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『だいふくころりん 』
フェイト・−8636)&大福・―(8697)


「ふう……やれやれ」
 雨が降ってきたので、コンビニの軒下に避難したところである。
 ちらり、と店内を覗いてみる。天気のせいか客はおらず、店員も暇そうだ。
 暇なのは、フェイトも同じだった。
 出勤したはいいが任務もなく、戦闘訓練を一通り済ませた後、こうして街の中を見回っているところである。出歩いていると案外、IO2管轄と思われる厄介事に巡り会うものだ。
 お前はそういう体質だ、と上司に言われた事がある。
 それはともかく、傘くらいは買うべきか。あるいは店内で、少し雨宿りをさせてもらうか。
 微かな気配が、足元で動いた。
 フェイトが見下ろすと、大きな葉っぱが歩いていた。
 風で飛ばされているわけではない。歩いているのだ。
 白い、小さな生き物が、葉っぱを傘にしながら、フェイトの足元をとてとてと横断している。
 ネズミ、いやハムスターであろうか。それが小さな前足で葉っぱの傘を担ぎ、尻尾を立てて二足歩行をしているのだ。
「これは……ネズミは意外と頭がいいって話、たまに聞くけど」
「キミの目は、ふしあなかね」
 そんな事を言いながら白ネズミが、ちらりと傘を持ち上げてフェイトを見上げる。睨みつける。
「ぼくはネズミではなくハムスターでもなくチンチラなのだ。それよりキミ、てつだってくれたまえ。ヒマなんだろう? ものすごいヒマじんおーらがでているぞ」
「まあ……確かに忙しくはないけど」
 上司の言う事は正しいのかも知れない、とフェイトは思った。


 鼠浄土、という話がある。
 いわゆる「おむすびころりん」で、様々なバリエーションがあるものの「地の底のユートピアに住む鼠たちが、善人に福を、悪人には禍をもたらす」という基本的な筋立てに変化はない。
 ネガティブなイメージの強い生き物ではあるが、日本の神話や民間伝承においては、神の使いとして扱われる場合が多いのだ。
 ネズミは「根住み」、根の国すなわち異世界に住まう生き物である、という語源説もある。
 ここが神の住む異世界で、このネズミたちが神の使いであるのかどうか。それは、フェイトにはわからない。
「お願いでございます、大福様……白無垢を、娘の白無垢を、どうか取り返して下さいませ……」
 とにかくネズミたちが、後肢で立って和服をまとい、日本語を話している。
 白無垢を盗まれた花嫁、であるらしい小さな牝ネズミが、両親にすがりついて泣きじゃくっている。
 フェイトは見回した。
 ネズミの村、としか表現しようのない場所である。
 リリパット国に迷い込んだレミュエル・ガリヴァーのような気分のまま、フェイトは村の広場に、窮屈そうに座り込んでいた。立って動き回ると、うっかりネズミたちを踏み潰してしまいかねない。
 コンビニ前から、どのように歩いてこんな場所に至ったのか、全く記憶にない。
 深く考えるべき事ではないのだろう、とフェイトは思う事にした。
「ぼくに、まかせておきたまえ」
 大福様、などと呼ばれた白チンチラが、小さな前足で偉そうに胸を叩いている。
 この生き物に案内されるまま歩いているうちに、いつの間にか、ここにいた。
「みるといい、ニンゲンをつれてきた。いろいろいわれてるけど、うまくりようすれば、こんなにやくにたついきものはいないぞ」
「まあ、利用してくれるのは別にいいけど」
 村の仔ネズミたちが、ちょこまかと全身を駆け上って来る。
 うかつに立ち上がることも出来ぬまま、フェイトは言った。
「俺、捜し物はそんなに得意じゃないぞ。念動力はそこそこ使えるけど、ESPの類は今一つなんだ」
 婚礼を数日後に控えたネズミの花嫁の、白無垢が何者かに盗まれたという。
 そのような問題の解決を頼まれるほどの存在であるらしい。この大福という白チンチラは、ネズミたちにとって。
 顔役、のようなものであろうか。
「しんぱいごむよう。はんにんには、こころあたりがある」
 前足で腕組みをしながら、大福は鼻息を荒くした。
「こんなことをするのは、アイツらしかいないのだ。さあ、とりかえしにゆくぞフェイトくんとやら」
「狐に、じゃなくてネズミにつままれた気分だよ。まったく……」
 仔ネズミたちを掌に乗せながら、フェイトはぼやいた。


