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『因果 』
アンドレアス・ラーセン(ga6523)&空閑 ハバキ(ga5172)&クラウディア・マリウス(ga6559)


2016/04/03 17:08
Newcastle 1 - 1 Westham
St.James' Park

 白と黒のユニフォームが躍動し、歓声が上がるのを、アスはメインスタンドの隅から見ていた。力強く放たれたボールはキーパーの手によりゴールから逸れ、スタンドの同じ色を着た観客は、途端に落胆の色に変わる。
「楽しくなさそうだな、同点では不服か?」
 セットプレーに選手が集まり、スタジアムのどよめきが落ち着き始めたタイミングで、アスは声を掛けられた。
 目の端でちらりと、声の主を覗き見る。三年ぶりの横顔は、相変わらず捉えどころの無い造作をしている。
「あんた、食えないのは相変わらずだな。信用調査会社か? よく言う」
 前回の電話を切ってすぐ、ウッドラムが現れて、アスは彼の「信用調査会社」が方便であったと知った。
 ヴォクソール橋のたもと、とわざわざ付け加えていた意味に気づく。
「嘘はついていない」
 しれっと、エドワードが応えてすぐ、またスタジアムが落胆の声を上げる。セットプレーは、チャンスには結び付かなかった。
 三年ぶりの、およそ期待通りの反応があって、アスは嬉しく思ったが、それを表には出さない。
「それで」
 審判の笛が鳴って、スタンド中の視線がボールに戻ったのを見計らって、アスは水を向ける。
「何か判ったんだろ?」
「松沼が、プチロフと接触していたのは話したか」
「聞いてる。あんたからじゃないが」
 ボールは、グラウンドの真ん中辺りを行ったり来たりしていた。
「ふむ……」
 そう言って黙る、この癖を目の当たりにして、アスは三年経ったのだと実感を得た。癖は変わっていない。が、わざわざこんなスタジアムまで出てくるのは、変わったと言っていい。もしかすると、元々こうだったのかも知れない。あの戦争がそうさせていたのかも知れないが、そこまでは、アスには知る由もない。
「ただのライターが、報酬に釣られて言われるがまま記事を書いた、だけにしては、高い代償だ」
「そうだな、俺達が襲われる理由にしちゃ弱い」
 そこまで喋って、アスは言葉を切った。歓声が一際大きくなり、アウェイチームの選手が、ペナルティエリアに斬り込む綺麗な壁パスを受け取る。が、次に放たれたシュートは、ディフェンダーの投げ出した脚に弾かれた。
 不発に終わったのを見て、アスは続ける。
「戦争をしたがってる、ってのはなんだ。メガコーポが武器を売りたいってだけなのか? 国家の代わりにでもなろうとしてるんじゃねェんか」
「その通りだろう。まだ確証は無いが」
 事も無げにエドワードが肯定するので、アスは彼の横顔に視線を向けた。
「プチロフとの背後関係は掴めていないがね。ロシアは先日から、地上部隊を盛んに西へ移動させている。名目は演習のためらしい」
 笛が鳴って、選手交代のサインボードが、タッチライン脇に掲げられた。
「あれだけ、国中を戦場にされたロシアが、あっという間に復興したのは、プチロフの地元だからだ」
 ボールの動きも、ゴール裏のチャントも停滞する時間に差し掛かったらしい。スタジアムの熱気に、少しだけ倦んだ空気が混ざる。
「新大統領が、側近をプチロフから呼んでっていう、アレだろ? 早期復興を目指した美談で語られてるぜ」
「美談ならいいが。その側近は、プチロフの前は内務省にいた」
 エドワードが差し出す紙には、ベレフキンという苗字と、短い略歴が書かれていた。内務省からプチロフ勤務。戦後、現大統領の側近として登用。
 短い経歴をまじまじと眺めるアスに、エドワードが続ける。
「この男が新大統領を傀儡化して、能力者差別騒ぎを起こして、そうだな……治安維持とか、そんな名目で戦車に国境を超えさせたら、ソビエト連邦の復活ってわけだ」
 また笛が鳴って、何人目かの選手交代。
 しばらくピッチの動きを眺めてから、アスは一度大きくため息をついて、それからエドワードに訊いた。
「……なぁ、デルタ無くしちまって良かったのか?」
「言ったろう、あれは宇宙人と戦争するための組織だよ」
 釈然としない様子で、アスはふん、と生返事をする。視線はボールを追っているが、見てはいない。
「今度は、人間と戦争する組織に鞍替えってか? ……いや、言い過ぎた。悪ィ」
「構わん」
 パスが通って、ボールと選手がディフェンスの後ろへ抜けた。歓声が一際大きくなり、アスも無意識に、少し身を乗り出していた。
 タイミングを測って飛び出したゴールキーパーを弄ぶように、ひらりと横に交わすと、狙いすまされたシュートによって、ボールは無人のゴールに吸い込まれる。
 アスが乗り出した上半身を戻すのに合わせて、スタジアムが歓喜に湧いた。
「勝ち越しだ」
 エドワードの声に「そうだな」と応えて、アスは時計を見た。残り十分。得点をリードされたチームが焦るにも諦めるにも、中途半端な時間だ。
 潮時だろうと踏んで、アスは席を立つ。「見ていかないのか?」とエドワードに声を掛けられ、ポケットに突っ込んでいない左手をひらひらやって、それに応じた。
 スタジアムの喧騒を背中に聞きながら、アスはゲートへと歩く。あれ以上、会話を続ける意味をアスは見出せなかった。
 続きは想像出来る。相手が変わるだけで、戦争は終わらないという話題になって、馬鹿な世界にほとほと呆れるのだ。それから、馬鹿な世界の馬鹿騒ぎに友人を巻き込んでいることに腹が立つのだ。
 あの戦争でアスが護りたかったのは、今まで通りの世界なのかも知れないと思う。
 戦争前と、何も変わらない世界。相手が変わって、なお続けられている戦争は、モニターの向こうの出来事。
 しかしアスは、モニターの向こうを覗き見る術を知ってしまった。見て見ぬ振りの出来ない彼の習い性は、到底「現状維持」など、望むべくも無かった。



