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『月影映した酒杯を傾け 』
ブルノ・ロレンソka1124)&オスワルド・フレサンka1295)&グレイベル・アイゼンヴァルドka1312)&月護 幸雪ka3465


●犬も歩けば……

 初夏の鋭い日差しが石畳を白く照りつけていた。
 ブルノ・ロレンソは僅かに眉を寄せる。
 夜に生きる者達にとって、ドアを開いた瞬間の太陽の洗礼は余り有難い物ではない。
 だが昼間にしか営業しない店で物を買うには、偶の休みを利用するしかないのだ。
 ブルノは挑戦的とも暴力的とも思える日差しに胸中で舌打ちしながら、石畳を踏んで行く。

 馴染みの仕立屋での用事を済ませて出てきたところで、ブルノは見覚えのある笑顔に出くわした。
「やあ。良い物が仕上がりそうか?」
 オスワルド・フレサンが、年齢の割にどこか茶目っ気のある仕草で片目をつぶって見せる。
 ブルノは言うまでもないとばかり、鼻を鳴らした。好みの煩いブルノは、そもそも気に入った店でしか身につける物を買わない。
 オスワルドはブルノの態度に特に気を悪くした様子もなく、抱えた紙袋を揺すって見せた。
「ちょうど良かった。この時間にこんな所をうろついてる辺り、今日はオフなんだろう? ちょっとした酒が手に入ったんでつまみを買いに出たところなんだが、一緒にやらないか?」
「悪くないな。だがおまえの口に入る割合が減るぞ」
 ブルノがニヤリと笑う。
「何、介抱してくれる相手は必要だろ? その分と思えば安いものさ」
「何が悲しくて男の介抱なんぞを。まあいい、ならうちでやるか」
「いいね。じゃあ後で邪魔しよう」
 軽く手を振ってオスワルドが行ったあと、ブルノは自分の事務所兼ねぐらに帰りながら、暫し考える。
「……どうせならあいつも呼び出すか」

 昼間から賑わっている近くのパブを覗き込み、下働きの少年を呼びだす。
「この住所に伝言を届けてくれ。返事がなかったらドアを蹴り続けろ、そのうち出て来る」
 手帳の切れ端にペンを走らせ、滅茶苦茶を言うブルノ。
 少し多めの小遣い銭と一緒に紙片を握らせると、少年は目を輝かせて飛び出して行った。
 と思うと、派手な物音と共にひっくり返った初老の紳士がひとり。
「わっ!! おじさん、そんな所に立ってたら危ないよっ!」
「ああこれはすまないね、あたた……」
 ブルノは肩をすくめ、メッセンジャーボーイに顎で合図した。
「心配無い、こいつは知り合いだ。行っていい」
 手を差し出すと、月護 幸雪は苦笑いの顔を上げた。
「いやはや。これは格好悪いところを見られてしまったようだね」
 余程驚いたのか、普段は隠れている犬耳やふさふさの尻尾が飛び出している。
「今更だな」
 そこでふと思いついたように、腕を組むように立たせた幸雪に尋ねる。
「そういえば、今夜暇か?」
「何だって?」
 軽く服をはたきながら、幸雪が聞き返した。
「知り合いと飲むことになっている。綺麗どころはいないが、その代わりに気を使わんでいい」
「こっちの宴の席……えっと、ぱーてい? だったかな。初めてなんだけど、何をしたらいいのかな」
 目をぱちぱちさせながらブルノを見つめる幸雪はあくまでも真剣だ。
 ブルノはつい、小さく笑ってしまう。
 最近知り合ったこの男は、リアルブルーから飛ばされてきたばかりだという。
 育ちの良さを感じさせる何処か浮世離れした風情は、本来ならブルノのように裏街に生きる者にとっては良いカモ以外の何物でもない。
 が、どういう訳か、あちこちで躓いたり誰かにぶつかったりする幸雪は、手を差し伸べたくなるような何かを持っていた。
「別に何も。飲みたい物を飲み、食べたい物を食べていればそれで良い」
「それは素晴らしいね。是非お邪魔しよう」
 幸雪はそう言って嬉しそうに微笑んだ。


