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『愛しき日々 』
痕離(ia6954)&タクト・ローランド(ia5373)

 護大との決戦に終止符を打ってからかなりの時が過ぎた。
 愛おしく優しい春が過ぎ、暑さを耐え忍んだ夏を越え、実り多き秋に喜び、厳しい自然の寒さに耐えた冬。全ての季節が繰り返され、生れ落ちる命もあれば消えゆく命もあった。
 時は誰の元にも等しく巡り、今年もまた新たな季節が巡ってゆく――。

  ***

 春と夏の間の季節、梅雨。
 今年も天儀には秋への実りに繋がる雨の季節が訪れた。
 降れども降れども止まない雨。シトシトと軒を濡らす雨音。うっとおしいと言うよりは優しい雰囲気が漂う中、痕離(ia6954)は背中に愛おしい温もりを抱えて笑みを零していた。
「おや、もう帰って来るのに寝てしまうのかい?」
 クスリと笑って振り返った先にあるのは、舟をこぎ始めた我が子だ。
 この名前は志築。痕離と彼女の夫――タクト・ローランド(ia5373)との間に生まれた子供だ。
 黒の髪に赤の瞳。父と母双方の特徴を受け継いだ我が子は、痕離の声を煩わしそうにすると、寝入る為の準備に入ってしまった。
「お父さんがまた寂しがるな」
 ここの所、志築はタクトが帰る前に寝てしまう。そろそろ起きている姿を見せないと不貞腐れそうだが、こればかりは仕方がないか。
 痕離は吐息を寝息に変えた息子に笑みを零すと、少しだけ小降りになった外を見た。
「確か今日のアヤカシ退治は屋内だったね。傘も持たせているし大丈夫だろう」
 この感じならば仕事に出たタクトもあまり濡れずに済むかもしれない。
 痕離は生後6ヶ月の息子を起こさないように背負い直すと、タクトが戻るまでにと足を動かした。
 向かうのは住居と一緒になっている店だ。
 彼女は家事と志築のお世話をする他に、住居の一角で営む団子屋も切盛りしている。今日は雨のせいか客足も殆どなかったので店を閉めようと言うのだ。
 だが店に足を踏み入れた途端、彼女の目が驚いた様に見開かれた。
「おじさん……いつから店に?」
「やあ痕離さん、団子はまだあるかな?」
 いつの間に来たのだろう。店先でだんごを眺めている客に慌てて近付く。
「来てたのなら声を掛けておくれよ。団子ならまだあるから、どれが欲しいんだい?」
 客は近所に住む老夫婦の旦那の方だ。
 彼は痕離の背で眠る志築に気付くと、少し声を潜めて団子を指差した。
「みたらしとあんこ、それに磯部だね。みたらしは」
「ああ、2本だね。あとは1本ずつ。そう言えば、あれから家の調子は如何だい?」
「おかげさまで。この間、痕離さんの旦那さんが修理をしてくれたから雨漏りも無くなってるよ」
「そりゃ良かった」
 笑顔で団子を包みながら世間話に花が咲く。
 この地に住んでだいぶ経つが、こうして近所の人たちが店を訪れてくれるお蔭で団子屋は潰れずに済んでいる。と言うか、潰れずに済んでいるのは、痕離や痕離の旦那の人柄ゆえなのだが、本人たちにその自覚はない。
「旦那さんは今日も仕事かね?」
「そうだよ。もう直ぐ戻ると思うけど……っと、噂をすれば、だね」
「ただいま――って、ああ、いらっしゃい」
 笑顔で出迎えた痕離に、タクトの目が瞬かれる。
 そうして代金と引き換えに団子を受け取る老人を見ると、少し驚いた様にして頭を下げた。
「えっと……屋根の具合は」
「もう大丈夫だってさ」
「ああ、そうか……なら良かった。何かあれば、また」
 言葉は不器用だが、少しだけ浮かべられた笑みが優しさを漂わせる。
 その様子に皺くちゃの顔が更に皺くちゃにして笑顔を零す老人。そんな老人を見送ると、痕離は改めてタクトを見た。
「お帰り。今日はご飯とお風呂、どっちが先がいいかな」
「おかえりじゃない。志築もいるし休めと言ってるだろう。その為に俺が稼ぎに出てるんだぞ?」
「そうは言うけど、動いている方が性に合うんだよ。さ、入って」
 笑顔で言葉を返す痕離に、内心で溜息を吐く。
 それでも活き活きと楽しそうに店を閉めに掛かる彼女は輝いていた。その姿を見るとあまり強く言えないのも事実。
 タクトは「やれやれ」と息を吐くと、彼女の手伝いをするために袖を捲った。

