▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『君のために、未来へ願う〜うさぎ跳ねる日〜 』
点喰 縁ja7176


 久遠ヶ原学園大学部、校舎裏。
 砂塵が風に吹き上げられ、何処ぞへと消えてゆく。
 乾いたような空の色、小鳥のさえずり、学生たちの笑い声。全てが遠く遠くに感じる。

 男が二人、対峙していた。

 金茶の髪に黒い和槍を構えるは点喰 縁。
 銀に輝く脚甲で足元を固める桐生 直哉の瞳は、戸惑いに揺れていた。
「……あー……、縁君、本当にやんのか?」
「不本意なのは俺も同じよ。とはいえ、家の名代を任されちゃあ適当はできないもんでねぇ」
 苦く笑いながら、槍の穂先は友人である直哉から逸らさない。
「凪の後見人の名代だ。お嬢さんを嫁に欲しけりゃ、俺の屍を越えて行ってくれや、なお」
 俺からのお祝いだ。縁が言う。
「そこまで言われちゃあ……。冗談じゃねえんだな。わかった」
 直哉の前髪の間から、瞳の青が決意を固めて覗く。


 澤口 凪。
 縁の従妹。直哉の恋人。
 この度、直哉の嫁となる。
 



 先手を打ったのは縁だった。
 繰り出される黒槍は、左へ体を捌いた直哉のゴーグルの右レンズにヒビを入れた。
「ぉおおおおおおい!!!!?」
 避けなければ確実に喉ど真ん中に穴が開いていた、的確すぎるピンポイントショット。
「悪く思うない。死にぁしないさ、死にぁ。俺は、なおをよっっく信頼してらぁ」
「仕方ねえか、これも通過儀礼ってやつなんだよな。気にすん、……なっ」
 直哉はそのまま縁の側面へと回り込み、不意に体勢を沈めては足払いの下段蹴りを繰り出す。
「固ぇっ!!」
 ――確実に入ったが、縁の軸足はビクリともしない。
「はははは、これがアスヴァンの真骨頂でねぇ」
「火力の低さはカオスレート差で補うってか……」
「気にしてること言うな」
 外さない・致命傷には至らない、互いに不毛とも思える攻防が始まった。


 そも、縁と直哉は日頃から仲がいい。
 父や祖父の言いつけが無ければ、縁だって素直に祝福するつもりだった。
 決闘の雰囲気から始まったものの、蓋を開ければ手合わせのようなもの。
 ――はじめのうちは。
(いっつも背中を預けてたから、こうして向き合うのは新鮮だなー……)
 ガードする合間にそんなことを考えた縁の脳裏に、もう一つの思考が差し込まれる。
 縁が預け合う直哉の背、それを長く見て来たのが凪だ。
 縁にとっては、だいじな従妹。
 天魔襲撃に巻き込まれて両親と双子の弟を失い、たった一人になってしまった凪。
 いっそ、養子縁組で点喰の家へ入らないか―― そんな話もあったのに、少女はひとりを選んだ。
(いんや、正しくは…… 『こうなる』ことを、わかっていたのかねぇ)
 中学校は地元ではなく、久遠ヶ原を選び……そこで出会った青年と恋に落ちて、今日という日を迎えて。
 『澤口』の娘として、嫁に行く。行ってしまう。
 従妹との思い出は、温かいものばかりではない。
 縁が素直になりにくい部分もあったのだが、凪もまたどこか素っ気ない態度で。
 互いに心から楽しみ、笑いあったことはどれくらいあったろうか。
 もっと、笑えばいいのに。
 目を合わせて話せばいいのに。
 言葉にならない感情が燻っていたのだろうと、今にして思う。
 直哉といる時の凪は―― よく笑い、よく食べ、まっすぐに目を見て……

