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『興信所への道すがら何処かの誰かと通話を終えた後の話。 』
黒・冥月2778)&草間・武彦(NPCA001)

「情報は完璧に揃えてあるな」
「おい。…さっきの今でそれか!?」
 まだ頼まれてから三十分も経ってないぞ!?

 即、返って来たのはそんな突っ込みめいた探偵の大声。…それが、黒冥月が携帯での通話を終えて暫し後、辿り着いた草間興信所の扉を開けての開口一番――への反応になる。…随分情けない話だ。そもそも来訪早々の私の言に返る反応が今の速さな時点で、探偵――草間武彦の方も、先程のメールの後に私がすぐ来訪する事を予測していたのでは無いかと思うのだが。…それともただの偶然とでも言い張るか。
 私がメールで情報を求めた対象である二人については、草間は元々知っているらしいと先程の通話相手の方から聞いている。となると、改まった調査は特に要らないだろうし、情報らしい情報は既に集め終えていたっておかしくない。…いやむしろ、接触方法くらい考えていてくれて当然だろう。
 そう期待していたのだが、先に文句が付くか。

「ふん。ヘタレめ。その程度は出来ると信頼しているんだが?」
「ったく無茶苦茶言いやがって。…仕方無い、口頭でいいか?」
「何だ。口頭でも情報自体は揃えられているんじゃないか。それで文句を付けるのか?」
「…俺で元々知っていた話をそのまま伝えるしか今は出来んと言う事だ。御指名の二人どちらについても大した調査はした事無いからな、まだ裏は取ってないし、どれも確定情報とは言えないぞ」
「それで構わん」

 現時点でわかる事を教えてくれ。



 と、そうは言ったが、その前に。
 私は草間にこれまでの成り行きと現状を掻い摘んで説明しておく事にする。
 …さすがにここまで来ればその方がいいと判断した。

 先程草間にメールを出した時点では「今後当たる事を想定しておきたい複数の手段の一つ」の為に事前情報を得ておくだけのつもりだった。が、この短い間に少々話が変わって、そちらとも早々に伝手を付けたい事情が出来た。そして同時に、草間に対しても事情説明無しのまま手伝わせるだけ…ではなく、はっきり説明しておいた方が良さそうな状況にもなっている。

「――…と、言う訳でな。上手くやれば『奴』当人と手っ取り早く直に話せる手段が取れそうなんだ」
 だがその為の準備として、「喚ばれている」と奴自身が気付き易いよう、なるべく多くの『目印』を用意した方がいいとの話でな。
「その『目印』の一つとして、奴の『素体』の血縁からも…毛髪と血液を少々分けて貰いたいと思ったんだが」
「…こないだのアトラスの件が済んでから何やってるのかと思ったら…そういう事か。…ってよりによって誰を巻き込んでるんだお前は」
「何だ。草間もあの妙な男と知り合いか」
「まぁな。あの男が主催した餃子パーティに参加した事がある」

 …。

「…餃子パーティって何だ。春節か」
「その通りだ。旧暦正月に大人数で集まって餃子を作って食った」

 …確認と言うより殆ど突っ込みのつもりだったのだが、まさかの全面肯定か。

「どういう状況でそうなった…と。今はそんな余計な事を訊いてる場合じゃないな」
「虚無絡みの心配をしているのなら…弟子込みで巻き込んでる限りはあの仙人相手の場合はまず心配無い。…にしても、考えてみれば凄い面子が絡んでるな」
 お前が欲しがった情報の二人も含めると、余計にそう思う。
「今はその二人の話だ」
「そうだったな。素体の血縁…それは恐らく、素体と同じ姓を持つ『弟』と『姪』の事だろう。…弟の方は元々新宿でマル暴の刑事やってて、今はIO2に居るらしいと聞いている。で、姪の方は…少々説明し難い事になってるな」
 取り敢えず、ここに行けば…姪の『身体になら』すぐ会える事は会えるだろうが。
 草間はそう言って、デスクの引き出しから名刺を一枚取り出し、私の前に滑らせる。
 出されたのは、とある画廊の経営者…のものと思しき名刺だった。書かれている名前は――…

