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『 老人達の月夜 』
ユハニ・ラハティka1005)&グレイベル・アイゼンヴァルドka1312

 人里から少し距離を置いた林の奥。
 町へ出るにも、どこへ行くにも多少の苦労を強いられる、いわゆる僻地にその家は佇んでいた。
 夏の訪れを前に開け放たれた襖からは心地よい風が屋内に吹き込み、ほんのりと含んだ湿気が、冬の間に乾燥した部屋に程よい潤いを与えてゆく。
 そんな邸宅の一室で、グレイベル・アイゼンヴァルドは手にした書物に視線を落としていた。
 陽も既に落ち、山間に僅かな赤い光の筋を残す夕暮れ時。
 南の空には煌々とした上弦の月が輝く。
 薄暗くなって来た部屋の中、煙管から上がる煙がうっすらと外の灯りを部屋の中に持ち込んていた。
 グレイベルはふと書物から顔を上げると、煙管の火種を火鉢に落とし、代わりに傍らの燭台へと手を伸ばす。
 指先が弧を描いた燭の持ち手に触れようかという時、ピクリと震わせるようにしてその手を止めた。
 不意に門戸から響くけたたましいノック音。
 その音を聞いて深くため息を吐くと、燭に火を点すのを後にして、静かに玄関口へと向かって行った。
「いよーっ、グレ公。くたばってないか確かめに来てやったぜ!」
 戸口から響く騒々しい声。
 扉の先の笑顔すら容易に想像できそうな口ぶりを前に、グレイベルはガラリと門戸を開け放った。
「少しは静かにできないのかねぇ……お前さんの声は耳に響いて仕方が無いよ」
 戸口の先に覗いたユハニ・ラハティは、手に持った酒瓶と縄に吊るした干し肉を片手に掲げ、それ以上は何も言うでなくにっかりと歯を見せて笑って見せる。
 その濃ゆい笑顔を前にして、グレイベルはもう一度、大きなため息を吐いてみせるのであった。
 