●集う者達

 日は西の空をオレンジ色に染めて沈み、代わりに金色の月が屋根の向こうに顔を覗かせていた。
 涼しい風がテラスの緑の葉を揺らして吹きこんでくる。
「いいところだねえ」
 幸雪はそう言って、ブルノの部屋を物珍しそうに見渡した。
 賑やかな大通りの喧騒も、この部屋に届く頃は程良いBGMといったところだ。
 黒い革張りのソファやよく磨きこまれたマホガニーのテーブル、ちょうどいい厚みの絨毯など、どれもブルノらしい佇まいに思える。
「もうすぐ他の連中も来る、好きなところに座るといい」
 そう言い終わらないうちに、ノックが響いた。

 扉を開けると、オスワルドが笑いをこらえた顔を覗かせる。
「おい、介抱要員を増やしたのか?」
 オスワルドの後ろには、グレイベル・アイゼンヴァルドの憮然とした顔があった。
「そういうところだ」
 部屋に招き入れると、グレイベルは紫の瞳でじろりとブルノを睨みつける。
「おまえさんは一体何の権利があって、私の平穏な生活をかき乱すんだい?」
 特徴的な癖のある口調で、グレイベルが文句をつける。
 メッセンジャーボーイはしっかり言いつけを守ったらしい。
「招待状を送っただけだろうが」
 ブルノが嘯くと、グレイベルは僅かに肩をいからせた。
「無視すりゃ次は伝言少年の代わりに、強面が押し寄せるてぇ寸法だろうが」
「良く判ってるじゃないか」
 やれやれと首を振り、それでもグレイベルは室内に入ると、テーブルの上に大きな荷物を置いた。
「ちったあ人の都合を考えろってえんだ。思いつきで振り回される方は、たまったもんじゃあねえよ」
 ぶつぶつと文句を言いつつ、中身を広げる。
 酢漬けの野菜の瓶詰や燻製の卵や肉、その他色々。森の種族らしい手製のつまみが次々と出てきたのだ。
 幸雪は目を丸くしてテーブルの上を眺めている。
「これはすごいな。お店ができるよ」
「売り物になんぞできるかってえの。手間がかかって仕方がねえや」
 褒められたことは分かっていながら、グレイベルはこういう返し方しかできない。
 オスワルドは笑いをこらえつつ、食器棚からグラスや皿を慣れた様子で取り出してくる。なんだかんだで文句を言いながらも、ちゃんと準備は整えて来るのがグレイベルの面白いところだ。
「さて、ここまでつまみが揃ったなら、酒の方も期待できるんだろうな」
 ブルノが促すと、オスワルドはニヤリと笑って酒瓶を取り出した。
「お口に合うかどうかはわからんがね。だが何、不足があればこの家には他にいろいろとあるだろう?」
「おいおい、さっきと話が違うぞ」
 慣れた同志の軽口が飛び交い、笑いが湧きあがる。
 耳に心地よくトクトクと音が響き、グラスに琥珀の液体が注がれた。
 風に揺れる蝋燭の灯の元、酒宴が始まる。


●交わす言葉と杯と

 オスワルドがわざわざ煽っただけあって、差し入れの酒は極上品だった。
「これはなんとも、良いお酒だねえ」
 幸雪は靴を脱いでソファに正座し、時折しっぽを揺らしながら満足そうにグラスを舐める。元々耳や尻尾が出る事はあまり好んでいないのだが、ふとした拍子に気がゆるむと出てきてしまうのだ。
「このパテも、燻製の肉も、美味しいねえ」
 物珍しいつまみもどれも素晴らしい。
「ブルノは何かと好みが煩いからな。パンもチーズもちょっとしたもんだぞ」
 オスワルドは笑いながら、皿をすすめる。
「良く判ってるな。褒めてやってもいい」
 ブルノも笑ってグラスを傾けた。
 その顔をオスワルドが指さして覗き込む。
「どうせあんたは昼もいい物を食ったんだろうな。俺なんかもう3日目のシチューの残りに、パサパサの黒パンだ。もちろん具なんかとっくに残ってないんだぜ」
 まるでそれがブルノのせいだと言わんばかりに、オスワルドが嘆く。
「全く、世の中って奴は不公平だ。若い頃には、この年齢になったら悠々自適の生活が待っていると思っていたもんだが」
「いいことを教えてやろう、オスワルド」
 ブルノが煙草の煙をゆっくりと吐き出しながら言った。
「おまえの場合は、余計な出費が多すぎるんだ。花代とかな」
「あれは余計な出費じゃないぞ、人生の必要経費だ」
 オスワルドは飽くまでも真面目な顔で言ってのける。
 
