『甲州の女悪魔 』

ファーフナー（jb7826）＆小田切ルビィ（ja0841）

「大きな声じゃ言えませんけど。その……ちょっと変わった拝み屋さん達の事務所だって噂ですよ。きちんとした人間なら誰も近づきません」
　雨も止んで日差しもうららな昼下がりの道端、恰幅の良い婦人は顔を顰めつつ質問に答える。
「そうなんですか」
「有難うございます」
　婦人に礼を言ったのは眼鏡・カツラ・地味な服で変装した赤眼の青年とそして碧眼の中年男だった。
　二人は去ってゆく婦人の背を見送り、視線を動かす。
　男達が見つめる彼方には、灰色の壁を持つビルが聳え立っていた。

●
　朝――
　学園の生徒会棟、その一室に、低く渋い声が響いた。
「確かに、イスカリオテは搦め手できたが……」
　だが、あの女はどうだろうか。
「やっぱ他人の空似かねェ？」
　次いで流れたのは、張りのある青年の声だ。紅玉の色の瞳が朝日に刃の如く煌く。
「――それともはたまた本物か」
　小田切ルビィだ。
「……例の軍団は敗れ、冥魔界へと逃げたと見られている。普通に考えれば、あの女はもう山梨にはいないだろう。だから、他人の空似の線が濃いとは思うが」
　ファーフナーは眉間に皺を刻むと顎に手をやり唸る。
「しかし、あれは質の悪い女だからな。何を企むか分からん、というのはある」
「やっぱ調べてみなきゃわかんねーってことか」
　二人がこんな事を話し合っている原因は、山梨県において『ヨハナ・ヘルキャットと良く似た女の姿が目撃された』との情報が極秘に学園に入った為だった。
　山梨県はようやく平穏になったと判断され、やっと避難令が解除された矢先の出来事である。
　この戦勝後の、いわば『隙』を突いた形で冥魔群が諦め悪く山梨県へと再び魔手を伸ばしているのだとしたら、一大事だ。
　再び大きな争乱が巻き起これば、また数多の人命が失われる事になる。敵が何か布石を打とうとしているのなら、潰しておく必要があると思われた。
　故にその経歴から捜査経験が豊富なファーフナーと、彼と親しく敏腕の撃退士であるルビィは共に執行部から指名され、件の調査を依頼されたのである。
「……行くか？　山梨」
「異論は無いぜ」
　こうして二人は調査依頼を受ける旨を執行部へと返答し、再び山梨県へと飛んだのだった。

●
　山梨県撃本部――
「こちらが例の女が出てくるのが目撃されたビルの不動産登記になります」
　煙草の煙が充満し、ガヤガヤと騒がしい撃退課。署員の田岳頼虎が二人に印刷された用紙を渡してきた。
「どれどれ」
　ルビィはファーフナーと共に紙面を覗き込む。
「……今のオーナーになったのは一年前か」
　ファーフナーが呟く。
　元々はとあるＩＴ企業が持ち主であったようだが、何らかの理由で売買契約が結ばれ現在のオーナーの手に渡っているようだ。
「醍門（だいもん）コンサルティング？　……聞いた事ない会社名だな」
「醍門Ｃはその名の通り、コンサルティング業務の会社ですね」
　ルビィの呟きに頼虎が答えた。
「親会社はＡ組建設。Ａ組建設の代表取締役兼筆頭株主の息子が取締役をやっているようですが、醍門は親会社の節税の為に建てられたペーパーカンパニーだって話ですよ」
「ふぅん、ペーパーねェ……」
　二人は頼虎に礼を言うとその場を後にする。
「で、これからどうするよダンナ？」
「……とりあえずは足を使うか」
「聞き込みか。だが、俺達はこの国じゃ結構目立つぜ？」
　そのうえ俺もダンナもヨハナには面が割れてっからなー、とルビィ。
「そうだな……変装する必要はあるか」
「お、変装！」
「……何故、そんなに目を輝かせる？」
「え？　だって楽しそうじゃねぇか」
「仕事だぞ小田切」
「わかってるってダンナ」
　二人はそんな事を言い合いつつ準備に向かうのだった。

