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『殺戮の女王エルファリア 』
レピア・浮桜1926)&エルファリア(NPCS002)


「助けて……」
 民情視察帰りのエルファリア王女、と知って声をかけてきたのかどうか、それはわからない。
 とにかく、その男は死にかけていた。
 聖都エルザードの港湾部、いくらか人通りの寂しい区画である。
 潮の香りに、血の臭いを混ぜ込みながら、その男は路面を這いずっていた。もはや立って歩く事も出来ない様子だ。
「助けて……くれよう……」
「どうしたのです……」
 ボロ雑巾のような有り様で這い寄って来る男を、エルファリアは身を屈めて迎えた。
「ひどい……だれが、このような事を」
「あたし」
 女が1人、死にかけた男の身体を踏みつけて立った。
 青い、まるで水をそのまま織り上げたかのようなドレスを身にまとった、美しい女性。
「この男はね、もっとひどい事を、大勢の女たちにしてきたのよ。貴女たちお偉い様方が、いつまで経っても罰を与えてくれないから、あたしたちが代わりにやってあげたの」
 ニヤリと歪む、その美貌に、エルファリアは見覚えがあった。面識はないが、人相書きが出回っている。
「貴女は……海賊?」
「有名になったものねえ、あたしらも。賞金、どのくらい上がっているのかしら」
 美しく不敵に微笑む女海賊の足元で、男はすでに息絶えていた。
「何故……このような事をなさるのですか……」
 エルファリアは、じっと女海賊を見据えた。
 自分が泣きながら説得すれば、どんな悪党でも改心してくれる。
 そんなふうに言われているようだが、現実はそこまで甘くはない。
「女性にひどい事をなさる殿方も、確かにいらっしゃるでしょう。ですが報復は何も生みませんよ」
「何かを生み出そうって気はないのよね。あたしたちはただ、ゴミみたいな男どもをぶち殺してスッキリしたいだけ」
 武装した娘たちが、いつの間にかエルファリアを取り囲んでいた。
 青いドレスの女に率いられた、女海賊の一団。
 餓えた牝狼を思わせる眼差しを全身に感じながら、エルファリアは言った。
「……私を、どうなさるおつもり?」
「どうもしないわ。回れ右して帰るんなら、見逃してあげる」
 嘘ではないだろう、とエルファリアは直感した。
「ただねえ……あたしたちの船では、暇潰し用の男どもを何匹か飼ってるんだけど。今まで、女にひどい事してきた連中よ。そいつらをねえ、生きたまんま鮫に食わせたりするのが最高の暇潰しなわけ。どうよエルファリア王女、そいつらを助けてみる? 貴女の、限りない愛で」
「……案内して下さい、貴女たちの船へ」
 躊躇う事なく、エルファリアは言った。
「私は、どうなっても構いません。その方々は、助けてあげて下さい」