   ***

「志築はまた寝てるんだな」
 少し寂しそうに零したタクトは、アヤカシ退治で汚れた着物を着換えると、食事時の定位置である囲炉裏の傍に腰を下ろした。
「さっきまで起きてたんだよ。まあ、お腹が空いて起きるだろうから、その時にただいまを言ってあげると良いよ」
 痕離はそう言うと、囲炉裏の火にかけていた味噌汁を覗き込んだ。
 今日の味噌汁の具はお豆腐とネギ。グツグツと煮込んだ鍋から、良い匂いが零れて来ている。
「今日はお隣さんから魚を貰ったんだ。内臓も取ってあるから安心して食べておくれよ」
「内臓まで……上達したな」
「そうだろ?」
 自慢げに言う痕離に笑ってしまうが、思い返せば一緒に暮らし始めた頃の彼女の料理は酷かった。
 炭状態の魚が出てきたり、米の芯が残ったり焦げたり、1番酷かったのはアヤカシの粘泥に似た何かが出てきたことだろうか。
 流石にその時は食べるのを躊躇ったが、それを思うと本当に上達しかと思う。
 その理由を痕離は「タクトに美味しいものを食べて欲しいから」と語るが、実際物事とはそういうものなのだろう。
 誰かのために頑張ることで何かを得る。それが目に見えるものである場合もあるし、目に見えない場合もある。例えばタクトが感じている「幸せ」は彼が手を伸ばしたからこそ得られたもの。
「よし、食べよう」
 そう声を上げた彼女の前には、心から美味しそうだと思う料理が並んでいる。
 ちなみに今日の献立は、貰った魚を塩焼きにしたものと、里芋と野菜を一緒に煮た煮物。それにぬか漬けと味噌汁に白米。ちなみに白米に少しだけ焦げ目が見えるのはご愛嬌、と言ったところか。
「本当に上達したな」
 ぬか漬けも痕離の手作りのはずだ。
 確か志築が生まれる前、お腹が大きな状態で漬けようとしていたのでタクトが止めたのだが、痕離は大丈夫とやりきってしまった。
「ん、美味い。この焼き魚も、良い塩加減だ……」
 ぬか漬けの味も良いし、魚の焼き具合も絶妙だ。
 自然と零れた声に痕離の顔に嬉しそうな表情が浮かぶ。
「良かった。少しかけ過ぎたかとも思ったんだ。そうか……この位の塩加減が好きなんだね」
 にこっと笑った彼女に、ゴクリとご飯ごと唾を呑み込む。
 何度目にしても心臓に悪い。
 思わず目を逸らしてご飯をかきこむのだが、不意に隣の部屋から声が上がった。
 どうやら遅い昼寝から志築が目を覚ましたらしい。
「ふふ、お腹が空いたかな?」
 言って立ち上がった痕離は完全に母の顔だ。
 たった6ヶ月――否、もう6ヶ月も経ったのだから当然か。
「志築、お父さんが帰って来てるよ」
 泣く息子を抱き上げながら優しく声を掛ける痕離にタクトも立ち上がる。そうして我が子の泣き顔を見ようと近付くと、志築の鳴き声が止んだ。
「これは……少し妬けるね」
 馬鹿を言うな。そう苦笑するも内心では嬉しい。
 タクトは痕離の手から志築を掬い上げると、久しぶりに見る息子の起きた顔に笑みを零した。
「ただいま、志築」
 そう囁く彼に志築の笑顔が返ってきた。

   ***

 夕餉も終え、改めて志築も寝かせた夜。
 縁側に腰を下ろしながら、痕離とタクトは雨上がりの空を見上げて言葉を交わしていた。
「昔は、こんな穏やかな生活が出来るなんて思ってなかったんだ……」
 多くのモノを失い、名さえも捨てた自分。決して幸せになどなれないと思っていた自分が、こうして愛おしい人とその彼との子供を得た。
 もし昔の自分に会えるのならば、今の幸せを語り、今を目指して生きろと言いたい。
「……君のお陰だよ、タクト」
 痕離は瞼を伏せると、隣にある彼の肩に頭を乗せて息を吐いた。
 その仕草にタクトの手が彼女の髪を撫でる。
「俺もだ……」
 壊れ物にでも触れように優しく、何度も往復してゆく手の感覚に安堵の息が漏れる。そうして瞼を上げると、彼の穏やかな瞳と目があった。
 タクトもまた、痕離と同じように多くを失って開拓者になった。
 故に彼女と同じように家庭を持つなど思ってもいなかったのだが、こうした現状も悪くはないと最近では思っている。
「ありがとう」
 囁き、唇を重ねる。
 温もりと気恥ずかしさに互いの顔から笑みが零れた。
「……そろそろ、寝るか」
 タクトはそう言うと、痕離の手を取って立ち上がった。

 こんな普通の日々が幸せなのは2人が出会えたから。
 そして幸せをもたらした今日と言う日は終わる。明日と言う新たな幸せを迎えるために――。

―――END...


登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【 ia6954 / 痕離 / 女 / 26 / 人間 / シノビ 】
【 ia5373 / タクト・ローランド / 男 / 20 / 人間 / シノビ 】

子供:志築


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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このたびはご発注、有難うございました。
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水の月ノベル -
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舵天照 -DTS-
2015年07月10日

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