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『狂った館の狂った日常<異常>――眼球、露出、恐怖、殺戮、同性愛 』
アクアレギアka0459)&ニケka3871)&佐久間 恋路ka4607)&尾形 剛道ka4612)&ハルトka4622

 昼前から降り始めた雨は、次第に土砂降りになっていった。
 これは困ったことになった。旅人は正面から襲い掛かってくる暴風雨に顔を顰める。町へ引き返すにしても時間がかかりそうだ。どこかに雨宿りできる場所でもあればいいのだが。
 そう思って歩き続けて――彼は見つけたのだ。枯れ果てた葡萄畑の真ん中に建つ、一つの大きな洋館を。

 葡萄の館。

 その屋敷の噂を知ってか知らずか、迷い込んだ客人はドアを叩いた
 叩いてしまったのだ――。







 ざぁざぁと雨はひっきりなしに降り続く。


 館のメイドは親切で、優しい笑顔と共に温かいお茶を振舞ってくれた。
 私は雨に冷え切った両手で熱いカップを包み込み、雨粒がいつまでも窓硝子を叩いているさまを眺めていた。
 しかし、ここの館に辿り着けて――そして存外にもアッサリと、寧ろ主人から歓迎される勢いで迎えられて、一安心だ。メイドに案内された先は客間、私は今ここで、親切にも貸し出された毛布に包まり、ソファに深く腰掛けている。
 おかげさまで雨にやられた身体の冷えは徐々に解けてきたようで。お茶を一口、その芳しさと寝床を確保できた安心感にホッと息を吐いた。

「いやぁ、酷い雨ですね」
 
 そんな私の思考を中止させたのは、穏やかな男の声。振り向くと眼帯やらガーゼやらで顔や身体を保護した青年が、私の傍らに立っていた。『眼帯やらガーゼやら』だけを取り出してみれば彼の姿はある種異様ではあるが、そのおっとりとした純朴な微笑みは、私に身構えさせることなどなかった。
「全くです。一時はどうなることかと」
 笑みを返し、近場のソファーに腰掛ける青年を視線で追う。「じきに晴れると良いですねぇ」と青年は笑みを崩さない。その柔和さが、ますます傷だらけらしい身体の違和感を引き立てる。
「あの……」
 彼の気を悪くしないように、私はそっと問いかける。
「……お怪我をされておられるようですが」
「え? あぁ」
 青年は苦笑を浮かべた。
「抜けているんですかね。なんだか毎日、生傷が絶えないんですよ」
 と、彼は包帯が巻かれガーゼがあてがわれた手をヒラヒラさせた。
「そうなんですか……お大事になさって下さい」
「どうも、ありがとうございます」
 ところで、と。言葉を続けた青年が、私に問いかけてくる。
「剣を持っておられたようですが、傭兵さんか何かで?」
「あ、いえ。これはただの護身用です。旅は何かと危険が付きまといますから」
「ほうほう。剣一つで旅をされておられるとは、凄いですねぇ。さぞかしお強いのでしょう」
 期待するかのような、恋焦がれるかのような目――私は笑いながら首を振った。
「いやいや……剣はからきしですよ。この剣で生き物一つ殺めたこともないんですから」
「あー、そうなんですかぁ」
 なぜ、どこかガッカリしたような、失恋したような様子なのだろうか。旅人というものに対して少々幻想を抱いているのだろうか?
 そんな私の思いに結論が出る前に、青年が「そうだ」と立ち上がった。
「旅人さん、まだ寝るには早い時間でしょう。よろしければ、この『葡萄の館』をご案内致しますよ」
「おお、では是非とも。……ところで、貴方のお名前は?」
「佐久間 恋路です、どうぞよろしく」







 ざぁざぁと雨はひっきりなしに降り続く。


 廊下に響くのは私と恋路さんの足音と、窓を叩く雨粒の音。あっちが浴場、こっちが食堂、それでこっちが……、恋路さんの説明を聞きながら、私は『葡萄の館』と名付けられたそこを見渡した。古い館だ。だが手入れは行き届いている。
「ここの住人皆、少々変わり者ですが、悪人はいないはずです、ええ多分ね」
 視線を巡らせる私に恋路さんが言った。「多分?」そう聞き返しても、彼は笑うのみで。

