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『蒼空に描いた紅い夢の形 』
鬼百合ka3667)&春咲=桜蓮・紫苑ka3668

●そらいろ

 雀の鳴き声が聞こえた気がして、春咲=桜蓮・紫苑(ka3668)は枕元にあるはずのリモコンを探し腕を伸ばす。テレビをつければ日付も時間も、タイミングが良ければ天気予報だって確認できるのだから世の中と言うものは便利だ。
(これか、いいや……こっちですかねぇ)
 ピッ
 ――今日は夏日となりそうです。日除け対策、脱水症対策を忘れずに――
「暑いんですかぃ」
 今日は休暇だ。外に出ないで冷房の効いた部屋で過ごすのが一番かもしれない。最近は同居人のおかげで家事もすべてやらないで済むし気が楽だ、そうだそうしよう。ああ、家族がいるって素晴らしい。
「んー?」
 だが感覚と行動、そして思考に大きく違和感がある。
 せっかくだらだら過ごせる休日なのだから、煩わしい感覚とはおさらばしておきたいのだけれど……
 見慣れた天井を寝ぼけ眼で眺めながら、アナウンサーの読み上げるニュースをBGMにして。
 自分の部屋だから好きにしていいはずなのに、そういえばベッドが狭いように感じるのはどうしてだろう。
「んん……ねーさんもう朝ですかぃ」
 すぐ傍から鬼百合(ka3667)の寝ぼけた声が聞こえる。まだ幼い少年の体温は丁度眠気を誘う温かさだ。
 ああそうだ、昨日は久しぶりに養い子が家族団らんの添い寝を受け入れてくれた。これは二度寝を満喫する流れに決まって……
(リモコン?)
 まだ手に持ったままのそれに視線を移した。
 何の変哲もない、家電だ。
 見覚えが、ありすぎる。
 頬を抓ってみたけれど、変な違和感があった。感触はあるけれど、痛くない……ような?
(性質の悪ぃ夢ですねぇ)
 夢なら仕方がないかと思い、鬼百合を抱きしめるように寝返りをうつ。
 このままもう少し、二度寝を堪能すればいい。再び目が覚めれば元通り、四人で暮らしている家、温かいあの場所に戻っているはずだ。
「しおんねーさん? お客さんならおきねーと……」
 鬼百合の声がはっきりしてきた。しまった、テレビを消し忘れた。
(さて、どうしやしょうねぇ)
 不思議な休日のはじまり、はじまり。

●きつねいろ

 キッチンで紫苑がたてていた軽快な音も勿論気になるけれど、それ以上に目の前で音を出し続けているものが気になって気になってしかたない。
「箱がしゃべってますぜ!」
 目が覚めたら全くの知らない場所だったこともそうだが、この箱の存在はそれ以上の驚きだった。
 聞き覚えのない単語も多く、聞いているだけで好奇心がむくむくと湧き上がってくる。
「……の、い……の、は……かに、あなた……?」
 “朝の占い、今日の一位はかに座のあなた!”である。鬼百合が読める漢字はまだ数が少ないのだ。
「でも同じことを言ってるんですねぃ」
 目でもわかるようにしているんだな、感心。
「ブルーってのはしんせつがたくさんあるんでさ」
「そういうもんじゃねーですぜ」
 電子煙草を咥えた紫苑がテーブルに戻ってきている。テレビひとつとっても百面相を繰り広げている鬼百合を見ながら何かを考えていたようでもあるのだが。
「便利は過ぎると心がなくなるんですよ……朝飯は食べないんですかい?」
 自嘲気味の、囁く程度に抑えた言葉はテレビの音にかき消され。打って変わって明るい声で鬼百合を促した。

 焼いた塩鮭、ほうれん草ともやしのおひたし、玉蜀黍のバター醤油炒め。
 だし巻き玉子はふんわり甘く仕上げて、大根おろしを添えて。
 ワカメと葱の味噌汁に、白いごはん。

「じゃ、食べましょか」
 手を合わせた紫苑に続き、鬼百合も姿勢を正して手を合わせる。
「いただきます……でさ」
 そして箸を掴む。
 ひょい……つるっ
「わ、わっ」
「……どういう風の吹き回しで」
 目の前で繰り広げられるお箸初心者モードに首を傾げる紫苑。フォークも用意しておいたのだけれど。
「ねーさんがブルーで作ったごはんじゃねぇですか。ブルーの方法で食べるのがれいぎと思ったんでさ」
 何度か挑戦しても掴めなかった卵焼きに、諦めて箸を刺しながら答える。
「その人にとって美味しく食べられるのが一番ですぜ」
 俺は気にしませんよ。むしろ食い物がピョンピョン跳ねる方が気になるってもんでさ。
「……フォーク、使いまさ」
「素直でよろしい」
 野菜もたべなせぇ、と。此処にはいない家主の言葉を真似てからかえば、憮然とした顔で頷く鬼百合。
(ねーさんが作ってくれたものを残すなんてこと、ありえないんでさ)
 ぱくっ
「!」
 甘い卵焼きとはまた違う旨味が溢れて目を見張る鬼百合。その様子を見ながら満足そうに微笑む紫苑。
(背伸びばかりしないでもいいんですぜ)
 何のために大人がいると思っているのか。
 つい顔はにやけてしまうけれど。