 傾いた陽はとうに落ち切り、空は漆黒の闇に包まれる。
 とは言え、文明的発展も色濃くない僻地の空には、満天の星空が広がっていた。
 星の輝きと、照り返す三日月の輝きがうっすらと掛かる雲を染め上げ、ぼんやりとした幻想的な薄明かりが天蓋いっぱいに広がっていたのだ。
 そんな夜空を眺め上げながら、縁側にどっしりと腰を落ち着けるユハニとグレイベル。
 2人の間には、一口大に刻まれた干し肉と薄れたラベルの洋酒が置かれ、その横にグレイベルのグラスがコトリと音を立てて添えられた。
 干し肉のかけらをひょいとつまみ、口へと運ぶ。
 水分が抜けて固くなったそれではあるが、噛むたびに口の中の水分を吸って元の姿を取り戻し、中に蓄えたうま味を放出する。
 しわがれた年寄りからこれ以上水分を奪ってどうしようというのか……そんな憎まれ口も叩きたくなるものだが、これだけの味わいを堪能させてくれたのなら黙って許せるというもの。
「でよー、砦に向かう救援船に、どうしても俺の力が欲しいって言うから乗ってやったわけじゃん」
 隣のユハニは一度たりとも置かれることの無いグラスを片手に、ぽいと口の中に干し肉を放り込んで噛み締めると、溢れるうま味をごくりと酒で流し込む。
 情緒も何もあったもんでは無いが、染みこんだうま味をアルコールと混ぜ合わせて飲み込むのもまた旨いものだ。
「まー、退屈な船旅だったぜ。そら護衛ってんだ、元々戦うための船出じゃねぇ。もちろん、向かう先ではひと暴れしてやるつもりだったけどなー!」
 口にしながら、酔った勢いかそれとも素か、喉を鳴らして笑いこけるユハニ。
「そしたらよー……何が出たと思う?」
「不死身の骸骨の次だ……今度は幽霊でも化けて出たのかい」
 もったいぶるユハニに、グレイベルは視線も合わせず煙管をふかしながらそう答える。
 その答えにユハニはニヤリと口元を歪めると、グラスの残りを一気に煽り込んだ。
「それが、可愛い女の子じゃーん! ひらひらーっとした服を着た!」
「おまえ、私をからかってるんじゃないだろうな」
「いーやいや、ウソは言ってねぇぜ」
 脚色はあるけどな――その言葉はグラスに注ぐ酒と共に流すユハニ。
 多少、面白おかしく話を変える分には話し手の特権だ。
 それで少しでも聞き甲斐のある話になりゃ、聞き手だってファンキーな気持ちになれるだろう。
「それが天下のお尋ねモン、災厄の十三魔だっつったら、少しはその腰みてぇに凝り固まった顔も驚きに歪むんじゃねぇか?」
 そう、挑戦するようなトーンで口にしたユハニの言葉に、グレイベルはピクリと眉を動かした。
 が、その反応もすぐに小さな吐息に変えると、含んだアルコールをコクリ食道へ流し込む。
「……流石に腰が立たないほど年食ったつもりは無いよ」
 言いながら、また1つ煙管を口にして夜空を見上げる。
 棚引く紫煙が、月を遮り立ち上った。
「まーまー、そう拗ねないで聞けって! こっからがファンキーなんだからよ!」
 相変わらずしんみりとした様子のグレイベルの肩を叩き、うっとおしがられてもユハニは変わらぬ調子で言葉を続ける。
 繰り広げられるのは相変わらずの誇張と、妙な前振りを踏まえながらの冒険譚。
 どれだけ引き出しがあるのか、うんざりするほど口が回るユハニであったが、グレイベルもまた根本から邪険にするわけでもなく、適当に相槌を交えて酒代程度に耳を傾けるのであった。
 
 それから、どれだけの事をユハニは語っただろう。
 最近の事から、一度――いや、何度もどこかで話した事があるような内容まで。
 ユハニ自身も以前の脚色を覚えていないのか、聞くたびに内容が微妙に違うその話は、毎度毎度別の冒険の話であるかのようにさえも錯覚する。
 いつしか、彼がリアルブルーに居た頃の話に移ろうかという時、グレイベルが思い出したように口を割って見せた。
「おまえさん、“これ”はどうだね?」
 言いながら、グレイベルは指で何かを摘むようにして空中に打ち付けて見せる。
「何だ、将棋か? まあ、年寄りの嗜み程度にはな!」
 そう言って、再びあっけらかんとして笑うユハニに、「なら丁度いい」と重い腰を持ち上げるグレイベル。
 そうして部屋の奥から持ち出して来たのは、埃をかぶった将棋盤であった。
「何か落とすか?」
 盤面に駒を並べながら、語りかけるように問うグレイベル。
「ファンキーな事言ってんじゃねーよ。冗談言うのは顔だけにしときな!」
 よっぽど顔がファンキーなのはユハニの方ではあったが、両者同意の下で互角の勝負は始まった。
 ユハニの指す手は素人同様のそれであり、逆にグレイベルの指す手は定石から積み上げる磐石な騎面。
 1手も2手も先を読むグレイベルだったが、それでも時たまユハニの指し示す想定外の一手に、中々勝機も見出しきれずに居た。
「玉なんざ囲んで無いで、どんどん攻めて来たって良いんだぜ」
 ガンガン前へ乱れ打つユハニの棋譜を前に、グレイベルはそれでも危なげなく返してゆく。
「そうして向こう見ずに危険に突っ込んだら……誰が王を守るんだ?」
 パチリと、その隙を突いてユハニの陣に入り込むグレイベル。
 ユハニはその一手に小さく唸り声を上げるも、すぐに閃いたように傍らの持ち駒を手に取って、王を守るように打ち込む。
「がら空きの懐は、仲間に守ってもらえば良いじゃん」
「減らず口を」
 悪態を吐きながらも、攻めの機会を一時失ったグレイベルは指した駒を一手下げる。
「持ち駒だって有限。何時までもそうしていられるほど、私らだって若くは無いんだ。少しは腰を落ち着ける事も覚えたらどうだい」
「だからって守ってばっかじゃ、ファンキーな人生は歩めねーじゃん?」
 手は進まずとも、口ではああいえばこう言う。
「仮に王を取られる危険があってもよ、楽しまなきゃ短い老い先もったいねーじゃんかよ!」
 言いながら、改心の一手とでも言いたげに差し込んだユハニの「と金」。
 どうだ、返してみろ、とにっかりと見せた歯が嫌でも語っている。
「――だから、向こう見ずだって言うんだ」
 ため息混じりに、グレイベルが返した一手。
「ん……んんんんんんっ?」
 その手を目にし、首を傾げながらも、盤にかぶりつくように食い入るユハニ。
「王手。私の勝ちだよ」
 そう言って、グレイベルは服の裾についた埃をパンと払う。
「待て、ちょーっと待てよ。今、逆転の一手を考えてるからよー!」
 手のひらを向け、彼が卓を離れようとするのを制するユハニ。
 だが、考えた所でどうともなる訳がない。完全なる詰み。
 そんな時、夜の帳から冷たい風が吹き込んだ。
 背筋を撫でるかのようなその風に、グレイベルはゾクリと肩を震わせる。
「付き合ってられんな、私は寝る」
 そう言って、自分のグラスを片手にスクリと立ち上がるグレイベル。
「ああ……忘れず火元は消しておくれよ」
 言いながら傍らに置かれた火鉢に視線を投げると、ユハニの返事も待たずに部屋の奥へと引っ込んでゆくのであった。
 