「……わりー、なお。無性に腹立ってきた」
「なんのスイッチ入ったよ!?」

 縁が手にする黒槍が、輝く星の光を纏う。
 テンション低目な声と裏腹の、鋭いレイジングアタック。
「本気か、縁君」
 反射的に腕でガードした直哉の、ジャケットを裂き鮮血が散る。
 縁は戦闘行為に高揚するタイプではないことを、直哉は知っている。
 だから、これは理性的に『本気になった』わけだ。どういうスイッチかまでは、わからないけれど。
(いや……、俺が、凪を貰うんだ)
 凪が、直哉と結婚する。そのことで、従兄と従妹という関係が変わるわけではない。
 ただ、凪と、点喰家にとっては重要なことだった。
(家…… そっか。だよな。家族、だもんな)
 縁の父が、祖父が、命令を下したというけれど。つまりはそれだけ、凪が愛されているということ。
 下された命令には渋々だとして、こうして対峙しているには縁の意思もきちんとあってのこと。
(大事にされてきたんだよな、凪。大事にしてきたんだよな……縁君)
 一手の重さの意味が、変わってくる。
 縁の攻撃を受け止め、反撃する直哉の技も切れが増してゆく。
 肩口を狙った上段蹴り、振り下ろした勢いで膝を腹部へ突き刺すように捻じ込む。
 間合いを詰めた直哉の背へ、縁は石突を振り下ろす。
「……ッ」
 無色の液体を吐き、直哉は後退して間合いを取った。
 のらくらと消耗戦をしていた時と、互いの気迫が違う。
 シールドで防ぐ縁の『壁』を、直哉の蹴りが更に押す。みしり、縁の腕が厭な音をたてた。
 しかして引かず、片腕で槍を捻じ込む。
「縁君。俺は……ここで膝を屈するわけにはいかない」
「こっちだって、手を緩めるつもりはねえや」
 ぶつかる視線が、火花を散らす。
 距離をとる、力をためる、そこから一気に――

「何してるの!」

 これが最後と言わんばかりに、全力を乗せた攻撃がぶつかるその前に。
 少女の声が、二人の間へ入り込み、激突を止めた。




 時は少し、遡る。
「むー。出ないなぁ、直哉さん」
 放課後、凪は直哉と連絡が取れなくなっていることに首を捻っていた。
「友達から割引券もらったから、いつもよりたくさんクレープ食べれるのに……」
 期限は、今日まで。だからぜったい、今日のうちに行きたい。
「何かあったのかなぁ? 用事が入ったなら連絡来るだろうし」
 こういう時、年齢差がもどかしい。
 同じ校舎だったなら、ヒョイと覗きに行けるのに。
 共通の友人数名にも連絡を取るが、誰も知らないという。
「……なんか、やだな。こんな時は! 野生の勘!!」
 黒兎のぬいぐるみ鞄の耳をピーンと立てて、凪は大学部の校舎を目指した。

(サボったまま眠りこけちゃったとか? お腹をすかせすぎてウッカリ行き倒れとか?)
 どこにいるだろう、何をしているだろう。
 たったか走りながら、凪は直哉のことを考える。
 有り得そうなことを思い浮かべ、それならば友人たちも知っているはずだと打ち消す。
(直哉さんに、有り得なさそうな…… うーん)
 気持ちの良さそうな屋上。おやつを食べるのに最適な中庭。ワイワイできる学食。
 ×印を付けながら、小さな兎はたったか跳ねる。
(やな予感がするよう)
 会えない。手が届かない。
 連絡がつかないなんて、もしかしたら珍しいことじゃないのかもしれない。
 だけど、今日は、なんだか違う。違うのだ。
(……直哉さん、返事してよ。ねえ)
「…………?」
 風の向きが変わり、凪は足を止めた。違う、どこからか風が巻き起こっている。人為的なもの。
 校舎裏。
 誰かが自主訓練でもしているのだろうか。それともクラブ活動?
 学園内では、決してめずらしくない。めずらしくないのだけれど……
 呼ばれるように、凪はそちらへ足を向けた。