●みるくいろ

「わぁぁぁぁ……!」
 例えば紫苑がブルーの料理や、お菓子を作った時。そんな時には必ず見ることができる目の輝き。鬼百合はその時よりも強い輝きを目に宿らせる。
「すっっっげぇ!」
 紫苑の部屋の中でだって吃驚の連続だった。外に出てもこれ以上驚くことは無いだろう、そう思っていたのだけれど。
(ぜんっぜん、違いまさ)

 縦に長い建物。
 武器を持っていない人々。
 知らないことがいっぱいで、それを知ることは楽しい。紫苑と一緒で楽しい。
 それと同じくらい、知らないことが怖くて、自分がこの世界の存在じゃない実感が増えていく。
 嫌な視線のようなものはさっぱり感じない。
 自然は少ないけれど呼吸は楽で。
「さ、次はどっちに行ってみやしょうか」
 紫苑が傍にいることは一番大きくて、良くない気持ちはそれだけで相殺してくれる。
「ねーさん、あの大きいやつなんでさ?」
 鬼百合が指さす先にあるのは、大きなタワー。
(後でぶっ倒れなきゃいいですがねぃ)
 多分きっとものすごく混んでいる。けれど驚いた後は、それさえも楽しむのだろうなと思った。
「わかりやした。……覚悟しておきなせぇ」
 言いだしたのは鬼百合ですぜ、そこは忘れないようにと、さりげなく前置いてから不敵に笑いかけた。
「わわっ!? 帽子ぬげちまいますよぅ」
 深く被せた帽子の上から頭を撫でてやる。わしわしと手荒くしてはいるが脱がす意図は紫苑にだってない。だって耳を隠す大事な道具だ。
「おっと、そんなつもりはちぃともありませんよ?」

 展望台で食べたソフトクリームの、とろける甘さと冷たさ、何よりも口当たりが気に入った鬼百合は、昼食にと入った店のメニュー、そのデザートのページを見た途端に動きを止めた。
(ですよねぃ)
 選べないとその瞳に書いてある気がして、紫苑はどうしたものかと考えを巡らせる。自分も一度通ってきた道なので、どうすればいいのかはすぐ思い出した。
「ねーさん、オレ、オレ……」
「鬼百合、ひとつに絞ろうとしないでいいんですぜ」
「……えっ?」
「食べたいもの全部、言ってみなせぇ」
 俺が作れるものなら、今度作ってやりますから。
「今食べたいもので、この店じゃないと難しいものなら、そんなに数もないでしょうよ」
 そいつを頼めばいいんでさ。

●ちゃいろ

 鬼百合にしてみれば、身近なブルーの食品と言うとギルドショップの支給品で手に入るカレーくらい。あとは紫苑や、もう一人の同居人が作ってくれる料理。そしてリアルブルー由来の本で多少知識があるくらいだ。
 店を選ぶ前、何を食べたいかと聞かれた時にファミレスと答えたら笑われてしまったけれど。種類があると聞いたから、と言って押し通した。

 これは夢かもしれないけれど。
 憧れのブルーの鬼と共に、今、ブルーの地に立っている。
(それってとてもすてきな事だと思いまさ)
 だってそうだ、憧れの場所も、一人じゃ少しも面白くなんてないはずだから。
 一人で生きてきたから知ってる。
 家族がいるから知ってる。
 一人、どこか知らない場所に立つのって、とても怖いことなんだ。
(だって)
 すぐ傍にいるねーさんが本当はとても遠い世界の人なんだって、この場所は嫌でも教えてくれる。
 オレはねーさんと出会って、一緒に暮らして、楽しい時間をすごしてるけど。
(ねーさんは、やっぱり戻りたいんでしょーねぇ……残してきた人が居るって、きいたことがありまさ)
 だから、これは夢かもしれないけれど。
 今はオレがいっしょに居るんでさ。
 それでいつか、オレがかならず。

「……」
 ぎゅ、と会計を終えた紫苑の服の裾を掴む。
 いっしょに居る証に、感触にすがるように。
 家族向けの、家族で居心地がいいように考えられたレストランに、今いっしょに居るのは自分なんだから。

●めのいろ

 いつの間に眠ってしまっていたのだろう。
 鬼百合と2人でブルーの世界を歩いて、遊んで、笑って……疲れてベッドに倒れ込んだような記憶もあるけれど。
 天井裏に木目が見える。
(戻ってきたみたいですねぃ)
 やはり夢だったのだ。すとんとその事実が胸の中で音を立てた。ほんの少し残っている隙間で、カラコロと。
 夢の中でくらい。親父殿に会えたっていいのに。電話も、メールさえもしなかった。
 鬼百合と二人で楽しくて忘れていた、と言うのもあるけれど。
 夢は自分で操れないから、もどかしい。

 見たこともない風景。初めて食べる味。
 その記憶は確かにあって、今だってついさっきの事のように思い出せる気がするのに。
 ごろり
 自然な寝返りと見せかけて体の向きを変えれば、先に体を起こしていた紫苑の顔が見えた。
 残念そうな。何かを落としてきてしまったような……寂しそうだ、と思う。
「どうしたぃ、鬼百合?」
 起こしちゃったか、そう言って頭をぐりぐりと撫でられる。
「ねーさん……」
 まだ寝起きだから、寝惚けているのだと装いながら紫苑に擦り寄る。まだ眠いのだと、ブルーの部屋で紫苑がそうしたように。
 あれは夢だったけれど。
(いつか絶対、ほんとに連れてってやるんでさ)
 オレが行ってみたいからだけじゃなくて、ねーさんの為にも。
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2015年06月05日

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