 そして辿り着いたのは広間だ。見やれば、桃色の髪をした――少年だろうか、小柄で細身の人物が、ボンヤリとソファーへ深く身を預けていた。
「……ん?」
 こちらに気付いたのだろう、振り返る少年。ぽやーっとした表情のまま私の姿を足の先から頭の天辺まで、遠慮することなくぐるりと見渡した。
「お客さん?」
「あ、どうも。お邪魔しています」
「はーい、どうもー」
 と、少年はそのまったりとした雰囲気のままへらりと笑った。
「こちらハルトさん、俺と同じこの館の住人です」
 恋路さんがそう紹介してくれる。
「ああ見えてもうすぐ三十路の方ですよ」
「ええっ!?」
 思わず声を上げた私に、少年――正しくは中年のハルトさんが「ちょっとー」と困ったような笑みを浮かべた。
「ひどーい、個人情報バラされちゃったんだけど」
 冗句めいた口調。ははは、と一同が笑った。
 と、その時。遠くの方から足音が近付いているのに私は気付いた。カツカツカツ、響く音は――ハイヒールだろうか。女性? けれどどこか荒っぽく廊下を踏み躙るその音は、足音の主があまり機嫌が良くないことを感じさせる。

 そして、間もなくだった。

 そこに通りかかった足音の主は――女性ではなく、端正な顔立ちをした男性。かなり背が高い。それにしても機嫌が悪いのだろうか、その眉間には深くしわが刻まれているし、何よりも剣呑とした雰囲気が立ち上っていた。
 はて、ではあの足音の正体は? 彼の存在に威圧されつつもそう思った私の目に留まったのは、彼の足元。血よりも真っ赤なピンヒール。
「彼は尾形さんです」
 恋路さんが紹介してくれる。だが私が彼に挨拶をする前に、尾形さんは私に一切目をくれないまま――ハルトさんのもとへ。カツカツ響く足音。足音だけならばセクシーな音。刹那。どごっ、殴打音。
「え、」
 私は目を見開く。だって、目の前で、尾形さんがハルトさんを殴り飛ばしたのだから。
「うげっ」
 ハルトさんの細い身体が勢い良く吹き飛ぶ。床に転がる。けれど彼は、鼻血を垂らしたままニコヤカに顔を上げて、起き上がりながら。
「剛道くんどーしたの? おなかすいた?」
「丁度イラついてた所だ、……付き合え」
「っくく、ははは! そうだね! 殺ろっか!」
 途端の出来事だった。それまでぽやりとしていたハルトさんの目が、ギラつくケダモノのそれに変わる。まるで遊ぼうとでも言うかのような口ぶりで、獲物を食い千切る残忍な鼬の如く躍りかかる。
 それにピンヒールの鋭い蹴りで迎撃する尾形さんもまた、先程の険しい表情はどこへやら。欲を満たされる満足感で溢れているとでも形容しようか。
 唐突に始まった激しい乱闘。その小柄な身体を活かして軽快に、そしてアクロバティックに立ち回るハルトさん。尾形さんは長い脚から鞭のように鋭い蹴りを繰り出しており、踏み込むたびにピンヒールがその場には似合わぬ女性的な音を響かせた。

 どちらも表情には凶暴性と、漲る殺意と、愉悦と恍惚。

「え、え、あの」
「ああ、まぁ、いつものことですよ。彼らは『食うか食われるかの殺戮愛好(ボレアフィリア)』ですから」
 ただただ狼狽える私に恋路さんが言う。 ああやって、溜まったらいつも発散しているのだと。
「お互いにそうだって分かってやってますから、ええ、仲の良い証拠です」
 なんて彼が言った、直後。
 ハルトさんに殴り飛ばされた尾形さんが、恋路さんにドンとぶつかる。そのまま尾形さんはジロリと眼光を彼に向け。
「確か、恋路といったな」
「そうですよ、名前覚えてくれたんですね」
 それに対する尾形さんの返事は、まさかの腹へのパンチ一発。「うぐっ」と、拳がめり込んだ腹を抱えて恋路さんがくの字になる。更に立て続け、下がった顎への膝蹴り追撃。
「……満たしに来たンならァ歓迎してやらねェとな。あァ?」
 口紅のように血で塗れた唇を吊り上げて、尾形さんが蹲る恋路さんの頭を踏みつけた。私は何も出来ず、「ちょ、ちょっと」なんて言葉にならない言葉をただただオロオロ吐いていた。
 だが。
 咳き込み呻いていた恋路さんの吐息が、次第に不気味な笑い声に変わる。
「俺より強いなら、食べてくれたっていいんです、ええ、ええ」
 彼は尾形さんの足を跳ね除け立ち上がった。その目に宿った光は――彼らと同じだった。