2016/04/04 13:15
Paddington Station / London
England

 駅に入ってしまってから、ハバキは少し後悔した。列車に乗り込む訳にはいかない。
 エドワードに会いに向かったアスと、松沼の護衛に付いているクラウと、それから調査のためウッドラムとロンドン市内を移動していたハバキと、それぞれが合流する前、すべきことがあった。
 追手がかからないよう、尾行を撒く。
 単純だけれど重要なそれは、三十分程、頭を使いながらウロウロすることを求められた。
 バレンタインの日に、アスの横で始まった事件は、一週間前に、遂にハバキにも見える形で、彼と彼の友人達を巻き込み始めた。
 あの日、襲撃を躱したあと、そのまま陸路でドイツまで抜けた。フランクフルトで、それぞれ別の行き先の航空券を手配した。ハバキは一度マルペンサまで飛んでから、またロンドンに集まっている。
 構内を、人の流れに合わせて歩く。ウッドラムとは駅に入る少し前から、別のルートを歩いていた。
 不自然にならないよう歩みを止めて、携帯を取り出す。チェックをするフリをしつつ、何気なく周囲をぐるっと見る。
 戦争が終わって、ハバキの仕事は、何でも屋か興信所かの様相になった。
 ラスト・ホープで重宝された能力者も、その覚醒した能力が発揮される機会など、戦後の地球にそう残されているはずもなく、必然的に、探偵まがいの仕事が増え、こうしてハバキが、尾行を撒いて歩くスキルも、いつの間にか身についていた。
 追われている気配が無いのを確認して、また歩き出す。
 歩きながら、アスと合流すれば、もう少し何が起こっているのかはっきりするだろうか、と思った。
 ホテルを襲ってきた連中の正体はよく判っていない。ウッディはロシア人だといっていた。内務省系の治安部隊じゃないかとか何とか。真実はわからないが、アスがヒントをもたらしてくれるだろう。
 売店の前を過ぎて、一際人が多いコンコースに入る。大きな発車案内板が、くるくると表示を変えている。
 人の流れを見ながら、ハバキは戦争は終わったんだと思った。
 普段の景色が続いている事に安心感を覚え、自分が置かれている状況を思い出して、理不尽に思う。
 アスはきっと、もう少しハバキ自身のことを考えろと言いたいんだろう、とは気がついている。
 思えば、あの頃はとにかく周りを護るのが第一だった。
 ハバキの護りたい、ハバキの周囲の人々は、ハバキ自身がいつも通りに笑っていて初めて成立する、と気がついたのはいつ頃だったか。
 巻き込まれ体質のアスに毎度毎度巻き込まれる自分も、アスと大して変わらない。
 結果的に、クラウ達を巻き込んだのはハバキ自身なのだ。
 一度ため息をつく。それから、いつものハバキの顔に戻って、時計を見る。電車に乗らず駅を出ても、違和感無い程度の時間は歩いただろうか。
 またポケットから携帯を取り出した。合流のため、クラウの番号を呼び出す。
 ハバキは歩きながら携帯を耳に当て、呼び出し音を何気なく数えていた。
「繋がったか?」
 声を掛けられ、振り向く。どこをどう歩いてきたのか、ウッドラムが立っている。
「まだ。……じゅうご、じゅうろく」
 呼び出し音のカウントを、声に出す。
「運転中か」
 呟いて、ウッドラムの右手が胸ポケットを探って、探ったまま空を切った。灰皿は無いよと思いつつ、ハバキのカウントは二十を超えた。
「掛け直せ」
「いや、運転中なら――」
 運転中なら松沼が出るだろう。どちらかが必ず電話を取る、そう申し合わせてある。
「ウッディ」
 呼びながら、電話を切った。ウッドラムも状況は悟ったらしい。
「ラーセンに連絡しろ。俺はエドの野郎に」



