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『愛しき我が家 』
一之瀬 白露丸(ib9477)&一之瀬 戦(ib8291)


 開拓者ギルドを出た戦は大きく背を伸ばす。精霊門を使うほどではない場所での仕事、早めに終わらせて妻と子供たちの待つ家へさっさと帰る予定だったのだが、報告やら何やらで結構時間を使ってしまった。
 日の傾き始めた八つ時少し過ぎた頃。大通りから脇道に曲がるところで、鬼ごっこの子供たちとすれ違った。
「……っと」
「ごめんなさい」
 鬼役だろうか後方を走っていた少年がぴょこんと頭を下げる。
「表は人通りが多いからな、気ぃつけて遊べよ……」
 走り去る子供達の姿に思い出すのは我が子の事。
「鶲と雪加はなにしてっかなぁ……」
 鶲は外で走り回っているだろうか、雪加は家で白露丸とお人形さんごっこをしているかもしれない。
 今回は三日ほど家を空けていた。たかが三日と笑うなかれ。子供の成長はとても早い。三日会わないだけでもどれだけ大きくなっているか。子供の成長をあますところなく日々見守りたいと思うのは親心というものだ。
 それに純粋に家族と離れているのは寂しい。だが同時に守るもの、帰る場所がある、というのは何よりの励みともなった。
 故に戦は一家の大黒柱として、独り身だった頃よりも開拓者として真面目に仕事に精を出している。
 なるべく長期間家を空けるような依頼は受けないようにしてはいるが……。
 懐に手を置いて妻と子供達への土産を確認する。今回の土産は色とりどりの砂糖で着飾った豆菓子。女の子らしく可愛いものが好きな雪加はきっと喜ぶだろう。
 子供達の遊び場となっている自宅近所の神社を通りかかる。境内を取り囲む木々の隙間からひょいと覗けば遊ぶ子供達の姿。その中に息子もいた。
「おー、おー。元気でやってるな。 ……ん?」
 だが様子がおかしい。睨み合う息子の鶲と他の子よりも一回り以上体の大きな子供。確かあの子は、この辺りのガキ大将だったはずだ。
 鶲が飛び掛った。それをあっさりといなすガキ大将。周囲の子供たちは囃し立てるのもいれば、止めようとしているのもいる。喧嘩のようだ。
「さぁて……」
 どうしたもんか、と撫でる顎。見たところ体の小さい鶲が不利だ。
 多人数で一方的に暴力を振るう、年上の子が小さな子を苛める、それならば戦も止めに入ったがこれは鶲とガキ大将、一対一の勝負。大人が顔を挟むのは野暮というものだろう。
 それに……。
「手ぇ出すな!」
 肩を押され尻もちついた鶲が止めようとした少年を制し、ぐいっと顔を拭って立ち上がった。
「一丁前にまぁ……」
 呆れた口調も口元に浮かぶ笑みは隠せない。五歳とはいえ息子も男だ。息子の見せた心意気が嬉しい。
 ここは息子を立て、戦は見なかったことにした。


 予定では戦の帰宅は今日。多分まもなく戻ってくるだろう。風呂の支度を終えた白露丸は、外に干していた夫の寝巻きや敷布を両手に抱えて取り込んだ。
 洗濯物を畳む白露丸の隣で娘の雪加が戦の寝巻きに手を伸ばす。最近雪加は母の真似に余念がない。今も母に倣って洗濯物を畳もうとしている。
 だがまだ二歳、父の寝巻きは大物過ぎた。両手で掴んでばっさばさと揺らしてはなんとか丸め込もうと格闘中。
「かか、ととは?」
「夕飯前には帰ってくるだろう。 これと交換してくれないか?」
 今日だけで何度も繰り返した問答をしつつ、皺になる前に夫の寝巻と手拭を交換しようと試みる。
「やっ」
 だが雪加は自分でやるの、と寝巻きをひしっと抱きしめ離さない。くっきりと刻まれる皺。
 まあ、娘に甘い夫のこと。娘が父のために一生懸命畳もうとしたと言えば皺になろうと喜ぶに違いない。
 ガラっと玄関の開く音。息子よりも聊か乱暴な音に
「ととだ」
 雪加が弾かれたように立ち上がる。ばさり、寝巻きを放り出し玄関へ。
 白露丸は寝巻きを拾い畳んでから娘を追いかけた。

