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『豊後守は見た 』
アルヴィン = オールドリッチka2378)&エアルドフリスka1856)&ダリオ・パステリka2363


 “それがし”の名前は豊後守。主を持った日は7月3日、主の名はダリオという。
 畜生の部類であり、犬は殊飼い主に似るというが、ここは我が矜持のために訂正したい。

 かような者達と過ごして平然としている主に似ることは、どんな軍勢に突撃するより難しい。

 ●

 しっぽをふりふり。主の帰還だ。主の犬として、出迎えない理由はない。
 今日も主はやや疲れた、けれどもどこか武士たらん雰囲気で帰ってきた。
 おまけを一人連れて。
「マルルー!」
 それがしをマルルーと呼ぶのは一人だけである。確か名前はアルヴィン……オールド……えーと。
「リッチーが来て豊後守も喜んでおろう」
 喜ぶ前にちゃんとした名前が思い出せないのだ……誰であったか。
 とにかく、リッチーなる青い目を煌めかせる青年は、それがしの背をわしゃわしゃと撫でる。細い指のくせに撫で方が絶妙だ。それがしはこの撫で方、嫌いじゃない。
「パッティー、意外と普通の家に住んでるんダネー!」
「それがしと豊後守の暮らしゆえ、あまり華美なものでも仕方あるまい」
「デモ、中は広そうダヨ。見ても良いカナ?」
「構わぬ。自由にくつろぐが良かろう」
 思うに、このリッチーなるものは主の話を聞いていないのではないかと思う。それでも主がそれを許すなら、それがしの出る幕はあるまい。主……、主の広きお心には尊敬の念が絶えない。
「サテサテ、と言う訳デネ、しばらくお世話にナルヨ」
「うむ。なにも持て成しはできぬが」
「気にしナイ、気にしナイ。わーい、広いヨー」
 ちょっと中が気になるので縁側によじ登ってみる。リッチーが楽しそうに居間をきょろきょろして回っているのが見えた。主は既に座布団に座り、人心地ついている。
 この状況で落ち着ける主の度量の広さには感服する。
 では、それがしも主に倣い、主の隣に用意されたそれがしの座布団へ行こうと思う。
 しばらく騒がしい日になりそうだなぁ……。

 ●

 昨晩の話を聞くに、どうもリッチーは公園で寝泊まりしているらしい。らしい、というのは本人が言ったわけではなく、主が言ったわけで、それがしは多分違うんじゃないかなと思う。
 だが、主が公園で寝泊まりする人と思うのであれば、それはそうなのだろう。多分。
 それで、主がリッチーを不憫に思ったらしく、ここへ連れ帰って来たということだった。
 しかしこの二人、生活が全く違う。合わない。仮に男女であってとして、同棲したら三日ももたないであろうほど合わない。
 例えば朝、主がまだ起き出さない頃にそれがしは起きるのだが、既にリッチーは起きていた。
「おはようダヨー、マルルー」
 しっぽを振ってリッチーに返す。すると、リッチーはそれがしの首輪に紐を括りつけ、外へ出るように促した。
 どうやら散歩に連れて行ってくれるらしい。何という僥倖。感謝する、リッチー殿。
「いつもはどのルートなのカナ?」
 教えてマルルーというリッチーの希望に応え、それがしはリッチーを引っ張って歩いた。
 変哲のない散歩道だが、それがしはこの道が好きだ。主はのんびり歩くから、それがしの歩みも少々ゆったりとなってしまう。それ故に、この道では毎日様々な発見があるのだ。
 ちなみに今日は、毎日会うメス犬が飼い主にあまり懐いていないことを発見した。懐いてナイネ、とそれがしより早く言ってのけたリッチーの慧眼には実に恐れ入る。
 散歩が終われば、それがしは足を洗い、居間の座布団でしばらくくつろぐのが日課だ。リッチーは“マメ”な男なのか、主が放置している草木に水を遣っている。
「パッティー、水を遣り忘れてるネ?」
 主の名誉のため、それがしはリッチーの質問には尻尾を適当に振って返すことにする。
 リッチーの水遣りの手際は主よりも良く、ものの数分で終わらせてしまった。そうして、リッチーはさっさと荷造りをして出かける準備に入る。
「マルルー。パッティーが起きてきたら、掃除をチャントしようネって、言うんダヨ?」
「……」
 その命令は物理的に不可能なので承服しかねる。
 ――が、それを伝える術もそれがしは持ち得ないので、尻尾で床を軽く叩いてみる。
「ソレじゃあ、行ってくるネ」
 荷造りを終えたリッチーがそれがしに手を振って家を出る。
 どこに行くとも言わない。風のような男である、と、それがしはいつも思う。


