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『氷とマネキン 』
セレシュ・ウィーラー8538


 とある高校で、クラスが1つ皆殺しにされた。
「男子も女子も、仲良う1人残らず、ルイベみたくなっとったそうな」
 路地裏でセレシュ・ウィーラーは、1人の少女と会話を試みていた。
 制服姿の、ありふれた女子高生である。少なくとも外見は。
「ルイベって知っとる? シャケなんかを凍らせて作る、北海道の冬の珍味や。シャリシャリした食感が癖になるでえ。お酒も白いご飯も両方いけるわ」
「煮ても焼いても食べられない連中よ……だから、凍らせてあげたの」
 少女が笑った。
 憎しみの形相のようでもある、おぞましくも痛々しい笑顔。
 その周囲で、キラキラと冷たい光が生じ、煌めいて散る。
 空気が、凍りついているのだ。凄まじい冷気であった。
「あたし、こんな力あるけど人間なのに……あいつら、あたしの事バケモノだって……人間じゃないから、何してもいいんだって……」
「で命知らずにも、イジメをやらかしたワケやな」
 セレシュは言った。
「ものの見事に、あんたのリベンジを食らって……みんな、シャリシャリした冷凍死体になってもうたわけや。ま、やられたらやり返すっちゅうんを否定はせえへんよ。けどなぁ、やり過ぎはあかん。それだけの力があるんや、せめて凍傷で指何本か落とすくらいで勘弁したったらええやないの」
「それじゃ、みんな救われないわ。言うでしょ? バカは死ななきゃ治らないって」
 少女の言葉に合わせ、冷気の煌めきが大量に生じた。
 その冷たい光が、少女のたおやかな右手にキラキラと集まって行く。
 そして、セレシュに向かって閃いた。それは氷で出来た長剣だった。
「ああいうクソみたいな連中はねえ、生きてる間はダメ! 死んで初めて、素晴らしい存在に進化出来るの! 死と滅びがもたらす霊的進化の道を歩めるのよ! あんたもねえ!」
 セレシュの細身を包む、白衣のようなロングコートが一瞬、激しくはためいた。
 黄金色の光が、走り出す。
 コートの内側から、セレシュは光を引き抜いていた。
 黄金色の、長剣だった。
「虚無の境界に、取り込まれてもうたわけやね……」
 斬撃と斬撃がぶつかり合い、眼前で熱く冷たい火花が散る。
 それを眼鏡越しに見据えながら、セレシュは言い放った。
「ほんならもう容赦なしや。ペット捜しから魔物退治まで、お仕事選べへん何でも屋さんの本領! 発揮したるでえ!」
 気合いと共に、黄金の剣を一閃させる。
 金色に輝く斬撃の閃光が、氷の剣を粉砕した。
「長う生きとるさかいな。300年くらい、割と真面目に剣の修行しとった時期があるんや」
「くっ……!」
 少女が、後退りをしながらも何かを念ずる。
 空中の何ヶ所かで冷気がキラキラと固まり、鋭利な棒型を成した。
 氷の、投槍であった。
 それらが発射され、セレシュに向かって一斉に飛ぶ。
「けどな……魔法は、それ以上やで」
 氷の槍が、全て砕け散った。
 激突の瞬間、セレシュの周囲にほんの一瞬だけ、いくつもの光の紋様が浮かび上がる。
 魔力の結界であった。
「すごい結界ね……敵意のある攻撃は、片っ端から弾いてしまう」
 セレシュの耳元で、声がした。
 冷たいものが、大蛇の如く、身体に巻きついてくる。
 少女が、いつの間にか背後にいた。左右の冷たい細腕で、セレシュを抱き締めていた。
「でも敵意のない接近を防ぐ事は出来ないみたいね……あたし、あんたに敵意なんか持てなくなってしまったわ。あんたが、大好き」
「な……何、言うとる……」
 セレシュは抱擁を振りほどく、どころか声を発する事すら出来なくなり始めていた。
 身体が動かない。冷たく、固まってゆく。
「だって、あんたはあたしと同じ……バケモノだから」
 いくらか名残惜しげに、少女はセレシュを解放した。
 凍りついた衣服がパリパリと砕け、己の全身から剥がれ落ちてゆく。
 それを止める事も、セレシュは出来なくなっていた。
 全身から体温が失せ、白い肌が血色を失い、冷たく青白く変色してゆく。
「だからね、あたしがずっと可愛がってあげる」
 セレシュは、固く冷たい人形と化していた。
 柔らかな、いくらか凹凸の寂しいボディラインが、そのまま滑らかに硬直している。
 そんなセレシュの全身を、少女のたおやかな繊手が、まるで美術品を愛でるかのように這い回る。
「綺麗な、氷のお人形になっちゃったわね……潰れた冷凍マグロみたいにしかならなかった、あいつらとは大違い」