 引き戸を開けた先、戦を出迎えてくれたのは我が家の懐かしい香と、妻と娘の声。
 そして続くパタパタパタという可愛らしい足音。
「おかえりー」
 娘が廊下を駆け寄ってくる。
「ただいま、雪加。走ると危ねぇぞ」
 転ばないよう差し伸べた手に、飛び込んでくる娘のとん、と感じる軽い衝撃の愛しいこと。無意識に顔も緩む。
「おつかれさまー」
 にぱっと大輪の笑みを咲かせて雪加が両手を差し出す。挨拶の一種かと指先でその小さな手をちょんと突けば「ちがうの」と首を振られた。
 少し拗ねたような顔が妻の面影と重なりこれまた可愛い……とそこで気付いた。いつも出迎えて荷物を受け取ってくれる妻の真似をしているのだ。
「ありがとな、雪加。 じゃあこいつを頼んだ」
 大事なものだぜ、と渡すのは土産の包み。それを落ちないように抱えた娘の頭を「助かるよ」とわしゃりとかき混ぜてやれば満足そうに笑う。
「雪加、洗濯物を放り投げてはだめだろう」
 奥から白露丸が姿を見せる。
「はぁい」
 元気な返事と共に雪加は荷物を置きに白露丸の横をすり抜けていく。
「まったく忙しない……」
 苦笑を漏らした白露丸が戦に向き直る。
「おかえり」
「ただいま」
 視線を合わせ言葉を交わす。
「おつかれさま」
 差し出す荷物が労いの言葉と共に受け取られる。
 ふっと目元を和らげ微笑んだ白露丸に、荷物を渡すときに触れた互いの指先の温度に心の底から帰ってきたという実感が込み上げた。
 しみじみ見つめていると「どうかしたのか」と問われる。
「帰ってきたなぁって思ってな」
「怪我もないようで、安心した。湯浴みを先にするか?」
「あぁ、そうだな、先に済ませるわ」
 背後でそぉおっと戸が開く気配。隙間から覗く碧い目。鶲の帰還だ。
 戦と目が合うと「……ぅあ」と嫌そうに眉を顰められた。
 勝ったか負けたか知らないが、喧嘩でぼろぼろになったところを父親に見られるのは気まずいのだろう。
 回れ右をしようとした鶲に「おかえり」と白露丸が声を掛ける。
 母を無視して逃げることは鶲にはできなかった。

「ただいま……」
 観念して入ってきた息子の姿に息を飲む白露丸。
 草や枯葉のついた髪、泥で汚れた手足に顔に着物。しかも体のあちこちに擦り傷や痣までも。
「にに、いたい? いたいの、いたいの、とんでけ〜」
 兄を出迎えようと戻ってきた雪加は鶲の膝小僧に手を翳す。母がしてくれるのをみて覚えたのだろう。
「鬼ごっこで転んだだけだ……大丈夫だよ、ありがとな」
 目を丸くしている白露丸から視線を逸らす。前半は母に、後半は妹に向けた言葉。
 今は引退し二児の母として家を守っているが白露丸も元は開拓者だ。息子の傷が転んだだけでできたものではないことはわかる。子供同士の喧嘩だろうか。
 手を背に回したまま鶲は怒ったようにへの字に口を引き結び何も話さない。
 その態度からあまり話したくはないのだな、と白露丸は察する。
 怪我の状態からもそこまで根掘り葉掘り聞くことではないと思うのだが、やはり心配になるのが母というものだ。
「負けたのか?」
 そこに割って入る戦の声。もしも喧嘩だとしたら、勝敗はとても繊細なことである。鶲は格好つけたい年頃の男の子なのだ。
 いきなりそれを聞くのか、と慌てる白露丸を横目に戦は鶲に向けて挑発するように唇の端を上げてにやりと笑ってみせた。
 鶲が戦を見上げる。
 最近鶲は父に対して少し反抗的だ。とはいえ、気に入らない時は「父さん」ではなく名を呼び捨てるなど、背伸びをしているような可愛らしいものなのだが。
 幼くても男として、父への対抗心や肩を並べたいという気持ちがあるのだろう、と白露丸は思っている。
 そんな父にからかわれ息子が臍を曲げやしないかと内心白露丸は焦った。母の心配をよそに鶲はニカっと会心の笑み。
「勝った!」
 そして誇らしげに掲げるのは小さな人形。
「るり!!」
 雪加が声を上げた。そう先日雪加が失くしてしまったと泣いていた人形だ。
「よくやったな」
 戦がぽんと軽く鶲の頭に手を置く。
「おう」
 得意そうに胸を張って答えた鶲が草履を脱ぎ捨て廊下に上がる。
 あぁ、と白露丸の中で合点がいった。
 人形は失くしたのではなく近所の悪餓鬼に取られてしまったのだ、そして兄が取り返してきたのだ、と。
 たいそう可愛がっていたというのに、一緒に探そうと言っても「いい」と娘にしては珍しく頑固だったのもこれならば納得がいく。
 幼いなりに母を心配させまいとしたのだろう。
 あまり母を心配させてくれるな、泥だらけのまま家に上がらない、言いたいことはあるが……。