●
　かくてノリノリなルビィなルビィと共にファーフナーは変装した。日本の慣習等も聞いておく。
「それじゃ行こうか、『親父』」
　ルビィがファーフナーの肩をポンと叩いてニヤリと笑う。
「……親父？」
「設定。そういう事にしといた方が自然だろ」
　どうやらルビィは聞き込みの際の互いの関係は父子を称するつもりらしい。
　ファーフナーは父と呼ばれる事には少し複雑な思いがあった。かつて自らの血を忌避し、子を持つことを諦めた過去がある為だ。
　が、
「……これも仕事か」
　変装した男は複雑さを呑み込み、嘆息する。
　醍門コンサルティングの事務所は甲府市にある小規模なオフィスビルに入っていた。
　ビルの入り口には鍵がかかっている。ガラスは薄く汚れており、活動している建物には見えない。
　聞き込みをまとめるに、ここ数年はほとんど人の出入りなく放置されていたビルであったらしい。
　だが、山梨での戦いが沈静化した近頃から夜な夜な、集団の出入りが見られるようになったという。
　その集団の中に、ヨハナに良く似た女の姿があったとか。
「集団、か」
　二人は唸る。
　情報が集まれば集まる程に、この件はキナ臭さを増してゆくのだった。

●
　二人はビルの近所にあるアパートから、望遠レンズを用いて昼夜見張る事にした。
　空き部屋を一時的に借り、毛布、軽食、飲料を持ち込んで窓辺から見張る。
　張り込み開始から数日が経過したが、夜な夜なという割りにいっこうに不審者達は現れない。外灯差すビル前は相変わらずの無人だ。
「……俺達が張ってる事に気付かれたか？」
　望遠レンズから顔を離し、ルビィはほんの微かにだが、不安と苛立ちを混ぜて呟いた。
　もういっそ、連中を待たずにビル内に潜入して何があるのかだけでも掴んだ方が良いような気さえしてくる。
「More haste,less speed（急ぐなら落ち着け）」
　缶珈琲を啜っていたファーフナーがハスキーヴォイスで言った。最近のファーフナーは時々素がでるようで、ぽろっと母国語を漏らしたり、軽口を叩いたりする時がある。
　もっとも、
「張り込みの鉄則は、決して焦らない事だ。交代しよう。一眠りしておけ。寝れば落ち着く」
　それはまた思い出したようにすぐにいつもの彼の調子に戻るのだが。
「……了解」
　ルビィは見張りをファーフナーと交代し毛布に包まる。
（……慣れたもんだな）
　壁に背を預けつつ薄目を開けて中年の男の横顔を見やる。
　変装も、聞き込みも、張り込みも、慣れている。
　何処で慣れたのか。
　謎な男だ。
　だが、詮索は止める事に決めていた。
　気にはなるが、訳ありである事は察している。だから、無理に暴く様な真似はせずファーフナー本人が話してくれるのを待つ事にしたのだ。
（ま、今はごちゃごちゃ考えずに言われた通りに寝るか）
　ルビィは思考を切り替えると瞳を閉じ、闇の中へと意識を潜らせていったのだった。

●
「来たぞ」
　ファーフナーの声に飛び起きて双眼鏡を取り出せば、ビル前に十数人の黒尽くめの集団が現れていた。
　いずれも、この季節だというのに黒いコートに身を包み、黒い帽子をかぶり、そして黒いサングラスをかけている。
「金髪の女は……いないな」
「変装してるのかもしれん」
　集団がビル内に入っていったのを確認し、二人はアパートを出てビルへと向かう。
　ビルの陰まで辿り着くとあらかじめ細工しておいた窓から内部に潜入。
　二人は足を忍ばせ探索を開始する。
　慎重に探査し一階から屋上まで調べるも集団の姿は発見されなかった。
「……消えた？」
「冥魔相手だと可能性が零とは言えんのがきついな……もう一度調べ直そう」
　すると、地下への階段を発見する事に成功する。
　二人は地下階段を足音を忍ばせ進んでゆく。
　かすかに物音と薄赤の明かりが洩れている扉を開く。
　奇妙な音楽が大音量で溢れ出した。
　薄赤の光と白い薬煙が満ちる室内では、長衣を纏った男女が奇怪な円舞を舞っていた。
　数瞬後、彼等は二人に気付いたらしく動きを止める。

