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『「この色使いが、アレできっとアレなんや……でしょうね」 』
亀山 淳紅ja2261
 額縁に入れられ、壁に掛けられた色彩豊かな抽象画を前に、淳紅はわかってる風な事を呟きながらしきりに頷いていた――もちろん、さっぱりわからない。
 いいなとか、感覚的な部分では共感する物はあるのだが、どういったところがとかを上手く説明できそうにもなく、ただ端から順番に眺めていくしかなかった。
(ジャンル違いに刺激を受ければ、もっと歌に磨きがかけられるかもしれへんなと思ったんやけど……あかん、せめて入場料分のモトはとらんと)
 次の絵をじっと凝視するが、ぱっちりと開いていた淳紅の目は次第に半眼となり、やがてしぱしぱさせて目頭を押さえると天井を仰いだ。
 それから係員に「ちょっと外の空気を……」と伝えると、小さな個展だけあって簡単に許しを貰えたので、正方形のガラスが6枚はめ込まれた木製でやや小さな出入り口へと向かう。
 ノブに手を触れた瞬間、淳紅は小首を傾げてガラスを凝視した。
「なんで自分が銀髪なん?」
 銀髪と言うよりは灰色の髪をした自分の顔が、ガラスの向こうにあった。だが髪の色だけでなく、長さも違うし、喉に無残な傷痕まである。
 それがガラスに映った自分の顔ではないと気付くのに、たっぷり数秒を要し、その間にドアがひとりでに開いた。
 ほとんど身長の変わらぬ目の前の少女・エヴァが、淳紅と同じように小首を傾げ、淳紅が何か言うのかと一瞬だけ待ったが、本当に一瞬の話だった。
 淳紅の横を通り抜け、受付の人を前にスケッチブックに何やら書き込んでから、かざした。
『見るのにお金、必要?』
 当たり前の事を聞くと、受付も当たり前のように「はい」と頷く。
 背中のリュックと呼ぶよりはザックと呼ぶ方がふさわしそうな物を床に降ろし、そこから革袋を取り出して手を入れると、そこから恐らく貨幣と思われるものを取り出すが、それは淳紅や受付が見た事のないものだった。
 困った顔を見せる受付に、エヴァは小さく肩を落とした――すると、自分でもよくわからないが淳紅は気が付けば受付の前に、入場料を置いていた。
(……なんでほっとかれへんのかな……この出費は痛い……)
 驚く表情を見せるエヴァと、複雑な笑みを浮かべている淳紅を交互に見比べた受付が、何かを納得するかのように頷くと、パンフレットをエヴァへと差し出した。
 パンフレットを受け取ったエヴァは淳紅へと顔を向けると、パッと明るい笑みを浮かべ声の出ない口を動かしてありがとうと伝え、そしてスケッチブックにサラサラっと文字を書き込む。
『お礼に、解説してあげる』
「なん……?」
 すると淳紅の返事も聞かず、手を引っ張って半ば強引に連れていくのであった。


 一枚の絵を前に、エヴァが次々と色を指さしてからスケッチブックを見せる。
『私的解釈だけど、今のところに喜びを表現すると同時に、喜びを伝えきれ無い悲しみが含まれていると思うの』
 エヴァの解説にしげしげと絵を眺める淳紅。
 そういう風に解説してもらうと、思い込みに近いのかもしれないが、確かになんとなくそんな気がしてくる。
「ふむ……絵が好きなん?」
 何気ない質問に、エヴァは何度も頷きながら親指を立てるとともに『Yes!』という単語カードを見せてきた。その反応で自分が歌を好きなのと同じくらいに好きなのかもしれないと、直感的に淳紅は感じ取っていた。
「それなら、あっちのは――」
 後ろを振り向いた淳紅だが、その直後に倒れる音を聞き、エヴァに向き直ると床に崩れ落ちているエヴァの姿があった。
「どないしてん!? 大丈夫なん!?」
 抱き起こされたエヴァは力なく、スケッチブックに『水』『飲んでない』と書いてみせる。
「水が飲みたいん?」
 首を横に振るエヴァは言葉足らずだったかと、さらに文字を付けたす。
『水 しか 飲んでない』
 直後、エヴァのお腹が盛大な悲鳴をあげるのだった。


(安くてボリュームのあるお店が近くにあってよかったわ……)
 財布の中身を思い浮かべながら、ハンバーグステーキを前に感涙しているエヴァの顔を眺めていた。
 彼女が喜んでいると、なぜか自分までもが嬉しくなる。恋人に向けるそれと言うよりは、家族に向けるものに近いような気がすると思いながら、淳紅はナイフとフォークを手にした。
 ハンバーグをまず縦半分に。そして横半分にしてからさらに等分して、まずは食べやすい大きさに切っていくのだが、エヴァも全く同じ事をしていた。他人が見ても、その様子は恋人と言うより兄弟姉妹にしか見えなかった。
 だが、そこから先が違う。
 淳紅は一口をそれなりに味わうのだが、エヴァは次から次へと口に運んではあっという間に平らげてしまう。少し呆気にとられた淳紅は、自分の分も少し分けようかとと口にしようとした時、次の皿が運ばれてきていた。
「いつの間に追加頼んだん!?」
『ごちそうさま!』
 いい笑顔で予めそう書いてあったスケッチブックを見せられると、淳紅は「あざといなぁ!」と漏らしはしても、それ以上何も言えなかった。


