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『忘れ得ぬ遠き日々 』
骸目 李煌jb8363

 村に『化け物』が潜んでいる、と噂されている事は知っていた。
 まさかその『化け物』と言うのが己の事だなんて、考えもしなかった。





 ある日。
「私たちが戻って来るまで、家の中で隠れていなさい」と両親から強く言い聞かされた。…「万が一の時は、誰にも見付からないように、独りでも逃げる事」とも。
 それから、俺の両親は、俺だけを家に残して、表に出て行った。
 去り際に向けられた笑顔に、奇妙なくらい、不安を覚えた。





 ちゃんと話せばきっとわかって貰える。

 両親は、そう、言っていた。
 何の事だろうと思った。

 …村の人たちに、話して、わかって貰わなければならない事って、何?





 両親が外に行ってしまって。
 長い長い気がする、時間が経って。
 でも、実はそんなに経っていなくて。

 やがて、扉が叩き壊されるような酷い音がした。





 家の中にたくさん、誰かが入って来た。
 どたどたと踏み荒らすような足音と、怒鳴り声。
 何か、壊してるみたいな音もした。
 誰かを捜しているのだと気が付いた。

 悪魔の血を宿す化け物は何処だ!
 よくもおれたちを騙していたな!
 化け物の血筋は根絶やしにしろ!

 聞こえた時点で、ぞっとした。





 俺の両親はどうしたのかと焦る。
 外に行ったっきり、戻って来ない。声も聞こえない。
 常軌を逸した、威圧の気配が渦巻いている。恐怖と興奮がないまぜになったようなその気配が、執拗に家捜しを続けている。
 …そんな中、俺は両親に言い聞かされた通りに、家の中で――押し入れの奥に隠れていて。万が一の時。それは今かもしれない――なら逃げなきゃ、とは思ったのだけれど。
 肝心の俺の身体の方が、どうしても動かなかった。





 唐突に、強烈な痛みに襲われた。
 俺の頭が――髪が、いきなり鷲掴みにされていた。一瞬、何が起きたのかわからない――そのまま乱暴に引っ張られて、押し入れの外に引き摺り出された。更には何か硬い棒状のもので滅茶苦茶に打ち据えられる――痛みより疑問より先に、衝撃の重さに息が詰まった。
 一頻りそうされた後、また髪を掴まれて引き摺って行かれる。幾ら泣き叫んでも意味は無かった。家の外にまで引き摺り出され、皆の前に引き据えられたかと思うと――これが悪魔の子だ、捕まえたぞ! と誇らしげに絶叫する恐ろしい声が聞こえた。その声に続いて、熱狂に満ちた快哉がそこかしこから。
 絶叫した人も快哉を上げている人たちも、普通の人の、筈だった。なのに。今は。俺を見る血走った目。何か恐ろしいモノを見る視線。蔑むような、異物を見るような。…殆ど暴力的とも言える、そんな視線に一気に晒される。

 何だこれは、と思う。

 わからない。
 こわい。

 不意に、背中に新たな痛みが走る。かと思えば、次は頭。その次は腕。肩。足。…村人たちが、俺に向かって石を投げていた。何で? …疑問に思っても、誰も答えてなんかくれない。
 反射的に頭を庇う。温い液体がこめかみから伝った気がした。赤い。…血だった。このままじゃ、殺されると思った。でも何も出来ずにいた。頭を庇ったままで、へたり込むようにして縮こまる。ふと地面に視線が向いた時。視界の隅に、人が倒れているのが見えた。二人。見覚えのある服や髪――つい、さっき、見たばかりの筈の。
 去り際、俺に、笑い掛けてくれた。





 ――――――『ちゃんと話せばきっとわかって貰える』。

 ついさっき、そう言い残して、外に出た。





 頭の中が真っ白になった。
 己が身を庇うのを忘れた。
 血まみれで倒れているその姿に、一気に目を奪われた。

 …倒れたまま微動だにしないその姿は、俺の両親。

 その時点で、俺は事態の理解を放棄した。
 もう目の前には絶望しかなかった。
 誰かが俺に銃口を向けていた。
 何の躊躇いも無く、引金が絞られたのまで呆然と俺は見ていた。





