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『心そよぐ、君の隣 』
辰川 幸輔ja0318)&朽木颯哉ja0046

●side 幸輔
 窓を開ければ、爽やかな風と共に緑の香りが吹き込む。夏が近い。
「久しぶりの連休だ、寝て過ごすのも勿体ねえ」
 辰川 幸輔は、グイと大きな身体を逸らす。娘は既に学校へ行っている。
 さてどうやって過ごしたものか。
 しっかり者の娘がいるお陰で、溜めこんだ家事があるでもない。
 散歩にでも行こうか。
 ――ひとりで?
 そこまで考えたところで、幸輔の動きはぎこちなく止まった。
(……今、誰を)
 誰を、想像した?
 ひとりで散歩もどこか寂しい。だったら――……


『できるなら、気持ちとちゃんと向き合って……考えたい』
 それは去年、雪が降る前の季節のこと。
 自分へ想いを寄せているのだという朽木颯哉へ、絶縁を選ばれても仕方がないと覚悟を固めて告げた言葉。
 幸輔が颯哉へ向けるものと、颯哉が幸輔へ向けるものとでは、『好意』の意味が違う。
 それは、幸輔にとって衝撃であったし苦しみでもあった。
 かといって、関係を壊し、縁を切ることも怖かった。
 時間が欲しいという自分の願いは、いたずらに颯哉を傷付けるだけかもしれない。
 そんな不安と共に本心をぶつけてみれば、相手は泣きそうな顔をして笑ったのだ。
『悩んで出してくれた答えなら、それ以上に嬉しいモンはねェよ』


(あの人も、たいがい甘い)
 冬が来て、やがて雪が融け、春が来て。
 久遠ヶ原学園に籍を置いているとはいえ社会人である二人は、気が付けば仕事に忙殺される日々を送っていた。
 結局あの日以降、まともに会っていない。
 それでも、何かの折にはメールが届き、幸輔も返す。いつの間にか以前のように、交流が戻っていた。
「時の流れは早くていけねえや」
 風が心地よいこと。緑が目にまぶしいこと。
 すっかり忘れていた。
 誰に急かされるでも無い時間を、今日は過ごそう。
 答えのない問いについて、ゆっくりと考えよう。



●side 颯哉
 颯哉が、もしも誰かに宝は何かと聞かれたら、迷わず答える『息子』だと。
 その気持ちに、迷いも偽りもない。
 そんな息子がある日、知ってか知らずかこんなことを言ったのだ。
『好きなら、とことんまで大事にしろよ』
 さて、それは犬か猫か新たな趣味か。
 そらっとぼけたところで見透かされていたように思う。
(言われなくても、そりゃァな)
 大事に思うから、距離を取る。
 無理強いをせず、向こうからのリアクションを待つ。
 いつの間にか、そうしているうちに半年近くが経っていた。
「会いてェとか思うんだよ、好きならよ」
 留守を任せている実家からの連絡メールに一通り目を通し、異変のないことを確認しては盛大なため息を吐いた。
「もう、七月が来るのか……。末には辰の誕生日だな」
 それはそれで、別として。
 ふと湧きあがった欲求と、スケジュールとがたまたま良いタイミングである。
 何かと外を出回ることの多かった最近だが、今日は完全オフだ。
 これで幸輔と連絡が付いたなら、ツキがあるってことにしよう。
 メールの文面だけじゃあ、感情は推し量れない。
 たまに電話で話すこともあったが、当たり障りのないことばかりだった。警戒させないように、気を煩わせないように。


「……」
 傍らのスマートフォンを、颯哉は見つめる。こんな、威圧感のあるモノだったろうか。
 緊張だなんて、そんな今更まさか。
 自分を笑い飛ばし、手汗に気づかぬふりをして、馴染みのアドレスを引き出した。
「よォ。――あァ、俺だ。ん、元気そうだな。はは、こっちも変わらずだ」
 耳に触れる、心地よい声。
 いつから、この声に特別な感情を抱くようになったのか――考えて、今は伏せる。
「そのうち、空いてる日で構わねェ。久々に会って、買い物にでも行かないか」




 季節の変わり目となれば色々と入用だが、街並みを眺めるだけでも楽しいものだ。
(それにしても、珍しいな。颯哉さんからの誘いなんて)
 待ち合わせ場所へ向かいながら、幸輔は数日前の会話を思い出していた。
 酒の誘いなら、まだなんとなくわかるが…… こんな、昼間に。
 驚きもあったが、煮え切らない自分を変わることなく誘ってくれることが純粋に嬉しい。
 幸輔は二つ返事で受け――結局のところ、今日という日まで再び思い悩むこととなる。
 二人きりで会うことは、まだ少し怖かった。
 一年以上経つというのに、『あの夜』の記憶が消えることはない。
 だからこそ、彼は昼間を選んだのだろうか。怖がらせないために。
「…………」
 良くも悪くも、幸輔としても颯哉を意識している。ことが、伝わっている。
 なんだか気恥ずかしくて、誰も見ていないと知っていながら鼻の頭をかいて誤魔化した。
「どうしたって、嫌いになれるもんじゃねえ」
 嫌うことが出来たなら、とうの昔に縁なんて切っている。
 

