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『鴉鳥は友と月夜の林道を歩く 』
鬼無里 鴉鳥ja7179

 群青の闇だ。
 天から降り注ぐ月光が、紺の意匠が描かれた薄い白地布に肢体を包み、腰に鮮やかな赤帯を巻いた銀髪の少女――鬼無里鴉鳥の、その金赤瞳《ヘテロクロミア》を照らし闇の中に煌かせている。
 風が緩く吹いて、夜道を歩く浴衣姿の鴉鳥の長い髪を揺らして抜けていった。
 闇中の梢が揺れ、葉擦れの音がザァァ……と響き広がってゆく。近くから水が流れる音が響いていた。
 涼やかな夜の林道の空気は、微かに水と深緑が混ざった匂いがした。
 左手側に視線をやれば、月光に煌く水の流れが、紺碧の中に陰を生みながら流れていた。黒い川だ。
 今宵は晴れているが、連日の雨で、水量が増えている。今は梅雨の季節だった。夜の川は、うねり砕け、かなりの勢いで流れていっている。
 闇夜の川の流れは、少しだけ、己の胸の中に似ているような気がした。
 例え眺め愛でるを基本としても。
 積極的に交流を深めようとする者達には羨望を覚える――或いは。
(……或いは、この情は嫉妬なのだろうか)
 鴉鳥は胸中で呟いた。
 甲州の山川は、月光に陰の濃淡を浮かびあがらせながら広がっている。
「……呉葉ちゃん?」
 不意に、柔らかいソプラノの声が聞こえた。
 声のした方へと視線をやると、小柄な浴衣姿の黒髪娘が、月光の中に立ち、道の少し先で、鴉鳥へと振り返っていた。
 鴉鳥は物思いを振り払いつつ唇を開く。
「――あぁいや、なんでもない」
 我知らず、足を止めていたらしい。浴衣の裾を翻し再び歩き出す。
 鴉鳥が隣に並ぶと茜もまた歩行を再開する。
 二人の草履が土の道を踏む音が、夜の山道に響いていった。


 年始より行われていた冥魔軍団による山梨への襲撃は、先の大規模決戦に撃退士側が勝利を収めた事により止んだ。
 ゲートは破壊され、その後の経過も無事が確認されて、避難令が解除され、山梨県には平穏と日常が戻ってきた。
 山梨県撃は学園に慰安の席を設け、生徒会長の神楽坂茜はその慰安旅行の引率としてこの山川に寄り添うようにある温泉街へとやってきていた。
 温泉に浸かり夕食を済ませた後の旅館での自由時間、鴉鳥は茜を誘って散策に出ていた。
 満天の星々と蒼白い月が輝く夜の山道を、鴉鳥は歩いてゆく。隣では鴉鳥と同じく赤色の帯の浴衣に身を包んだ娘が、腰まである艶やかな黒髪を揺らしながら歩いていた。
 鴉鳥は、皆と語らい笑顔を見せる茜の姿が好きだった。見ていて微笑ましく思える。
 ただ、それでも。
 一つだけ叶うなら。
 茜の時間を少し、己にだけに欲しかった。
 特別な事は要らない。ただ側にいてくれるだけで良かった。
 だから散策に誘った。
 茜は鴉鳥の誘いに頷いて、鴉鳥と共に山川の温泉街に散歩に出て、今は林道に入っていた。
「……のんびり歩くのも、良いものですね」
 歩きつつ、やんわりと茜が言った。
 視線をやると目があって、にこりと女が微笑する。
 鴉鳥は頷いた。
 夜の山麓の町はとても静かで、交わす言葉も多くなく、ただ歩いているだけで、けれど、共に在れる時間が鴉鳥には心地良かった。
 静寂が苦にならない相手というのは良いものだ。
 付き合ってくれた事が嬉しかった。
 だが、散策に出てからそれなりの時が経過した時、ふと言葉が鴉鳥の脳裏をかすめたのだ。
――茜も、己と同じようにそうなのだろうか?
 心地よく感じている。
 嬉しく思っている。
 そう感じていると、確実に解っているのは、飽くまでも自分自身のそれだけだ。
 他人の心の奥は、覗けない。
――……実は退屈しているのではないか?
 いや、茜は「のんびり歩くのも良いものですね」と今さっき言ったばかりだ。
 茜が己に向かって言う言葉に裏などない、それは解っている。
 ……けれど、一旦疑念がよぎると、不安が起こる。
(……もしかしたら茜殿は、私を気遣って言っているのではないか?)
 そんな風に感じる不安がないとは、決して言えなかった。
 気付くと、
「――月が綺麗だな」
 ふと、そんな言葉が、口から毀れた。
 隣を歩く茜が振り向いた。
 薄闇の中なので、はっきりとは解らなかったが、目を瞬かせているようにも見える。
(……あ)
 紺碧の空には満月が輝いていて、とても美しい。
 事実その通りなのだが、言葉にして、間違えた感がある。
(……いや、特に他意はない……筈、だ)
 鴉鳥は胸中で慌て、呟く。
 あぁ然し、如何なのだろう。
(……これも皆への嫉妬の発露なのだろうか)
 眺め愛でる事を好ましく思いながら、触れたいと願ってしまう。
 特別な事は要らずと、ただ側にいてくれるだけでと思っていたのに。
 隣を歩く黒髪娘はえへっとでも擬音がつきそうな嬉しそうな微笑を浮かべた。
「ええ、とても奇麗ですね。奇麗な月」
 言って、長い黒髪を揺らしながら夜空を仰ぐ、
「私、昔から月を見るのが好きなんです。満月でも半月でも三日月でも、闇に浮かぶ月はとても奇麗」
 茜は再び視線を鴉鳥へと向けてきた。
「月はいつも奇麗ですけど、呉葉ちゃんと一緒に見ると一層奇麗に見えますね」
 黒髪娘は微笑してそんな事を言ったのだった。


「茜殿」
 星空の下の道を歩きながら鴉鳥は言った。
「……今度、一緒に甘味処にでも行かないか?」
 らしくない、と思った。
「気になる所があるのだよ」
 誰かを何処かに誘うなど、きっと初めてだ。
 私らしくない。
 けれど、
「良いですね。是非」
 柔らかく目を細めて微笑して頷き茜。
「そのお店、美味しいのです?」
「うむ。茜殿の口に合うかどうかは解らんが……なかなか良さそうな所なのだよ」
「甘い物大好きなので楽しみです」
 弾んだ言葉を交わしながら道を歩いてゆく。


 誰かを何処かに誘うなど、きっと初めてで、私らしくもないのだろう。
 けれど、それでも。
 皆の様に触れたいと、思ってしまった。
 私の"名"で呼んでくれる、大切な友に。

――大切にしているのだと、示したくて。



 了


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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整理番号 / PC名 / 性別 / 外見年齢 / ジョブ
ja7179 / 鬼無里 鴉鳥 / 女 / 14才 / ルインズブレイド
jz0005 / 神楽坂茜 / 女 / 16才 / 阿修羅


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 ご発注有難うございます。いつもお世話になっております。
 WTシングルノベルは季節物ノベルとは発注文のフォーム形式が違うのですね。
 本文の方、ご満足いただける内容に仕上がっていましたら幸いです。
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望月誠司 クリエイターズルームへ
エリュシオン
2015年07月10日

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