2016/04/04 13:22
London Orbital Motorway(M25)
England

 覚醒したクラウは、頭のどこかを切ったらしく、左の頬に伝う血をそのままにしていた。
 グローブボックスの中で携帯が鳴っているが、クラウは気が付かない。
 ひっくり返った車の助手席で、痛みに呻く松沼を引っ張りだす以外に、何かに気がつく余裕は無かった。



10 MINUTES AGO
London Orbital Motorway(M25)
England

「マリウスさん、あんた何で傭兵やってたの」
 不意に聞かれて、クラウは握っていたハンドルを離しそうになった。
 ここ数日、この人と行動を共にしていたが、事務的な会話以外をした記憶が無い。
 ロンドンに戻ってきた訳は、単純に、エドワードの裁量を期待してのことだった。
 身を隠すにも、何か調べるにも、彼の息のかかった場所なら何かと都合が良い。
 アスがエドワードと接触し、ハバキはウッドラムと共に調査、そしてクラウは、松沼の護衛に残った。
 そしてこの一週間、二日おきに身を寄せるセーフハウスを変えながら、目立たぬように過ごしていた。
 今日はようやく、アスとハバキと合流になる。ようやく、一人でいるどうしようもない不安から開放される。
 護衛対象に運転させるのもおかしな話なので、別段得意でもないクラウがハンドルを握っているが、それも今日で最後。
 そこで急に、この松沼という男は、話さなくてもいいような事を訊いてくるのだ。
「バグアに何か恨みでも、あったわけ?」
 何故この人は、親しい訳でもないのに立ち入ったことを訊いてくるのか、クラウは不思議に思った。
 答えあぐねていると、松沼は「いや、いいんだ」と引き下がった。「忘れてくれ」と言って、シートに身を埋める。
「――あんた何で助けてくれてんの? 逃げたって良かったろ?」
 忘れてくれ、といった癖に、一度引き下がったのではなかったか。
 大型トレーラーを避けるように車線変更をして、クラウは考えていた。どう答えようか、そもそも答えたものか。
「戦争好きのお嬢さんにも見えないし――」
「好きなわけ、ありません!」
 きっぱりと、言ってやった。好きなわけがあるか。
「助けたいのは、アスお兄ちゃん達です」
 バックミラーに映った黒いバンに、道を譲る。
 そうだ。助けたいのは、クラウの身近な人たちだ。
 あの戦争で散々哀しい想いはしたけれど、そりゃ生身の人を相手に力を使うのは少し躊躇するけれど、クラウの大好きな人たちに何かあって、哀しい想いをするのはごめんだ。それが、折角戦争が終わった今更とあっては、なおさら。
 もちろんそれだけじゃないから、復興支援を仕事にしている。少しでも、哀しい想いをした人たちの助けになればいいと思っている。
 でも、クラウの眼はそんなに届かないし、手はそんなに長くないのだ。
 だから出来る範囲で出来ることをしている。松沼も、そりゃ何かあれば同情はするし悲しみもするだろうが、動機はそこにはない。
 こんなことを語るでもなく、黙っている。譲ったバンは、ゆっくりクラウの車の斜め前に出た。
 後ろに、ついさっき追い抜いたトレーラーがいて、バンは離れてくれなくて、居心地が悪い。
「どうした?」
 助手席から声をかけられ、どうやら居心地の悪さが顔に出ていたらしい。
 と、突然、黒いバンが、目の前に車線変更する。
「あっぶねぇな!」
 松沼だ。クラウはといえば、驚きはしたが減速するでもなく、ゆっくり少しだけ開かれるリアハッチを見ていた。
 どきり、として、アクセルから足を離す。薄く開いたハッチから、何かがバラバラと落ちたのは、その時。
 バラバラ落ちた何かを踏み越えたかどうかくらいで、ちょうどトランクの下辺りから衝撃を感じた。
 乱暴に前のめりに浮き上がる感覚があって、クラウは覚醒していた。視界に、ハイウェイの路面が見える。
 爆発の衝撃を足元に感じながら、クラウは、出てくる前に見たテレビ番組を思い出していた。能力者差別の特集で、誰かがインタビューされていた。
『覚醒したらナイフで刺しても平気なんでしょ? バグアと一緒じゃない!』


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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 CONCERNED LIST(CLASSIFIED)
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 NAME          SEX  AGE ID   JOB
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 アンドレアス・ラーセン MALE  28 ga6523 エレクトロリンカー
 空閑 ハバキ      MALE  25 ga5172 ハーモナー
 クラウディア・マリウス FEMALE 17 ga6559 エレクトロリンカー
 松沼修一        MALE  -- NPC--- フリーライター
 トレバー・エドワード  MALE  -- NPC--- 情報分析官
 マーティン・ウッドラム MALE  -- NPC--- 現地工作員
 ベレフキン       MALE  -- NPC--- NO DATA
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2015年06月10日

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