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『ひこうき雲 』
常木 黎ja0718


 初夏の晴れ渡った空に、一筋の白い雲。
「高いなあ」
 見上げながら人混みの中を歩く一人の男は、三回ほどすれ違う人々とぶつかってから何かに躓いて、漸く下を向く。
「……見てた?」
 きまり悪そうに赤毛に手をやる筧 鷹政へ、常木 黎はそっと笑いをこらえた。




 映画館に行ってみる?

 ある日のこと。
 唐突に切り出したのは、鷹政だった。
「この間、映画の話したじゃない? たまに、そういうデートも良いかなって」
「デート」
「うん」
「……」
「…………」
 言った方も尋ねる方も、改まった言葉の響きに思わず沈黙。
「少し前のリバイバルだから、そんなに混雑しないだろうし。終わったら、映画談議しながら食事でも?」
 絵に描いたような、ベッタベタなデートプラン。
 苦笑いする黎へ、鷹政は映画のチラシを差しだす。四つある上映作品の、一つに丸が付いていた。
 ――アニメ映画、戦争時代、飛行機。
「鷹政さんは洋物のアクションが好き、って言ってなかった?」
「黎が語るとしたら、コッチ系じゃない? 俺、歴史は苦手だったし、ちょうどいいかなって思った」
「まるで地理は得意みたいに聞こえるけど」
「気のせいです。……で、いかがかな?」
「最近……というか、本当に言ってないからなぁ。……エスコートしてね?」
 冗談めかして見上げる恋人へ、鷹政は片目を閉じて応じる。
 きっと、楽しい一日になるだろう。




「外で待ち合わせも、なんか新鮮な。黎って、普段から私服は和服なの?」
「……というわけでもない、けど。『お出かけ』だし?」
 鷹政は普段と全く変わらない、ジャケットにTシャツ、ジーンズ姿。
 それに対し、黎は初夏の装いだ。紺地の単衣着物に薄紫色の紗の道行を重ねて、落ちついた色味で涼やかさを出している。
「夏には、俺も浴衣を出そうかね」
 夏。浴衣。祭りに花火。
 人混みを避けて、遠巻きに楽しむのも良いだろう。
 子供の頃の思い出話なんかを交えながら、映画館へと歩き出した。
「……うん?」
「あ、いや」
「離さなくていいよ、どうしたの」
 暇そうにぶら下がっている鷹政の左腕へ、黎が自身の右腕を絡める。ふっと見下ろされて、あわてて離れようとしたら笑われた。
「あ、あつくない?」
 咄嗟に口を突いた言葉が何だか苦しくて、相手も同じ気持ちだったのか思い切り笑われた。
 不貞腐れた振りをして、黎はそのまましがみつくように腕を組み、鷹政はわざとらしく歩調を緩めた。


 平日ということも相まって、映画館の混雑は酷くない。
 ポップコーンにソフトドリンク、パンフレットという定番セットを買い込んで。
(……浮いたかな)
 黎なりに考えての和装だったけれど、他の観客を見るに後悔の念が強まる。
「大丈夫? 人酔い?」
「平気、その、そういうのじゃないから」
 ぎゅ、と握る手に力が入る。
「久しぶりだったから、……その、緊張して」




 美しい映画だった。
 風景が、人々が、音楽が、美しく流れてゆく。
(あの時も……お互い、傷だらけだったっけ)
 ワンシーンに、黎は自身と鷹政との過去を重ねた。互いを、強く意識した時の頃。
 『死』が、その背に張りついていた時のこと。
(鷹政さんは、どうだろ)
 ちらり、横顔を盗み見る。
 派手なアクション、戦闘がある内容ではないから、退屈で寝てしまったりしてる? それはそれで貴重かもしれないなんて思いつつ。
(意外)
 意外にも、映画を堪能している。スクリーンしか目に入っていない。
 情景に合わせ、表情が変わる。驚き、笑い、それから少し寂しそう。
 主人公とヒロインが、制限時間付きの誓いを交わすシーンだ。
 手放しで幸せを喜ぶことはできない。
 死が、その背に張りついている。
 それを知っていても、信じたい気持ち、『今』が幸せなのだということ、
 複雑な感情が重なりながら、景色は美しく明るく二人は幸せを謳歌する。
「――っ」
 劇中の音楽、声ばかりを耳に、目は鷹政の表情を追っていた黎は、不意に右手に大きな手のひらを重ねられて心臓が飛び跳ねた。
(……あつい)
 真っ暗な館内で、頬の赤さなど気にする必要などないのに。