「嗚呼なんて甘美な力! こんなにゾクゾクしたのは久しぶりですよぉ、くふ、くふふ。どうぞ、俺に殺されないで、ちゃぁんと、殺してくださいねぇぇっ!!」

 狂気的興奮。剥き出しの願望。つまりは発狂。
 彼が自分が殺されることに喜びを覚える『恐怖性愛(オートアサシノフィリア)』だなんて、私が知る由もなく。
「あっ、恋路くんいらっしゃーい!」
 ハルトさんはまるで友達が来た子供のような物言いで、彼を殴りつける。そして殴り返され、けり返され、殴り返し、蹴り返し。
 そこに尾形さんが、目を爛々とさせて恋路さんを蹴り飛ばし、ハルトさんの首を掴む。
「かハッ は はははははははははッ」
 ケタケタ。笑い、ハルトさんが尾形さんの顔面をバネのように蹴り上げる。
「ふ―― はは。ハハハハハハハハハ」
 よろめいた尾形さんが、飛び掛ってきた恋路さんにハルトさんを投げつける。
「ひひひっ。ふふ、ふふはははははっ」
 壊れたテーブル。恋路さんは折れたテーブルの足を凶器として振りかざし尾形さんの肩口に突き立てた。
 響くのは殴打音と呻き声と、笑い声と笑い声。血が飛び散る。狂っていた。それはただの喧嘩などではない、命を賭けた殺し合いだ。そしてこの男達は殺し合うことに快感を覚えている。異常だった。私の手には負えなかった。
 誰か呼んでこないと――私は廊下へと駆け出した。
「どなたかいませんか!」
 張り上げた声。するとだ。いきなり真横のドアがバンと開く。
「……うるさい。ただでさえ雨音がうるさいのに」
 それはフードを目深に被った、小柄な少年。フードと長い前髪でその表情を窺い知ることはできない。
 物凄く不機嫌そうであるが、丁度良かった。「あの」と私は声をかけようとして――開きっ放しのドアの向こうに視線が止まった。彼が出てきた部屋だ。私は「ひっ」と息を呑む。なぜならば、

 大量の眼球――義眼だろうか、義眼と信じたい――が、その部屋には隙間なくビッチリと並べられていたからだ。

 しかも雑多に並べられているのではなく、まるで美術品を飾るかのように、整然と美しく並べられている。それはその持ち主が飾られているもの、眼球に対して深い思い入れがあることを感じさせた。
 私が異様な光景に唖然としている間に、フードの少年はズンズンと歩き出していた。そうだ、目的を思い出した私は手指が冷えた心地がしながらも彼の後を追いかける。
「あ! レギアくんも来てくれたんだ?」
 部屋に着くなり聞こえたのは、血だらけのハルトさんの楽しそうな声。その声に反応した尾形さんが愉悦に満ちた眼光をギラリとフードの少年――レギアさんへ向けた。
 それに、レギアさんが返したのは。

「う る さ い」

 ピシャリとした一言と、ピシャーンと閃いた電光。レギアさんの手から電撃が迸り、ハルトさんを焼いた。
「お前ら静かにしろ、動物園かよ」
 更にレギアさんは刃を備えた魔導機械にマテリアルの光を宿らせ、尾形さんと恋路さんを切り捨てる。
 容赦のない攻撃だった。もう散々殴り合ってグロッキーだった戦闘狂にとってはトドメになったようで、三人は床に沈没する。
「あら、まぁ……」
 その後に、色っぽい吐息と共に呟いた声――いつの間にやら、物陰から半身を覗かせこちらを眺めていた人物が。緩やかに波打つ長い紫の髪に厚手のコートを着た女性。
「また喧嘩、しておられたんですかぁ……?」
 はぁ、はぁ。どうしてこの人は息が荒いのだろう。走ってきたのだろうか。それとも分厚いコートを着ているからか?
「もう、お客様が見ておられるのにぃ……」
 なぜだろう、彼女の身体がどこか艶かしくくねっている。コートの下でだ。しゅるしゅるしゅる……いっそわざとらしいまでに聞こえてくるこの音は、衣擦れ?
「見て……見て……見て、おられるのにぃ……」
 私がポカーンとしていると、彼女はもったいぶるような足取りでこちらにやって来る。だが異様なのは、一歩一歩と歩く度に、コートから衣服がまた一つと落ちていることだ。しゅるしゅる、ぱさり。はぁはぁ。しゅるり、ぱさり。しかも彼女の息もますます荒くなっている。
 それは私に――「彼女がコートの下には何も着ていないんじゃないか」という想像を呼び寄せた。
 そして私達の傍にやって来た彼女は、遂に。

