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『愛し梨の樹の元に。 』
黎阿(ia5303)

 良く晴れ渡った空を遠く見つめて、由他郎(ia5334)は穏やかに目を細めた。平穏な、平穏そのものの空気を胸一杯に吸い込む。
 とん、と枝を蹴って地に降り立ち、もう一度だけ遠くを見つめ、歩き出した由他郎が向かうのは眼差しの先。――生まれ育った、そして今は再び住処となった、村。
 愛する妻と愛しい娘が、今日も彼の帰りを待っている。





 由他郎と黎阿(ia5303)が神楽を離れ、由他郎の故郷であるその村に移り住んでから、そろそろ2年が経つ。それは由他郎が郷愁に駆られたからなんて理由では、もちろんなくて。
 ――故郷の森を、アヤカシから取り戻す。そのために、由他郎は開拓者として修行を積み、力を付け、研鑽を重ねてきたから。
 護大が倒れ、すべてが終わり、――そうして由他郎がその、常から胸に在り続けていた悲願を果たす時だと思ったのは、当たり前のことだった。だから、故郷に帰った。帰って、来た。
 生まれながらに志体持ちである由他郎は、それ故に常人よりも遙かに強靱な肉体と力を持ってはいる。けれどもあの頃、森を奪ったアヤカシはあまりにも強大で、由他郎はあまりにも未熟で、むざむざ奪われるに任せるしかなくて。
 だから開拓者になろうと、決めた。力ある人々、アヤカシという理不尽の脅威に立ち向かう誉れ高き背中。同じ志体持ちであり、それ故にアヤカシに唯一立ち向かうことの出来る人たちの、技と力を身につけるために。
 そうしてそれを手に入れた由他郎は、今度こそアヤカシから森を取り戻そうと黎阿と、愛しい娘と共にこの村に帰ってきた。そうして、半ばは世界中のあちこちで起こった、魔の森の縮小傾向にも助けられて――ようやく、悲願を達成出来たのだ。
 あれから、1年。その時間を、もうと言うべきなのか、まだと言うべきなのか、由他郎には判らない。
 けれどもこの1年で、確かに変わった物があった。穏やかな、ありふれた――かつてはありふれていた日常は、再び由他郎の手の中に戻ってきた。

(――穏やかな光景だ)

 ふと、家へと戻る足を止めて由他郎は、胸の内でそう呟く。この穏やかな光景を、まだ飽きるほどには味わっていないけれども。
 見渡せば広がる、脅威におびえることのない人々の営み。日々をただ平穏に作物を育て、あるいは山に入って猟をする、かつてはどこでも当たり前に行われていた暮らし。
 由他郎もまた、その取り戻した平穏を享受している1人だった。否、あるいは由他郎こそが誰よりも、この平穏な日々を噛みしめていたかもしれない。
 森の様子に気を配るのは、アヤカシどもの動向を伺うためではなく、今日はどの辺りに向かえば獲物が獲れそうか探るため。かつては当たり前に行っていたはずの習慣は、まだこの1年ばかりを経たぐらいでは、すっかり当たり前になったとも言い切れない。
 それに、何よりあの頃と違うのは――

「――戻った」
「あら、お帰りなさい」

 こちらは神楽にいた頃から変わらない習慣で、そう短く声をかけた由他郎に、軒先で近所の奥様と話していた黎阿がひょい、と顔を向けた。そんな黎阿の足元で、地面に棒で何やら絵を描いていた娘の方も、由他郎に気付いてぱっと顔をあげてにっこりする。
 そう、あの頃と違うのはこの、かけがえのない2人の存在。昔は彼女達の代わりに自分を出迎えてくれるのは、どこか半身のような心地もした、けれども確かに守らねばならない存在だった妹で。
 ふと懐かしく、目を細める。そんな夫を伺うように首を傾げた黎阿は、話の途中だった奥様に手振りで今日は仕舞いだと告げた。
 またね、と今日の夕食になるのだろう野菜を入れた籠を手に、去っていく彼女に手を振り返す。そもそもの要件は、取れ過ぎた野菜のおすそ分けと明日の天気の具合を占ってもらえまいかという相談だったから、どちらもとっくに終わっていた。
 ――神楽から由他郎と共にこの村に移ってきて、もう2年。それでなくとも慣れない土地、初めて暮らす場所となれば覚える事ばかりが多く、娘の世話もあって日々が目まぐるしく過ぎていくような心地がしたけれど、この頃はそれもすっかり少なくなった。
 それを1つの進歩だと、黎阿は前向きに捉えている。志体持ちの巫女はこの村でも珍しいのだろう、時折そういった方面で相談を受けるのもすっかり慣れたし、村人同士の微妙な距離感というか、そういう物も何となくは肌で解るようになってきたし。
 おかげで思っていたよりはずっと、穏やかな時間を過ごしている。過ごせている。当たり前だが慣れない育児も、村の女衆がこちらもどこか黎阿との距離を測りながら、顔を覗かせたり手伝ってくれたりしてずいぶん慣れた。

