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『狂った館の狂った日常<異常>――毛髪、血液、埋葬、雨音、食事 』
飴餅 真朱也ka3863)&彩華・水色ka3703)&Leo=Evergreen ka3902)&雨音に微睡む玻璃草ka4538)&ルネッタ・アイリスka4609

 昼頃から降り始めた雨は、夕方になるにつれて土砂降りになっていった。
 これは困ったことになった。旅人は正面から襲い掛かってくる暴風雨に顔を顰める。町へ引き返すにしても時間がかかりそうだ。どこかに雨宿りできる場所でもあればいいのだが。
 そう思って歩き続けて――彼は見つけたのだ。枯れ果てた葡萄畑の真ん中に建つ、一つの大きな洋館を。

 葡萄の館。

 その屋敷の噂を知ってか知らずか、迷い込んだ客人はドアを叩いた
 叩いてしまったのだ――。







 ざぁざぁと雨はひっきりなしに降り続く。


「お客さん、お客さん」
 深い、深いまどろみの中――私は肩を揺さぶられ、目を覚ました。
「こんなところで寝てたら、風邪をひくよ」
 寝ぼけに霞む視界に映ったのは、黒髪黒目の若い男性。この人は……この人は、そう、この『葡萄の館』の主人じゃないか。
 身を起こした私は、身体に色濃く残る眠気にふらついた。「ああ、ゆっくりしてていいよ」と主人――飴餅さんに促され、私はソファーに座り直す。
 緩やかに思い出すのは、そうだ。この屋敷に迎えられ、なんとも変わり者揃いの住人達に熱烈な歓迎をされ、そして……この談話室で、住人から勧められた水を飲んだら急に眠気に襲われて。
「うちの住人達はちょっと変わり者が多くて」
 飴餅さんが苦笑する。
「人の寝顔を見るのが好きな子が、きみに睡眠薬を」
「……え」
「大丈夫、注意しておいたから」
 そういう問題じゃない気もするが、眠気が蔓延る頭で私はロクに返事を出来なかった。
「住人の一人がきみを『風邪気味』と言っていたけれど、大丈夫かい?」
「いえ、風邪はひいてないみたいです」
「けれど、顔色があまり良くないみたいだ」
 そう、横合いから声をかけてきたのは煙管を咥えた眼鏡の男性だった。レンズの奥から、心配の眼差しをこちらに向ける。
「メイドを呼ぼう。何か温かい飲み物を」
 言うなり、煙管の彼が手を叩く。

