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『ルビィは黒衣を記憶に刻む 』
小田切ルビィja0841

 空気が薄い。
 冷たい風が逆巻いて、耳元で豪と鳴いている。
 下方に見えるのは岩の山肌、視線を彼方に移しゆけば広がりゆくは白の雲海。
 雲よりも高い場所。
 青い空を背景に、矢弾が嵐の如くに荒れ狂う中、紫色の焔を翼状に噴出しながら、双剣を携えた黒衣の男が飛行している。

「潰え、させて、なるものか……! このゲートは……! 俺は、まだ、何も……!」

 血反吐をはくように搾り出される声。男は、急激に消耗を開始している。ゲートコアが、攻撃されているのだ。彼はコアに命を共有する守護障壁を張っている。
 悪魔の血を顕現させた血塗れの小田切ルビィは、赤竜の如き真紅の翼を広げ、風を巻いて飛翔する。
 精巧な細工が施された、しかし鋭い輝きを放つツヴァイハンダーを両手に携え、喉を震わせ――叫ぶ。

「イスカリオテ!」

 声に黒衣の男が反応した。顔色悪く著しく消耗しながらも眼光鋭く黒衣をはためかせて稲妻の如くにルビィへと向き直り、突撃する青年を迎え撃つべく右の剣を竜巻の如くに一閃する。
 小田切ルビィは――その一閃をかわそうとはしなかった。相打ちを覚悟で真っ直ぐに翔ける。
 冷たく熱い刃が身に食い込んで来る激痛に歯を喰いしばって堪えながら、両手剣の切っ先を、イスカリオテの心臓を目掛け閃光の如くに突き出した――






 小田切ルビィは目を開けた。
 紅玉の色の瞳が窓から差す月光に照らされて煌く。
「…………夢、か」
 寝室の寝台の上、男は額にかかる銀色の髪を掻き揚げた。
 汗に濡れた髪が指に絡みつく。
 眉間に皺を刻み、息を吐いて再び瞳を閉じる。







――今でも時折、夢に見る。

 黒衣の天使の最期の光景。

 男の最後の叫びが、呪いのように纏わりつく。

「何故……?」

 月光に照らされる闇の中、響いた声に答える者はなかった。













 コアさえ放棄すれば、イスカリオテが死ぬ事は無かっただろう。死んでいたのは、多分――俺の方だ。

 生きてさえいれば、戦力を立て直して富士を奪還する事も不可能では無かった筈。

 なのに、何故……?















 熾烈を極めた富士決戦から数ヶ月が経った。
 かつての戦場跡、富士の山頂付近に一人の男が姿を現していた。
 銀髪赤眼の長身の青年――小田切ルビィだ。
 彼は休日を利用し、身近な友人知人達には行く先を伏せて、密かに再び富士に登っていた。今度は剣ではなく、花を手にして。
 見覚えのある場所に辿り着き足を止める。
 膝をつき、岩の傍に花を供える。
 ルビィが弔いを捧げる相手は、散って行った撃退士達とそして――黒衣の死天使イスカリオテ・ヨッドだった。
「あんたさ、心の何処かで死を望んでいたのか……?」
 そうとしか思えなかった。
 死天使がコアとの同調を解除しなかったお蔭で、ルビィ達は富士を奪還する事が出来た。
 イスカリオテは、あそこで一度退く選択肢も、選べた筈ではないのか。
 何故、退かなかった……?
『潰え、させて、なるものか……! このゲートは……!』
 ゲート。
 かつてこの地にあったゲートとは、彼にとって一体なんだったのだろう。

――サリエル・レシュが遺したゲート。

 サリエル達がゲート内に残し、手付かずのままにされていた遺品・私物は、あの決戦時にゲート内に踏み込んだ学園生達の手によって接収され、今はしかるべき研究機関で調査されているという。
 いや、既に数ヶ月が経ったから、もう調査は終えている頃だろうか。
 危険性や機密性がないものは、将来博物館に並ぶ事もあるのだろう。歴史を紐解けば、博物館とはそういうものだ。世界帝国がそれを証明してくれる。
 記憶が物に宿るなら、それは『魂』だ。
 失われた者達が遺していった『魂』。
 愛した『魂』。
 本拠地であり居住地であった場所での決戦で敗北するならば、戦勝者達の手によって、その文化・技術の研究資材として――あるいは単純に戦利品として――奪い取られる『魂』。
 土足で踏み荒らされる『魂』。
 そういう事に、あの土壇場で命を賭けたのだろうか。あの男が。
 人・天・魔が相争う世界構造を滅ぼすと絵空事な程に巨大なものを掲げていたあの男が。そんな『魂』などという小さな事にこだわって、大計を放棄したのだろうか。
 常に大局を優先させる策を採り続けていた、あの男が?
 しかも、命と引き換えにして――結局、それでも守れていない。すべては勝者達の手によって暴かれ、サリエル・レシュ達の私物は持ち去られた。

 戦に負けるというのはそういう事だ。

 だからこそ、屍を喰らってでも魂を売ってでも戦をするからには勝ってみせるというのが、あの男が打ってきた手から滲み見える、あの男の理念だった筈ではないのか。
 いたってまったくの無駄死に。まったくの犬死に。何も守れていない。退くべきだった。冷徹に大局を見据えるならば、イスカリオテ・ヨッドは退くべきだった。
 だから、そんな理由で彼が退かなかったというのは、らしくない。
 まったく、らしくない。
 だが、一方で、何処か、らしい気もする。
 だが――解らない。
 解らない。
 解らない。
 死者は決して答えない。
 何が真実だったのか。
 想いを巡らせる事しか、できない。

――あの男は、似ていた。

 ルビィの父、今は行方不明で、写真すら残っていない記憶の中のルビィの父親と、面差しが似ていた。
 目の前に現れた懐かしい面影……そのせいか、最期まで彼を憎む事は出来無かった。
 絶望と憤怒だけを道連れに死んで欲しくは無かった。
 僅かでも光を見出して欲しかった。

「俺は忘れ無ェよ……」

 理不尽な運命に憤怒し、反逆しようとした男。
 小田切ルビィは瞳を閉じて、祈りを捧げた。
 多くの人々を殺戮した存在ではあるが、一人くらいは花を手向ける存在が居ても良いと思うから。

 どうか、死後の世界ではせめて安らかに。








 季節は巡る。
 小田切ルビィは一人、山を降りてゆく。
 太陽が傾いてゆき、世界が茜色の光に包まれてゆく。
 青年は山道で足を止め、太陽よりも赤いその紅玉の色の瞳を眇めて夕陽を見やると、一度、山頂の方を振り向いた。
 しばし、ルビィは赤く染まった山頂の方を見つめていた。
 やがて、男は踵を返すと、再び麓へ向かって歩いて行った。








 了

 







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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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整理番号 / PC名 / 性別 / 外見年齢 / ジョブ
ja0841 / 小田切ルビィ / 男 / 19才 / ルインズブレイド
jz0352 / イスカリオテ・ヨッド / 男 / 35才 / 黒衣紫翼の死天使


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 ご発注有難うございます。お世話になっております望月誠司です。連続でも大丈夫ですよ、というかむしろ毎度有難うございます。
 有難うございます。ご満足いただける内容だったようで、ほっといたしました。そうおっしゃっていただけて光栄です。
 白髪まじりですが三十代ですね。三十代から四十くらいまでは壮年、と書く場合が望月は多いです。四十超えると中年、と書く事が多いですね。
 本文の方、ご満足いただける内容に仕上がっていましたら幸いです。
水の月ノベル -
望月誠司 クリエイターズルームへ
エリュシオン
2015年06月17日

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