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『平穏無事の日々の先。 』
セイル・ファースト(eb8642)

 ノルマン王国、パリ。
 華やかで、強かで、淑やかで、逞しい。そんなパリの街は今日も、今も昔も変わらぬ賑わいを見せていて。
 それは、パリの一角にあるシャンゼリゼでも変わらない。冒険者ご用達の酒場は、行き交う顔ぶれこそ流石に変わった所はあれど、その雰囲気と出される料理の味もまた、昔から変わらない物の1つ。
 変わらない味、変わらない賑わい、看板娘の変わらない笑顔。そんな賑わいの片隅にある、そのテーブルの面々もまた、変わらないと言えば変わらない。
 それは、久しぶりに出会った友人たちが囲むテーブル。セイル・ファースト(eb8642)が声をかけたのだったか、たまたまふらりとやって来たロックフェラー・シュターゼン(ea3120)が意気投合したのだったか――親しい友人同士であれば、そんな理由は些細なことで。
 とにかく久しぶりに会ったのだからと、当たり前にテーブルを囲んでしまえば、会わないでいた時間の事など些細なものだ。まるで昨日からの続きのようだと、ラシュディア・バルトン(ea4107)は何だかおかしな気持ちで思う。
 そうしてテーブルを見回して、こちらは間違いなく久々に会う友人に、なぁ、と声をかけた。

「何を頼むんだ?」
「私は、そうですね……折角ですから、色々と味わいたい気持ちはありますが……」

 ラシュディアの問いにたおやかに答えたのは、こちらは正真正銘久々にパリに戻ってきた、リディエール・アンティロープ(eb5977)だった。事情があってしばらくこちらを離れていた彼は、戻って来た所をセイルに捕まり、こうしてシャンゼリゼにやって来たのである。
 ワインにするか、果実酒にするか。飲み物のメニューを眺め、どれもこれも懐かしい心地がしながらさてどれにするかと嬉しく悩む、リディエールにふぅんと相槌を打ったラシュディアとロックフェラーは、息の合った様子で通りがかった看板娘アンリ・マルヌを呼び止めた。
 そうして注文ですかと尋ねる彼女に、待ちきれないとばかりに声を揃えて告げたのは。

「古ワイン!」
「古ワインを頼む!」
「――……古ワイン?」

 そんな2人の注文に、アンリの眼差しが氷のように冷たく刺さったのは、無理からぬことと言えた。何しろ古ワインと言えば、シャンゼリゼでは無料で提供される、お世辞にも美味しくはない飲み物だ。
 ワインの香りは饐えた香りに取って代わられ、口に含めば一杯に広がるのは時に舌を刺してくるような酸味の強い、アルコールがまだ入っているのかも疑わしい味わい。そもそも、古ワインとはワインが古くなってまともに味わうことも出来なくなったものなので、その味わいすら一定ではなかったりする。
 その、新米冒険者なら懐の寂しさから1度は必ず洗礼を受け、きちんと稼いでいつかはちゃんとした飲み物を注文したいと胸に誓わせる――かどうかはともかく、ある種の懐かしさと苦々しさを持って胸に刻まれる、古ワインにはなぜだか、少数の熱狂的な愛好者が居る。そしてロックフェラーとラシュディアはその、実に少数派な古ワイン愛好家なのだった。
 とはいえ。
 親しい友人同士であれば、特別の話題が必要と言うこともないとはいえ、今日の集まりの趣旨、というものを強いて上げるなら先にも述べた、久々にパリに帰ってきたリディエールを歓迎しての、祝いの席。それ故にということで、ひとまず頼んだ料理も常とは違って、少しばかり豪華なメニューだ。
 だというのに、ロックフェラーとラシュディアはここでも古ワインを頼もうというのだから、知らずアンリの目が冷たくなるのも仕方のないことで。ちら、と確かめるように見たリディエールが、けれどもにこにこと嬉しそうなのでふぅ、とため息を吐く。
 バシンッ! と故に手にした銀トレイで2人の頭を張り飛ばすだけで去っていったアンリの凛々しい背中と、「ぐぉぉぉぉッ!?」と頭を抱えてテーブルに突っ伏し呻く友人たちを、見比べてまたリディエールは、くすくすと楽しげな笑い声をこぼした。

