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『ただいま 』
麗空(ic0129)&玖雀(ib6816)&紅 竜姫(ic0261)


 昼八つ時を過ぎた頃、市場は夕飯の買い物をする人々でごった返す。特に魚河岸近くの市場は一際売り子の威勢が良く賑やかだ。
「……あご?」
 耳慣れない名前に竜姫が足を止める。
「これ、飛魚よね」
 木箱に並ぶ魚には立派な胸鰭。
「アゴが外れるほどに美味しいってね」
 捻り鉢巻の売り子が突き出した顎をペシっと叩いた。
「こいつは刺身でもいけるのか?」
 竜姫の背後から顔を覗かせた玖雀に「もちろん」と売り子が胸を張る。
「じゃあ、二匹もらおうかな」
「まいど、刺身で茶漬けにすると美味いよ」
 包まれた魚を受け取り、歩き出す玖雀と竜姫。
「竜姫待ってくれ」
 今度は玖雀が足を止めた。目の前ではためく幟に『初鰹』の堂々とした文字。
「これは外せない。あぁ、こっちの鯵もいいな。目が澄んでる」
 今日の夕飯は手巻き寿司。となればネタの良し悪しにも拘りたい。魚を見る目は、板前のように真剣だった。
「……買い過ぎよね?」
「まあ、食べ切れなかったら塩をして明日にでも食べれば……な」
 帰り道、荷物を抱えた竜姫と玖雀は互いに少し反省した。あれこれと足を止めては買った結果、二人では食べきれなさそうだ。
 新鮮な魚を求め、折角自宅から遠い魚河岸近くの市場まできたのだ、と張り切りすぎたかもしれない。
 途中二人は何かに気付いたように無言で顔を見合わせる。
「「海苔!」」
 重なる声。手巻き寿司には欠かせない海苔を買い忘れるとは何事か、二人は急ぎ回れ右をした。

 市場を人を縫って麗空は進む。
「顎?」
 アゴが美味しいよ、通りすがりの呼び込みに顎を撫でつつ、何か美味しいものはないかと背伸び。
 三年ぶりの神楽の都、三年ぶりに訪ねる友人、玖雀と竜姫。彼らへの手土産探しの最中である。
「……っとと」
 誰かとぶつかりかけて脇に寄った。
「昔は足元すり抜けられたんだけどな〜」
 近頃一気に伸びた身長、色々と勝手が違い少しばかりもてあまし気味だ。
 世界が今よりもっとずっと低かった頃は、人混みに紛れていても少しだけずれた場所からみているような気がしたというのに。今は人の気配も声も溢れ波のように迫ってくる。
 背が高くなっただけでこんなにも世界は違って見えるのだろうか……。
「蒸かしたての饅頭はどうだい!!」
 考えに耽っていた所、いきなり背後からの大音声に逆立つ尻尾の毛。
 驚く麗空に売り子は悪びれた様子もなく「一つどうだい?」と蒸篭の蓋をちょっとずらす。
 ふんわりと漂う優しい甘い香り。とても美味しそうだ。
 神楽の都の東の外れへと向かう道、饅頭の袋を手に鼻歌交じりで歩く麗空の姿があった。