 早朝。鳥の囀りを耳にしながら、グレイベルは目を覚ました。
 まだ温まり切っていない空気を前に、1枚薄い着物を上に羽織ると彼は縁側へと足を伸ばしていた。
 そこには既にユハニの姿は無く、代わりに出しっぱなしの火鉢とぐしゃぐしゃに駒が散らばった将棋盤。
 苦し紛れに盤面をかき乱して帰ったのだろう。
 言いつけ通りに、火元はちゃんと消してあったが。
「駒ぐらいは片付けて欲しいもんだね、まったく――」
 再三の悪態を吐きながらも手を伸ばしたその盤面を見て、ひくりと彼の指先が止まった。
 同時に、朝の心地よい空気が屋敷を吹き抜け、カサリとした紙の音が耳に響く。
 目を向けると、乾いたコップに挟まれた書面が1つ。
 それに目を通し、再び盤面に目を通し、グレイベルは朝一番ながらその日一番のため息を静かに吐き捨てていた。
 
 ――俺の勝ちだざまーみろー! byユハニ

 腰を屈めて床に散らばった駒を拾い集めるグレイベルの傍らで、鉄壁の布陣を物理的に弾き飛ばしたユハニの王が、グレイベルの玉の上にどんと鎮座していたのだった。

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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ka1005 / ユハニ・ラハティ / 男 / 65 / 人間(リアルブルー)/ 猟撃士】
【ka1312 / グレイベル・アイゼンヴァルド / 男 / 55 / エルフ/ 魔術師】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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お待たせいたしました。
ファンキーなお爺さんと偏屈なお爺さんの、夜の語らいを書かせて頂きました。
ご老人キャラを扱う機会はWTでもあまり多くなく、とても新鮮な気持ちで筆を執ることができました。
少しでも、お2人の物語の一端を彩る事ができましたら幸いです。
ご注文ありがとうございました!
■WTアナザーストーリーノベル(特別編)■ -
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ファナティックブラッド
2015年06月17日

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