「ふふ……パリは相変わらずですね。帰ってきたと実感します」
「リディ……それはもうちょっと違うところで実感した方が良いんじゃないか……?」

 そんな友人の言葉に、思わず真顔になってセイルはそう突っ込んだ。シャンゼリゼの雰囲気とか。料理とか。パリの街並みとか。言葉とか。他にも色々、実感出来るポイントはあるはずだ。
 そう思う一方で、リディエールの言葉にひどく納得してしまう自分もいる。それに複雑な気分を味わうセイルの向かいの席では、復活したロックフェラーとラシュディアが、やって来た古ワインのすえた匂いに歓声を上げていた。





 運ばれてきた料理は頼んだそれより、もうちょっとだけ豪勢だった。運んできたアンリは何も言わなかったが、もしかしたらほんの少しだけ、おまけをしてくれたのかもしれない。
 それに皆で感謝して、運ばれてきた杯を手に乾杯した。そうして美味しい料理に舌鼓を打ち、杯でのどを潤し始める。
 話題は、取り立てて用意する必要などあるはずもない。今日の料理を共に味わうだけでも自然、笑顔がこぼれて話が弾むもの。
 だから4人が笑顔で交わすのは、冒険者時代の懐かしい話や、当時の仲間の最近の話。昨今の各国の情勢といった難しい話から、パリの一角に店を構えていたパン屋の猫が三代目になった話まで。
 そんな他愛のない話を時に大真面目に、時に笑いながら話していれば、自然、酒も進めば食事も進む。あっと言う間に手元の杯は空になり、頼んだ2杯目、3杯目も瞬くうちに消えていって。
 いつしか話題は、それぞれの身近な話題へと移っていた。ったく、と毒づくような口調で盃を煽りつつ我が子を思い浮かべて、セイルが深々と息を吐く。

「うちのは元気が有り余っててな。誰に似たんだか」
「ああー。いやでも、セイルに似ても奥さんに似ても、どっちも元気そうだけどなぁ?」

 そんなセイルが作った苦々しげな、けれどもどう贔屓目に見ても幸せそうな表情に笑いながら、ロックフェラーがからりと笑ってそう言った。彼の奥方もまた冒険者時代には仲間として駆けた仲だから、その気質はよく知っている。
 その間に生まれた双子の兄妹となれば、そりゃあ、元気でない訳がない。そう言ったロックフェラーの言葉に、そうですよね、とリディエールが大きく頷いた。

「どちらに似ても、健やかに育つと思いますよ。うちの子は……ふふ、だいぶ言葉が達者になって、おしゃまさんになりましたねぇ」
「おー、そうなのかー。うちの子も7歳になったし、可愛い盛りなんだけどなー。娘はちょっと大人し過ぎるのと、身体が弱いのが心配でな……」
「あら……そうなんですか……?」
「ああ。鍛冶師になって欲しい、なんて贅沢なことは望んじゃいないけど、自分のなりたいものになれるだけの力はつけさせてあげたくてな……なんか、上手くいかねぇかなぁ」
「うちの双子の有り余ってる元気を、分けてやれれば良いんだがな」

 はぁ、と古ワインを飲み干して溜息を吐くロックフェラーの言葉に、真剣な表情でセイルが相槌を打つ。まったくだ、とこちらも真剣に頷くロックフェラーにとって幸いなのは、まだ4歳の息子に関してはそういった悩みがない事か。
 そうですねぇ、とそれにもまた頷くリディエールにとってはけれども、ハーフエルフである5歳の娘と人間である妻、3人で揃ってつつがなく暮らせている事そのものが、何より幸いであることには違いない。異種族婚にはまだまだ偏見の多い世の中で、愛し合う者が愛し合うままに暮らせる事は、それだけで奇跡にも近い事柄なのだから。
 そういえば、とそこでリディエールはラシュディアの存在を思い出し、そうして不思議に感じて視線を巡らせた。ラシュディアを思い出したのは、彼もまたエルフの妻との異種族婚を遂げたからで――不思議に思ったのは、そのラシュディアがここに至るまで、一言も言葉を発していないからで。
 どうしたのだろう、と振り返ったリディエールは、そのまま表情を強張らせた。