「…この名前、『例の時』に聞いた覚えがあるんだが気のせいか?」
 奴が量産型霊鬼兵として『死んだ』時の顛末時。奴自体の事を調べていた時に当たった先、人を見る目が厳しいと言う、それでも奴の心根を擁護した元IO2捜査官だと言う相手の名前。
「同一人物だ」
「か。なら、姪の方は彼の庇護下にあると言う事か?」
 それなら話は早そうだが。
「違う。そこも同一人物だ」

 ?

「…どういう意味だ?」
「端的に言うなら、その姪の身体を彼が使っている状態になる。…元々その姪の方は四年前に亡くなっているそうだ。そして彼の方も同じ時に死んでる――と言っても、同じ場所で同じ理由でって訳じゃなく、全然関係が無いところでだそうだが。生前に何か交流や関係があった訳でも無いらしい。どんな加減でかはわからんが、彼と姪、両方の死のタイミングと波長が合ってしまったとか何とかで、気が付いたらそうなっていたと聞いている」
 つまり俺が知ってる彼は、初めからその『姪』の身体なんだよな。
「…ふむ。要するに、そっちもまたオカルトの範疇で語るべき状態にある訳か。…ある意味ではその姪御、奴の素体と近い状況に置かれている気もするな。勿論、詳細は違うのだろうが…そういう適性のある血筋とでも言う事か?」
「彼当人もよくわかっていないようだが。まぁ何にしろ、今回のような話なら…話す余地がある事は確かだ」
「草間の伝手があれば事情説明を省略しても髪や血を頼めそうか?」
「いや。説明はした方がいい。…と言うより、説明が無ければ無理だと思う。俺でもな」
「荒事が必要になると言う事か?」
「…。…荒事って何する気だ」
「無論、殴り無理矢理毟る事に決まってるだろう」
「…いや待てそれは本気でマズい。そうじゃなくてだな。説明さえすればまず穏便に事は済む」
 何と言うか、彼の場合は――今の身体は本来の持ち主から借りてる大切なものだって意識があるらしくてな。まず自分自身の事より先に、「姪の身体」をこそ大切に扱う事の方を最優先に考える。例え身の近い者、信用のある者がただ髪や血をくれと頼んでも、何に使われるかの説明が無いとなればまず突っぱねるとしか思えない。
 逆に、納得の行く理由さえあるなら――それが今回のような話なら、喜んで応じてくれるとも思う。

「…俺に説明したなら、彼の方にも同じ説明をして構わないだろう?」
「それは構わんが」
 ただこの件、奴当人の元の素性を除いて考えるとしても…施術者や待ち人に虚無の者が絡むが、元IO2捜査官相手でその辺りは面倒が起きたりはしないか?
「ああ、そこも問題無い。…彼は今はIO2とは基本的に切れてる。だから『例の時』にも彼に当たってみる選択肢を取る気になれた訳でな。…ついでに言うとその彼もさっき言った餃子パーティ来てた気がするぞ?」

 …。

「…だからその餃子パーティとやらはいったい何なんだ」
「だから、言葉通りだ。…弟子の自宅が入ってるすぐそこのマンションが会場だった」

 …。

 訳がわからん。
 まぁ、その「あの男が主催した餃子パーティ」とやらに参加してたと言うのなら、虚無が絡むと言う意味での心配は確かに無用かとは思えるか。

「ところで今、草間はあの男の事を仙人と呼んでいたようだったが…何故そう呼ぶ?」
 私は特にあの男が世捨て人のようには感じなかったが。
「…いや、比喩じゃなく実際に「そう」なんだと聞いてるが」
「…。…何?」

 私は陰陽師の師父としか聞いておらんが。…ああ、考えてみればあの弟子は陰陽師と言う割にタンキーとか道教めいた用語を使ってもいたか。…となると実質は陰陽師ではなく、仙人の弟子で方士と言う事になるのか?