(あとは、もうちょっとでも家事が得意になればいいんだけど)

 もらった野菜の籠をちらりと見て、ふと息を吐いてしまうのは仕方のない所。これでも黎阿は努力しているし、昔に比べれば随分と進歩したはずなのだ。
 今でも少しずつ、少しずつ。あの貰った野菜を何とか処理できれば、きっともう半歩くらいは前進できるはず。
 そう考え、また由他郎へと眼差しを向ける。と同時に、1人遊びに飽きた娘が、お腹が空いたと手を引くのに苦笑する。

「はいはい。なんかあったかしら、ちょっと待ってね。――せっかくだからお茶にでもしましょ、すっかり喉乾いちゃったわ」
「ああ……そうだな」

 からりと笑って娘の手を引き、厨へと向かう黎阿に穏やかに頷いて、由他郎ももう片側の娘の手を握る。
 きゃぁ、と娘が喜んで足をばたつかせたのに、2人顔を見合わせ、笑った。





 暖かなお茶を淹れ、木の細工皿には干した果実。日持ちがするようしっかり干した果実は堅いから、娘にも食べられるようにお湯でふやかし、小さく切り分ける。
 それを流れるように板についた動作で行う、黎阿の姿を膝の上の娘をあやしながら、半ばは見惚れるように見つめた。これが幸いという事なのだろうと、ぼんやり思う。
 ふいに、黎阿が振り返ったのと目が合った。それに、なぜだか少し困った心地になる由他郎に、ふふ、と黎阿が笑う。
 盆の上にお茶と白湯、それから干し果実を並べて運び、とん、と卓の上に置いた。由他郎の前にはお茶、自分の前には白湯。娘の前には、ふやかした果実と湯冷まし。
 ん? という眼差しが白湯に注がれたのに、気付いて黎阿は悪戯を企む子供のような気分になる。ふふ、とまた笑ってずいと卓に身を乗り出し、夫の顔を覗きこみ。
 とっておきの秘密を、打ち明けた。

「この子にね。弟か妹が出来たみたい」
「……ぇ?」
「二人目。出来たみたいなのよ」

 くす、と笑って愛おしげに娘の頭を撫でる、黎阿の言葉に由他郎はしばし、目を瞬かせた。弟か妹。出来た。――二人目?
 その言葉がようやく脳に届き、理解の実を結んだ。同時に大きく目を見開いた、由他郎の顔をきょとんと見上げた娘の口の周りは、まだ上手には食べられない果実でべちょべちょだ。
 あらら、と黎阿は慣れた仕草で娘の口の周りを手早く拭いてやる。そうして夫を振り返れば、その表情は常と変わった所はないように見えるけれども。
 ちゃぁんと、黎阿には解っている。由他郎が、彼女の言葉をとても喜んでくれているという事が。
 だからにっこり笑ってみせた、黎阿に由他郎はこそばゆい気持ちで呟いた。

「二人目……」
「ええ。今度は男の子か女の子か……どちらがいい?」
「男でも、女でも」

 どちらでも良いと、由他郎は即座に、真剣にそう答える。どちらであったとしても、黎阿が生んでくれる子ならば愛おしい事に変わりはない。
 だから。性別などどちらでも良いのだと、本心から告げる由他郎に黎阿は、幸せに微笑む。
 その気持ちは、黎阿も同じだったから。自身も宿したと確信したばかりのまだ見ぬ我が子が、男であろうと女であろうと、由他郎の子であれば愛おしい事に変わりはないのだから。
 ふふ、と笑って優しく腹をなで、黎阿は小首を傾げるように夫の顔を見上げた。

