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『そう遠くない未来に 』
点喰 縁ja7176



 初夏の朝は早い。
 もう窓の外は白み、雀が賑やかにさえずっている。
 小学一年生の点喰 縁は布団の中でじっとそれを聞いていた。
 本当はすぐにでも布団を片付け、近所をひとっ走り見回ってきたいところなのだが、まだ我慢である。ここ数日ずっと落ち着きのない縁は、しょっちゅう祖父の雷(プラス、時には拳骨)を喰らっていたからだ。
 だが、一度目が開いてしまうともう眠ることなどできない。
 縁は布団の中でゴロゴロと寝返りと打っていた。
(あにさんたち、いまごろどこにいやすかねえ……まだほっかいどーからは、でてやしませんかねえ……)
 自分からほっかいどーまで走って迎えに行きたいようなもどかしさに、足がむずむずしてしまう。


 今日は、北海道から来客があることになっていた。
 縁の祖父は指物職人で、東京は浅草で『浪兎屋』という店を営んでいる。
 それなりのご贔屓筋もあり、中でも北海道のさる素封家とは仕事を抜きにしても昵懇の間柄だった。
 少し前、祖父は北海道に招かれた際に縁を連れて行ってくれた。
 縁は大好きな祖父と色んな電車に乗り、飛行機に乗り、それだけでも嬉しくて仕方がなかったのだが、北海道にはもっと楽しいことが待っていたのだ。


 夜来野 遥久は空港のロビーでソファにきちんと落ちついて、祖父が戻ってくるのを待っていた。様々な手続きや、飛行機搭乗前に捕まえようとひっきりなしにかかってくる携帯電話のコールの為に祖父が席を立ってから随分たつが、きちんと背筋を伸ばして座り続けている。
 遥久が小学五年生という実際の年齢よりも少し上に見えるのは、男の子にしては早く伸びた身長や、利口そうな目だけの為ではない。持って生まれた資質が、教育や周囲の環境によって砥ぎ澄まされ、他の子どもとは少し異質な雰囲気を漂わせているのだった。
「遥久ー! あっちでなんかすげえ変なモノ売ってんだぜ!!」
 賑やかな声と共にソファの隣の席に飛び込んでくる姿。キラキラ輝く目が遥久を覗き込む。
 一つ年下の従兄弟、月居 愁也だ。
 従兄弟とはいえ遥久とは対照的に、祖父が席を立つとものの一分後には愁也はもぞもぞし始め「ちょっとトイレ」と言ったきり行方知れず。今やっと戻ってきたところである。
「愁也」
 穏やかな笑みを浮かべる遥久の表情に対し、声音は若干クール。
「トイレで土産物を売ってたのか?」
「え?」
 愁也はギクッとして表情を硬くする。
「えーと、ほら、あ、トイレがどこかわかんなくてさ! お店の人にきいたんだけd……うそです、ごめんなさい」
 小学生にして威圧感のある遥久の視線に、ソファの上で思わず土下座体勢の愁也。
 遥久は小さく息をつくと、軽くこつんと愁也の頭に拳を当てる。
「迷子になっても、飛行機は待ってくれないんだぞ。おじい様の仕事に迷惑がかかるだろう?」
「うん、わかってる。でもさ、縁が好きそうなモノがあってさ……」
 遥久は腕時計と発着情報ボードを見比べた。
「じゃあ、おじい様が戻ってきてまだ時間があったら、少し見に行こうか」
「うん!!」
 愁也はぱっと顔を輝かせ、座り直す。
 そして足をぶらぶらさせて空港での冒険譚を語るのだった。




 お日様はもう随分高くなっていた。
 朝ごはんの間もそわそわしてまた祖父に怒られ、いつもは作業場で飽きず祖父の手元を眺める時間も家中を落ちつきなく歩き回り、遂には遠くを見ようと屋根に上ってまた怒られ。
 そこらの柱に縛り付けておけとまで言われた縁だったが、ようやく待ち望んでいた時がきた。
 黒塗りのピカピカの大きな車が走って来て、『浪兎屋』の店先に滑りこむように停まったのだ。
「きやしたっ!」
 縁は玄関を飛び出す。
 白い手袋をはめた運転手が恭しく開いた扉からも、転がり出て来る者がいる。
「縁! ひっさしぶり〜!」
「愁也あにさん!」
 お日様のような笑顔の愁也が、縁の両腕を掴んでぐるぐる振りまわす。
「うおおおおっ!?」
「縁、でっかくなったな!!」
 その間に遥久、そしてふたりの祖父が静かに車を降りて来た。
 縁は回る視界の端で、遥久にも挨拶する。
「はるーひさーあにさーーんー! おひさしぶりでーー!!」
「点喰くん、久しぶりだね。元気だった?」
 型通りの挨拶だが、遥久の目は優しい。大人たちの前ではあまり見せない表情だ。
 互いの祖父同士、そして遥久がきちんと挨拶をかわす間に、愁也と縁は第一ラウンドを終えて、冷たい玄関の板の間にひっくり返っていた。