「あ、の……?」

 そこに会ったのはラシュディアの幸せそうな、実に幸せそうな笑顔。それは良いとして、眼差しが確実にどこか違う世界を見ているような気がするのは、出来れば気のせいだと思いたい。
 半ば願うようにそう思いながら、恐る恐る声をかけたリディエールにラシュディアは、そのままの笑顔を揺るぎなく向けた。

「いやぁ……結婚してもう何年も経つのに、嫁さんが綺麗過ぎるせいで、日常生活なのに鼓動がやばくてさ」
「は、あ……」

 そうしてラシュディアが紡いだのは、惚気以外の何物でもないセリフ。結婚してからこの方、恋人のような甘い空気はずっと健在という事らしい。
 それは良い。夫婦仲が良いという事は、間違いなく素晴らしいことである。
 とはいえ、臆面もなく緩んだ笑顔でそう言い切ったラシュディアに、何とも言えない沈黙が落ちた。互いの子供について、トレーニング法だの食事だのと話していたはずのセイルとロックフェラーも、気付けば何とも言えない表情でラシュディアを凝視している。
 ただ1人、それに気付いていない当のラシュディアだけが嬉しそうな笑顔のまま、参るよなぁ、と少しも参っていない口調で頭をかいた。

「寿命が縮みそう、助けて。誰かいい解決法知らないか? リディエール、良い薬とかない?」
「さぁ……どうでしょうね……」

 それに応えられるはずもなく、リディエールは困った顔で曖昧に微笑むにとどめておく。そんな症状に効く薬などある訳がないし、そもそもラシュディアだって本当に薬を求めているわけでもない――要はただの幸せ自慢なのだから。
 ゆえに言葉を濁して微笑むリディエールと、なぁなぁ、とにやけっぱなしのラシュディアを前にして、セイルとロックフェラーは互いに顔を見合わせた。その眼差しだけで互いを完全に理解し合って、うん、と1つ大きく頷き。
 ガタン、と立ち上がる。

「ん? どうしたんだ、セイル、ロック?」
「良いからちょっと来い」
「そろそろセーヌも泳げる季節になったんじゃないか」
「……え? わ、ちょ、何す……!!」

 そうして抵抗するラシュディアの両腕を、息の合った動作でがっしと掴むとずるずる、ずるずる店の外へと引きずり始めた。アンリがすかさず店の扉を開けてくれる。
 3人が店の外へ消えていった。直後に盛大な水音と、パリの夜空に響き渡れとばかりに盛大なラシュディアの悲鳴が、店の中に居るリディエールにも聞こえてくる。
 その光景を想像し、くすくすとリディエールは1人、笑った。昔と変わったものも確かにあって、けれども確かに変わらないのだと、理屈ではなく実感する。
 こんな騒ぎには慣れているシャンゼリゼの酔客は、この程度では騒ぎもしない。それもまた懐かしく、リディーエルはくすくす、くすくすと笑い続けていたのだった。



 まったく、世は全て事もなし、である。





━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 /      PC名       / 性別 / 年齢 /      生業     】
 eb8642  /   セイル・ファースト    / 男  / 28  /     ナイト
 ea4107  /  ラシュディア・バルトン   / 男  / 30  / プロスト辺境伯付き魔導師
 ea3120  / ロックフェラー・シュターゼン / 男  / 39  /     鍛冶屋
 eb5977  / リディエール・アンティロープ / 男  / 21  /     薬草師

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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いつもお世話になっております、蓮華・水無月でございます。
この度はご発注頂きましてありがとうございました。
少しお待たせしてしまいまして、本当に申し訳ございません。

久々にお会いになられた皆さまの我が子自慢(?)の物語、如何でしたでしょうか。
いつもながらお言葉に甘えてかなり好きに書かせて頂いてしまいましたというか、かなり酷い事になっている気がしないでもないのですが、きっと気のせいだと信じたい今日この頃です。
うん、気のせいですよね(言い聞かせ←
口調など、何かあられましたらいつでもどこでもお気軽に、リテイク下さいませ(平伏土下座

皆様のイメージ通りの、幸せな悩みを語り合って幸せに過ごすノベルになっていれば良いのですけれども。

それでは、これにて失礼致します(深々と
■イベントシチュエーションノベル■ -
蓮華・水無月 クリエイターズルームへ
Asura Fantasy Online
2015年07月03日

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