 財布から取り出した残った全財産、五百円玉を握りしめポケットに手を入れ、肩を落とす淳紅。その前を歩くエヴァはとても元気がいい。
(どっかでおろさんと、帰られへんな……)
 近くの公園をとぼとぼと歩いていると、立ち止まっていたエヴァを追い越してしまっていた。
 追い越したのに気付いた淳紅が振り返り、立ち止まっているエヴァへ「どしたん?」と声をかけると、自販機の前でエヴァはスケッチブックを掲げた。
『ここに来る途中もたくさん見かけたけど、コレ、何?』
「自販機、見た事ないんか」
 一瞬の躊躇を見せたが、ポケットの五百円玉を取り出した。
「こうしてお金を入れてやな……」
 淳紅が自販機に五百円を投入し、ボタンを押す――が、何の反応もない。
 押しても押しても反応はなく、つり銭レバーを動かしても吐き出す気配すら見せない。
「え、嘘、飲み込まれたん!? 返して、大事な虎の子!!」
 拳を作り、半泣きでドンドンと叩く淳紅だが、やがてエヴァの視線にコホンと咳払いひとつ。
「……ちょっと待っとってや」
(さっきのコンビニで下ろせるやろか……なんでこんなに恥ずかしいんやろ)
 情けない所を見せたくないという思いで胸いっぱいな淳紅と入れ替わるエヴァが、淳紅がしてみせたように拳を作って自販機を叩く。
 悪い見本を見せたと淳紅はエヴァの肩に手を置いて首を横に振るのだが、エヴァの顔には納得していないと書いてあった。
 やがて、手を止めたエヴァが背を見せ走って距離を取ると、振り返って大きく深呼吸――目標を見定め、猛然とダッシュしてきた。
 目標は当然、自販機。
 跳躍したエヴァが何をするつもりか、やっと淳紅も察しがついた時には身体が動いていた。
「あかんあかん!」
 自販機の前に立ちふさがった淳紅の腹にエヴァのドロップキックが突き刺さり、自販機の間に挟まれた淳紅は腹を抑えながら崩れ落ちる。
 覗き込むエヴァが『大丈夫?』と、顔の前にスケッチブックを置いた。淳紅はうずくまったまま、顔だけをエヴァに向ける。
「あかん、胃が口から飛び出る……ダメやろ、あんなもん食らわせたら」
『なんで?』
「あれはああいうこともあるモンで、諦めるしかないんや」
 悲しいかな、こんな事はしょっちゅうある。人に言わせたらネタとして美味しいと言われる事もあるが、そんなネタはいらないと切に願ったりもした。
 それでもこのプチ不幸は消えず、仕方ないものだと諦めていた。
 だがエヴァの顔は怒っているように眉をひそめ、納得できないと露わにする。
『だって、悪いのは向こうじゃない。大事なモノ取られたのに泣き寝入りしても、そんなの意味ないもの』
 力強いその瞳を向けられ、日を背負ったエヴァが眩く見えた淳紅が目を細めると、自販機が観念したかのように今更ながらジュースを吐き出すのであった。


「そっかー……絵を描きながら一人旅してるんか。カッコええなぁ」
 噴水の縁を歩く淳紅へ、ベンチのエヴァがジュースを両手で抱えてこくりと頷く。
『私は見ての通り声が出せないから。だから代わりに、この手で、この色で、私を表現しているの』
「あれやな、自分の歌に向ける姿勢とどっか似とる」
 単語カードで『歌』『?』と伝えると、淳紅は噴き上げる水の前で恭しく頭を下げる。
「本日は自分の独奏会に、ようこそおいで下さいました。それではお聞きください、魂の歌を――!」
 人気の少ない公園とはいえ、いきなり歌いだす淳紅に目を丸くしたエヴァだが、気持ちよさそうにのびのびと歌う淳紅を見ているうちに自然とその手は筆に伸びていた。
 嬉しそうに歌う淳紅。楽しそうに絵を描くエヴァ。
 似た者同士のあり得るはずのない共演は日が暮れる直前まで続き、やがて帰らなければいけない時間が来てしまった。
『今日は楽しかった』
「そっかー。それはよかったやんな」
 公園の入り口で向かい合いながら、2人そろってにへっと笑う――その表情もそっくりだった。
 エヴァがスケッチブックから一枚切り離し、それを淳紅へと差し出した。噴水をバックに、気持ちよさそうに歌う淳紅が描かれているそれを淳紅が受け取ると、エヴァは単語カードから『お礼』を選んで、見せた。
 それがなんだか無性に嬉しくなり、普通なら今日初めて会った相手にはしないはずなのに、淳紅はエヴァの頭をなでる。
 するとエヴァは一瞬だけ驚いた表情を見せたのだが、すぐに目を細め、懐かしく感じるその手に涙腺が緩みそうになって、振り払うように背を向けた。
 天を仰ぎ堪えてみせたが、ほんの少しだけ涙がこぼれた――でも、嫌な涙じゃない。嬉しい涙だ。
『それじゃ、さよなら』
 歩き出すのを黙って見送っていた淳紅だが、その背中が小さくなり始めてからやっと、絵を両手で掲げ、大きな声で伝えた。
「これ、ありがとな! きっと君の想いは世界に伝わるで!」




━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ja2261 / 亀山 淳紅 / 男 / 20 / 世界を歌で満たす者】
【ka0029 / エヴァ・A・カルブンクルス / 女 / 17 / 世界を絵で満たす者】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
お世話になっております、楠原です。勝手知ったる何とやら、と言う部分もありますが、今回はエヴァちゃんも含めてと言うお話でした。後ろ向き傾向の淳ちゃんに前しか向かないエヴァちゃんの、正反対だけど似た者親子のお話を書かせていただきましたが、ご満足いただけたでしょうか?
また機会がありましたら、よろしくお願いいたします。
■イベントシチュエーションノベル■ -
楠原 日野 クリエイターズルームへ
エリュシオン
2015年06月10日

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