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『her second home 』
夢姫(gb5094)






 氷と雪の大地に、ベルガと呼ばれる街がある。






 雪上バスから降りた時、夢姫の目に飛び込んで来たのは、陽光を浴びて輝く純白の大地と、急角度の屋根を持つ家々が所狭しと建ちならぶ街並だった。
 次いで感じたのは冷気、グリーンランドの高地にあるベルガンズ・ノヴァの気温は、この季節でも肌を裂くように寒い。
「お帰りなさい、夢姫さん」
 遠く微かに聞き覚えのある声に振り向くと、そこには真黒な軍外套《コート》に身を包んだ若い男が、いつかの日と寸分違わぬ、無駄に爽やかな笑みを浮かべて立っていた。
「お久しぶりです、戦友」
 こめかみを指先で掠めるようにピッと堂に入った敬礼をして黒の軍人――レイヴル・エイリークソンは片目を瞑った。


 街の喫茶店で軽食をつまみつつ紅茶を飲みながら夢姫はレイヴルと近状を話していた。
「実は――今度、結婚するんです」
 夢姫がはにかみながら言うとレイヴルは一瞬目を見開いて、
「ほ、夢姫さん、ご結婚なされるんですか?! それは目出度い! 式は何時ごろ? お相手はどんな方です?」
「来月に。相手は――」
 えへっと幸せそうに夢姫は微笑しつつ報告する。
 それにレイヴルは我が事のように喜びながら言った。
「いやぁ今が一番ホットな時期ですね。良い思い出が沢山できると良いですな。旦那さんにたっぷり甘えられるとよろしい。おめでとうございます。北の大地より祝福を申し上げる」
「有難うございます、レイヴル大尉」
「しかし、夢姫さんがご結婚ですか……や、もうすっかり立派な淑女《レディ》でらっしゃいますものな。時の経つのは早いものです。初めてお会いした時はこーんなに小さくてらっしゃったのに」
 感慨深げに身長の程をジェスチャーしてレイヴル。示した手の高さがオーバーなくらいに低い。
「そんな小さなくなかったですよっ。身長はそこまでは変わってません」
 レイヴルの冗談に夢姫は吹き出す。
 夢姫がレイヴルに初めて会ったのは2009年の8月、今からおよそ四年前だ。当時はまだ十四歳だった。
 昔を懐かしみつつ近状を交換してゆく。
 話題はやがて街の状態へと移った。
「――ベルガ、最近はどうですか?」
「四年前じゃ想像も出来なかったくらい大きく豊かになりましたよ。至って順調、キメラなどの被害もなく平和で、世はおしなべてこともなし、ベルガの未来は明るい――」
 不意に、その声のトーンが落ち、男から笑みが消えた。
「……と言いたいんですが」
 夢姫は男の表情に、急激に嫌な予感を覚えた。冗談を述べる時の顔ではない。
「……何か、ベルガに、問題があるんですか?」
「……大きな声では言えないんですがね……問題がなくなったのが、この街では問題なんです」


 レイヴルは語った。
「夢姫さんなら、ベルガンズ・ノヴァがこの数年でここまで経済成長した理由はご存知……、ですよね?」
「それは、レアメタルの需要とベルガ戦陣への物資供給――」
 呟いた所で夢姫はハッとした。
「そうです、この街は戦時の軍事特需に支えられて急成長してきたんです。ですが……戦は、終わった。もうベルガ戦陣は必要ない。この地の軍も解体・縮小の動きが進められ、その動きは今も続いています」
 レイヴルの言葉に夢姫は思い当たる。
 街の規模自体は二年前より遥かに大きくなっていたが、活気は、人通りは、車両の交通量は、二年前の方が多くなかったか?
 総人口は大幅に増えている筈なのに、街から活気が減っている。
「ベルガンズ・ノヴァは北方のベルガ戦陣やそのさらに北への物資集積供給拠点の要衝として必要とされてきました。ですが、もう必要とされなくなりつつあります。物資を必要とする存在自体が、消え去らんとしているからです……軍人である俺もまた、近い将来、この街から消え去る日がくるのでしょうね」
 戦が終わる。
 その事の意味。
 それは必然だった。
「後の時代から見た場合、今がベルガの絶頂点、最盛期――そんな転換期にきているのかもしれません」
 登りきったら、後は往々にしてくだるだけだ。
 特殊なものに支えられ、その支えが消えた場合はなおさら。
 諸行無常、盛者必衰。
「……ですが、希望はあります」
 レイヴルは夢姫に笑いかけた。
「極東の島国……そう夢姫さんの故郷は、かつて特需が去った後も経済成長を維持し続けたと聞いています。ベルガも日本などの歴史を参考に、方針を切り替え、繁栄を維持できるよう、市長をはじめとして街の皆は奮闘しています。この街の人々は激動の時代を生き抜いて来た人間です。彼等は逞しい。きっと経済戦争も生き延びます。俺はそう信じています」
 この地での役目を終えんとしている軍人はそう、静かに語った。