 丸い月は既に家々の屋根の縁を越えて、東の空に浮かんでいた。
 金色の光を受けて、濡れたようにあちこちの屋根や天窓が光っている。
 グラスにも光は届き、琥珀色の中でゆらゆらと泳ぐ。
 窓の外のテラスでは鉢植えの緑の葉も、月の光に煌めいていた。

 グレイベルは何処か遠いところを見るように、少し目を細めて夜風に揺れる緑の葉を眺める。
 だがグラスの中身を飲み干すと、ブルノをからかう様に向き直った。
「相変わらずおまえさんの所は景気が良さそうだねえ。え、ブルノ?」
「まあまあというところだな」
 ブルノは謎めいた笑みを浮かべ、自分の提供した酒を注いでやる。
「何がまあまあだってんだ。これだけの酒を用意できる奴の言うことじゃねえよ」
 その酒を澄まし顔で遠慮なく飲むグレイベル。
「そういえばグレイベル、あんたが酔い潰れたところは見たことがないな」
 オスワルドが考え込むように首を傾げる。
「そんなみっともない飲み方をしちゃあ、美酒に失礼ってもんだろ。ああ、だが世の中にゃ失礼な輩の何と多いことやら」
 愛おしむかのようにグラスを掌に包み、グレイベルが嘆息した。
「まったく、図体ばかり大きくなってねえ……阿呆な所は変わりゃしないよ」
 何だかんだで口は悪いが世話焼きの性格、大抵において介抱役に回っているグレイベルだった。
 やれ通りがかりのお嬢さんに抱きついた奴を蹴り飛ばしただの、道端で寝転がる奴に水をぶっかけて正気に戻しただの、これまでの苦労を指折り数えだす。
「酔わない奴の役割は大抵そんなもんだ」
 ブルノはそう言うが、自身は酔わないし介抱もしないのだから怪しいところだ。
 つまるところ、酔っ払いからうまく逃げる奴と、逃げられない性格の奴がいるということだろう。勿論逃げる奴は、逃げられない性格の奴がいると分かってて逃げるのだが。
「まぁ要するに、酒が足りんということだな。良いだろう、つまみの礼に追加してやるさ」
 鷹揚にそう言うと、ブルノは戸棚から新しい1本を取り出した。


●深まる宵に

 上等の酒の、心地よい酔いが身体に沁みていく。
 幸雪は改めて、この世界でできた友人達のかわす言葉の響きに心地よく耳を傾ける。
 見知らぬ世界に飛ばされるというとんでもない経験をしたが、こちらの世界にもやはり酒を酌み交わし、冗談を飛ばし、笑いあう人々がいる。その中に自分も混ざっている。それはとても不思議で、でもどこか当たり前にも思えて。
 何処の世界にもこんな光景があるのだと、月を見上げて思うのだ。
「あ」
 不意にそう言って懐をまさぐる幸雪を、他の3人が何事かと見る。
 ようやく取り出したのは小さな缶の入れ物だった。
「タダでご馳走になるばかりも申し訳ないからね。故郷のお菓子なんだ。皆の口に合えばいいけど……」
 蓋を開ければ、小さな星屑が転がり出る。
「これは?」
 グレイベルが手のひらの上で白や黄色の星屑を転がして尋ねた。
「金平糖っていう砂糖菓子だよ」
「ふうん……?」
 皆がおずおずと口に運ぶ。
「固いな」
「甘いね」
「……不思議な味だ」
 コリコリと齧りながらそれぞれが呟く。だが口に広がる甘さは何処か懐かしく優しいものだった。
「貴重な物を有難う」
 オスワルドがそう言って蓋を閉める。
 遠い世界から自分と一緒にやってきたこの菓子は、幸雪にとって大事なものだと思ったのだ。