「名前は……次の子はまかせようかしら?」
「名前、は……」

 そうして告げられた言葉に、由他郎はつと眉を寄せて真剣に考えを巡らせる。生まれてから決めても良さそうなものだが、つい、考え込んでしまう。
 娘の名前は、由他郎の好物でもある梨の字を織り込んだ。ならば次の子の名は公平に、黎阿の好物の字を織り込むべきだろうか。
 黎阿の好物。好物と言えば――

「そうだな……一文字は酒……駄目か?」
「……それ、本気なの?」

 考え考え告げた由他郎に、黎阿が綺麗に微笑んだ。――綺麗すぎて空恐ろしいくらい、綺麗な笑顔。
 本能で何かを感じたらしい、娘がぎゅっと由他郎にしがみ付いてくる。そんな娘をしっかりと抱き締めてやりながら、もちろん由他郎は微笑み怒る妻に首を振る。
 ――きっと、わりと真剣だったことは永遠に、言わない方が良いのだろう。





 厳しい冬の気配もようやく緩み、春の兆しがかすかに見え始めてきた、とある晴れた日の事だった。
 黎阿が子を宿したと確信し、由他郎に告げてから早、数か月以上が過ぎ去って――その間に季節は巡り、穏やかな日々が降り積もり。
 そうしてまた訪れた、1つの大きな変化。娘に次いで、新たにこの世に生を受けた我が子――黒い髪を持つ愛しい息子の存在。
 ようやくつぼみを付け始めた、梅の木の下でその存在を噛み締める。今はまだ黎阿に抱かれ、すやすやと寝息を立てている小さな息子の頭を、そっと撫でる。

「じき、梅が咲く」
「ええ、じきね」

 呟いた由他郎の言葉に、黎阿が頷き僅かに息子を持ち上げた。あたかも、膨らみかけたつぼみを見せようとするかのように。
 名前は、結局(もちろん!)酒の字は使わなかった。代わりに願いを込めたのは、この梅のように健やかに――森の木々のようにまっすぐに。
 大樹のようにと行かなくても、健やかに育ってくれればいい。
 梅の木を真っ直ぐ見上げ、足元の娘へと目を向ける。近頃の娘はそういう時期なのだろうか、ちょっとした悪戯が増えてきた。
 今も埋まれたばかりの弟に、ちょっかいをかけようとばかりに見上げている娘を、由他郎はひょいと片手で抱き上げる。それに、驚きの声をあげた娘はけれど、常になく高い視界が楽しかったのか、きゃっきゃと嬉しそうにはしゃぎ始めた。
 そんな娘を肩に乗せ、黎阿と黎阿に抱かれた息子を見る。そうして穏やかに、愛おしさ噛み締めて。
 僅かに感じる、春の気配に目を細める。――それはどこか、これから続く日々を予感させるような気がした。





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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業 】
 ia5303  / 黎阿  / 女  / 18  / 巫女
 ia5334  / 由他郎 / 男  / 21  / 弓術師

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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いつもお世話になっております、蓮華・水無月でございます。
この度はご発注頂きましてありがとうございました。

お嬢様と息子さんの、穏やかな日々を重ねる物語、如何でしたでしょうか。
いつの間にか娘さんが生まれ、息子さんまで……蓮華も年を取るはずですね……(しみじみ←
何だか色々と暴走してしまった気がしてなりませんが、リテイクは熱いうちに打てと申します(※言いません
なにかイメージと違う所がございましたら、いつでもお気軽にお申し付けくださいませ(土下座

お二人のイメージ通りの、穏やかな未来へと続くノベルであれば良いのですけれども。

それでは、これにて失礼致します(深々と
■イベントシチュエーションノベル■ -
蓮華・水無月 クリエイターズルームへ
舵天照 -DTS-
2015年06月29日

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