 微笑みながら少女は、温もりと柔らかさの失せたセレシュの感触を楽しみ続けた。
 カチカチに凍りつきながらもツルツルと滑らかな、胸。脇腹。二の腕、太股。
 触れれば滑り、押しても凹まない。
 その固さを、冷たさを、少女は愛でた。
「そう……綺麗か醜いのかは、凍らせてみると一番よくわかるのよね。綺麗な人は、あんたみたいな可愛いお人形になってくれる。醜いやつらは、マグロみたいにしかならない」
 そんな事を呟きながら少女はセレシュの、いささか膨らみに乏しい上に固くなってしまった胸を、軽く叩いた。
 楽しげに微笑んでいた少女の顔が、訝しげな曇りを帯びる。
「これ……って、氷の音……じゃない、わよね」
「……うちのな、覚えたての魔法やでえ」
 冷たく青ざめた顔を、セレシュはニヤリと歪めた。
 微笑みながら、固く滑らかに変質した繊手で、そっと少女の肩に触れる。
「氷……じゃない、これって……マネキン……?」
「人をマネキンに変えてまう、おもろいけど今イチ役に立たへん鏡があってなあ。その魔力を応用してみたんよ」
 語りつつセレシュは、マネキン人形と化した身体を震わせた。
「うぅ〜、寒ッ……ほんま凍ってまうとこやったわ。けど、あんたの凍結能力よりか、うちのマネキン変身の方が一瞬早かったみたいやね。状態変化系の魔法は基本、早い方が優先や」
「うっ……く……こ、こんな……め、盟主様ぁあ……」
 少女の声が、身体が、強張ってゆく。
 強張った細身が、あたふたと、ガクガクと、ぎこちなく動いて揺らぐ。まるで下手くそな傀儡師に操られた人形のように。
 辛うじてバランスを保ち、転倒せずにいるのが精一杯という様子のまま、少女は声を発した。
「めいしゅ……さま……じょ……りえ……さまぁ……」
 虚無の境界の盟主に、救いを求めたようである。が、もはや舌が回っていない。口の中まで、人形と化しつつある。
 セレシュと違い、服は無傷である。
 制服姿のマネキン人形が、そこに出現していた。
 気のせい、であろうか。生身の時より、胸が大きく見える。
 セレシュよりも一回り近く、肉感の豊かさを増したボディラインが、しかし柔らかさを失って人形化し、もはや肥満で崩れる事もなくなってしまった。
 そんな身体に、女子高生の制服が着せられている。いかがわしい等身大フィギュアのようでもある。
「また、お人形が増えてもうたわ……どないしよ」
 思案しつつ、セレシュは念じた。
 攻撃魔法は、得意ではない。中でも火炎系統の魔法は、500年近く学んだが今ひとつ、ものにならなかった。
 それでも熱を発し、冷えた身体を温める事くらいは出来る。
「あ〜、ぬくいぬくい。ま、うちの火炎魔法はアレやな、暖房代わりが関の山や……おっと」
 セレシュは口をつぐんだ。そして人形化した少女もろとも、路面に倒れ込む。
 声と足音が、近づいて来たからだ。
「何ですかぁ、女の子の声が聞こえましたよお? ひっく、いけませんねぇ。若い女の子がこんな時間に出歩いてるなんて。親御さんは何してるんですかあ、ひっく。よぉ〜く言い聞かせてあげないと、おうっぷ。ダメですねえぇひっく」
 酔っ払った男が1人、よたよたと路地裏に入り込んで来た。
 そして倒れたマネキン人形2体を見下ろし、首を傾げる。
「ありゃ……何だ、お人形じゃねえか。家出少女とかだったら親身になって相談に乗って、あわよくばお持ち帰りしようと思ったのに。でも確かに女の子の声、聞こえたんだけどなあ。飲み過ぎかなあ。それとも性欲溜まってるだけかなあ……俺もこんな歳だし、もう風俗で童貞捨てちゃおうかなあ」
 いくらか酔いが醒めた様子で、男が歩み去って行く。
 それを確認しつつ、セレシュはゆっくりと身を起こした。
 人形化した身体を、魔力で動かす。充分に練習はした。生身とそれほど変わらぬ速度で、歩いて帰る事は出来る。
 いや、生身に戻る事も出来る。だが。
「いや、ほんまに……どないしよか」
 あらかた衣服の剥離した己の身体を見下ろし、セレシュは途方にくれた。
 傍に、制服を着たマネキン人形が転がっている。
 死体から服を剥ぎ取るような真似をするしかないのか、とセレシュは思った。
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小湊拓也 クリエイターズルームへ
東京怪談
2015年06月05日

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