「そんなに走ってこなくたって、時間には余裕があるぜ、辰。優等生だ」
「……走ってなんか。颯哉さんの方が早く着いてますし」
「誘っておいて遅刻は、カッコ悪ィからな?」
 時計塔の下に、ラフなスーツ姿の男が一人。颯哉だ。スッとした立ち姿は、遠くからでも目立つ。
 彼は幸輔に気づくと片手を挙げて、その赤らんだ顔をからかう。
「さッて、どこから行くか……。辰、のぞきたい店はあるか? 行っておきたい場所とか」
「いえ、俺は特に……。颯哉さんに任せます」
「しおらしいな。いいけどよ」
 ぎこちない幸輔の返答へ、颯哉は喉の奥で笑った。
「とりあえず…… 何か、腹に入れるか」
 緊張をほぐすなら、美味い食べ物。
 近くに行きつけがあるのだと、颯哉は幸輔を案内した。




 腹ごなしを終えて、街を流す。
 古書店の店先で立ち止まり、輸入食材店を冷かして。
 時折、話題に互いの子供をあげ、何処の家も変わらないと笑いあう。
「……辰?」
 幸輔は颯哉の隣ではなく、ほんの少し、後ろを歩く。
 それを疑問に思い、颯哉が振り向いた。
「あ、なんでもないです」
(今まで…… どうやって接していただろう)
 俯いて首を振り、素っ気なく幸輔は答えた。
 今まで通りを意識するほど、自分の態度はぎこちなくなる。どの距離が正解なのかがわからない。
「先に、そこの店に入っててくれるか」
「颯哉さんは?」
「便所。一緒に行くか?」
「……先に行ってますね」
 これは、気を遣われた。
 ガクリと肩を落とし、それでも今のうちに気持ちの整理をしておかねばと、幸輔は自身の頬を張る。
(…………気持ちが)
 もし、颯哉を受け入れられないと定まってしまったなら……。こうして並んで歩くのは、今日が最後になってしまうのだろうか。
 そんなことも、脳裏をよぎった。
「向き合う……か。考えていたより、ずっと難しいもんだな」
 情けなく声が響いた。
 自分から言い出したことだというのに。
 傍に居ることで、より颯哉の気持ちを実感しながらも、今もまだ答えは見えない。





 陽が傾き始めたところで、今日のフリータイムは終了。
 幸輔は、娘が帰宅する前には家に戻る予定だった。
 半年以上久しぶりに二人で出歩いて、最後の買い物が辰川家の夕飯食材という色気のないものだが、それはそれでなかなかに楽しかった。
「すっかり振り回しちまったなァ」
「俺の方こそ。…………その。すいません」
「ンなシケたツラすんな。そういうつもりで誘ったワケじゃねェ」
 すいません、と幸輔は繰り返すばかりだ。
 彼が何に対してそう言葉を紡ぐのかは颯哉も気づいている。
 何事もなかったことにされるよりは、意識されている方が『可能性』はあるだろうとも思う。
 嫌なら、途中で帰ったってよかったのだから。
「……辰」
 穏やかな声で、颯哉は幸輔を呼んだ。親が子を抱きしめるような、そんな響きに近い。
 怯えなくて良い。身構えなくていいから。
 それから、上着の内ポケットから小さな箱を取り出す。
「手ェ出しな」
「? ……はい」
 そうして手のひらに置かれたのは、シンプルなデザインのリング。幸輔と別行動をした短時間で、アクセサリーショップへ飛び込んで購入したものだ。
「え、……え。もしかして、それ」
「ペアリング。互いの指を揃えて見せなきゃソレとはわかんねェから安心しろ」
 二人とも、左手には永遠の指定席がある。だから。
 颯哉は、対となるデザインのそれを、右薬指にはめた。
 夕陽に、それは眩しく映える。
「後はお前の気持ちが決まったら、それを着けてくれりゃいいさ」

 切れない環。誓いの証。気持の答え。

「……着けられないかもしれませんよ?」
「そン時は、そン時さ。神社の賽銭箱にでも投げ入れてやってくれ」
 ……この人は、そうやって。いつも。
 惑う自分を、ゆっくり、待っていてくれる。
 そうやって甘やかすから、自分も答えを先延ばしにしてしまうんじゃないか。
(……いや、颯哉さんのせいにするのは違うが)
「ひとまず、受け取っちゃくれないか」
「…………、はい」


 夏を呼ぶ風が吹く。
 二人の間に、そして幸輔の心に。
 暮れかけた陽、緑の香り。
 握りこんだ銀の環の存在感は、チリチリと熱を帯びていた。
 



【心そよぐ、君の隣 了】


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ja0318/ 辰川 幸輔 / 男 / 42歳 / 阿修羅】
【ja0046/ 朽木颯哉 / 男 / 32歳 / 阿修羅】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ご依頼、ありがとうございました。
大切な一日の出来事、お届けいたします。
お楽しみいただけましたら幸いです。
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佐嶋 ちよみ クリエイターズルームへ
エリュシオン
2015年06月30日

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