 玖雀と竜姫の暮らす庵の玄関前、ちょこんと座って麗空は空を眺める。訪ねた二人は外出中であった。
 少し霞がかった春の空に浮かぶ白い雲。夕暮れにはまだ早い時間帯。
 裏に洗濯物が干されていたから、きっと暗くなる前には戻ってくるだろう。
 クゥ、小さく麗空の腹が鳴る。
 腹を摩り、見つめる饅頭の袋。
 ひーふーみー……饅頭を数える。沢山買ってきたから食べても大丈夫。
 一つ取り出しかぶりつこうとした瞬間、小柄な子が大柄な子に突き飛ばされるのを目撃した。
 喧嘩だろうか、と立ち上がる麗空に気づいた大柄な子が逃げる。転んだ子はべそをかいて蹲ったままだ。
「痛いのとんでけ〜」
 小柄な子を助け起こし、着物の汚れを払ってやる。物陰から様子を伺う大柄な子。
 麗空は饅頭を袋から取り出しその子に向き直る。
 三人並んで食べる饅頭。小柄な子は清、大柄な子は太郎と名乗った。
 饅頭を食べ終えた後、説教でもするのか、とふくれっ面の太郎に麗空は少し考える。饅頭を食べた後のことは考えてなかった。
 お仕置きするのは簡単。だけど一緒に旅をしている人を思い出す。
 自分と向き合ってくれた人。どこにいても山寺に囚われていた麗空に外の世界があると教えてくれた人。
 以前の自分ならば、山寺の尼僧の教えをそのままに、「わるいこにはめっ」としていただろう。
 だが麗空はもう山寺にいた麗空ではない。
 麗空は尋ねる。
「太郎は、清嫌い?」
 別に、と太郎。
 話を聞けば太郎は遊びに誘ったのに清が何も言わず無視したことに腹を立て、清は太郎の声が怒鳴っているようで怖くてしかたなかったらしい。ちょっとした行き違いが原因だった。
 そこで麗空は一つ提案する。
「会ったら挨拶な〜。こんにちは、おはようって」
 そうしたらお互いちょっと落ち着くだろう、と。
 よし練習と、交わす挨拶は「こん……にちは」とぎこちない。
「……ぷっ」
 誰かが噴出した。そうなると辛抱溜まらないとばかりに残りもつられる。
 あぜ道に響く笑い声。太郎が突き飛ばしたことを謝ると、二人はすぐに打ち解けることができた。
 空が茜色に染まり始めた頃、親達が子を迎えに来る。
 またね、と母に手をひかれる子供達を見送るあぜ道、その先に見つけた二つの長い影。
「あ……」
 瞬きを忘れ影を見つめる。間もなく現れたのは玖雀と竜姫。
 麗空に気づいた玖雀と竜姫も目を丸くした。
「ばんわー」
 麗空は笑顔で手を振ると、固まったままの二人に空を見上げて「……は、まだ早いか?」と一言。
「麗空!!」
「竜姫、久し振り…ちょっ!?」
 弾かれたように駆け寄る竜姫に抱きしめられる。ふわりと麗空を包み込む竜姫の匂いと温もり。何故かツンとする鼻の奥。
「随分大きくなったのね…!」
 体を離した竜姫の手が麗空の肩へ。
「おー、でっかくな……」
 和らぐ竜姫の目元。その双眸に浮かぶ優しい光に麗空は言葉を飲み込む。
 二人に会えて嬉しい。でもそれを上手く言葉にすることができず、かといって昔のように正面からじっと見つめ返すこともできない。
 どうしようか……と思っている時に、頭に乗っかった大きな手。
「……ばんわ。でかく、なったな」
 玖雀が口元に笑みを浮かべてそこに立っていた。
 麗空を見つめる玖雀と竜姫。玖雀と竜姫を見つめる麗空。
 麗空の中でかつて彼らと過ごした日々が今と重なった。
 三年前となんら変わりない二人の笑顔。
「……ただいま?」
 暫しの沈黙の後、少し自信なさそうに麗空は首を傾げる。途端いたたまれなくなり、二人の眼前に饅頭の袋を突き出した。
「お土産買ってきたからさ〜……ちょっと食ったけど」
「おかえりなさい」
 後で一緒に食べましょう、と竜姫が袋を受け取る。
「おかえり。今日は泊まっていくだろう?」
 さも当然というように質問ではなく確認した玖雀に背を押され、麗空は二人と一緒に戸を潜った。

 竈で飯を炊き、その間に玖雀と竜姫は並んで具材の準備だ。魚を担当するのは玖雀、胡瓜など野菜を担当するのは竜姫。
「多めに買っておいて正解だったな」
「きっと食べきっちゃうわね」
 麗空が来たことが嬉しいのだろう竜姫の包丁の音は何時になく陽気な音をたて振るわれる。
 多少不揃いだが棒状に切られた胡瓜が俎板に積まれていく。時々勢い余って切れ端が飛んでいくのはご愛嬌。
「さてと次は海苔を炙ろうかしら?」
 竜姫の言葉に玖雀が手を止め顔を上げた。
 玖雀が魚の下拵えを終える前に野菜を切り終えてしまったらしい。
 最近、ほんの少しずつだが竜姫の料理の腕は上がっている。野菜を切るのならばそこまで心配はいらなくはなった。だが火は別だ。
「大丈夫よ、海苔を消し炭にしたりはしないわ」
 心配性ね、と笑う竜姫に玖雀の口元が引き攣る。消し炭ならばいい、問題は火柱である。どうしてそうなるのか、ひょっとしたらものすごく火と相性がいいのか、竜姫が火を扱うと高確率で火柱が立つのだ。
 玖雀が戦いにおいて禁じ手としてきた「夜」を一番使用したのは実はこの厨房である。
「手伝うよ〜」
 その時、ひょこっと麗空が顔を覗かせた。
「今日、着いたばかりで疲れたでしょ? 休んでて」
「働かざるもの食うべからず、だって」
 どこで覚えてきたのか麗空が袖をまくる。
「じゃあ、麗空、そこの海苔を炙ってくれないか。竜姫は昼間作った玉子焼きを切ってくれ」
 玖雀はありがたく助け舟に乗ることにした。