「なるほど、ネズミの敵と言えば猫か」
 そんな事を、フェイトはとりあえず呟いてみた。
 村の近くの山中。洞窟の中に、その猫は棲んでいた。
 可愛い盛りはとうの昔に過ぎ去り、今やでっぷりと巨大に肥えた老猫である。
「ふん……人間を連れて来やがったのかい、ちょこざいな白ネズミが」
 どうやら牝であるらしい、その猫が、牙を剥いて人語を発し、両眼を禍々しく輝かせてフェイトを睨む。
「うっ……」
 風のようなものに圧され、フェイトはよろめいた。
 風ではない。物理的な圧力を有する眼光……念動力である。
 化け猫、と言っていいだろう。
「それも……IO2管轄の事案にしてもいいくらいの化け物だ。まさか、こんなのがいるなんて……」
「きいてない、とはいわせないぞ。ぼくはちゃんと、ばけねこだっていったからな」
 フェイトの頭の上で大福が、偉そうな口をきいている。
「まったくネコというのはほんとうに、あさましいいきものだなあ。それがしょうこに、どろぼうネコということばはあっても、どろぼうチンチラなんてことばはない。すこしは、ぼくたちをみならいたまえ」
「おい、あんまり挑発するなよ」
 フェイトは言ったが、すでに遅い。化け猫は怒り狂っている。
「こぉんのクソガキども……人間もネズミも、まとめてハラワタぶちまいてやるぅぁあああああ!」
 砂時計のような両眼が、真紅に輝く。その眼光が迸り、フェイトを襲う。
「くぅっ……!」
 大福を頭に乗せたまま、フェイトは念じた。左右の瞳が、エメラルドグリーンの光を燃やす。
 目に見えぬ、念動力の防壁が、そこに出現していた。そして砕け散った。
 化け猫とフェイト、両者の念動力がぶつかり合い、激しい相殺を起こしていた。
「これは……動物愛護精神を持ったまま、勝てる相手じゃあないな……」
 戦って勝つには、殺さなければならなくなる。
 だが、この化け猫が果たして、死をもって償うほどの罪を犯したのかと言うと。
「どろぼうネコは、にんげんからおさかなでもぬすんでいればいいのに……いったいぜんたい、そんなものぬすんで、どうするつもりなのかねキミは」
 大福が言いながら、化け猫の後方に、ちらりと視線を投げる。
 小さな白無垢が、そこにあった。人形型の着物掛けに、きちんと着せられたままだ。
「そのからだで、きられるわけでもあるまい」
「くそネズミが! 真っ二つに食いちぎられたいかああッッ!」
「しょうじきにいいたまえよ。キミ、うらやましかったんだろう? けっこんに、あこがれているんだろう」
 大福の言葉が、どうやら核心に近いところを直撃したようである。
 老いた化け猫の肥えた巨体が、ぶるぶると震えている。
「だから、そのしろむくを大事にとってある。よごしたり、やぶいたりなんて、キミにはできないよ」
「あたしは……お嫁にも行けなかった……誰も、お婿に来てくれなかった……」
 化け猫の両眼が、憎しみの炎を燃やしながら、涙で潤む。
「なのにネズミどもが、幸せな結婚するなんて……許せるわけないだろう!? あたしが……結婚……出来なかったのに……」
「わかったぞ。あんたは結婚に憧れてるんじゃあない。結婚式に憧れてるだけだ。白無垢やウェディングドレスに、憧れてるだけだ」
 言うべき言葉を頭で組み立てる前に、フェイトは言い放っていた。
「そんな気持ちで本当に結婚なんてしてみろ。まともな母親に、なれるわけがない……たちの悪い男に引っかかって、ろくでもない子供が生まれて、結局いろいろと苦しむだけだ」
 姉貴は本当に、夢見がちな女だったからな。かつて叔父が、そんな事を言っていた。
 結婚さえすれば、あの屑のような男が良き夫・良き父親として生まれ変わってくれると、姉貴は本当に信じていたんだ。結婚式を、おとぎ話のような魔法の儀式だと本気で思い込んでいた。白無垢も、ウェディングドレスも、キラキラとした幸せの魔法をもたらすものだと信じていたのさ。お前の母親は。
 結婚さえすれば、男も女も幸せになれる。姉貴は、本気でそう思っていた。
 本当に幸せになれたかどうかは……まあ、お前も知っての通りさ。
 そんな事を語る叔父の顔には、実の姉への侮蔑と、義兄である男への憎悪が、渦巻きながら浮かび上がっていた。陰惨で、どこか子供じみた寂しさを隠しきれていない表情。叔父のその顔が、フェイトは大嫌いだった。
 今の自分は、しかし同じ顔をしているのかも知れない。
 そう思いつつ、フェイトは言った。
「結婚なんて……そんなに、いいものじゃあない。子供なんていう、要らないお荷物が増えるだけだ。そのせいで生活が苦しくなって、喧嘩も絶えなくなる。男も女も子供も、幸せになんてなれない」
「違う! 違う違うちがぁう! ふざけた事ぬかすな人間のくそガキ!」
 化け猫が、怒り狂いながら泣きわめく。
「結婚は幸せなんだよ! 夢なんだよ! 男も女もキラキラしてて、子供も生まれて幸せになるんだよ! 結婚して幸せになれないのは、お前ら人間だけだ! あたしは幸せな結婚をするんだ! 幸せな結婚……したかったんだよぉ……」
「まずは、しろむくをかえしたまえ」
 フェイトの頭上で大福が、相変わらず偉そうな事を言っている。
「しあわせなけっこんを1つ、まもろうよ……ね?」