 縁が初めてこの年上の友人たちと出会ったのは、北海道を訪れたときだった。
 最初のうちこそ祖父の服の裾を握り締めていた縁だったが、帰る時間になった頃には逆にふたりの服の裾を握っているような有様だった。
 今回は祖父が仕事で上京するついでに遥久と愁也を伴って来たのである。
 その話を聞かされた時、縁はちゃぶ台をひっくり返しそうな勢いで立ちあがったものだ。
「ほっかいどーのあにさんたちがくるんですかい!?」
 それから、縁は指折り数えてこの日を待っていたというわけだ。

 お茶もそこそこに、縁はふたりを外に連れ出した。
 ほっかいどーはとても楽しかったけど、自分の町もふたりに好きになってほしい。見てもらいたものが沢山あるのだ。
「こっちですぜ!」
 縁は細い路地、ご近所の生垣の穴を通り抜けていく。
「すごいな、縁! 迷路みたいだ!」
 愁也はごちゃごちゃの建物の中を縫っての冒険に、夢中だった。
 遥久は興味深そうに、江戸情緒の残る建物を見遣りながら後を追う。
 やがてとある小路を抜けた先で、縁は秘密めかしてふたりに説明する。
「ここはこの辺りのネコのしゅうかいじょなんですぜ」
 空き地には古い礎石が雨ざらしになっており、天下泰平という表情で猫達がくつろいでいた。
「すげ、みんな真ん丸だ!」
「ふだんからなかよくしてやすから、ゆっくりなら中に入ってもだいじょーぶですぜ」
 縁はちょっと自慢げに胸を逸らした。
「ほらあにさんたちも、これであいさつすればすぐに仲良くなれるんでさ」
 縁は台所から失敬して来た煮干しを、ふたりの手のひらに分ける。
「うわ、けっこう慣れてるんだな! ひゃあ、ざらざら!!」
 愁也が興奮を押し殺した声を上げた。猫が驚かないように手は固定しているが、顔ははち切れそうな笑顔だ。
 遥久は暫く煮干しをじっと見つめていたが、ふと自分を見つめる視線に気付いた。
 みればひと際大きな礎石の上から、やたら迫力のある灰色の猫が遥久を見据えていたのだ。
「あれがここのボスなんでさ」
 縁が耳打ちする。どうやらボス猫は、新参者達のボスは遥久と見定めたらしい。
「じゃあ挨拶しておかないとね」
 敷石の端にそっと煮干しを置くと、ボス猫はちらりとそちらを見て、鷹揚に頷いた……ように見えた。
 何やらこの場を視線で取り仕切るかのようなボス猫に、遥久はある種の共感と敬意を覚えるのだった。




 続いて縁はお気に入りの店へと向かった。
「すごいな、これ! なんかいっぱいある!!」
 愁也が歓声を上げた。
 昔ながらの駄菓子屋には、色とりどりの菓子や玩具が子供の手の届く高さいっぱいまで並んで圧巻だ。
「おや、縁ちゃん。今日はお友達も一緒かい?」
 店のおばちゃんにほっかいどーから来た友達だと紹介する縁は、やっぱりちょっと得意そうだった。
 愁也と遥久は、半ば口を開けて狭い店内を見回す。
「お小遣いでもけっこう色々と、買えそう……?」
 同意を求めるように、愁也は遥久をちらっと見る。
 愁也のポケットの小銭入れには、祖父がくれたお小遣いが入っている。が、常日頃無駄遣いを遥久にたしなめられたりすることが多いことと、慣れない店の値段の表示に、一瞬自分の算数に自信をなくしたのだ。
「買えるけど、食べすぎてお腹をこわさないようにしろよ」
 そう言う遥久も、普段あまり見掛ける機会のない駄菓子に興味津々だった。
 縁のおススメも参考に、色のついたソーダ水や、風船に入った甘いお菓子や、棒に絡んだソースの匂いのするよくわからないものなどを買い、ザラメから綿菓子が出来上がるのを食い入るように見つめた。