「豊後守。ここにいたか」
 主、主。早く朝餉を頂戴したい。
 足にまとわりつくそれがしを撫でて、主はぼさぼさの頭を乱暴に掻いた。寝起きの癖か、毎朝これをしないと家事に入らないのだ。
 主はいそいそと台所へ向かう。それがしは犬ゆえ、立ち入らない場所である。何をしているのかは分かりかねるが、しばらくすると朝餉が出てくるのは分かる。
 なので、しばし“おすわり”をして待つのだ。
「豊後守。朝飯だ。遅くなってすまぬ」
 散歩後なので腹ペコです、主。
「どうした? 今朝はやけに……もしやリッチーに散歩に連れていかれたか?」
 仰るとおりです、主。早く朝餉を。
「そうか。ならば早く食するが良い」
 置かれた皿は変哲のないドッグフードではあるが、今のそれがしには甘美なものである。なにせリッチーを引っ張った故、いつもより疲れているのだ。
「やれ……それがしも食べるとするか」
 どかっと座った主は泰然と朝餉を食べ始めた。それがしも無言で食べ続ける。
 会話らしい会話――できるはずがないのだが。それ以前に、リッチーがいるなら一緒に食べれば良いのにと、それがしは思う――もないまま朝餉を終え、主は皿をやや手抜き気味に洗い、壁に立てかけていた竹刀を持って戻ってきた。
 それがしは場所を移動し、縁側に平伏して尻尾を伏せる。
 ややして、主の気合の声が静かな庭に木霊し始めた。
 これもまた、主とそれがしの変わらない日常の姿であるが、それがしはやることがあまりないので暇である。
 特に見ている必要もないので、適当に腹を休めたら、軒先の下や草むらに鼻を突っ込んでみる。
「豊後守。そのようなところに餌は落ちておらぬぞ」
 主はどうやら、それがしがどこかに顔を突っ込むと餌を探していると思っているようだ。
 それがしとて武士(武犬)の端くれ。道端に落ちたものを食べようなどと思わない。多分。
 鼻を突っ込むのは、敵が攻めて来ないか確認しているのだ。見よ、この逆立った尻尾を。
「豊後守」
 主の呆れた声がするが、誤解を解くのは後である。
 その後、主が三度それがしの名を呼ぶまで、それがしは周辺の警戒を怠らなかった。


「さて……掃除でもするか。でないとリッチーに小言を言われかねんからな」
 ぶつぶつ呟く主は鍛錬の後、おもむろに部屋の掃除を始めた。
 それがしは邪魔にならぬよう、それとなく庭に降りて様子を伺ってみる。
 毎度思うが、主の掃除は割りと適当である。それがしに掃除のなんたるかは分からぬが、隅々まで掃除している風ではないし、かといって磨き上げるわけでもない。
 ただひたすら、不規則に叩きを振るい、ホコリを落としているだけである。
「む。ここは汚れが……」
 時折主が呟くが、そこよりもっと手前の方が汚れています、主。
 ただ、主はそのお立場上、本来は掃除などしなくても良いのだ。そういうことはいるべきはずの女中がすべきなのだ。
 だが、リッチーの小言が恐ろしいのは、それがしも同意である。何を言われるか……あの笑顔で何か辛辣なことを言われたら、それがしは犬としての矜持を保てる自信がない。犬の本能がそう告げている。
「……こんなもので良いか」
 やはり今回も適当に仕上げた主が埃を庭に捨てる。それがしに気づかれないよう、それに砂をかけて処理するのもそれがしの大事な務めである。
「では、豊後守。しばし留守を頼むぞ」
 掃除を終えた主はハンターオフィスというところに行くらしい。主の出立を見送るのもそれがしの役目、ワン、と吠えるだけ吠えて主を見送った。
 さて、一人(一匹)になったわけであるが……特にそれがしにやることはない。縁側に戻り、しばし日向に当たるべく寝そべってみる。誰も見ていないので、多少は怠けても――、

