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『そして愛は継がれゆく 』
星杜 藤花ja0292)&星杜 焔ja5378

 かつて、マザーマリアというヴァニタスがいた。
 子供を護るため。『彼女』は虐待する親を殺し、子供を拉致する行為を繰り返し――二〇一三年九月、撃退士によって討伐される。
 その時、彼女が大切に抱いていた赤ん坊は……

「俺が、預かっても良いですか」

 任務参加者である星杜 焔(ja5378)のその言葉と強い意志により、彼と妻である星杜 藤花(ja0292)の子供となったのである。



「あれからもう、二年も経つのか〜」
 久遠ヶ原島内マンション。自宅のキッチンで、エプロン姿の焔がふと呟いた。
「早いものですね」
 彼の近く、同じくエプロン姿(焔とお揃い)の藤花が微笑んだ。
 若い夫妻の視線の先には、彼等の子供である望が、リビングで和風ファンタジーアニメ『舵天照』をじっと観ている。
 望は「おてつだいする!」と言って聞かなかったが、まだ幼く体も小さすぎるので、残念ながらその希望が叶うのはもう少し大きくなってからだ。録画しておいたアニメを観ていいよと言ったことで、彼の駄々はやっと収まった。

 五月五日、すなわち今日は望の誕生日。彼は戸籍すらなかったゆえに推察ではあるが、赤ん坊だった彼は早二歳。
 なので今日は望のバースディパーティ。今日は彼が主役なのだから、お料理を振舞うのは両親の役目。家族三人、水入らずのささやかなものであるが、幸せな思い出になるように。

 焔はバイトの休みを貰って、朝早くからその料理の腕を遺憾なく発揮していた。実家は料亭、趣味は料理、バイトも料理関係とあって、焔の料理の腕は久遠ヶ原学園の中でも有名だ。
 みるみる内に料理を作りあげていくその様は、まるで魔法のよう――毎度ながら、藤花は夫の『キッチンの魔術師』っぷりに感心しつつせっせと手伝う。
 藤花が横目に見やった焔の横顔は、嬉しそうな幸せそうな笑顔。今日の焔はいつも以上に楽しく料理しているようだ。そして『いつも以上に楽しい』のは藤花も一緒で。
「ん、藤花ちゃんどうしたの〜」
 どうやら藤花は我知らず笑みがこぼれていたらしい。振り向き小首を傾げた焔に、藤花ははにかみながら「嬉しそうにしてたから、こっちもつられて」と答えた。

 そうしていると、色んな料理のいいにおいが家の中に漂い始める。
 空腹を刺激されてか、キッチンに望がひょいと顔を覗かせた。そこにいたのはカレーを盛り付ける父親と、ロールキャベツのお皿を運んでいた母親。
 表情を輝かせる愛息子。そんな彼に、両親は穏やかに微笑んで――心からの祝福を。


「「望ちゃん、お誕生日おめでとう」」







 食卓に並ぶのは、どれもこれも望の好物ばかりだった。
「すごーーい!」
 感動の感情そのままの言葉で、望が『フルコース』を見渡した。屋上で育てたトマトの特製ソースが決め手のロールキャベツ。子供用に辛さ控えめ、ロールキャベツとの相性もいい焔特製カレー……などなど、所狭し。
「それじゃあ食べましょうか。望ちゃんもお腹すいたでしょう、お利口さんに待ってて偉かったね」
「うん!」
 藤花に撫でられ頷く望。両親を急かすように両手を合わせた。そして子供らしいまだ拙い発音、大きな声で。

「いただきまーす!」

 言うなり、ほっぺたをいっぱいにして望は食べ始める。大きくなって、まだまだ補助は必要だけれど、それでも彼は少しずつ、自分でできるようになっている。成長している。
 焔はそんな息子の様子に瞳を細めた。焔は料理が好きだ。料理を食べてくれた人が嬉しそうにしてくれるのを見るのが好きだ。彼の思い出――人生そのものがつまった、渾身のカレー。自分が好きなものを誰かが好きと言ってくれるのは嬉しいことだ。
 望が一番好きな食べ物は焔のカレー。『カレー全般』ではない、『焔が作ったカレー』が好きなのだ。なまじ焔が料理上手なものだから、望はすっかりグルメに成長中である。
 食べるだけではない、望は料理自体にも関心を示している。彼に料理を教える日が楽しみだと焔は思う。最初に教えるのはやはりカレーだろう。包丁は危ないけれど、アウル覚醒者ならただの包丁で指を切る心配はないか。もし切ったり火傷したりしても、藤花の魔法で治して貰おう。
(……なんて、考えてるのかな?)
 望の食べっぷりをじっと見ている焔、そんな彼を見、藤花は思った。ロールキャベツを一口。じんわり、あったかい味は心までポカポカしてくる。
「美味しいですね」
「藤花ちゃんが手伝ってくれたからだよ〜」
 焔に教わり、藤花の料理の腕はめきめきと向上中だ。
 やがて星杜家は料理一家としてその名を轟かせることとなる――かも、しれない。