「お客様がっ……見ず知らずのお客様がっ……見て!! ボクのあられもない姿を見てっ!! おられるのにっっっ!!!」

 ばっ、と。
 その身に纏うコートを勢い良く脱ぎ捨てた。
「わーー!?」
 私は後ずさる。コートの下の、火照った肌色。豊かな肢体。それは細くて面積の狭いビキニによって辛うじて見てはいけない部分が隠されている程度。だがその布地も汗ばんでいるし、開ききった瞳孔は完全に興奮している。
 露出狂(エキシビジョニズム)――狼狽える私の脳裏にそんな単語が過ぎった。

「ああ! 手当てしないといけないですねぇ! こんな姿を惜しげもなく見知らぬ人や知り合いに晒しながら! 晒しながら!! 見られながらぁ!!!」

 はぁはぁ、涎すらも垂らしながら彼女は脱ぎ捨てた服を包帯代わりに戦闘狂三人の手当てを始めた。顔をそむける体力もない相手に、文字通り見せつけている。変態だ。
「……」
 尾形さんはまるで女体に興味なしと言わんばかり、肌色の介抱に平然としている。寧ろその目はさっきまで殴りあっていた人達――男性へ熱心に向けられていた。なぜだろう、考えるのはやめておこう。
「お……お……」
 一方のハルトさんはそんな呻き声を漏らすと。
「おっぱい……」
 真顔でキリッとガン見である。こちらは健康的なまでに男子な模様。
「ニケさん! 脱がれたら目のやり場に困りますよ……!」
 正気に戻ったらしい恋路さんは慌てて自分の上着を彼女――ニケさんにかけたが、一秒足らずで脱ぎ捨てられた。「ニケさんッ……!」と恋路さんは両手で自分の顔を覆う。
「あらあらお顔を隠されては、怪我の手当てが出来ませんよぉ!」
 だがその両手すらもガバーっと開かれて。「ああーーー!」と顔を真っ赤に叫ぶ恋路さんの目の前に突きつけられる素肌。
「いいから服着ろや、女だろてめぇ」
 レギアさんも恋路さんと似たような反応だった。赤くした顔を逸らしている。
「ったく……どいつもこいつも」
 しかもでけぇしムカつく、と小さく付け加えるレギアさん。
 なんだか変わった人が多いけれど、この人はマトモ枠なんだろうか。私はようやっと一安心吐こうとして――
「さぁさぁお客様も! お怪我をされておられませんか!? さぁ! 手当てしないと! さぁ! こっちに! こっちを! こっちを見てっ!!」
 ハァハァハァハァ。頭の中が真っピンクな完全な不審者ことニケさんが私の傍に佇んでいる。
「うわぁーー!?」
 私は再び後ずさった。汗ばんだ肢体を晒すニケさんがハァハァとにじり寄ってくる。私は思わず、傍にいた常識人のレギアさんに縋り付く。
「ちょっ、助けて下さいレギアさん!」
「は? めんどくさ――」
 鬱陶しげにこちらを見やるレギアさん。不意にその金の瞳と視線がぶつかった。
「! ――……」
 レギアさんが口を噤む。じっと、じっと、私の目を凝視している。
「? どうなされましたか」
 刹那であった。
「目、目目目目目眼球目玉めだまめだまめだま」
 吊り上げられた口角、ブツブツと呟かれる異様な言葉、そして――その右手には、いつの間にやらナイフが一本。
「!?」
 気付くとレギアさんに押し倒されていた。
 見開かれた私の目に映ったのは、こちらの目を熱心に覗き込むレギアさんの眼光と、天井と、振り上げられた鋭い切っ先と――……



『了』



━OMC・EVENT・DATA━

>登場人物
アクアレギア(ka0459)
ニケ(ka3871)
佐久間 恋路(ka4607)
尾形 剛道(ka4612)
ハルト(ka4622)
水の月ノベル -
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2015年07月06日

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