 化け猫の方から、ネズミたちに頭を下げてくれた。
 白無垢は無事に返され、婚礼はつつがなく執り行われた。
 フェイトは恩人として、上座に近いところに席を用意されたが、上座も何もなく結婚式そのものをガリヴァーの如く見下ろす形になってしまう。
 白無垢姿の新婦と、紋付羽織に身を包んだ新郎。その親族。皆、幸せそうにしている。
 玩具のような結婚式を見下ろしながら、フェイトはふと思った。
 幸せな結婚をした男女もいる。
 今は喫茶店を経営している元傭兵のルーマニア人男性と、魔女としての仕事をしていた日本人女性。子供が生まれた今もなお、いささか正視し難いほどに幸せな夫婦である。
 自分には、あんな結婚は出来ないだろう、とフェイトは思う。何しろ、あの両親の息子である。
(ま……俺は結婚なんて、しないだろうけど……)
 そんな事を思いながら、フェイトは気付いた。
 相変わらず、雨が降っている。店内では、やはり相変わらず店員が暇そうにしている。
 コンビニの、軒下であった。
「何だ……俺、立ったまま夢でも見てたのか……」
 そうではない証拠を、フェイトは携えていた。
 酔っ払いの寿司折りの如く、片手からぶら下がっている。
 寿司折りではなく、菓子折りだった。
「これ……って、もしかして引き出物? いやまさか」
 恐る恐る、フェイトは開けてみた。
 善いお爺さんは、ネズミたちの国から財宝を持ち帰ったという。
 特に善い心を持っているわけでもない緑眼の若造は、あのわけのわからない場所から、何かを持ち帰って来たのだろうか。
「やあ、ごちそうさま。おいしかったよ」
 菓子折り箱から、白い小さなものが、ひょこっと顔を出した。大福だった。
 フェイトは、小さく溜め息をついた。
「……あんたをIO2に連れてって調べてもらうべきかどうか、俺ちょっと真剣に迷ってるんだけど」
「あいおー2? ぼくを日本におくりとどけてくれた人も、そんなこといってたな。またスコーンとジャムをくれるなら、あいおー2にいってもいいぞ」
「スコーン……ね」
 スコーンとジャムなら自分も、とある知り合いに振舞ってもらった事がある、とだけフェイトは思った。
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小湊拓也 クリエイターズルームへ
東京怪談
2015年06月16日

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