 美味しいご飯は食が進む。
 食いしん坊の望は「どれも美味しい」と言わんばかりに、フルコースを平らげてしまった。
「いっぱい食べたね」
 望の口を拭いてやりながら、藤花。いつもいっぱい食べるから、将来は長身の焔と同じぐらい大きくなりそうだ。そんな息子の口を拭き終えた母は、そっと彼に耳打ちして曰く。
「実は、ケーキもあるんですよ」
「ケーキ!」
「ふふ。ちょっとだけ、目を閉じててごらん?」
「うんっ」
 藤花に言われ、小さな掌で両目を隠す望。
 もういいかい、まぁだだよ、そんなやりとりを、何度か。
 目を合わせた夫妻はクスリと笑い、それから声を揃えて「もういいよ」。その言葉が終わりきる前に息子は両手を退けて視界を解放した。
「!」
 望が息を呑む。
 そこにあったのは――

「もふらさまケーキだよ〜!」

 そんな焔の声に紹介された、豪華なケーキ。
「もふらさまだーーー!」
 おそらく今日一番の喜び声ではなかろうか。望の目の前に現れたそのケーキは、彼が好きなアニメのキャラクター、もふらさまを模したケーキであった。
 もふもふの白い毛はホイップしたクリームで、赤い毛は苺で、黒い鼻や目はチョコレートで完全再現。焔渾身のケーキである。
 そしてまるでもふらさまが咥えているように、藤花がロウソクを二本挿す。そこへ焔が指先を近付け、トーチによって火を点けた。望が手を叩いて喜ぶ。彼は両親がスキルを使うところを見るのが大好きなのである。
「……ふと思ったんだけど、もし望ちゃんが久遠ヶ原学園に入ったら、専攻は何にするのかな〜?」
「うーん……望ちゃんは、どうですか?」
「こんがはら? せんこー?」
 まだ二歳児には早すぎる話だったようだ。苦笑した藤花は望を撫でる。
「そもそも、天魔と人との戦いに決着が着いて平和な時代が来れば……戦う技術を学ぶ必要はなくなりますね」
「うん、そうなってるといいねぇ〜。……その為にも、俺達が頑張らないとね」
 悪魔。天使。今でこそ仲間である存在もいるけれど、天魔によって起きた悲劇とその被害者は数知れない。焔だってその一人だ。そして、望だってそう。
 この子にはこれ以上の悲劇が、自分のような悲劇が起きませんように。この子が大きくなる頃には平和になりますように。祈りながら、焔も望を優しく撫でた。
「そうだ、早くロウソク消さないと〜」
 笑顔を浮かべ、焔は部屋の照明を落とす。

 二人が息子の為に歌う、ハッピーバースディの歌。
 炎が踊るロウソク二本。三本になっても四本になっても、何本になっても、こうして息子が生まれてきたことを祝えますように。歌に込めた、優しい願い。

 幼い吐息が吹き消す灯火。

「お願いごとは何にしたんですか?」
 照明を点けた藤花が息子に問うた。すると望は元気良く、
「いもうとほしい! おとうとでもいい!」
「そっかー。でも今は良いキャベツがないんだ〜」
 間髪いれず、答えたのは焔だった。ついつい口から出た言葉だけれど――記憶を辿れば、亡き父と同じ反応で。
(成程、こういう心境だったのか……)
 不思議がる息子、「赤ちゃんはキャベツ畑から来るんだよ」とフォローを入れる妻。二人を眺めつつ、焔は一人頷いていた。それから、春先に出会った、家族の絆を求めた悪魔のことを思い出す。
(いつか俺にも、子供が授かるのかなあ)
 ふと思った。漠然と思った。けれどこれは、まだまだ焔の心の中だけのお話。
「妹や弟じゃないけど、プレゼントがあるんだよ〜」
 焔が藤花に目配せする。頷いた彼女が持ってきたのは、小さなケージだった。
「開けてみて?」
 両肩に手を乗せる藤花に促され、望はケージをそっと開けてみた。

 きゃふん。

 そんな声と一緒にケージから出てきたのは、真っ白で小さくてふわふわな――マルチーズの子犬。
「アウルの制御ができるようになったから、そのご褒美に」
 ふんわりもこもこが大好きな藤花は、以前からマルチーズを飼いたいと思っていた。望と同じぐらい目をキラキラさせながら息子と子犬をスマホで撮りまくっている。
 焔はかつて同居していた少年が飼っていたマルチーズを思い出していた。
(犬は良い。心を読み取り寄り添ってくれる。守ってくれる。友達になってくれる。……命の尊さを教えてくれる)
 見守る両親の視線の先、子犬をそっと抱き上げる望。そんな彼の頬を、子犬がペロリ。彼は一度驚くも嬉しそうで――それを見た若い養父母も、笑顔を見せるのであった。
「お名前、望ちゃんがつけてあげて?」
「もふらさま!」
 頬を舐められながら息子は母に笑顔を向けた。
 母はそんな彼を抱きしめる。そして父も、彼女と息子を抱きしめた。真ん中では新しい家族が尻尾を振っていた。

 血こそ繋がっていないけれど、三人はそれ以上強く深いもので繋がっている。愛という絆。望は焔と藤花を本当の親と思っており、焔と藤花もまた、望を本当の子供と思っている。お互いが、かけがえのない宝物。
 だから、ほら、三人ともこんなにも笑顔で、こんなにも幸せで。

 ところで、望は両親と同じくゆるふわ天然さんに育つのか? 「僕がシッカリしないと」に育つのか?
 それはまだ――未来のお話。



『了』



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>登場人物一覧
星杜 藤花(ja0292)
星杜 焔(ja5378)
星杜 望(−)
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エリュシオン
2015年06月23日

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