「…まぁ、やるべき仕事が行える能力があるならそんな事はどちらでも構わんが…」
「? どうかしたか?」
「いや。…それより草間。姪の方の髪と血はお前が貰ってくれると理解していいんだな?」
 説明して構わないか、と問うならその気でいてくれると言う事だろう。
 話を聞くにどうも理屈に拘る相手のようだし、初見の私より、お前の方が上手く交渉出来そうだしな。
「…確かにあの人の場合、お前に任せるのは怖い気もするしな」
「そうか? …なら、これで一つ荒事の必要が無くなったか」
「…。…その荒事前提な発想が、あの人との交渉をお前に任せるのが怖いと思う理由なんだが」



 問題は、もう一人の方――素体の『弟』の方か。

 こちらは姪のようなややこしい事情はなく『普通に当人』ではあるようだが――何にしてもIO2に居る内は接触し難い事に変わりは無い。具体的にどの部署で何をしている等は――草間の方でもよくわからないらしく、いつ表に出て来るかや、連絡の取りようも判然としないとか。

「伝手と言う意味では、弟の元相棒になるマル暴刑事が一番情報を持っていそうではあるんだが…少なくとも表向きにはIO2に行って以降は連絡なんか取ってないとは何度も聞いている」
「そんな奴が居るのか?」
 …その、弟の元相棒に当たる奴とやらが。
「ああ。そっちにならすぐ伝手は付く。と言うより、怪奇系関連施設のパトロールと称してここにもよく来る」
 どうやら、警察内部から怪奇事件の斥候役みたいな立ち位置にされてるみたいでな。ここやらアトラスやら、俺たちが馴染みの場所によく顔出しては――近隣の、怪奇系の裏の世界で変わった事が起きてないかを確かめてる。…マル暴刑事が暴力団事務所に日頃から顔出してるようなノリでな。
「…となると、今回の件は知られたら拙そうな相手の気がするな」
「いや、少し癖のある親父だが、話のわからない相手でも無い」
「今、話を聞いただけでは何とも言えんが」
「だろうな。だが他に『弟』の方との伝手となると…偶然を期待するしか思い付かん」
 黒服の捜査官として、街中で目撃されてる事が何度かある。ただ、普通のIO2捜査官でも無いらしいんだが。

「…姪の身体の『彼』、の方から昔の伝手で捩じ込んで貰う、とかは行かんか」
 事情を説明したなら喜んで応じてくれそう、とまで言える元IO2捜査官だったらどうか。
「…それも「偶然を期待する」のと大差無い事にしかならない。…俺も彼もその他の伝手でもその『弟』についてIO2への問い合わせ自体はした事がある。が、肝心の『弟』関連の情報についてはIO2内でもある種のアンタッチャブルらしくてな。弟に直通で繋がれる確実な伝手とは言えん。運が良ければこちらが伝手を付けたがってる事が弟当人の耳に入る「かもしれない」程度の伝手だ」
「…草間。大した調査はした事が無いと言わなかったか」
 今の話を聞く限りは充分調べているように聞こえるが。
「別件でそいつに話が訊きたかった事はこれまでにも何度かあった。その時に伝手を探した事があるだけだ」
 目撃証言がある以上――完全に籠ってる訳でも無いらしい以上、伝手が付く可能性はゼロじゃない。妙にタイミングがいい時に向こうから一方的に連絡があった事もある。…だがこちらからまともに連絡を取れた例が無い。
「一応、外向きにそれなりのアンテナを張ってる相手ではあるようだからな、上手く情報を流せば向こうから連絡をくれる可能性もあるかもしれないが…そもそも今回の件はあまり大っぴらに出来ないんだったよな?」
「ああ。…事情説明はせず、弟当人を名指しで捜している…と言う情報の流し方ならどうだ?」
「やってみても構わんが…そもそも反応があるかわからん事は同じだ」
「…そうか」