 エルファリアが、またしても行方不明になった。
 今回はしかし、エルファリアの方から姿を現してくれた。
「聞け! 愚民ども!」
 聖都エルザードの港湾部。見ただけでそれとわかる豪奢な海賊船が、我が物顔で停泊している。
 その甲板上で、高圧的に熱弁を振るっているのは、どう見てもエルファリアであった。
「見ての通り我々は、お前たちを苦しめていた海賊どもを討伐した! さらわれていた娘たちを帰してやる。再会の喜びと共に噛みしめるが良い。エルザード近海の守護者が、すでに耄碌し果てた聖獣王ではなく、我らであるという事実をな!」
 海賊船から、何十人もの少女たちが走り出し、家族らしき人々と抱き合って感涙にむせんでいる。
 彼女らを拉致したのであろう男の海賊たちが、豪奢な船縁から吊るされていた。
 全て死体である。鮫に食いちぎられた者もいる。
「以後、お前たちは我々が守ってやる。これまで聖獣王に納めていたものを、この先は我らに差し出せ! 拒むとあらば貴様たちも、こやつらと同じ様を晒す事になる」
「……ああもう! エルファリアってば、また洗脳されて!」
 レピアは群衆をかき分け、海賊船に乗り込んで行った。
「あたしも、しょっちゅう変な魔法にかかっちゃうから! 人の事言えないんだけどっ」
「な、何だお前……」
「入団希望か? だったら男の生首を1つ持って来な」
「それとも何だ、私らに刃向かおうってのか!?」
 女海賊たちが、蛮刀や手斧を振るい、襲いかかって来る。
「あんたたちと戦おうって気はないよ。横暴な男どもが許せないってのは、わかるからね」
 レピアは、竜巻の如く身を翻した。
 綺麗にくびれた胴体が捻転・躍動し、蛮刀や手斧をかわしてゆく。猛々しいほどに豊かな胸の膨らみが、横殴りに揺れる。
 優美な細腕が、鞭のようにしなった。むっちりと力強い太股が、超高速で跳ね上がる。
「……だけど! エルファリアは、返してもらうよ!」
 手刀が、蹴りが、女海賊たちを薙ぎ払い吹っ飛ばした。
 吹っ飛ばされた娘たちが、甲板のあちこちで気を失い、あるいは痛みに呻く。男の海賊団なら、容赦なく蹴り殺しているところだが。
「あたしらの副船長を、馴れ馴れしく呼び捨てないで欲しいわねえ」
 声をかけてきたのは、水そのものを織り上げたかのようなドレスに細身を包んだ、美しい女である。
 人間ではない事は、一目でわかった。海の妖精族であろう。
「……性格がねじ曲がってて、海の神様に追放されちゃった口? そんな化け物が、エルファリアに何をしたわけ」
「思考能力を凍らせて、記憶を上書きしてあげただけよ。あたしら海賊の副船長、っていう記憶をね」
 海妖精の女が、エルファリアの細い肩に、馴れ馴れしく腕を回す。
「これでこの船は、王族のお墨付きをもらった私掠船。大手を振って略奪のし放題ってわけよ。もっとも私掠船ってより、何だか反乱軍みたいになっちゃったけどねえ……このお姫様、お父上の王様に対してよっぽど不満が溜まってるのねえ」
「……ま、いろいろあってね。それはともかくエルファリアは連れて帰るから」
「無礼な……」
 踏み込もうとしたレピアの眼前に、エルファリアがゆらりと立ち塞がる。
「私は、貴様など知らぬ。野良犬ごときが、私の名を口にするとは」
「エルファリア……な、何言ってるの」
 動揺したレピアの心を、金色の光が刺した。
 エルファリアの、眼光だった。
「野良犬を、飼い犬にしてくれようぞ……血にまみれ、汚れにまみれながら、私のために働くが良い。餌はくれてやる」
 黄金の瞳から放たれる光が、可憐な唇から紡ぎ出される言葉が、レピアの心の内に眠るものを覚醒させる。
 それは、獣だった。


 バリスタや魔弾の大砲を備え、魔力の防御壁をも発生させる事が出来る。確かに、高性能の海賊船ではある。
 だが、この女海賊たちが有する最強の戦力は、獣と化した『傾国の踊り子』であった。
 接舷前に跳躍で敵船に突入し、甲板上の敵兵を片っ端から引き裂き打ち砕いてゆく。
 女性を略奪品として扱う男の海賊たちを、レピアはことごとく殺戮していった。その返り血を浴び続けた。
 およそ半年間、エルザード近海を大いに血で汚しながらレピアは、潮の臭いと死臭にまみれた凶獣であった。
「懐かしいわ、この臭い……」
 今や獣臭さの塊とも言うべきレピアを、愛犬のように抱き締めながら、エルファリアは涙ぐんだ。
「ごめんなさい……ごめんね、レピア……」
「がふぅ……くぅうん」
 甘えてくるレピアの、汚れほつれた髪を、エルファリアはそっと撫でた。
 この懐かしい獣臭さが、エルファリアに、かつての自分を思い出させたのだ。
「うっぐぅ……ま、まさか、ここまで獣だったなんて……」
 甲板に倒れ、立ち上がれぬまま、海妖精の女は呻いた。
 彼女の部下の女海賊たちも1人残らず、死なない程度に叩きのめされ、倒れている。
「あたしより美しくて強い女を、汚らしい獣にして楽しむ……楽しんでる、つもりだったけど。その獣が……ここまで、化け物だったとはねぇ……」
「レピアは、貴女の玩具ではありませんよ」
「ふっ……貴女のもの、ってわけ? お姫様」
 その言葉に、エルファリアは答えなかった。
「で……あたしたちはこれから、どうなっちゃうのかしらね。まとめて死刑?」
「……海賊たちが一掃され、エルザード近海が平和になったのは事実」
 レピアを伴ったまま、エルファリアは、女海賊たちに背を向けた。
「不問、という事にいたしましょう。行動を共にしていながら、貴女たちを止められなかったのは、私なのですから」
 男たちを助ける。最初は、そのつもりだった。
「結局、誰一人……助ける事など、出来なかった……」
「……くぅん? くふぅん……」
 甘えてくるレピアの頭を、エルファリアはもう1度撫でた。
PCシチュエーションノベル(シングル) -
小湊拓也 クリエイターズルームへ
聖獣界ソーン
2015年06月11日

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