「お呼びでございましょうか」

 数秒後に現れたのはメイド服を身に着けた女性だった。ふわりとした金髪に深蒼の瞳が印象的な彼女は、しっとりとした笑みを一同に向ける。
「ルネッタ、お客さんに温かい飲み物を」
「ええ、彩華様。丁度温かいお茶を淹れておりました」
「流石。用意がいいな」
「メイドでございますから」
 一礼、その手にはティーポットが乗った盆が。
「主様も如何でございますか?」
「うん、それじゃあ頂こう」
 飴餅さんの言葉に「かしこまりました」と笑顔で答えたメイド――ルネッタさんはテキパキとした動作で紅茶をカップに注いで配膳してゆく。
「御機嫌よう、旅のお方」
 私の前にカップを置きながら、ルネッタさんが微笑んだ。
「この雨で体もお冷えになったことでしょう。ジンジャーティーをお淹れしましたので、よろしければ」
「ありがとうございます、頂きます」
 会釈して私はカップを手に取り――おや。ふと目に留まったのは、ルネッタさんのスカートの裾。そこに、泥が付いている。
「あ、」
 私の視線に気付いたのか、ルネッタさんは困ったように「うふふ」と笑った。
「申し訳ございません、お恥ずかしい所を。園芸が趣味なのです」
「ルネッタ、また『庭弄り』かい」
 紅茶を飲みながら飴餅さんが含み笑う。「左様でございます」とメイドが答える。
「服の汚れに気付かないほど熱中していたとは、余程『楽しかった』んだね」
 煙管の男性、彩華さんも目元を緩やかに笑ませていた。
 私はそんな様子を眺めつつ――こんな土砂降りの中でも庭弄りをするとは、ルネッタさんはよほど園芸が好きなのだろうか。変わった人だなぁと思ったけれど、それまでに散々『奇人変人』を見てきたのでそこまで引っかかることはなかった。
「ああお客さん、お茶のお代わりもあるみたいだし、遠慮することはないからね」
 最中に彩華さんが私にそう言った。親切な人はいたけれど、この人は一段と甲斐甲斐しい。
 ありがとうございます。紅茶の香りの中で私はそう答えた。
 と、そんな時だ。談話室のドアが緩やかに開く。
「ただいま」
 やって来たのは、どこかうっそりとした一人の少女。レインコートに雨傘にレインブーツ、それから長い銀の髪。
「おかえりなさいませ、フィラフィリア様。丁度ジンジャーティーが入っております」
 ルネッタさんが彼女にスカートを摘んで礼をする。どうやら彼女――フィラフィリアさんもこの館の住人らしい。
「傘がね、死んじゃったの。もう雲は見たくないって言うのよ。愛想が尽きただなんて酷い話。新しい子を頂戴?」
「かしこまりました」
 メイドに壊れた傘を渡したレインコートの少女――フィラフィリアさんは「ふぅ」とソファーに腰掛け、ルネッタさんが用意していた紅茶を一口飲むと。
「ねぇ、お庭をお散歩していたの。そしたら、裏庭に野良犬が埋まっていたのよ」
「埋まっているのにどうやって見つけたんだい、フィリア?」
 彩華さんがフィラフィリアさんに問うと、彼女は可笑しそうに笑った。
「埋まっていたからよ! 素敵な園芸ね」
 なんだか、彼女の言い回しは不思議である。しかし、裏庭に野良犬なんて――それに園芸?
 その一方で、フィラフィリアさんの古い傘を片付けに行ったルネッタさんの声が遠くで微かに聞こえた。「お嬢様、フィラフィリア様がお帰りですよ」――そんな声の直後に、「ほんと!?」なんて、無邪気な少女の声が。
 ぱたぱたぱたぱた。駆けて来る足音は次第に大きくなり、そして。
「フィリア、おかえりなさいなのですよ!」
 元気一杯、やってきたのは長い長い赤い髪の幼い少女。フィラフィリアさんよりも年下、10歳前後ぐらいだろうか。
「ただいま、レオ。今日も『雨音』みたいね」
 フィラフィリアさんとはお友達らしい。にこやかに微笑む少女、嬉しそうに彼女へ駆け寄る少女。
 と、赤毛の少女――レオさんが私に気付き。
「あれ? パパ、このひと誰です?」
 振り返ったのは、飴餅さんだ。なんと、彼は随分とお若いようだが、もうお子さんがいたとは。
「お客さんだよ、レオ。旅の人だ」
「へー」
 私に視線を戻した少女。「よろしく」と私の挨拶に「よろしくー」と答えつつ、レオさんはソファーに座った私の背後へ。なんだろうと振り返ろうとしたら、
「振り返っちゃダメなのですよ! 髪の毛が見れないでしょっ」
 ぐりん、と結構容赦ないパワーで顔の向きを戻された。
「レオは髪の毛が大好きなんだ、好きにさせてあげて頂いても」
 彩華さんの言葉に「ああ」と私は苦笑を漏らした。「構いませんよ」と言う前にはもう、レオさんは私の髪の毛をまじまじとチェックし始めているようで。
「……がさがさなのです。身体洗うのと一緒に石鹸でガシガシ洗ってるでしょ」
 苦言を呈する少女。私はただただ、困った笑みを浮かべる他になく。
「いやぁ、旅をしているとどうしても頭髪の手入れまでは……それに私は男ですしね」
「髪のキレイさに男女の『きせん』はないのですよ! ほら、フィリアを見るのです!」
 ほらっ! と彼女は今度はフィラフィリアさんの後ろに行き、彼女の髪を指で梳く。地に着くほど長く、毛先に行くほど色が濃くなる銀の髪。それは絹糸のように細くてさらさらで、光に当たれば新雪のようにキラキラ輝く。なるほど、美しい髪だ――けれど花盛りの少女のそれと、流浪の男のそれを比べられても、少し困る。
「綺麗ですね」と正直に述べた私に、誇らしげにしたのは本人ではなくレオさんだった。そして櫛をひとつ取り出すと、フィラフィリアさんの髪を丁寧に梳り始める。慣れた手つきだ。そして梳られている方もどこか楽しそうに座っている。どうやら二人の間では『いつものこと』らしい。
「フィリア、お外でなにしてたのです?」
「『雨音』をね、聞いていたのよ。今もそう」
「へぇ! あのね、レオはね――」
 他愛もない少女の会話。微笑ましいものだ。
 けれど――ふと思うのだ。彼女達もまた、ここの館の住人ということは、『なにかある』のではないかと。
 眼球愛好の少女少年の無邪気な笑みを思い出す。そう、彼女達だって『ああ』なのかもしれない。彼女達だけでない――ここにいる主人も、煙管の男性も、メイドも、『そう』かもしれないのだ。
 それが私を不安にさせる。温かいジンジャーティーで内臓を奥から温めても、湧き上がる不安が拭い去れない。

