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『花は咲き、花は散り 』
月居 愁也ja6837)&小野友真ja6901


 若芽の匂いを含んだ夜風が、柔らかく頬を撫でて行く。
「うー……流石にまだ夜はちょっと冷えるなあ」
 小野友真はそう言って、僅かに肩をすくめた。
 明かりもまばらな路地を、ぼんやりと光る液晶を眺めながらひたひたと歩いて行く。
「……もう1枚、上着を持って来なかったのか」
 疑問というよりは感想という口調で、米倉創平が呟いた。
「だからやめておけと言ったんだ。風邪でも引いたらどうするつもりだ」
 尖った声は蘆夜葦輝のものだ。
 月居愁也はそんな苦言をあっさり受け流す。
「大丈夫だってー! それに程良い息抜きは、良いパフォーマンスを生むと思うんだよな!」
「だからお前達はプロ意識が足りないと言っている。時間に余裕があるなら早く寝て、身体を休ませるべきだろう」
「へーへー。やることやったらベッドに入りますよっと。あ、ほら、あそこじゃね!」
 愁也が指さした先に、闇を切り取ったように明るい一角が見えた。
 4人は自然と足早になる。
 そこはビルに囲まれた小さな緑地公園だった。友真は思わず目を見張る。
「ふわあ……すご……」
 何処か現実離れした光景だった。
 頼りなく公園を照らす街灯に浮かびあがるのは、輝く雲のように柔らかく広がる桜の花だったのだ。
「すっげー! 噂通りだな!!」
 愁也は早速辺りを見回す。こんなに見事に桜が咲いているのに、人は少ない。
 おあつらえ向きの状況だった。
「あのベンチ! ちょうど街灯の光が届きにくくて、周りから見えにくいぜ」
「愁也さんナイス! 早速行きましょー!」
 2人がうきうきと先に立ち、創平と葦輝は後をついて行く。

 愁也と友真は、アイドルユニット『SHOOT⇒YOU』として絶賛売り出し中の身だ。アリーナツアーも滞りなく終盤に入り、今日はとある地方都市で宿泊、明日の朝にはまた次の都市を目指す。
 今回はシークレットゲストという名目で、友真の憧れのアーティスト”SOHEY”こと創平がアンコールで舞台に上がってピアノを演奏してくれた。
 友真にはそのときの熱がまだ身体の中に残っているように思えるのだ。
 興奮、歓声、そして何度も何度も聴いた、けれど今はすぐ傍で奏でられる音楽。
 全てが夢の中の出来事のようで、ステージが終わる瞬間には、ファンの誰よりも友真自身が泣き出しそうだった。
 とてもこのままでは眠れそうもない。
 そんな友真の気持ちを察したのか、あるいは単に息抜きしたかったのか。愁也は宿泊するホテルのすぐ近くにある、この公園の情報をボーイから聞き出してくれていた。
 そうして振付師として今回の公演のステージ構成にも関わっていた葦輝も引っ張り出し、夜桜見物と洒落こんだ次第だ。
「ではまずは、本日の公演の成功を祝って。カンパーイ!」
 愁也が紙コップを掲げた。中身は流石にノンアルコール飲料で我慢である。
 友真がコーラの缶を神妙な顔で掲げた。
「えーとそれから、今回の無茶ぶりを色々手配してくれた社長に……」
「おっと忘れてたぜ。東京はどっちだ?」
 彼らの所属する『ジュリーズ事務所』社長・白川のいるであろう方角に向かって、ふたりはなむなむと両手を合わせる。
「今頃、白川はくしゃみでもしているかも、な……」
 創平が小さく笑った。その白い横顔が闇に浮かびあがるようで、友真はまた改めて不思議な感覚にとらわれる。
 この人は本当に、俺達と同じ人間なんだろうか……?


 この都市では皆早く家路につくらしく、ビル街の中の公園には意外な程に人影が少なかった。
 でなければついさっきまで歌って踊っていたアイドルが、幾ら夜とはいえ優雅に花見などできないだろう。
「すごいなー! こんなに綺麗やのに、皆、なんで見てあげへんのかなあ」
 友真はそんなことを言いながら、しきりとデジカメのシャッターを切る。
「花は別に人に見られるために咲いている訳ではない」
 相変わらず葦輝の言葉は皮肉交じりだ。だが単に嫌味を言っている訳ではない。
「1年間力を溜め、ただ自分にとって最高の花を咲かせているのだ。誰の評価も求めてなどいないのだろうよ」
 そう言って花を見上げる葦輝の顔は、どこか遠い憧れを見つめているようでもあった。
「……詩人だな」
 くっくと笑うのは創平だ。
「抜かせ」
 葦輝は眉を寄せ、紙コップを煽った。
 愁也はそっと、友真を肘でつつく。他愛ない会話を続ける創平の顔は、とても穏やかだった。シャッターチャンスだと、小さな身振りで示す。
「えっ」
 友真の顔が硬直する。
「憧れの人を俺の手で撮……!?」
 恐れ多すぎて指が強張る。愁也が頭をかきながらぼやく。
「もー……しょうがねえなあ」
 突然創平と葦輝の傍に座りこみ、ピースサイン。
「友真! 記念写真、ヨロシク!!」
「ええっ!?」
「ぶれないようにちゃんと撮れよー!」
 お膳立てをしてくれているのだ。分かっている。分かっているけど……!
 友真は何とかシャッターを押した。
 残った写真には愁也も葦輝も写っていないだろうが、それは仕方のないことだ。


