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『願い遥か 』
アルマ・ムリフェイン(ib3629)

――時は天儀歴一〇三〇年。
 護大を倒す為に各国の王が手を取り合ったのが約十五年前。それから世代は変わり、多くの王がこの世を去った。
 そして今、天儀の朝廷武帝が死期を迎えつつあると言う噂が、遭都ならず神楽の都へも流れて来ている。
 その噂が誠か否か。それ以前に誰がこの噂を流したのか。その事実は未だわかっていない。

   ***

 夜の帳が完全に落ちてだいぶ経った頃、浪志組の屯所で卓と向かい合っていた天元 恭一郎(iz0229)は、長い書き物で痛んだ目を押さえて筆を置いた。
「……武帝崩御の兆候有、か」
 此処数日、神楽の都は勿論の事、武帝の住まう遭都でも彼の死期についての噂が立っている。
 当然、浪志組はその噂を揉み消すのに躍起だが、人の口に戸は立てられない。
「――とは言え、噂の回りが早いな……」
 浪志組局長の命により情報を集めて来たが、出所を突き止めるはおろか、噂を堰き止めることすら出来ていない。
 そもそも昔に比べ秘密主義では無くなったとは言え、普通武帝崩御の情報ともなれば自然と規制が厳しくなる。それは国の頭が死期を迎えたと言う情報が他国に漏れれば、侵略を望む者などは大手を振ってこの地に訪れるだろうからだ。
 国の頭が消えるという事は、それだけ国の命運を左右する大事件なのだ。
 だからこそ朝廷内部はこの情報を流したくは無い筈なのだが――
「謀叛の可能性が強いかな」
 零し、改めて筆を取ろうとした時だ。
 不意に障子を叩く音がした。
 振り返ると、障子の向こうに見慣れた影が見える。獣耳を立て様子を窺う姿からして間違いないだろう。
「こんな夜更けに夜這いにでも来たの?」
「!」
 声に反応して更に立った耳に少し笑う。そうして慌てて障子が開かれると思った通りの人物の顔が見えた。
「違うってわかって言ってるよ、ね?」
 もじもじと周囲を伺いながら入ってくるのはアルマ・ムリフェイン(ib3629)だ。
 彼はいつも以上に慎重に障子を閉めると、何か言いたげに恭一郎を見た。
「もしそうでも奥さん以外には靡かないよ。で、どうしたの?」
「夜分遅くにごめん……どうしても、見てもらいたい物があって……」
 言って懐から取り出したのはよれた紙が2枚。1枚は簡略した都の地図、そしてもう1枚は遭都の地図の様だ。
「これは?」
「なーさん……ううん、武帝の死期が近いって噂は知ってるよね?」
 知っているも何も、今もその情報の処理を行うためにこの時間まで起きていたのだ。
 勿論と頷く恭一郎にアルマは言う。
「これ、その噂と関係あるんだ……」
 噂と関係がある。そう言われて改めて紙面に目を落とす。
 良く見れば地図の其処彼処に細かな字が見える。中には人名らしき物も見えるが、その内の1つを見て恭一郎の目が細められた。
「君、何してるの? これは観察方の命で動いてる仕事?」
 コクン。と頷く表情が硬い。
(幹部会議で鑑札方にこの話が行ったのはついこの間だ……短期間でこれだけの情報を集めるのは不可能。という事は……困った子だね、まったく)
 恭一郎は深い溜息を零すと、紙面を指で折って押し返した。
「そういうことなら君の上官に真っ先に報告すべきだと思うけど。それとも何かやましいことでもある?」
 まあ、そう訊ねても彼に関しては首を横に振るだろう。
 案の定、アルマは首を横に振ったのだが、其処に添えられた言葉は予想とは遥に違った。
「勿論、上にも報告は上げるけど……一番信頼してるから」
 僅かに目を見開いて苦笑する。
 想像以上に付き合いは長くなったが、此処まで信頼を寄せられているとは思っていなかった。
 確か武帝は彼にとっての友人だ。その友人の死期が近まり彼自身も苦しんだのだろう。故に先走った行動に出て数多の情報を得た。
 情報を得る為にはかなり危険な目にも合っただろうが、それを「信頼」と言う言葉の元に見せるとは――
「馬鹿だね、君は……でも、君が一番信頼しているのは俺じゃない」
 違う? そう問い掛ける声にアルマの顔が上がる。
 明らかな動揺と戸惑いに瞳が揺れ、それを見て少しだけ笑う。
「良いよ。今に始まった事じゃないし。けどまあ、君のその情報は役立つだろうね。圧倒的に相談もしやすくなりそうだ」
「相談?」
 わざと言葉を拾い易いようにして言ったが、やはり拾ってきた。
 その予想通りの反応に笑んで卓に目を移す。そうして拾い上げた書を差出すと、面白そうに目を細めて囁いた。