 やはり、機を見て失礼した方が、良いのかもしれない。

 と、思った直後だった。
「ねぇ、あなた」
 それまで窓の外を眺めていたフィラフィリアさんが、興味を宿した眼差しを私へ向いて。
「旅人なんでしょう。お話を聞かせて欲しいな」
「あ――あぁ、いいですよ」
 彼女の一言がなければ、この部屋から出る旨の言葉を言うところだった。

 私は少女にねだられるままに旅の話を語り始める。
 少女は少女に髪を梳かれながらその話を聞いている。

「素敵ね」
「いやいや、他愛もないお話ですよ」
 締め括られた話にそう微笑んだフィラフィリアさんに、私は答える。
「お客さんにばかり話させるのも悪いからね。俺からもお話をしようか」
 と、今度は飴餅さんが口を開いた。
「とは言っても、そんな大層な話じゃないけどね」
「是非とも、お聞かせ下さい」
「うん。この『葡萄の館』について話そうか」
 カップを置いた飴餅さんは一間空け、語り始めた。
「ここはね、俺の養父母から受け継いだ洋館なんだ。周りに葡萄畑が見えただろう? 今は枯れているけれど――養父母が生きてた頃は、ワインの製造もしていたんだ。二人がいっぱい遺産を残してくれたからね、おかげで俺はこうやって生きていけてる」
 それと、ここの館の住人達はね。彼は言葉を続けた。
「『一人で食べるご飯は不味い』から――俺が気が合いそうな人を誘ったんだ。賑やかで、毎日楽しいよ。皆で一緒にご飯も食べられるしね」
「なるほど……」
 気の合いそうな人。その言葉が引っかかった。私のそんな思いを知らないだろう主人は、ただ友好的に微笑んでいる。
「そうだ、まだ言ってなかったね。ここのルールはたった一つだけ。『夕食を欠席しないこと』、これさえ守ってくれたら、あとは好きなだけ自由にしていいよ」
 と、ここで飴餅さんが思い出したかのように時計をちらと見やると。
「……おっと。そろそろ夕飯の支度をしないとね。俺は失礼するよ、お客さんはごゆっくり」
 そう言って立ち上がり、談話室から去ってしまった。私も時計を見やる。空は雨雲で薄暗いから分かり難いけれど、もう夕方。けれど私がここにきてそんなに長い時間が経っていないことを、改めて理解する。
「貴方のおかげで良い『晩餐』になるだろうね」
 時計の秒針をなんとはなしに眺めていた私に、彩華さんが微笑みかける。
「真朱也は『料理』が上手だから『楽しみ』だ」
「あ、そうだそういえば。ここのお料理は飴餅さんが?」
「そうだね。館の住人分の料理を全部一人で作ってしまうんだ」
「ははぁ、それは凄い」
「お客さんもきっと彼の料理を気に入るよ」
 彩華さんの声は優しい。まるで私の不安を見透かしているかのようで、それを解さんとしているかのような。
「……おや、少し疲れているのかな? 毛布を持ってこようか」
「いえいえ、大丈夫ですよ!」
「そうかい」
「どうかお気遣いなく。……私はちょっと、失礼しますね」
 そう会釈して。
 私は、ようやっと談話室の外に出る。

 やはり、やはり悪いけれど……もう失礼しよう。嫌な予感がする。不安が途切れない。

 自らを落ち着かせるように深呼吸を一つ。この際、荷物はもういい。今すぐここから出よう。
 湿気を含んだ廊下を足早に歩き始める。
 大きなドアが見えたのは間もなくで。ドアノブに手をかけた。

「どこに行くんだ?」

 私の肩を掴む、手。
「もうすぐ夕食だっていうのに、おまえ、出席しないのか。なあ」
 強く掴む、手。私が振り返るそこに――飴餅さんが。その真っ黒い目が、私をじっと見澄ましている。その言葉は先程のような友好的なものではなく、異様なまでに淡々としていて。
 私は何も、言葉が出ない。飴餅さんの大きな溜息。
「あーあ。気付かないふりしてれば見逃してやったのに」
 そしてようやっと、私は気付いたのだ。