 七輪に翳して海苔を炙る。
「少しずつ、少しずつ、裏、表、裏、表……」
 玖雀に教えてもらった言葉を呪文のように繰り返しながら麗空は海苔をはたはた動かす。
「緑になったら、できあがり〜」
 光に翳し色を確認したら竹笊に。
「……ちょっとだけ、いーかな?」
 食欲をそそる海苔の香ばしい匂い。麗空はそっと二人をみやった。
「竜姫……」
「はい、どうぞ」
 魚を捌く玖雀が差し出した手に洗い立ての布巾を渡す竜姫。
「あら……?」
「左の上から二段目」
 食器棚で何かを探す竜姫に玖雀。
「どうして……わかんのかな〜?」
 二人のやりとりに麗空は首をかしげながら海苔を齧った。
 パリっと良い音が響く。
「つまみ食いはだめよ」
「もうすぐできるからな」
 振り返るのも二人同時だった。
 すし桶に広げた酢飯を竜姫と麗空は団扇で仰ぐ。
「それっ」
 竜姫が盛大に団扇を振り抜く。麗空を襲う突風。
「っ……おどろいた……」
 目を瞬かせる麗空は、次は自分とばかりに大きく振りかぶった。
「二人とも遊ぶんじゃねぇぞ」
 玖雀が具材を乗せた大皿を手に二人の横を通り抜けていく。
「……」
 すし桶から顔を上げ見渡す厨房。
 窓から射し込む夕日、長い間煙に燻され煤けた梁、歩くと軋む廊下。
 歩幅の大きい玖雀の足音。
「怒られちゃったわね」
 竜姫の笑みを含んだ柔らかい声。
 すぅ、と大きく息を吸い込む。胸に広がるとても懐かしい香り。
「やっぱり、好きだな……」
 むずむずする口元を覆う団扇の影、そっと大切に呟く言葉。無意識のうちに揺れる尻尾。
 うん、好きだ。自分を包み込んでくれるここの空気が。
「どうかした?」
「……こういうのってさ、良いよな〜って……」
「えぇ、良いわね」
 目を細める竜姫に麗空は「な〜」と満面の笑みを向ける。

 いただきます、と手巻き寿司を頬張った麗空が目を輝かせた。
「ひっさびさに美味い飯だ〜」
 まるで頬袋だな、と言いたくなるほどに頬を膨らませ二つ、三つと平らげる姿に、玖雀はあれも、これもと勧めたくなる。
(あれ……ひょっとしてこれ)
 所謂孫に対する祖父母と同じじゃないか、と竜姫を見やれば彼女も似たようなものだ。自分が食べるよりも麗空を優先している。
(まぁ、久々に帰ってきたんだから……そんなもんだよな)
 玖雀は鰹を巻くと麗空の皿に置く。
「遠慮はするなよ、沢山食え」
 口をもごもごさせながら麗空が大きく頷いた。
「旅はどの辺りを回ってきたの?」
「……泰とか、アル=カマルとか……」
 竜姫や玖雀も聞いたことないような村の名などを指折り数えた麗空が最後に「たくさん」とまとめる。
「竜姫と玖雀は〜?」
「最近の大きな出来事なら……。そうだ、裏の畑を大きくしたな」
「今年は甘藷も植えるから、秋に落ち葉焚きするのもいいわね」
「お〜、前もやったな〜。美味かった」
「今年もやりましょ。皆も呼んで」
「楽しみ〜」
「……後片付けはちゃんとしろよ」
 かつてまだ一人で暮らしていた頃、竜姫や麗空など友人を呼び皆で飲んだ時のことを思い出しため息を吐く玖雀。
 麗空が神楽の都を旅立ってから三年、積もる話は沢山あった。
「そういえば、これ」
 竜姫が麗空の髪を結う赤い紐を突く。
「私達と同じ髪型!」
 嬉しそうに竜姫が手を叩いた。
「それ、俺達の真似か?」
 からかうように玖雀が問えば、麗空は後ろを向き二人に結った髪を見せ二度、三度振ってから大きく笑う。
(なんというか……)
 麗空の髪に揺れる自分達と揃いの赤い紐。麗空は髪をその紐で結うときに自分達のことを思ってくれたのだろうか。
 込み上がってくる気恥ずかしさ、それを上回る嬉しさ。玖雀は緩みそうになる口元を押さえた。
「やっぱり赤い髪紐、似合うわね」
 お揃い、と屈託なく竜姫が自分の髪紐を掴んで麗空のものと合わせる。
「ほら、玖雀も!」
 ぐいっと髪紐を引っ張られた玖雀がよろけた。