 ひとしきりはしゃいだ後には、話題は自然と今日のステージのことに移る。
「でもやっぱ、もっと上手くなりたいよなー……歌も、ダンスも」
 愁也は溜息と共に漏らした。去年よりは絶対に上手くなっている。その自信はある。けれど、まだまだ満足できない。
「今が上限だとは考えないのか。大した自信だな」
 葦輝の口調はやはり皮肉っぽいが、彼なりに向上心を認めている……のだろう。
「他にもやりたいことはいっぱいあるけど! 演劇の勉強なんかもしてみたいし、あっしーにもっとカッコいい振り付けしてもらって、ばっちり決めて踊ってみたいし!」
「誰があっしーだ」
「痛い痛い痛いっ!!」
 葦輝はつまみのクラッカーの空き箱の角を使って、器用に連撃を入れて来る。
 頬杖をついてそれを眺めながら、友真が呟いた。
「俺はやっぱりもっと、体力つけなあかんな……」
 終盤ばてたことは否定できない。踊りの切れにも不満は残る。
「わかってはいるんやけどなー。他にも一杯やりたいことが多すぎて」
「友真が今後やりたいことって何?」
 愁也が試すような目で笑う。
「今後なー。さっきの課題クリアと、ファンと触れ合う機会増やしたいから舞台もやりたいし、関西人としてはバラエティもはずせへんし、今後はドラマも強化、って……」
 友真は神妙な顔つきになる。
「ほぼ全部やった」

 言ってしまってから、友真はすぐ傍にいる創平の存在を思い出す。
 彼は音楽だけを追い求めていた。その生き方の美しさにも憧れはある。だからこそ。
「……個人的には……あ、いや、歌の方もめっちゃがんばりまっす!!」
 葦輝が少し大げさな溜息をついた。
「お前達、『二兎追う者は一兎も得ず』という言葉を知らんのか」
「でも! ”SOHEY”の曲を継いでくんは、使命やと思ってるんです!」
 友真はさっき飲み込んだ本音を思わず漏らしてしまった。
 葦輝がじろりと睨み、一瞬友真も身を固くする。
「俺の曲……か」
 突然、創平の穏やかな声。
 白く長い、けれど節々のしっかりとした指が頭上を示す。
「桜の花は、毎年咲いているだろう。だがそれは去年と同じ花じゃない」
 3人は創平の顔を見つめる。
「今年の花は散り、木は成長し、また翌年花を咲かせる。今年の花を惜しむのは構わないが、翌年の花を忘れるのは馬鹿げているとは思わないか」
 友真は花を見上げた。 
 ひとつひとつの音が集まって音楽を作るように、無数の花弁が集まって枝を覆い尽くしている。
 同じ花はひとつもない。来年この枝に咲く花も今年とは違う花なのだ。
 それでいい、と創平は言う。
「……俺、とにかく、めいっぱいがんばります」
 言葉にできたのはそれだけだった。

「で、あっしーと創平さんは、何かやりたい事とかありますか?」
 愁也が満面の笑みで、チョコレートバーをマイクのように差し出した。
 葦輝が目にもとまらぬ早業で菓子を奪う。
「……スタッフに俺の名前が載ったことが恥とならんように、お前達を鍛え上げることだな」
「え、やだ、あっしー目が怖い」
「いいか。残りの公演、気を抜いたステージなんぞ晒したら承知せんからな。分かったら、さっさと帰って寝ろ!」
 創平はただ微笑んでいるだけだった。その目には何が見えているのだろう。
 何故彼が突然、表舞台から去ったのか、まだその真相を友真は知らない。
 いつか、その気持ちを知る日が来るのだろうか?
 ……それは少しだけ怖いような、奇妙な感覚だった。
「あ、そうだ」
 愁也が突然真面目な表情になって向き直った。
「今日は本当に、どうも有難うございました」
 これは創平と葦輝に。そして。
「友真も有難うな。これからも一緒に頑張って行こうぜ!」
 軽く片目をつぶり、拳を突き出す。最高の同志、そして最高のライバルに。
 友真も同じように拳を突き出し、軽くぶつけた。
「負けんように頑張るで! いっぱい勉強して、皆にいっぱい笑顔を届けような!」
「おう! アイドルって楽しいだけじゃダメなんだろうけど、それでもやっぱり楽しいからな!」
 頭上に開く桜の花。
 その輝きに負けない笑顔を、明日もきっとアリーナに咲かせてみせる。


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ja6837 / 月居 愁也 / 男 / 24 / アイドル】
【ja6901 / 小野友真 / 男 / 19 / アイドル】

同行NPC
【jz0089 / ジュリアン・白川 / 男 / 30 / 芸能事務所社長】
【jz0092 / 米倉創平 / 男 / 35 / 伝説のミュージシャン”SOHEY”】
【jz0283 / 蘆夜葦輝 / 男 / 24 / 伝説の振付師】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
今回は厳しいレッスンから離れて、穏やかなインターバルのひとときです。
アナザーではありますが、NPC達の性格やバックボーンはWTのイメージを意識して残してみました。
ご依頼のイメージを損なっていなければ幸いです。
今回もご依頼いただきまして、誠に有難うございました!
■WTアナザーストーリーノベル(特別編)■ -
樹シロカ クリエイターズルームへ
エリュシオン
2015年06月05日

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