「『ルール』違反は許さない」

 飴餅さんが、もう片方の手に巨大な肉切り包丁を持っていたことに。
 それが今、私めがけて振り下ろされたことに――。







 ざぁざぁと雨はひっきりなしに降り続く。


 厨房から漂ういいにおいは、なんとも空腹をくすぐった。
 それに釣られるように、ひょこっと顔を出したのはレオ。パパ――義父である真朱也を探して、キョロキョロと。
「あ!」
 そして目に留まったのは、デザート用の真っ赤なイチゴ。もう一度キョロキョロ。父はいない。しめしめ。伸ばした手。
「レオ」
 刹那に彼女の脳天に落ちてきたのは、現れた真朱也の拳骨だった。
「いっ たーーい!」
「お行儀が悪い」
「だってぇ!」
「だってじゃない」
「パパのけちんぼ!」
「ケチじゃないよ、どうせ夕飯になったら食べれるじゃないか」
「むー!」
 生意気盛りの子供らしく揚げ足を取ろうにも、大人の話術には叶わない。頬を膨らませるレオ。と、父の足元に転がっているモノに気が付いた。
「うぇ」
 顔を顰める。それはお客さんだったモノ。差し詰めルールを無視しようとしたんだろう。なんとも気の毒で、不運な人だ。――そう思う程度には、レオは普通の心を持っていた。尤も、毛髪性愛(トリコフィリア)として髪への執着は異常であるが。
「パパ、この人の髪の毛貰っていいです?」
「うんいいよ」
「やったー」
 言うなり、鋏を手にソレの傍にしゃがみこむレオ。
「あ。パパ、この人まだ生きてます」
「ふぅん。でもじきに死ぬよ」
 真朱也はカチャカチャと調理器具の準備をしながらアッサリと答えた。
 レオが覗き込むソレ。虚ろな意識をしている。いつのまにかフィリアも近くに佇んでいた。レオのようにしゃがみこむ。そっと、失血に白いソレの頬に添えるのは、白い少女の掌。

「──もっと『雨音』を聞かせて?」

 助けを求めるような眼差しに、返したのは蕩けるような微笑。善も悪もなく。フィリアが求めるは『雨音』のみ。
 やがて、ソレは命を失った。冷たくなった。もう動かない。
「ふぅむ」
 真朱也がソレを見下ろしている。
「勿体無いなぁ」
 最初からそうするつもりはなかったのだけれど、殺しちゃったからには――見やるキッチン、並ぶ器具、大きな包丁。さてどうしようか、食事狂(キブスフィリア)は頭の中でレシピをくみ上げ始めていた。
「ルネッタ」
「はい、主様」
 主人の呼びかけに、メイドがすぐに現れた。彼が肉を指差せば、ルネッタは。
「晩餐後の『片付け』はお任せ下さい。余すことなく堪能致しましょう」
 いつものように。埋葬性愛(タフェフィリア)は、ニッコリ微笑んだのであった。







 ざぁざぁと雨はひっきりなしに降り続く。

 広い食堂、豪勢な晩餐。今夜も開かれる彼らの夕飯。欠席者はいない。ナイフとフォークが奏でる音。賑やかな談笑。窓の外では雨粒達が騒いでいる。
「今日の夕食も美味しいねぇ」
 グラスに注がれた『真っ赤な液体』を恍惚を喉に流しながら、水色は目を細めた。
「このレバーも『血が滴るように』新鮮で。うん、とてもいい。素晴らしい」
「気に入って貰えてなにより」
 真朱也が薄笑む。その隣ではレオが、ほっぺに一杯詰め込んでご飯を食べている。そんな養女に養父は拳骨一つ。彼は甘やかしとは無縁の放任主義であるが、テーブルマナーには特に厳しい。
 一方フィリアは幸せそうな顔で、蜂蜜とバターがたっぷりの分厚いパンケーキを食べている。
「おねえさんのパンケーキ、優しいから好き」
「それはそれは、勿体無いお言葉でございます」
 一礼するのはルネッタだ。彼女はメイドとして、せっせと配膳作業をしている。


 今宵も『葡萄の館』は変わらない。
 今宵の晩餐もいつもと同じ。
 それが彼らの異常な日常。


 ――ざぁざぁと、雨はひっきりなしに降り続く。



『了』



━OMC・EVENT・DATA━

>登場人物
飴餅 真朱也(ka3863)
彩華・水色(ka3703)
Leo=Evergreen(ka3902)
雨音に微睡む玻璃草(ka4538)
ルネッタ・アイリス(ka4609)
水の月ノベル -
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2015年07月06日

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