「マルルー、ただいまダヨー」

 いた。
 それがしに安息の時はないのか。
 
 ●

 昼下がり。
 リッチーは奥で何かしているが、それがしはふと人の気配に気がついた。
 この足音――“あれ”だ!
「マルルー?」
 リッチーの声を振り切り、それがしは庭先に飛び出した。そしてこちらに向かってくる長身の男に思いっきり飛びつく。
 いざ! いざ! 遊べ! それがしと戯れようぞ!
「おっと、豊後守。ちゃんとメシは貰ってるかね?」
 飯よりもそれがしと遊べ!
「あ、ルールー」
「いや、どうしてお前がいるのかね」
「ルールーこそ、僕に隠れてパッティーと密会カナ?」
「……どうやらハリセンを持ってきたのは正解らしいな。表に出ろ」
「ヤダヨ、マルルーの邪魔になるからネ」
「この……っ」
 怒りの空気が満ちようと、この者がそれがしを撫でる腕は止まらない。これがまた、リッチーとは違って不器用ながらも気持ちが良い。
 この者とリッチーの相性は良くない。いや、良すぎて一周りしてから半分捻って悪くなった感じだ。
 しかし、それがしはこの者――名前は失念したが、遊び相手には不足ないため嫌いではない。
「……と、今日はやけにジャレつくね」
「ルールーの服に何か付いてるんじゃないカナ?」
「俺は子供か! 菓子なんて食べていないぞ!」
「誰もお菓子なんて言ってナイヨー。ルールーったら、早とちりサンダネー☆」
「ぐ……!」
 この者、とりあえずお菓子の匂いはしないが、怪しげな匂いはぷんぷんする。匂いの匠である。
 鼻が圧し曲がる匂いの時もあるが、おそらく今回はそれがしに配慮して鼻に良い匂いをつけてきたのだろう。苦しゅうない。※偶然です。
「ルールー。お昼まだナラ、食べてイク?」
「確かに飯は食べていないが、あんたの作るものか……」
「心外ダナー。毒なんて盛らないヨ?」
「誰も毒の話はしてないだろうが」
「ダッテ、ルールーに盛っても気づいちゃうデショ?」
「そっちか! ……ああ、なんか、頭が痛くなってきた」
 ぐったりする匂いの匠だが、それがしには関係ないことなので、遊んで欲しいと体重をもっとかけてみる。よろけそうになりながらも撫で回してくれるのは分かっているのだ。
「ああ、じゃあ、ご相伴に預かるとするかね」
 ということは、リッチーが作っている間、遊んでくれるということか。
 よし、遊べ! それがしと全力で遊ぼうぞ!
「おいおい、豊後守。本当に今日はどうしたんだね?」
 じゃれつくそれがしに驚きながらも、匂いの匠はそれがしの遊びに付き合ってくれるのだ。