「な、な、……なんで、直哉さんと縁お兄ちゃんが」
 凪の声が上擦る。
 直哉の脚甲も、縁の槍も、血に汚れている。手合わせにしては、度が過ぎている。
「心配いらねえ、ここはサシで戦わせてくれ」
「戦うって、直哉さん!」
「そうそ、ただの通過儀礼だ。凪はそこで見てろい」
「うううう、縁お兄ちゃんまで」
 通過儀礼? 戦う?
「あっ、わかった!」
「いい子だ。じゃ、そこで見てろい」
「縁お兄ちゃんのばかーーーー!!」
 点喰家からの、何がしかか。
 そこまで察した凪に対し、猫の子を追い払うかのように縁が手をひらひらと振る。
(だって、なんで)
 凪は二人を止めたいのに、方法がまるで浮かばない。
 そうしている間に、二人の攻防が新たに風を生み出して少女の髪を揺らす。
 縁の防御系スキルが枯渇したのを見計らい、直哉の右足が黒い靄を纏う。
「『通過儀礼』だ……、恨みっこなしだぜ」
 俊足で振り抜かれる、黒き一閃。直哉渾身の剛撃。
 後ろへ倒れた縁は、槍を杖代わりに立ち上がる。
「へっ、待ってたぜ、なお……。このタイミングを……!」
 ゆらり、ゆらり、縁の体が揺れる。赤味を帯びた金のアウルが色濃く広がる。
「これで、終ぇだ!!」
 火事場の馬鹿力、ただブン殴る!!
「学食のパフェより甘えな、縁君」
 が、それをクロスした腕で直哉は防ぎ切った――バレないように発動していた、死活。
 決めの一手が弱い縁が、何を切り札とするか……それを考えた上で仕掛けた。
 力を解放しきった縁には、強制的に隙が出来る。向こうも賭けに出ていたわけだ。

 ――とん

 直哉のかかとが、縁の左肩へと乗せられる。
「……凪は、俺と幸せになるから心配すんな」
「最初からしてねぇやい、そんな心配」
 笑い、縁が癒しの風を吹かせた。

「ば、ば、……ばかーーーー!!! ふたりとも、そこに座りなさいっっ!!!」

 腹の底から凪が叫べば、安心からかぼろぼろと涙が零れ落ちて、止まらなかった。




 ぐずぐず泣きながら、凪は二人へ説教する。
 点喰の家からの命令だからって、馬鹿正直に実行することないじゃない馬鹿。
 大変なことになったら大変なんだから、事前に連絡してくれないと困るじゃない馬鹿。
「なくしたく、ないの…… もう、誰も」
 天魔襲撃に巻き込まれて、大切な家族を失った。
 自分だけが生き残ってしまった。
 自分が、災いを招いた? 巻き込んでしまった?
 凪の心の根底には、そんな恐怖が沈んでいる。
 だから、自分から縁たち『家族』を遠ざけようとした時期もあった。
「かぞくになるの…… 直哉さんと。うしなうだけじゃない、かぞくになるの」
「あー……、悪かった。悪かったから、ほら、泣きやめ。飴玉やるから」
「縁お兄ちゃんったら、そうやって子供扱いする! 頂きます!!」
「チョコは、半分こしようぜ。俺もハラへった……」
「溶けちゃってるよ、直哉さん…… 頂きます」
「ちょ、なお、俺の分は」
「飴玉貰ってねえし」
「ガキか!」
「どっちが!」
「ケンカしないでーーーー!!!」

 もぐもぐ終えてから、凪は鞄からクレープの割引券を取り出した。
「そうだよ、クレープを食べに行こうって直哉さんを誘うつもりだったんだよ」
「期限いつ?」
「今日まで」
「よし、行くか。縁君も一緒に」
 ポンと膝を叩き、直哉は立ち上がると縁へ手を差し伸べる。
「野暮なことはしねえよ、お二人で存分に食べてくりゃあいい」
「えっ。行こうよ、縁お兄ちゃん。うーんと、こういうのをなんて言うんだろ」
 むむぅ、と考え込む凪の頭を、直哉が優しく撫でて笑った。


「家族水入らず」




【君のために、未来へ願う〜うさぎ跳ねる日〜 了】


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
【ja7176/ 点喰 縁 /男/20歳/アストラルヴァンガード】
【ja3043/桐生 直哉/男/19歳/ 阿修羅 】
【ja3398/ 澤口 凪 /女/16歳/インフィルトレイター】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
ご依頼、ありがとうございました。
末永く爆発しやがれ決闘ノベル、お届けいたします。
アストラルヴァンガードVS阿修羅は、直撃必至だけれど互いに決定打に欠く恐ろしき持久戦でした。
なまなましい。
この後に食べたクレープは、きっと今までで一番美味しかったのだろうなと思いながら。
楽しんでいただけましたら幸いです。
■イベントシチュエーションノベル■ -
佐嶋 ちよみ クリエイターズルームへ
エリュシオン
2015年06月29日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.