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『花、示すは自らの――道 』
ワイズ・ナルター(ib0991)

 北面の飛び地五行の北部に在る城塞都市・楼港。山の斜面に張り付く様に築かれた居住の直ぐ傍には、不夜城と呼ばれる歓楽街が在る。
「ここは相変わらずね……」
 華やかさと賑やかさ。その双方を備えつつも、密やかに闇が栄える歓楽街。遊郭や賭博場など、一見すれば膿にしか見えないこれらの施設は楼港の――否、北面の重要な財政源だ。
 人はこの地を不浄と呼び、蔑み、嫉み、けれどこの地に癒される事を願って足を運ぶ。
(どこの国も同じね。矛盾ばかり……偽善と傲慢が大きな顔をして……皆、その事実を知っているのに素知らぬ顔でそれらに縋る)
 けれど、全てを否定する事は出来ない。
 人が人である為に。アヤカシなどと言う負の存在に怯える限り。心の拠り所としてこうした施設は必要なのだろう。
「……わたくしも、人の事は言えませんわね」
 瞼を閉じれば思い出す光景。
 それは崩された砦と崩れ落ちた人々。其処に群がる狼と、充満する瘴気の色。死の世界に彩られた嘆きの地――静ヶ原。
(この1年、色々な物を見て来ましたけど、あの時ほどの光景はまだ……)
「お客さん、大丈夫ですかい?」
「え?」
 突如掛けられた声にワイズ・ナルター(ib0991)の目が上がった。
「よけりゃあ、これでお拭きなされ。それとこれはあっしからだ」
 差し出された布とあんみつの器。その双方を戸惑いながら見詰めるワイズに、屋台の店主は笑いながら彼女の手にそれらを持たせた。
「なぁに、寂しい顔のお嬢さんに元気が出るなら安いもんよ!」
 寂しい? ふと頬に手を添えて気付いた。
(わたくし、泣いて……?)
 まだ癒えない悲しみに心が軋んでいると言うのだろうか。それともこの地の美しさに、あの時の悲惨な状況が重ならず、相対的な違いに涙が流れたのだろうか。
 いずれにしても、あの地を憐れんで流れた事には違いない。
「……ありがとう」
「良いってことよ! 今夜は花火も上がるしよ。お嬢さんの気持ちが少しでも明るくなることを願ってますぜ!」
「……花火、ですか?」
 不夜城は確かに賑やかな場所だ。
 けれど何の意味もなく財政をばら撒く筈もない。となれば花火にも何かしらの意味はある筈。
(それに今日は祝い事など――)
「弔いの花火ですわ」
 借り受けた布で涙を拭った彼女の手が止まった。
 店主の言葉を、1度、2度と、胸の中で繰り返す。そうして目を瞬くと、店主は彼女の想いを汲む様に言葉を返してきた。
「1年前に静ヶ原で起きた合戦はご存知ですかい?」
 知っているも何も。あの時ワイズは、その場にいたのだ。そして全てのアヤカシを蹴散らし、人の手に砦を戻した。
「その顔は、そうかい……お嬢さんも討伐に参加した開拓者でしたかい」
「……ええ。1年前の今日……わたくしは静ヶ原の弔い合戦に参加いたしました。結果は知っての通り……アヤカシは退けましたけど、砦の方々は……」
 握り締めた布が数多の皺を作ってワイズの手に食い込む。それを視界に、屋台の店主は言った。
「お嬢さん方が砦を取り戻してくれたおかげで、あの地の住人は皆、ちゃんとした弔いを受ける事が出来たんですぜ?」
 店主が言うには、あの合戦から数日後、北面の芹内王の命で数名の志士が砦を訪れたと言う。そして彼らは亡くなった者たちを埋葬し、祈りを捧げたと言う。
「今日の花火はあの砦で亡くなった人たちへの弔いもあるが、お嬢さんら開拓者への感謝の気持ちも籠められる。ぜひ最後まで見てってくんな!」
 店主はそう言うと、店の仕事を成す為に去って行った。
 その背を見送り、ワイズの視線が空へと飛ぶ。
 暗く沈んだ闇の中に、幾つかの星が見える。けれど多くの星は空と同じく沈んだ色の雲が隠しているように見えた。
「雨の匂い……」
 もう直、楼港の上空に雨雲が達する。
 もし雨が降れば、弔いの花火は打ち上げを中止するだろう。そうなれば花火を楽しみにしていた人は勿論、弔われる側だった者たちも悲しむかもしれない。
 ワイズはじっと空を見詰めると、何かを思い至ったように手にしていたあんみつの器を屋台の端に置いた。
「おじ様。このあんみつ、取っておいてくださいな」
「構わねぇが……あ、お嬢さん?!」
 返事を聞く前に駆け出したワイズに店主が飛び出してくる。けれど彼女の姿は直ぐに人混みに消えた。
「いったい……ん? 雨、か?」
 店主は頬を濡らした雫に顔を上げると、僅かに眉を潜めてあんみつが濡れない様に店の中へ入れた。

