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『開錠 』
尾花 朔(ib1268)

●棺

 かつてこの掌の内に握りこんだのは
 幼子の為の幸せではなく
 私を今の私にした私の欠片

 レイスリーズ・ヴォルフ。
 生まれ落ちてはじめて与えられた、私の名前。私を示す記号。
 そして、自ら封印した名前です。
 誰かに封じろと言われた記憶があるわけではありません。
 呼ばれることに、自分を示すことに不満だったわけではありません。
 ただ、自分が‥‥この名を掲げるに値する道に進まなかった時、そう決めた時に封じたという、ただそれだけ。
 ですが。
 この身体、この生命、そして想いすら全て捧げたいと思った人ができた時、その人にだけは捧げたい‥‥封印した時から、そう決めていた名前です。

●獣

 騎士の家に生まれた私は、その道に相応しいものを持っていませんでした。
 そうと気づいたのはいつだったでしょうか。
 いいえ、いつのまにか。
 先に生まれていた姉は早くにその頭角を現していましたし、祖父母の代から親しくしている幼馴染達もまた、騎士として、もしくは騎士の子として相応しい素質を持っている者達ばかり。
(僕も、騎士の子なのにな)
 彼らを見るたび、自分がそう在れない事、自分と彼らの違いを考えていました。
 全盛期ほどではないにしても、老いてなお戦う肉体を保つ祖父母の存在もまた、その考えを強くする要因になっていたかもしれません。
(どうして?)
 誰かの責任にするつもりはありません。
 ただ、同じくその血を分けた身だというのに、そうではない自分を冷静に見ようとして、それが難しくて。
 騎士という言葉、その強さ、生き様、在り方‥‥どんな小さなことでも。
 本当に幼い頃であれば、まだ何も知らないほんの小さな頃であれば不思議にも思わなかった、騎士たれ‥‥その空気に少しずつ馴染めなくなっていく自分。
 足掻いても追いつけない、背中を見て居る事さえも辛くなっていく自分。
 同じ物を見据えていられないと気づく自分。
 その場に在る事さえも、おこがましいのではないかと疑い始める自分‥‥

 まず初めに、剣を止めました。
 弓の方が向いているからと、興味があるからと、一人くらい後方で、視野を広く持てる場所に居た方がいいからと、そう、理由をつけて。
 それまでも皆で揃って習っていたけれど、そちらに集中したいのだと。弓だけに限らず、飛び道具全般に造形を深めたいのだと言えば、誰もそれを疑問として問う者はいませんでした。

 祖母は私の意思を喜んでくれました。
 いくつもの、大きさの異なる弓に始まり、パチンコやクロスボウ。
 ナイフ、ダーツ、手裏剣‥‥時には暗器としての簪等、投擲武器。
 縄ひょう、モーニングスター‥‥状況に合わせ、目的に合わせ、様々に対応できるように。
 知識として覚えることは増えましたが、それこそが向いていたのだと思いましたし、実際、習う事は楽しかったと思います。
(また、姉さんのほうが‥‥)
 剣だけではなく、弓も。姉の方がうまく扱えているのだと、その事実に気付いた時、私は自分の居場所を再び見失いました。
 姉は祖母と同じように、体で覚える事が得意でした。闘いのセンスもそうした、天性のものだったのだと思います。
 反して私は、まず頭で理解しなければ体を動かせない性質でした。動かすよりもまず、知識を。記憶することの方が得意だったのだと、今では理解できています。
(どうして‥‥)
 けれど当時の私は、同じ血を分けた姉弟なのに、何故こうも違うのかと。その大きく開いた差を絶望の形として、拭えない闇として受け止めていました。
 二度目でしたから。
 年齢という差があるにしても、性の差があるのだから、自分に利があってもおかしくはないのだと。そんな知識だってあるはずなのに。
 個性という言葉も、個人差という言葉も知っていたはずなのに。
 見えるはずのものが見えなくなっていたのだと、やはり、今なら思います。

●月

 周りが見えなくなっていた私に、手を差し伸べてくれたのは祖父でした。
 祖父が私に道を示してくれるまで、声を掛けてくれるまで。
 私は私の苦悩をうまく隠せていると、そう思っていました。
 姉にさえ、親にさえ、祖父母にさえ。
 自分の事さえ見えていなかったのですから、本当は皆、気付いていたのかもしれません‥‥確認する勇気はありませんが。
 騎士という形に拘らなくてもいいのだと、戦士という言葉に縛られなくていいのだと‥‥故郷に、血に、先達を必ずしもなぞらなくてもいいのだと。そう、教えてくれました。
 ほかでもない祖父が、祖母と出会い故郷を離れる道を選んだ先達だったから、だからなのかもしれません。
 姉が祖母に似ているように、瓜二つではありませんが、私のこの髪は紛れもなく祖父の血の証。
 だからでしょうか。
 より身近な他の誰よりも、祖父だったからこそ、その言葉は私の闇に光を灯しました。
 求め、貫くべきはあくまでも、その心映え、志。
 その形は人の数だけ種類があっていいのだと。
 その形は人によって違う形に見えていいのだと。
 その日から、私は祖父の持っていた姓を頂き、新たにはじめる意味を込めて‥‥尾花 朔(ib1268)になりました。

 名が変わったからと言って、特別な変化はありませんでした。
 姉も祖母も、幼馴染達も。
 まるではじめからそうであったように、当たり前に、何でもない事のように。私を朔と呼ぶようになりました。
 それまでに積み重ねたものは全て変わらずそこに在り、ただ、私を示す記号が変わっただけでしたから。
(‥‥敵わない)
 私がそこに至るまでに、どれだけの迷いを、痛みを、苦しみを、悩みを、羨みを、望みを、恐れを‥‥決して綺麗とは言えない感情を積み重ね、崩し、時には潰し‥‥その答えに至ったか。
 私がどれだけの時間を費やしたか、勇気を振り絞ったか‥‥そんなことはほんのちっぽけだというように。
 ぽんと、瞬きの合間に、皆、乗り越えてしまう。
 祖父の言葉を胸に抱き、収めてからは在り方の違いも理解できていましたけれど。
 形を変えても、比べられるものではないとわかってはいても。
 同じ土俵に立たない道を選んだ時点で、もう、勝つことはないのだと‥‥自分が逃げたようにも思い。
 時が満ちるしかないのだと、少しでも気を抜けば闇に染まりそうになるこの感情を裡に秘めるしかないのだと。
 しばらくはそう、思っていたものです。

●炎

 三年を超える朱雀寮での日々は、期待以上の答えを自らの裡に築き上げ、確かな経験となりました。
(消化し昇華された事が救いですね)
 迷いながらも選んだその道は、確かに自分に合っていました。
 定まった答えのなかった問いに、他の誰でもなく、自分で答えを見つけることができたのですから。
 共に在る、共に生きたいと思う相手を定め、共に手を取り合う絆を得て。
 もう立ち止まらないと、決めました。
(貴女は‥‥受け取ってくれるでしょうか?)
 重みと暗い想いすら纏った名前を、その響きを、レイスリーズとしての私を。
(ですが、もう‥‥捧げると決めているのです)

 大切な貴女をこの腕の中にかき抱いて
 捧げるのは愛と記憶とこの身
 欠片もあわさった私の全てを

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【ib1268/尾花 朔/男/19歳/陰陽師/泉で満ちる】
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舵天照 -DTS-
2015年07月10日

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