 夢姫は街のパン屋へと向かった。
「――あらあらまぁまぁ! いつぞやのお嬢ちゃんじゃないの! お久しぶりだわ! あなた、この街の十八英雄の一人なんですってね! そう言ってくれれば前もオマケしたのにっ」
 パン屋のおばちゃんは相変わらずの調子だった。最近のお勧めを訊ねた夢姫に対して「ぜーんぶお勧めよ!」と言い張る所まで同じであった。少し、皺は増えていたが。
 おばちゃんの様子に笑みを零しつつパンを購入しオマケをつけて貰いつつ、夢姫は賑わっているパン屋を出てスノーモービルで北へと向かった。
 巨大になり栄えた――しかし何処か翳りも見え始めた――ベルガンズ・ノヴァの街並を抜け、雪を巻き上げながら雪原を北へとひたはしる。
 やがて、かつて十数キロにも及んだ巨大な陣地・通称ベルガ戦陣――その跡地――が見えてくる。
 かつて訪れた場所で時折足を止めつつ廃墟の中を進む。
 かつての戦いの日々が次々に目蓋の裏に甦ってゆく。
 ここは、己を形成した場所だった。
 戦陣を抜ける。
 さらに北、白い丘に辿り着き、モービルから降り、登る。
 風吹く丘の頂、雪が薄く積もった岩の上に、一本の長剣が突き立てられ鈍く輝いていた。
 凍火の剣聖の墓標の剣は、風雪と歳月の前にも、折れず、倒れず、錆もせず、昔とまったく変わらぬ記憶のままの姿で、そこに突き立っている。
 墓前に供え物がある事から、誰かが定期的に手入れをしているのかもしれない。だが案外――この剣も持ち主の生前と同じに単純に頑固なのかもしれない。
 そんな事を思って、夢姫は目を眇め口元を綻ばせた。
「クォリンくんは……変わらないね」
 岩に突き立った剣の前で蹲み、サンドパンとコロッケパン、そして淡い黄色の花を一輪、供える。
「私ね」
 夢姫は陽光に鈍く輝く剣に語りかける。
「父を捜すために傭兵になって……次第に人や街を守ることが目的になって……そして新しい家族ができたんだよ。まだ完全な平和とは言えないけど、大切な人が帰えれる場所になりたくて、傭兵を辞めることにしたんだ」
 雪原の丘の風が、夢姫の黒髪をそっと揺らして通り過ぎてゆく。
 一つの時代の終わりだった。
「クォリンくんは、つまらない女だって言うのかな。それとも個人の好きにすればいいって言うのかな」
 眼前の変わらぬ剣は変わらぬ静寂を纏って静かに佇んでいる。
 くすっと夢姫は笑った。
「また、ここに来るね。里帰りしに」
 言って、立ち上がり、かつて少女だった娘はまた未来へ向かって歩き出す。
 空には光が満ちている。
 季節は五月。
 ベルガにおいて闇の時間は短く、光に溢れた季節だった。





 了









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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業
gb5094 / 夢姫 / 女 / 18才 / お嫁さん
ー / レイヴル・バドラック / 男 / 24才 / UPC大尉


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 こんにちは、こちらこそいつも大変お世話になっております。
 以前にお伺いした時に大変吃驚いたしましたのを覚えております。言われると納得するのですが、気付かない、気付かない、気付かない……! 気付かない系MSです(
 沢山、有難うございます。夢姫PL様もお体にはご自愛くださいね。
 内容ですが、ベールーガー、MSとしても大変思い出深い街です。訪れていただき有難うございます。
 まさかのパン屋のおばちゃん三度目の登場(
 ご満足いただける内容になっていれば、幸いです。
水の月ノベル -
望月誠司 クリエイターズルームへ
CATCH THE SKY 地球SOS
2015年06月12日

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