「おお? エアルド殿」
「邪魔しているぞ、ダリオ」
「構わぬが……ぬ、リッチー、昼飯を作っているのか?」
「もうすぐできるヨー。パッティーの分もちゃんとあるカラネ」
「それは助かる。歩き疲れて腹も減ったからな」
「俺も疲れた……なぁ、ダリオ。豊後守の奴、元気すぎないか? じゃれつき方が凄まじかったんだが……」
「それはルールーの体力がナイだけダヨー」
「小一時間全力で走れば誰でも疲れるだろうが!」
 実に久しぶりの再会だったゆえ、匠には大いにご迷惑をかけたが、それがしは楽しかった。
 満足したそれがしは、庭に座り、しばし主達の会話を聞くことにする。これまでの状況をまとめるに、珍しく三人で食事をするらしい。
「できたヨー」
「ほぅ」
「おぉ」
 感心した声が主と匠から聞こえる。それがしの位置から見えぬが、香ばしい匂いが実に食欲をそそる。
 机に食事を置いた流れで、リッチーはそれがしの前にも昼餉を置いてくれた。感謝する、リッチー殿。
 もぐもぐと食べながら、それがしは更に三人の会話に耳を澄ませてみる。
「それにしても、二人の生活ってのが想像つかんな。ペースが全然違うじゃあないか」
「そうだネ。僕が起きた時、パッティーはマダ寝てるしネ」
「それがしが起きたら、リッチーはどこかへ行っておったな」
「エットネ、僕は色々とお仕事してたんダケド、パッティーは?」
「鍛錬と掃除と仕事だ」
「ヘー」
「……まさか、お互い何をしてるか知らんのかね? らしいと言えばらしいが」
 匠の驚きはそれがしも同意である。ここまで生活リズムが違う同居生活は他にあるまい。
 まあ、それがしの生活リズムにはぴったりと合っているので、それがしも主達も大した支障はないのだが。
 しばらくすると、主が「しかし驚いた」と切り出すのが聞こえた。あまりうまく聞き取れないので、それがしは縁側に飛び移る。
「リッチーがかような時間に起き、かつ規則正しい生活をしているとは意外であったぞ」
「ああ、それは俺も驚きだね」
「酷いナー。コウ見えて僕はどドコカの誰かさんヨリモ、ズット正しく生きてるヨ」
「……どっかの誰かさんは俺のことかい?」
「誰とは言ってないヨー」
 匠の右手にいつの間にか握られたハリセンが震えている。なんという沸点の低さであろうか。
「ダッテ、ルールーの生活の酷さは、今に始まったことじゃないヨネ?」
「それは否定しないが……いや、というか、俺の話はいい」
「ちなみに、昨日は何時に寝たのだ、エアルド殿?」
「昨日は……さてね。気づいたら机に頭をぶつけて起きたのは覚えているがね」
 アー、という主とリッチーの声が重なった。
「医者の不養生ダネ? ルールー、倒れちゃうヨ?」
「あんたに心配されると、何らかの意図を感じるんだが」
「もちろん、倒れたら僕が看病にいくネ」
「断る!」
「しかしなぁ、エアルド殿。それがしが口を挟むことではないが、もう少し生活にゆとりを持たぬと健康に悪かろう」
「あんたに言われると説得力あるな……気をつけるとするかね」
「ジャア、とりあえず今日は早めに寝ようヨ」
「今日は無理だね。診察の後始末と新しく買った本を読むつもりだからな」
「ならば、朝早く起きるというのはどうであろうか?」
「いや、それも無理だね……正直、自分がいつ寝ていつ起きるか予想できないかな」
「それは……」
「重症ダネ☆」
「嬉しそうに言うんじゃあない! だから、俺の話はもういい!」
 心配しているのか、からかっているのか。
 三人揃うとこの空間は妙なものになる。
 まだまだ話――といっても匠をいじくっているだけにしか見えないが――が続きそうではあるが、それがしはついていけそうにないので眠ることにする。
 

 此度の観察で改めて分かったことがある。
 リッチーは匠をいじくるのが上手く、匠はリッチーに転がされるのが上手い。
 そして、この状況下にあって、全く動じず冷静に会話に入る主の度量の広さたるや。
 我が主はやはり、真の武士たるものをお持ちの方なのだ。


 END


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ka2378 /アルヴィン = オールドリッチ /男/26歳/リッチー】
【ka1856 /エアルドフリス/男/26歳/匂いの匠】
【ka2363 /ダリオ・パステリ /男/28歳/主】
【--- /豊後守 /オス/?歳/マルルー】

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2015年06月22日

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