 胸に衝撃を感じるのまでは認識した。
 俺の意識が続いたのは、そこまで、だった。











 気が付いたら俺は深き闇の中に居た。
 まず感じたのは、身体のあちこちが悲鳴を上げているような激痛。

 その激痛を何とかやり過ごしてから、ここは何処かと周囲を探る事を試みる――が、そもそも探るどころかまともに動けなかった。辛うじて指先だけが動かせた。そう確かめた時点で、頭の中に少し現実が戻って来る。…この激痛の原因。目が覚める前に晒された、悪夢のような出来事。村人皆に、悪魔の子だと、化け物だと罵られ、寄ってたかって襲われて――両親も殺されていて、俺は胸を撃たれて。

 …俺もまた、殺されていた筈だった。
 なのに今、どうやら、生きている。

 全く覚えの無いごわつく不快な感触が、首から下、身体全体を窮屈に覆っている。服、だろうか。拘束衣。何故そんなものが着せられているのか。他に感じられるのは、湿気っぽいような、古びた異臭。…どうやら俺は拘束衣を着せられ、何処か朽ちた場所に閉じ込められているらしい。

 殺す、だけでは飽き足らず。
 ここまでするのか。
 どうしてこんな。

 一体俺が何をした。
 ただ普通に生きていただけ。
 何か迷惑を掛けたか?
 何を騙していたと言う?
 俺は知らない。
 化け物と罵られ、石持て追われる必然が何処にある!?

 話せばわかって貰えると父と母は言った。…俺は何の事だったのかは知らない。だが「わかって貰えなどしなかった」事だけはわかる。…殺された事自体が、その証。
 この理不尽な暴虐が、俺の両親に対する、村人共の返答か。

 …いいだろう。
 俺が化け物だと言うのなら。
 貴様らは何だ。人間だとでも胸を張るか。





 この醜悪なる愚行を為し得るのが人間だと言うのなら、俺は人間でなど在って堪るか――――――!!!





 魂の絶叫。
 瞬間、俺の中で、何かが、ぷつん、と千切れたような気がした。

 …身体が異様に熱くなる。絶望と激情のままに己自身が灼熱の塊にでもなったような気さえした。同時に、左手では何かがどろりと融け落ちるような感覚。どくんどくんと酷く鼓動の音がうるさい。まるでそのまま身体が弾け飛んでしまいそうな。
 咆哮し、衝動のままに己の裡から湧き上がった力を揮う――揮った、と思った。…腕が、動かせていた。足も。…気が付けば拘束衣が破れていた。自覚は無い。けれど少なくともこれで、ここからは逃げ出せる。





 深き闇から何とか抜け出せた事で、俺は己が祠の中に――生け贄として閉じ込められていたのだと初めて知った。
 …襲っておいて、殺しておいて、その上に。
 悉く、俺の居場所は奪われたのだと理解した。

 左手に目が行く。
 …見る事すら忌まわしい気がした。
 それでも己の手である以上、無視は出来ない。
 俺の左手は、何故か骨だけになっていた。…それでも何の不自由も無く動かせた。酷く禍々しさを感じた。俺は『化け物』――本当に、その通りなのかもしれない。
 心の何処かに鈍い痛みを覚えた。





 それから、たった独りで村を後にして。
 最早、どうやって、どのくらい逃げ続けていたのかも、判然としない。

 奪われてしまった己の居場所。
 …もう疾うに失われてしまった筈の『それ』を、ただひたすらに、求め続けていたのかもしれない。





 果てが無いかと思える程の、当て所も無い逃避行の中。
 やがて俺は、久遠ヶ原学園へと辿り着く事になる。

 そこは、後にこの俺が――骸目李煌が、撃退士としての籍を置く事になる場所。
 漸く得た、新たな己の居場所となる。
■WTアナザーストーリーノベル(特別編)■ -
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エリュシオン
2015年06月26日

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