「もうじき八丈島を訪れる日だ。今回は真田を含め、幹部が何人か八丈島へ渡る。そこにこれを持って行くんだよ」
「これって……」
 書に記されるのは朝廷内部で働く者の名簿だ。中には派閥に関する情報も書かれている。
「浪志組には浪志組の面子があるから公にはしないけど、今回の件はあの人に相談するのが最適だと幹部会議で決まったんだ」
 本当は賛成などしていない。
 それでも東堂が謀反を起こした理由を顧みれば、彼に相談するのが最適だった。
 ましてや彼は朝廷内部の黒い部分を知っている。その情報は武帝崩御が近い今、充分に役立つものとなるだろう。
「本当は俺たちがなんとかしなければいけないことだけど、内乱なんて望まない結果になるくらいなら使える物は使うべきだ。それが例え、犯罪者の手を借りる事になっても」
 其処まで口にして彼と同じ書に視線を落とす。すると微かな声で呟きが漏れた。
「……もう、巻き込まれてるんだね」
「うん?」
「余計な話はしないつもりだったんだ。だって天元夫妻には巻き込まれて欲しくな――いっ!?」
 思った以上に拳が良い部分に入ったらしい。
 頭を押さえながら涙目で見上げてくる瞳を見て言う。
「馬鹿に付ける薬は今度調達しておくとして、君は俺を何だと思ってるの? これでも浪志組の幹部なんだよ」
 アルマが動くよりは遅れてしまったが、浪志組内部でも武帝崩御の折の混乱を予想して動き始めている。
 其処に幹部の人間が関わるのは当然の事。それは本人の意思など関係ない。
「……ごめん、なさい」
 耳を下げ、尻尾を下げて項垂れる姿に「はあ」とため息が落ちる。
(この反省姿に負けるんだよね……得だなぁ、これ……)
 グイッと耳を引っ張っるとアルマの肩が大きく跳ねる。だがそんな事は気にしない。
 更にグイグイ引っ張りながら呟く。
「俺は君が既に動いている事に驚いたんだけど? それに関する謝罪は?」
「そ、それは……放っておけないって、思っちゃうから」
「放っておけない?」
「外を教えたからとか、責任とか、色々考えるけど……単純に心配で、つい体が動くんだ」
 言い終えて零れた笑みに「ああ」と納得の声が漏れる。そう言えば彼はそう言う人物だった。
「本当に、馬鹿に付ける薬を探さないとダメかな……」
 諦めともとれる笑みを零して手を放す。
 もしかしたらこの先もずっと、彼のこの性格に悩まされるのかも知れない。
 そう思うと若干嫌気がさすが如何しても突き放せない魅力が彼にはある。その1つがコレだ。
「恭さん」
 にへりと笑って差し出したのは菓子だ。
 見たところ1人分だが、どういう事だろう。思わず首を傾げる恭一郎に彼は言う。
「貰い物だけどね、美味しいって聞いたから。もちろん安全だよ!」
(……憎めないんだよね)
 苦笑いを滲ませ、恭一郎は菓子を受け取る。そしてもう一度彼の顔を見て思案する。
 何が最善で何が最悪か。
「今日はもう遅いから報告は明日にすると良い。俺も真田には明日話しておくから」
「真田さんに、話?」
「八丈島への同行隊士に君を推薦しておくよ」
 きっとこれで良い。
 後先考えずに突っ走る彼にはあの人の助言が必要だ。
 誰かを救うために自分を犠牲に出来る男。その男の行動に光を授けることが出来るのはあの人だけだと思うから。

―――END...


登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【 ib3629 / アルマ・ムリフェイン / 男 / 17 / 獣人 / 吟遊詩人 】
【 iz0229 /天元 恭一郎 / 男 / 28 / 人間 /志士 】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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こんにちは、朝臣あむです。
このたびはご発注、有難うございました。
本編では語られなかった先の歴史の裏話を少し盛り込みつつ書かせて頂きましたが如何でしたでしょうか。
この作品がアルマさんにとって、そして背後さんにとって思い出のひと品になる事を願っております。
この度は、ご発注ありがとうございました!
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朝臣あむ クリエイターズルームへ
舵天照 -DTS-
2015年06月12日

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