   ***

「火矢。もう少し早く飛べませんこと?」
 甲龍は元々他の龍に比べて足が遅い。とは言え、人の足で走るよりは断然早かった。
(もう、降っていそうね……)
 チラリと振り返った楼港上空には厚い雲が掛かっている。今頃、楼港では雨が降り始めているだろう。
 ワイズは手にした杖を握り締めると、手綱を引いて火矢の体を反転させた。そうして願いを込めて呪文を呟き出す。
(……わたくし1人の力でどうにかなるとは思いません。けれど、それでも……っ)
 脳裏を過るあの時の想い。
 悔しくて、悲しくて、体の内から怒りが込み上げてきた。其処彼処に倒れる人から零れた生の証。それが赤く地面を濡らす度に、自分の無力さに打ちひしがれた。
「――……全てを塵と還す紅蓮の炎よ! わたくしの声に応え、目の前に在る存在を吹き飛ばしなさいっ!!」
 杖から舞い上がる炎の螺旋。それが1つの塊となって雨雲に飛び込んで行く。
「もう1度!」
 轟音と共に撃ち込まれる炎。1つ、2つと撃ち込まれる度に空く穴から星空が望む。そして幾つかの穴を開けた後、ワイズの頭を彼の地の光景が過った。
(わたくしは忘れません。決して忘れませんわ。貴方がたの事、必ず死ぬまで覚えております!)
「だから……炎よ、お願いッ!!!!」
 願いを籠めて打ち込んだ最大級の炎の弾。それがひと際大きな穴を開けると、楼港の一角から光の線が上がった。
 そして――

 ドォォォオオオンッ!

「!」
 目の前に広がった大輪の花に、ワイズの目が見開かれる。
「……上がりましたわ」
 キラキラと鱗粉を舞わせながら落ちて行く光。それが完全に消えるのを待つ前に、次の花火が夜空を彩って行く。
 雨は完全には止んでいないし、雲も完全には退いていない。それでも花火は夜空を彩り、花を咲かせてゆく。
(わたくしのした事は無意味かもしれません。けれど何もしないで後悔するくらいなら――)
 其処まで至ってハッとした。
 振り返り、静ヶ原の方角を見て目を細める。
「わたくし……そう、でしたわね……」
 何もしないで後悔するよりは、何かして駄目だった時に後悔したい。それはあの時、合戦に参加した自分にも重なることかも知れない。
(あの時は何かしたいから参加した……でもそれは何もしないでいる事が出来なかったからですわ)
「……火矢。わたくしはまだ、やることが沢山あるみたいです」
 開拓者の仕事から離れて半年程。
 道を見失い、先を見通す事が出来なかった自分が辿り着いたのがこの地だった。
 道を失ったのなら、道を探す旅に出れば良い。そしてそれは開拓者として動く中でも見つかる筈――否、もしかしたら開拓者でなければ見つからない物なのかも知れない。
「あんみつを頂いてから、お花を買って静ヶ原へ参りましょう……あそこからもう1度始めるのですわ……わたくしの道を」
 ワイズはそう決意すると、此方を伺うように視線を寄せる火矢に笑みを向け、楼港へと手綱を切った。

―――END...


登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【 ib0991 / ワイズ・ナルター / 女 / 30 / 人間 / 魔術師 】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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こんにちは、朝臣あむです。
このたびはご発注、有難うございました。
かなり自由に書かせて頂きましたが如何でしたでしょうか?
少しでもお気に召して頂けたなら幸いです。
この度は、ご発注ありがとうございました!
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舵天照 -DTS-
2015年06月23日

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