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『万屋・大泰司慈海とタイの王国 』
大泰司 慈海(ga0173)

 青い空で太陽が燃えている。
 常夏の国タイの日差しはきつい。
 熱気蒸す大地に降り立つと、じんわりと肌に汗が浮かんでくる。
「ジカーイさん、これなんだ! なんとかならないか! とても急ぎなんだっ!」
 切羽詰った感が滲み出ている声音が響き渡る。
 大泰司慈海は帽子の鍔を指で摘んで押し上げて、眼前にうず高く盛り上がった壁を見上げた。
 岩と土の巨大な塊である。
 なんでも、豪雨《スコール》の影響で運悪く大規模な土砂崩れが起こり、南部の村から中央へと繋がる道の一つが塞がれてしまったらしい。
 この辺りではパーム椰子の栽培が盛んで、育てた椰子からパーム油が工場で絞られ各方面へと出荷されている。この道が使えないと村と中央を繋ぐ物流が大幅に滞ってしまうのだという。
 原料である椰子の運送が止まるとその先の工場まで運転がストップしてしまう。
 褐色の肌の依頼人が泣きそうな顔で言う。
「納期が今日でさ。貴族様が経営する大工場への品なんだ。今日中に品を運べないとどうなる事か……!」
 タイは一般に日本よりは色々時間にルーズな所もあると言われているが、それでも守らなければならない時は当然ある。
「なるほど……わかりました。緊急だし仕方ない。ちょっと荒っぽい手を使います。さがっててくださいねっ」
 慈海は言うと乗ってきたトラックに向かい、後部の荷台にかかっていた布を取り払った。
 現れたのは銀色の長大な塊。
 慈海はこんな事もあろうかと、と店から運んできたエネルギーキャノンを肩に担ぐと、褐色の肌の依頼人達が十分な距離を取っているのを確認して、砲口を土砂壁へと向けた。
 練力解放。
 覚醒。
 狙いを定め、引き金をひく。
 砲口からドシュウッと独特の音を立てて光が飛んだ。
 光の砲弾が大岩に炸裂すると爆裂を巻き起こし、岩と土の山が吹き飛ばされてゆく。土砂が流れ、崩れる。さらに連射。
 しばらくして、
「――こんなものかな」
 道に大穴をあけてしまっても意味がないので、ある程度を吹き散らした所で慈海はキャノンを荷台に置き、メトロニウムスコップを取り出した。
 依頼人達に振り向きニカッと笑顔を向ける。
「後は手作業で片付けますねー!」
「おぉ……おぉ! さすがジカーイさん! 凄いな、有難う! 助かった!」
「いえいえ。お礼は間に合ってからで」
 慈海はスコップを手に土砂へと向かい、それを除けて、道を使えるようにしてゆくのだった。


 かつて、タイでは王国南部軍による圧政やとある男の謀略から誤爆が導かれて因果が巡り、そこへ王国の権力闘争に因果のあるヨリシロを持つゾディアックの関与が絡み合い、巨大な内戦が起こった事があった。
「――うまくいったか、良かった」
 夜、先の依頼人から連絡が入り、慈海は戦後使い勝手が増して来た携帯のディスプレイに視線を落としつつ店内で安堵の笑みを漏らす。
 2013年、慈海は傭兵を続けながらもタイへと移住し、一軒の店を構えていた。
 万屋《なんでも屋》である。

『犬の散歩も子守も電球替えも掃除も害虫駆除も何でも承ります!』

 そのように看板を掲げるその店は、代金が安く、現物での支払いも可という事で、顧客からの評判はなかなか良い。
 薄利なので利益はあまり出ていないが、日夜依頼が舞い込み店は繁盛していた。
 依頼人が店に礼を言いにきてくれる事もある。
 慈海はそうやって人々と交流を深めながら、戦火に荒れたタイの復興に与力しつつ、時折傭兵としてバグア残党と銃火を交える日々を過ごしていた。
「タイで過ごす夜か……」
 慈海は晩酌を手に店の窓から覗く星空を眺める。黒い瀑布を背景に白に黄に光る星々が煌いている。
 昼の熱気も大分おさまり、涼やかな風が窓から入ってきていた。

――この国には、深く関わってきた。

 かつては常に、心の根底には罪の意識があった。
 自ら消した過去に対して。
 タイでは、王妃弟を利用し傷つけたことがしこりとなって。
 罪滅ぼしのように傭兵を続けてきたように思う。
 けれど、タイの人々と交流を続け、王妃弟とも再会し、様々な事柄を通して、次第に澱は消え去っていった。
 しかしタイにおいて、慈海は常にあくまでも他国の人間だった。
 遠い異国の傭兵。
 どれだけこの国に心を砕いていても。
『タイの事は、タイ国民が決める事だ』
 その拒絶を怖れた事もあった。
 だが――今の慈海は、タイの人間だ。
 タイに住んでいる。
 それでも、