 連絡を取る事自体が難しい。
 ならばどうしたものかと暫し思案はしてみたが、当然、これだけの情報では埒が明かない。結局、『弟』の方については「何か穏便な接触方法は考えておいてくれよ」、と草間に丸投げする事にした。…その際、「草間興信所の関係者として」IO2との揉め事は面倒だからな、とも強調して付け加えておく。

 …私をわかっているのなら、草間の方でもこれがどういう意味かは理解出来るだろう。



 ある意味では目処が付いた――?――ところで、改めて『目印』になりそうなものを探偵と共に思案する。…今の時点では探偵の義妹にはまだ話さないでおこう――義兄である探偵の方にもそう言っておいた。期待させて落胆させたくは無い。…彼女に話すのは――私と言う「その筋の素人」の視点で見ても実現が確実か、と思える状況になってからの方が良いだろう。だからこそ今は、その実現性を高める為にこそ頭を使う事にする。
 奴が気付くだろう目印。…まずは待ち人の二人。これは当然、外せない。…話を伝えたならば義妹の方も何か思い付く可能性があるかも知れない、とは草間に付け加えられた。然もありなん。
 ここに来て真っ先に情報を求めた、素体の血縁者の毛髪や血液も――勿論その数の中に入っている。…あの男は場所も目印と見做せると言っていたな? となると「あの公園」も入れるべきか。…奴が公園や喫茶店で読んでいた本も良さそうか。ああ、おまけで世界の名作と言われる本を山の如く積み上げておいてやろう。…そう続けたら草間は何やら凄く嫌そうな貌をしていたがまぁ無視。…その本を用意する事をまた丸投げされるとでも思ったのかもしれない。…興信所にそんな金が無い事くらいは私も勿論承知しているのだが。

「他は…私やお前の存在自体も行けるな」
 例の顛末時に関わってる。…私は奴に止めを刺しているし、お前は――自覚はあるよな?
「何の自覚だ」
「強い嫉妬だ。花嫁の父め」
 言った途端に草間は椅子を蹴立ててデスクの天板にばんと手を突く。その間、草間の顔はゆらりと俯いていて見えない。…何か衝動に駆られたような乱暴な行動。…これもまた然もありなん。むしろ、現状の話を伝えてからこれまでの様子が逆に冷静過ぎた気さえする。
 一応、指摘。
「義妹が気付くぞ?」
「…今は留守だ」
「そうか。何にしろ、お前の「それ」もまた奴に向いた強い想念である事に代わりはあるまい…ん?」
「…何だ」
「いや」

 強い想念。
 気付いた時点で思わずニヤリ。口元に笑みが浮かぶ――草間が怪訝そうな貌になり私を見る。
「もう一つ思い付いた。奴への恋文を二人に書かせよう。何なら愛情込めた手料理でもどうだ?」
 言った途端に、草間が今度こそ瞬間湯沸かし器と化す。…勿論、これもまた先程の反応に続いて想定の範囲内なので軽く受け流した。
 私はそのまま涼しい顔で思案を続ける。探偵の義妹にだけでは無い。あの広告塔の小娘が直接動くのは拙かろうが、手紙だけなら問題無かろう。強い想いは目印になる…そこまで考えた時点で思わず噴き出しそうになる。…愉快だ。
 そうこうしている内に、草間の方も幾分冷却期間を経たようで――私を見る目が何やら胡乱げになっている。
「…お前、楽しんでるだろう」
「悪いか?」

 こんな愉快な話、なかなか無いと思うぞ?

【興信所への道すがら何処かの誰かと通話を終えた後の話。さて、お次は】
PCシチュエーションノベル(シングル) -
深海残月 クリエイターズルームへ
東京怪談
2015年07月10日

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