 おばちゃんに特別サービスだとおまけを貰って、河原へ向かう。
 並んで腰かけ、それぞれが戦利品を広げた。
「なんだこれ、変な味ー!」
「愁也あにさん、舌が青くなってまさあ」
「げ。ほんと!? これ取れる??」
「……これって元はなんだろうね」
 遥久は家の者に見つかったら怖い顔で取り上げられそうな駄菓子を食べながら、密かな満足感に浸った。周囲の期待を裏切らないようにと育てられた遥久の中で息づく、ちょっとした反抗心とでもいうものだろうか。
「そういえばこれ、何をくれたのかなあ?」
 愁也がおばちゃんがくれた小さな袋を開いた。中から出て来たのはプラスチックの小瓶と、先が開いたストローである。
「あ、シャボン玉か!」
 愁也がすぐに瓶を開け、ストローをつけると息を噴き出す。
 七色に光る大小様々なシャボン玉が飛び出し、川面の風に流されて行った。
「おお〜っすげー!!」
「きれいでやすねえ……! 俺もいっぱい飛ばしやす!!」
 縁も一緒になってストローを噴く。
「…………」
 無言の遥久は、ひたすら細く息を吐き、大きなシャボン玉を作ろうとしていた。
 シャボンの表面を七色の曲線が流れ、雫が落ちる。
 気付いた愁也と縁も息を止めて見つめる。
「……ふっ」
 顔程もあるシャボン玉は頼りなく揺れながら、ストローから離れた。
「うおおおおすげえ遥久!!」
「遥久あにさん、上手でやすねえ!!」
「ありがとう、けっこううまく行ったみたいだね」
 満足げな遥久がふたりの喝采を受ける。
「よし、俺もやる!!」
 愁也が目を真ん中に寄せながら、ストローを噴く。ひとつできたシャボン玉はくるっと周り、横からはみ出た別のシャボン玉が膨らむ。
「あー、双子になっちゃった。でもこれも面白いな!」

 不意に、縁の表情が改まる。
「あにさんたち、いとこってどうでやすか?」
「何?」
 唐突な難しい質問に、愁也も遥久も思わず縁を見た。
「去年、双子のいとこが生まれたんでさ」
 妙に真剣な顔で川を見つめる縁。一方で愁也は身を乗り出した。
「双子! すごい、いいなあ、かわいい? ねえかわいい?」
 その勢いに、縁は少し驚いた。
「え? か、かわいい、とはおもいやすが……なんかよくわかんねえんで。……あにさんたちみたいに、俺もいとこ達と仲良くなれるかなって」
「点喰くんは優しいから大丈夫だよ」
 遥久が頷いた。
「そうだよ! 縁、お兄ちゃんになったんじゃん!」
「おにい……?」
 縁が首を傾げる。
「縁は俺達をあにさんって呼ぶだろ? いとこからみたら、縁はお兄ちゃんだぜ! ちっちゃい子はお兄ちゃんが大事に守ってやらなきゃな!」
 胸を張る愁也をちらっと見てから、遥久が続ける。
「お兄ちゃんは色々がまんしなくちゃいけないこともあるけど。でも、こんなに久しぶりでも点喰君と会うと楽しいよね。近くにいて、いつでも会える弟や妹がいるってすごく楽しいと思うよ」
 縁は自分が『あにさん』になるということが中々腑に落ちないようだった。
 だが、少しずつ、くすぐったいような嬉しさがこみあげて来る。
「そうでやすね……毎日、すげえ楽しいとおもいやす」
「時々は『もう!』って思うこともあるかもしれないけど、きっと仲良くなれるよ。……僕も愁也も、そうだからね」
「え? 俺、遥久と一緒に居て『もう!』って思ったことないよ!」
 遥久の目が何やら物言いたげだった。


 お日様は西に傾きつつあった。
 寂しい夕暮れが、今日はいつもよりもっと寂しい。
「また会えやすよね、あにさんたち」
 少し泣きそうな顔の縁の頭を、遥久が優しく撫でる。
「もちろんだよ。もう少し大きくなったら、僕達だけでも遊びにくるよ」
「そうそう! んで今度は縁が大きくなって、北海道に来いよな!」
 愁也が背後から縁を抱きかかえて、ぶんぶんふり回す。
「そうして大きくなったら、色んなところで、もっと沢山の人と仲良くなれる。そうしたらきっと楽しいと思うよ」

 遥久の言葉は、そう遠くない未来を予見しているようだった。


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ja7176 / 点喰 縁】
【ja6837 / 月居 愁也】
【ja6843 / 夜来野 遥久】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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エリュシオン
2015年06月29日

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