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『人形遊びの夜 』
セレシュ・ウィーラー8538


 滅多な事では動じない少女が、悲鳴を上げている。
「お、お姉様……一体、何をしておられますの!?」
「何って、遅うなったけど帰って来たんやないかい」
「人の家の玄関に、マネキン人形を置いて行く……新手の嫌がらせかと思いましたわ」
 2体のマネキン人形。片方は女子高生の制服を着せられ、もう片方は下着姿である。
 前者が、後者を肩に担いで立っている。両者とも、雨に濡れている。
 ドアを開けた瞬間、そんなものが視界を占めたのだから、驚くのはまあ当然か。
「雨に紛れて……その格好のまま、歩いて来られましたの?」
 歩くマネキン人形と化したセレシュ・ウィーラーを、家の中に導き入れながら、少女は言った。
「ちょっとしたホラーですわね……雨の中、夜道を歩くマネキン人形。想像してごらんなさいな」
「シュールでおもろいやないか。ま、2度とせえへんけどな」
 そんな会話をしつつセレシュは、屋内の明かりの中で、己の全身を見下ろした。
 ずぶ濡れである。
 白いブラウスが、FRPの肌にぐっしょりと貼り付いている。
 濡れたプリーツスカートが腰回りに密着し、細いウエストと若干ボリューム不足なヒップラインが露わである。どう動いても、凹まないし撓みもしない人形の体型が、くっきりと際立っていた。
「ん〜、これはこれでセクスィーやけど……やっぱ生身の方がええなあ」
「それなら、とっとと元にお戻り……あの、もちろん戻れますわよね? お姉様」
 心配そうに確認しつつ、少女がバスタオルを手渡してくる。
 セレシュは服を脱いだ。女の子が服を脱ぐと言うより、人形から衣服を剥ぎ取る作業にしかならなかった。
 衣服を失い、いよいよ単なるマネキンでしかなくなった己の身体を、セレシュは隅々までタオルで拭った。
「生身のお肌と違うて、簡単に乾くし寒うもなし。それはまあ、ありがたいんやけどな」
「そんな事よりも。このお姉様は毎度毎度の事ながら、またこんなもの拾って来られて」
 セレシュの担いで来た、下着姿のマネキン人形を、少女が無遠慮に観察する。
「今度は、マネキン人形の付喪神でも作るおつもり?」
「大飯食らいの付喪神は、1人で充分や」
 言いつつセレシュは、自分が服を剥ぎ取ったマネキン人形の全身を、同じくタオルで拭ってやった。
 胸も尻も、セレシュより一回り近くボリュームがある。豊麗な膨らみが、そのままFRPと化し、柔らかな丸みを硬く維持しているのだ。
「正直におっしゃいなさいな。羨ましいのでしょう? お姉様」
「そ、そないなワケあるかいな……ただ、ただな」
 同じくFRP製の、膨らみに乏しい隆起物となった己の胸を、セレシュはそっと撫でた。
「合成樹脂か何か、盛ってから生身に戻ろか思うんよ……そしたら、増量するんとちゃう?」
「シリコン詰めるのと大して違いませんわよ。絶対どこかで身体に不具合が出るから、おやめなさいな」
 マネキン、ではなく石像の付喪神である少女が言った。
「それよりも……本当に、生身に戻れるのでしょうね?」