「――何者じゃ！」

　声が響いた。
　露出の派手な服に肢体を包み、赤光の中でもブロンドと解る長髪を振り乱して少女が立ち上がる。
　その顔を二人は知っていた。
　ヨハナ・ヘルキャット。
　ルビィは即座に眼鏡とカツラを放り捨てると光纏して抜刀した。
「こんな所で何やってんだ？　性悪猫さんよ！」
「こちら、久遠ヶ原の撃退士だ。山梨県撃よりの依頼で調査を行っている。少し事情をお聞きしたいんだがな」
　ファーフナーもまた居並ぶ人間達へと言う。
「げ、撃退士？！」
「く、くそぉーっ！！　ヨハナ様を守れっ！」
　黒衣の人間達が次々に飛びかかってくる。
　が、
「――アンタ達は、ただの人間か？」
　非覚醒者では錬磨の剣士たるルビィの相手は務まらない。
　剣を使うまでもなく青年の拳と蹴りで次々に気絶させられてゆく。
「つ、強い……！」
「おっと」
　ファーフナーは奥の扉から逃げようとしたヨハナの前に回りこみ斧槍の切っ先を突きつけた。
「ひぃぃぃ！」
　ヨハナは腰でもぬかしたのか、ぺたんと床に座り込む。
「ち、違うの、あたしはっ、違うのっ！」
「……違う？」
　中年男の問いに、少女は震える手で己の髪を引っ張った。
　すると、ずるり、と金髪が取れ、短く切られた黒髪が出現したのだった。






　拘束して尋問した所、彼女達は人間の悪魔崇拝組織だと吐いた。
　先の決戦の後、ヨハナの写真が世に広く出回り、偶々ヨハナによく似た彼女が所属していた組織は、彼女を四獄鬼と偽って喧伝し、夜な夜な防音処理がなされたこの地下室で儀式を行って信心を集め、組織員の増大に勤しんでいたらしい。
　この所、参加者はうなぎのぼりだったのにっ、と組織員の男が悔しがっていた。
「――要するにやっぱり他人の空似かよ」
　県撃の面子が到着した後に一息つき、人騒がせな、とルビィは苦笑を洩らす。
　それにファーフナーが言う。
「まあ、後は県撃が上手くやるだろう。冥魔軍が戻ってきていなかったのは幸いだ。それに、不法組織を摘発できたんだ。まったくの無駄骨という訳でもない」
「そうだな」
　二人は大事に至らなかったことに安堵しつつ帰路についたのだった。





　了





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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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整理番号　／　ＰＣ名　／　性別　／　外見年齢　／　ジョブ
jb7826　／　ファーフナー　／　男　／　52才　／　インフィルトレイター
ja0841　／　小田切ルビィ　／　男　／　19才　／　ルインズブレイド
―　／　田岳頼虎　／　男　／　男　／　24才　／　インフィルトレイター
―　／　ヨハナ・ヘルキャット（偽）　／　女　／　15才　／　一般人　



ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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　いつも大変お世話になっております。ご発注誠に有難う御座います、望月誠司です。
　見てみたいとおっしゃっていただけて嬉しく思います。有難うございます。
　こちら本文ですが、じ、字数……orz　4000文字に入りきりませんで、あちこち削る事にorz
　ご満足いただける内容になれてましたら幸いです。

水の月ノベル

望月誠司

エリュシオン

2015年06月23日