 いつしか月は空高く昇っていた。
 雲ひとつない空から届く光に、テラスにはまるで昼間のように木々の影がくっきりと落ちている。
「良い夜だ」
 グラスに揺れる月を飲み干すように煽り、ブルノの声も穏やかに響く。
「おや、眠ってしまったな」
 オスワルドが小さく笑う。ソファの上で、子供のように幸雪が丸くなっていたのだ。
「何か掛けるものを借りられるか?」
「全く、呑気な顔をしている」
 ブルノは苦笑しながらも、クローゼットから取り出した薄い掛け物を放り投げてやった。
「はは、こんな状態で耳が動くんだな」
 笑いをこらえながら、オスワルドが軽く撫でてみる。寝ている間なら怒られることもないだろう。
「なかなか愛嬌がある。うちのもこんな風ならいいんだが」
 オスワルドが肩をすくめてみせた。
「犬の躾はなかなか難しい」
「おまえは少し甘いんだ。時には蹴飛ばしてでもわからせりゃいい」
 ブルノが紫煙越しに僅かに眉を寄せる。
「酔っ払いと一緒だあねえ。いつでも甘い顔をしてちゃつけあがるってえもんだ」
 グレイベルが手酌で注いだグラスを傾ける。
「そうかもしれないな」
 オスワルドはそう言いながら、やはり小さく笑っていた。

 夢うつつで交わされる言葉を聞きながら、幸雪はぼんやりと自分は犬じゃないぞと抗議すべきか思案していた。
 だが愛嬌があると言われるのに悪い気はしなかったので、そのまま重い瞼がふさがるままに横たわる。
「少しの間、おやすみ」
 心地よい声と柔らかな布地の感触。意識ががくんと何処かへ引っ張られて行った。


●やがて月は去り

 目を覚ました幸雪には、自分がどれぐらいの間眠っていたのか判らなかった。
 他の3人は相変わらずグラスを重ね、同じような調子で談笑している。
 だが月の光は角度を変え、かなり西に傾いていることを示していた。
「僕はずいぶん眠っていたようだね……?」
 幸雪は身体を起こし、ばつが悪そうに座り直す。
 グレイベルが新しいグラスをその前に置いた。
「何、まだ夜が明けるまでにゃ時間があらあね。ほら飲み直しで景気つけな」
 そう言ってから、覗き込んでくる。
「それとも私の酒は飲めねえってかい?」
「いや、そんなことは!」
 慌てて目の前で手を振る幸雪を、尚もグレイベルはじっと睨むように覗き込む。
「嫌々飲まれるんじゃ酒が可哀そうってもんだろう。そんな奴には水で充分だ」
 大変わかりにくい表現だが、これは一応幸雪の体調を気遣っているのだ。実に難儀な性格である。
 幸雪は穏やかに微笑んで、グラスを手にした。
「できれば僕もまた、仲間に混ぜてもらえると嬉しいんだけどね」
「……しょうがねえ奴だなあ」
 ふと笑い、グレイベルが瓶を取り上げた。

 飲むうちに、月の光の差し込む角度が部屋の中で移ってゆく。
 東の空は薄く白み、気の早い初夏の太陽が顔を出そうとしていた。
「結局徹夜か。おまえたちもまだまだ元気だな」
 ブルノが他人事のように言うと、グレイベルが呆れ顔になる。
「最初(ハナ)からそのつもりだったくせに、よく言えたもんだあね」
 いい年齢の男どもが、互いを指さして笑いあう。
 つまりは、幾つになっても男は隠れ家や秘密基地が大好きなのだ。

「ああ、でもできれば」
 オスワルドが残り少ない瓶の中身を惜しむようにグラスに注ぐ。
「次は綺麗どころを侍らせて飲みたいもんだ」
「構わんぞ。出すもの出せばな。いつでも言うが良い」
 ブルノは挑発するように、ふうっとオスワルドの顔に煙を噴きつけるのだった。


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ka1124 / ブルノ・ロレンソ / 男 / 55 / 人間(クリムゾンウェスト)】
【ka1295 / オスワルド・フレサン / 男 / 56 / 人間(クリムゾンウェスト)】
【ka1312 / グレイベル・アイゼンヴァルド / 男 / 55 / エルフ】
【ka3465 / 月護 幸雪 / 男 / 58 / 人間(リアルブルー)】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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お待たせいたしました、おじさん達の飲み会エピソードをお届けします。
かなりの部分がアドリブになっておりますので、イメージから大きく逸れていないよう祈りつつ。
皆様にお楽しみいただけましたら嬉しいです。
ご依頼、誠に有難うございました!
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2015年07月03日

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