 セレシュが服を着ながら、あっさり生身に戻って見せると、付喪神の少女はいささか拍子抜けしたようであった。
「あのシステム、最初っから魔法に組み込んでおいたんよ」
「何とも器用な事を……で、この子も元に戻して差し上げますの?」
「出来へん事もないけど、その前に尋問や。ノックしてもしもぉ〜し」
 マネキン人形の頭に軽く拳を押し付けながら、セレシュは念話を試みた。
『……こ……この、バケモノ女ぁ……』
 念話が、帰って来た。
『あたしと同じ、バケモノのくせに……よくも、あたしに……こんな事……』
「同じとちゃう。バケモンとしての年季は、あんたよりずぅっと上なんやでえ。口のきき方に気ぃつけや」
 言いつつセレシュは、拳を押し付け続けた。
「先輩の質問には、素直に答えなあかんで……あの子、今どこにおるんや」
『誰よ、あの子って……』
「あんたを人殺しの道に引きずり込んだ、あの子や。虚無の境界でアタマ張っとるんやろ? 何やイイ気になっとるみたいやから、よう言い聞かせなあかん。虚無の境界とは先代からの付き合いでなあ、あの子の事はよぉう知っとる」
『……盟主様にナメた口きいてると、あんた死んでも霊的進化出来なくなるわよ』
「うちがホンマに死ねるんか、っちゅうトコから話始めんとあかんねんけどな」
『不老不死系のバケモノってわけ。だったら永遠にゴキブリみたく這いずって生き続けるがいい! お前なんかに、滅びの教義の素晴らしさがわかってたまるか!』
「ま、そうツンツンせんと。少しリラックスしいや」
 付喪神の少女が、セレシュの指示通り、鏡を持って来てくれた。あの魔鏡である。
『な……何よ、それ』
「滅びの教義とかな、そんなんどーでも良くなってまうくらい楽しい玩具や。よう見とき」
 鏡に、下着姿のマネキン人形が映っている。
 そこにセレシュは、手元にあった雑誌を開いて向けた。
 鏡の中に、清楚な白衣の天使が出現した。
 マネキン人形が、薄桃色のナース服を着用している。鏡の中ではだ。
 鏡の前の実物は、相変わらずランジェリー姿である。
『なっ! ……何よ、これ』
「見ての通り、コスプレ系の雑誌や。ほれほれ、こんなんもあるでえ」
 セレシュは違うページを開いて鏡に向けた。
 白衣の天使が、ひらひらとした魔法少女に変わった。
『ちょっ……や、やめなさい! あたしの事、何だと思ってるの!』
「そっちこそ自分の事、何だと思うとるんや」
 セレシュはページをめくった。魔法少女が、凛とした婦警に変身した。
「認めなあかん……今のあんたは、着せ替え人形や。こうしとる時が一番、幸せなんやでえ」
 鏡の中の婦警が、可愛らしいメイドに変わった。
 鏡の前の実物は、みすぼらしい下着姿のまま、呻くような念話を発している。
『ふざけるな……あたしは、人形……なんかじゃない……』
「何人殺したか考えてみい。あんたを人間として扱う事は、もう出来へん。せめて、お人形として可愛がったるさかい」
『あたしは……人形なんかじゃ……人形……』
 鏡の中で様々な変身を披露している己の姿を、呆然と見つめるマネキン人形。
 念話も、途切れがちである。意識まで、人形のそれに近付きつつあるのだ。
『あたしは……人形……』
「可愛がったるさかい、教えてんか。あの子、今どこにおるんや」
 セレシュは、雑誌を閉じた。
 鏡の中の人形が、地味な下着姿に戻った。
「教えてくれへんなら、あんたの事……このまま放っとかなあかん。お洋服着せてもらえへん着せ替え人形ほど、惨めなもんはないで。わかるやろ?」
『…………』
 消えゆく念話の中で、人形の少女は、とある地名を白状した。
 それが、最後の言葉となった。


「お姉様は……どうして、メイド服など持っておられますの?」
 下着姿だったマネキン人形にメイド服を着せながら、付喪神の少女は言った。
「御自分でお召しになるのなら止めませんけれど、私は着ませんわよ? こんな、過剰に殿方に媚びたようなもの」
「だから、お人形さんに着せておくんや」
 セレシュは人形の髪に、カチューシャを飾りつけてやった。
「着せ替え人形のまんま、大人しゅうしとき。虚無の境界で使い捨てのテロリストやるより、ずっとマシやろ」
 話しかけても、人形は何も応えない。微笑みの表情を固めたまま、虚空を見つめるだけだ。
 人形なのだがら、当然ではあった。
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小湊拓也 クリエイターズルームへ
東京怪談
2015年06月22日

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