……己は真にタイ国民なのだろうか、

 ふとそう考える時がある。
 己はタイ国民であると、タイの国民達から認めて貰えているだろうか?
 顧客からの評判は良い。
 信頼を寄せてくれる人間も増えてきている。
 だが似たような商売をしている者達からの評判は、なかなか厳しい。
 純粋に商売敵だから、というのもあるが、何より価格破壊だからだ。
 難しい問題だ。
 そういった人々からは痛烈に敵視されている。貶められたり、卑怯で陰険な嫌がらせを受ける事もある。
 だが、

『有難う』

 ディスプレイに映った依頼人からのメールには、そう記されていた。
 慈海のその助けを必要とする人々は確実にいた。
 彼等は慈海に笑顔と共に感謝する。
 色々と抱える問題はある。
 だが、人々の笑顔を見ると、慈海の心もまた晴れるのだった。


 駆ける。
 駆ける。
 駆ける。
 全力で駆ける。
 慈海が睨む先には、風にもふもふとした毛を暴れさせながら矢のように駆けてゆく犬の姿があった。
 綱を切って失踪した犬の捜索と捕獲、というのが本日の万屋への依頼であった。
 聞き込み調査からなんとか発見し、今は絶賛、犬vs人間の猛チェイス中である。
「ちょっと、待って、くれないかなぁ!」
 息を切らして駆けつつ声を投げるも、バウリンガルならぬ慈海の言葉は通じず、犬はその小柄さを活かし、高速でタイの町並をちょこまかと駆けてゆく。
 だが直線では熟達の能力者である慈海の方が早い。
 徐々に距離を詰め、その首輪へと手を伸ばす。
 瞬間、犬は驚くべき行動に出た。
 地を蹴って跳躍し付近の樹に駆け上ったのである。
「ええっ? ……犬が木登りするとはなぁ」
 慈海は足を止め、驚嘆して頭上を見やる。
 だが、犬の逃走劇もそこまでであった。
 勢い登ったものの、足を揃えて枝上で蹲みこんだ犬は、どうやら進退窮まって動けなくなったらしい。
「あらら、どうか動かないでねっ」
 危ないからね、と声をかけつつ慈海もまた樹に登り、腕を伸ばして犬を抱きとめる。
 くぅーんと鳴く犬の頭をよしよしと撫でる。散々走り回ってストレス発散したのか、今は大人しいものだった。
 ふと視線を横に動かすと、寺院の敷地が目に入った。
 多くの人が集まっている。
 中でも鮮やかな民族衣装に身を包んだ一組の若い男女の姿が目を惹いた。
「……あぁ、結婚式、か」
 ふと合点がいって慈海は呟きを洩らした。
 新郎も新婦も笑顔を浮かべ、幸せそうだ。

――どうか、彼等彼女らの未来に幸あれ。
――そして、どこかで暮らす子供たちよ、幸あれ。

 慈海は瞳を閉じて祈りを捧げた。
 次の瞬間、
「バウッ!」
 と腕の中の犬が吠え、慈海は苦笑しつつ樹から降りる。
「ダムちゃん、ご主人の所に帰ろうか」
「バウ!」
 なんとなく、意思疎通ができたような気がして「もしやバウリンガルに目覚めたのかもしれない」なんて事を思いつつ、慈海はタイの町の道を歩いてゆくのだった。





 了




━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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整理番号 / PC名 / 性別 / 外見年齢 / 職業
ga0173 / 大泰司 慈海 / 男 / 47才 / 万屋兼傭兵

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 毎度お世話になっております。
 Cのリプレイ読むとあの世界が懐かしくなりますね。
 あぁ、望月シナリオでのあの心情とかこの経緯を踏まえた上でだったんだなとか、今になって思ったりします。
 眠りとかは、言わなきゃ解らない事って多々色々あると思うんですが、言葉で言っちゃうと無粋かなと思ってしまう時もあり、偶にそういう描写になりますね。有難うございます。
 内容の方ですが、以上のようになりました。とても深い思いをタイに抱いてらっしゃるかと思うんですが、上手くできたかどうか……F・IMSは偉大だ。ご満足いただける内容にできていれば幸いです。
水の月ノベル -
望月誠司 クリエイターズルームへ
CATCH THE SKY 地球SOS
2015年06月15日

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