬼のように尖っている。
 立ち上る戦気は、彼女の髪をざわざわと波打たせていた。
 びきびき。肉を骨をオーバーヒートさせ、アイリスは『暴走』する。
 その力は『滅茶苦茶』と形容するのが最も当てはまっていた。

 未熟な撃退士としての不完全なアウルの力。
 覚醒しきっていない半吸血鬼<ダンピール>としての不完全な悪魔の力。

 いずれもアイリスは使いこなせていなかった。未完成にまみれていた。
 溢れる超常の力をただただ、ただただ、本能的に暴走させる。
 それらはデタラメな力を齎すけれど――体への負担も、計り知れない。

 びき、びき。
 ぎし、ぎし。

 軋む。痛む。苦痛。眩暈。吐き気。熱い。
 ぼぐっと嫌な音がしたのは、制御しきれぬ力で剣を振り回した為に肩の関節が外れた音だ。
「がッッ――」
 脳を駆けた激痛。
 今だ、殺せ、殺せ、殺せ、周囲の音。銃声。銃声。
 見開いたアイリスの目に映る、数え切れぬ弾丸。

「――〜〜〜っぁァ゛アアあ゛ぁあ゛ア゛!!」

 バケモノじみた咆哮。
 バケモノじみた動き。
 並外れた動体視力、桁外れの身体能力。
 噴き上がるアウルの赤い霧。
 アイリスは四方八方から飛んでくる弾丸を掻い潜る。弾丸をものとせず敵へ肉薄するその姿は、バケモノに他ならない。
 力尽くで外れた関節をはめ直したアイリスが再び剣を振り上げた。
 赤黒い軌跡を残すそれを振るえば、巻き起こる血飛沫が更なる赤を添える。
「ひっ……」
 バケモノ。そう言いかけた兵士の目に映るのは、アイリスが振り上げた血塗れた剣と、そして――


 ――狂気に輝く、透き通った真紅の瞳。


「凄まじいですね」
 遠巻きから状況を監視していた部隊は、『傭兵<アイリス>』の戦果にそう零した。
「ただ運が良いだけの馬鹿だ」
 別の者が鼻で笑う。紛争続くこの地では、天魔やアウルといった情報よりも軍事情報の方が優位が高い。
「まぁ、仕事をキッチリやってくれる点は評価するが」

 まもなく、逃げた者以外を皆殺しにした少女が、返り血を滴らせながら雇い主のもとへ戻ってきた。
 ぴちゃ、ぴちゃ、落ちる血糊。けれどその中にアイリスのものはない。
 白い肌も、銀の髪も、そして剣も、全てが赤く湿っている。

 その姿は正に『赤頭巾』。

 ふらつくように歩く少女の周りに人はいない。話しかけられる声もない。誰もが恐れるような蔑むような目を向けて、黙ったままアイリスから距離を空ける。
 そして当のアイリスも味方へは全く興味を示さず、目もくれず声もかけず。黙ったまま雇い主から報酬金を受け取ると、やはり黙ったまま踵を返した。

 異様に静まり返った一帯。砂嵐を運んでくる風と、遠くの兵器だけが音をたてる。
「やれやれ、我が軍が金欠でなくて良かったよ。あんなバケモノを紙幣<紙切れ>で飼い慣らせるのだから」
 少女が見えなくなった頃、兵士の一人が呟いた。







 暗い部屋。
 ドアが開き、閉まる音。よろめくような足の音。
 どしゃ。響いたのは、金が詰まった鞄を八つ当たりめいて放り投げた音。
 ぼふ。柔らかい音は、少女がベッドに倒れこんだ音。
「……」
 うつ伏せたまま。全身に乾いた血糊。血腥い。
 少女は暴走後の傷む手指でシーツを弱々しく握りしめた。
「――、――、」
 呟いたのは父の名と、妹の名前。死んでしまった二人。
 アイリスは一人ぼっち。家族も友も、居場所もない。
 教わったことを頼りに、意味も目的もなく金を集めるだけの日々。

 殺せ、殺せ――

 脳の中で繰り返されるのはそんな声。
 少女は幻聴に頭を抱えた。
 ただただ苦しくて、辛くて、哀しくて。
 なのに歪んで捩れた心は涙すら流せなくて、「助けて」と言える相手すらいなくて――否、「助けて」の言い方すら、彼女には分からなかった。

 無力な少女は、シーツの中で小さな体を震わせた。
 暗い部屋が、一人きりの彼女を包む。







 目を覚ます。

 アイリスはベッドから上体を跳ね起こした。
 カーテンの隙間から漏れる柔らかい日差し。見渡せばいつもの、自分の部屋だ。銃声も聞こえない、鳥の囀りが平和を告げる。
(夢……ですか)
 長い深い溜息一つ。そのまま先程の夢を思い返し、赤い少女の姿に苦笑を零した。嗚呼、今の己からすれば、なんと哀れで滑稽な。
 アイリスは己の掌へ視線を落とした。
 そして零すのは、いつもの口癖。

「……I deserted the ideal……」

 私は理想を放棄した。



『了』




━━OMC・EVENT・DATA━━

>登場人物一覧
橋場 アイリス(ja1078)
■WTアナザーストーリーノベル(特別編)■ -
ガンマ クリエイターズルームへ
エリュシオン
2015年06月04日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.