 『仕事』は大切だ。
 かといって、『大切な人』を切り捨てることもできない。
 両方を手にすることはできない。
 その葛藤が、どこか自分たちに重なるような気がして、吸い込まれるのかもしれなかった。
 限りある命の使い方。
 捨てられないものを、両方手にするための方法。
 おとぎ話ではない、現実として――……

 物語が佳境へと差し掛かる。
 主人公とヒロインの結婚…… ごくごく内輪での、ささやかで、精いっぱいの。
(いいな。羨ましい)
 ぼんやり、そんなことを感じたことに、黎は二度目の驚きを抱いた。
(……あれ)
 前にもあった。一年ほど、前のこと。
 誰かの結婚式なんて、遠いものだと思っていた、のに。
(羨ましいの、かな)
 ぷかりと浮かんだ感情へ、問い直す。答えは、自分の中にしかないとわかっていながら。




 二時間ほどの映画が終わっても、陽はまだ高い。
 ちょっと遅めのランチにしようと、向かったのはカフェテラス。
 余裕を持った席数で緑も多く、閉塞感を与えない広々とした店内だった。
「良い店だね」
「でしょ。一人でも入りやすくてさ、俺のお気に入りの一つね」
「じゃあ、鷹政さんのオススメメニューをお願いしようかな?」
「必然的に、お店のオススメメニューになります。肉と魚、どっち?」
「フレンチなのよね。魚にしようかな」

 飛行機の造形や。当時の時代背景、各国の関係や。
 そういったことを黎が熱っぽく語るのを、鷹政は楽しげに聞いている。時折、わからない用語を質問する。
「戦争の時代だけど、戦争そのものは描かず存在を仄めかしながらっていう演出が憎かったよね」
 もっと、ドロドロしてるんだと思ってた。鷹政が、短い感想を挟む。
「ああ、そうかも。完全に花畑ハッピーってわけでもないし」
 劇中で、ヒロインは病に倒れ、先立っている。具体的な描写は無かったし、そこに戦争は絡まない。
(……さきに)
 死は。その背に張りついている。
 それは鷹政の背であり、黎の背でもある。鷹政は既に、一人を喪っている。
(羨ましいのは……)
 幸せそうな様子が、純粋に羨ましかったのだろうか。
 一生を誓うその姿が羨ましかったのだろうか。
 その覚悟を双方が背負う、そのことが?

 もっと近くに、もっと一緒に居たい。

 黎は、そう思うのに。
 鷹政の気持ちを疑うわけじゃない、ただ、躊躇う一面に気が付いたように感じた。




 空を駆けるひこうき雲も、すっかり消えてなくなって。茜色に暮れてゆく。
 駅のホーム。今日はここでお別れ。
「明日の仕事が断れる内容だったら良かったんだけどな……。ごめん、俺から誘ったのに半端な感じで」
「悪いと思ってるなら、手を繋いでて? 電車のドアが閉まるまででいいから」
 黎は、映画のワンシーンを真似てみる。
 描き、消えてゆくひこうき雲。儚い命。今日という日は、再び来ない。
 発車のベルが鳴る。
 手が離れかける。
 くい、と黎は背を伸ばす。

「ありがと、楽しかった」

 触れて離れた朱い唇で、黎は笑って手を振った。
 流れる車窓の向こう、顔を真っ赤にした鷹政も、やはり笑っているようだった。


 いつか消えて終わるならば、せめて今は、赤く燃やして。




【ひこうき雲 了】


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ja0718/ 常木 黎 / 女 / 25歳 / インフィルトレイター】
【jz0077/ 筧 鷹政 / 男 / 27歳 / 阿修羅】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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待ち合わせや感想談義も楽しい映画デート、お届けいたします。
楽しんで頂けましたら幸いです。
■WTアナザーストーリーノベル(特別編)■ -
佐嶋 ちよみ クリエイターズルームへ
エリュシオン
2015年06月22日

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