「ほら」
 鶲は妹の小さな手に人形を握らせてやる。
「にに、ありがとー」
 人形を雪加はぎゅうと抱きしめた。
「着物、ちょっと汚れたから洗ってやれよ」
「うん。きれー、きれーしましょーね?」
 嬉しそうに人形に話しかける妹の頭に手を置こうとして鶲は自分の手が泥だらけなことに気づく。手を着物で拭ってから妹の頭を撫でてやる。もっともその着物も汚れているためあまり意味はなかったが……。

(……今日のところは構わないか)
 子供達のやり取りに白露丸は小さく肩を竦めた。
 二人とも人の気持ちを考えることができる優しい子に育っている。
「ほら、泥だらけだ。戦殿と一緒に流してきなさい。雪加も」
 白露丸は二人の背を押した。
「「はーい」」
 鶲が妹の手を引いて駆けて行く。
 子供を見送った二人はどちらからともなく顔を見合わせ笑みを零す。
「なぁ……」
「どうかした、戦殿? 着替えなら後ほど持っていくから早く風呂にっ……」
 気付けば白露丸は戦に腕を掴まれ引き寄せられていた。
「……なんなら鶺鴒も一緒に入るか?」
 耳元に笑み交じりの声。
「……っ」
 頬が首が耳がのぼせたようにみるみる赤くなる。
「どーかしたのか?」
 白露丸を覗き込む綺麗な青い双眸は楽しそうに輝いていた。思わずその青に引き込まれる。
 不意に近づく唇。触れ合う直前で、
「ととー」
「父さーん」
 子供達の呼ぶ声。
「っと、ご指名だ」
 白露丸から離れる戦。
 子供の声に我に返った白露丸も「早く行け」と二の腕を軽く叩く。うつむき加減の顔はまだ熱い。

 予想通りの反応に、戦の笑みも深くなる。新婚時代、いやもっと前から……。いつも彼女は可愛らしく、そしてとても愛しい。
「続きは子供達が寝てからな」
 軽やかな笑みとともにひらりと手を振って妻と同じくらい愛しい我が子達が待つ風呂へ向かう。
「とと、いいこと?」
 たのしそう、と雪加。
「ん? 家族に会えたからなー」
 わぁと大袈裟に両手を上げて子供二人を抱え込む。
「くすぐったぃ」
 娘は大喜びで
「そよきっ、離れろっ」
 息子には顔を容赦なく押し返された。当然それくらいで離してやるはずはない。


 いーち、にー、さーん……
 台所で夕食の支度をする白露丸の耳に風呂場から数をかぞえる声が届く。

「しー、ごー」
「お、雪加はすごいなぁ。 鶲はどうだ?」
「百まで軽いな」
「じゃあ、百数えたら上がるか」
「えー……」

 いーち、にー、さーん、しー、ごー……
 雪加の声が途切れると「ろく、しち、はち……」と鶲が続く。
 そして「くー、じーぅ」と一生懸命兄を真似る雪加。

 ふふ、と白露丸の唇から零れる笑み。
「冷たい茶でも用意しておくかな……」
 きっとのぼせてあがってくるであろう三人に。
 家に満ちる声に白露丸は目を細めた。



━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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一之瀬 白露丸(ib9477) / 妻
一之瀬 戦(ib8291)   / 夫
一之瀬 鶲        / 息子(五歳)・父親似
一之瀬 雪加       / 娘(二歳)・母親似


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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この度はご依頼頂きありがとうございます、桐崎です。

狭いながらも楽しい我が家、そんなイメージで書かせて頂きました。
和やかな雰囲気が出ていれば幸いです。
そしてご夫婦のやり取りは少し砂糖を追加してしまったのですが大丈夫でしょうか?

イメージ、話し方、内容等気になる点がございましたらお気軽にリテイクを申し付け下さい。

それでは失礼させて頂きます(礼)。
水の月ノベル -
桐崎ふみお クリエイターズルームへ
舵天照 -DTS-
2015年07月08日

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