 麗空が風呂に入っている間、玖雀と竜姫は客間に布団を準備する。いつ彼が来てもいいように準備をしていたかいもあり布団はふわふわだ。
「風呂あがったぞ〜」
 ほかほかと湯気を立て麗空が戻ってきた。
「此処を寝室で使ってね……ってちゃんと拭かないと」
「わ、わ……目が回る〜」
 麗空の濡れた髪を竜姫が容赦なくがっしがしと拭く。

 布団に大の字に寝転ぶ麗空。ぽふっとお日様の香りがした。硬い煎餅布団ではなく久々に柔らかい布団。
「……帰ってきたって感じ……」
 見事なまでに体の力が抜け切っていた。ゆっくり湯につかったせいだろうか、気持ちも少しふわふわしている。
 三年会わなかったのが嘘のようだ。まるで毎日顔を合わせていたかのように、三人で過ごす空気が肌に馴染んでいた。
 ごろんと寝返り横を向く。この襖の向こうに二人がいる。
 寝ているであろう二人を起こさないように小さく彼らの名を呼んだ。
 やはりむずむずとくすぐったい不思議な気分になり、ふふっと笑みが漏れる。
 ババとも違う、共に旅をする人とも違う、二人。
 二人がくれる温かさは他のどれとも違う。
 二人といると、空気がとても穏やかで心地よい。
 あぁ、そっか、これが……。
 先ほど無意識で漏らした言葉を思い当たり、すとん、と胸の中に想いが納まった。
 そういえば母に手を引かれ帰っていく子を見ても、繋がれた手を羨ましいと思わなかった。
 きっとそれは心のどこかで自分にも迎えてくれる人がいるということに、帰る場所があるということに気付いていたからだ。
 此処がそうだ、と……。
「……うん、ただいま」
 改めて声に出すと胸にじんわりとした熱が広がる。それに身を任せるようにゆっくりと目を閉じた。
 閉じた瞼に浮かぶ二人笑顔。
 つぎは……いってきます……?
 うつらうつら考えているうちに柔らかい眠りが麗空の意識を抱きしめる。

 麗空の布団を直してやり、玖雀はそっと襖を開け寝室へと戻った。
 行灯を消し、布団に潜り込み竜姫の手を握る。
「でかく、なってたよな……」
 三年、という月日を改めて思い返し呟く言葉に、応えるよう竜姫が手を握り返してくれた。
 成長を見越して用意した寝巻きもすでに小さいくらいだ。
 大人と子供では同じ三年でも意味合いが違うとは思っていたが、本当に子供にとってそれは変化を齎すのに十分な時間だと実感した。
「……そのうち俺より大きくなったりしてな」
 それは嬉しいようなそれでいて少し寂しいような。そんなことを思う気の早い自分に漏れる苦笑。
 これから麗空はもっと大きくなっていくのだろう。そして彼の世界も広がっていくのだろう。

『……ただいま?』

 そう言って首を傾げた麗空を思い出す。はにかむような、照れたような顔だった。
 ならば自分達は常に彼を迎える場所でありたいと思う。麗空が振り返ったときにそこにいて「おかえり」と言えるように。

「さてと、朝食は何にするかな……」
 美味いもん、食わせてやりたいよなぁ……、語尾に欠伸が重なった。

 これから先も麗空を見守っていければ……と願う。日々成長していく彼をこの先も、ずっと……。


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 / PC名  / 性別 / 職業】
【ic0129  / 麗空   / 男  / 志士】
【ib6816  / 玖雀   / 男  / シノビ】
【ic0261  / 紅 竜姫 / 女  / 泰拳士】


【清・太郎 / NPC /近所に暮らす子供】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ご依頼ありがとうございます、桐崎です。

三年後の再会いかがだったでしょうか。
舵天照本編の頃と比べ麗空さんの変化をお伝えすることができれば幸いです。

イメージ、話し方、内容等気になる点がございましたらお気軽にリテイクを申し付け下さい。
それでは失礼させて頂きます(礼)。

■WTアナザーストーリーノベル(特別編)■ -
桐崎ふみお クリエイターズルームへ
舵天照 -DTS-
2015年06月12日

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