▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『日々を重ねる、それだけの奇跡 』
志鷹 都(ib6971)&馨(ib8931)


 空は生憎の雨模様。だが遭都下町の市場は何時も通りの賑わいだ。
「茄子と瓜と……あと生姜ありますか?」
 商品台から覗く顔は瓜二つ。黒髪を二つのお団子にまとめている子が夢、湿気で癖毛がふわふわと揺れている子が結羅、二人は双子であった。
「今日は二人でおつかいかい?」
 八百屋の店主は厳つい顔だが笑うと愛嬌がある。
「はい、お夕飯もお父さんに習って二人で作るんです」
「そいつは孝行娘に息子だねえ。よっしおまけだ、おやつに食べな」
 店主が茄子や瓜と一緒に枇杷も籠に入れてくれた。
「ありがとうございます」
 お辞儀もぴたりと息が合うのは双子だからだろうか。二人とも礼儀正しい良い子だと評判であった。
「あとは何を買えばいいのかな?」
「小鯵に蕗に茄子に……」
 大きな蛇の目の下、額を突き合わせ籠の中と父から持たされた覚書を見比べる夢と結羅。
「厚揚げは?」
「ある……あ、でも朝ごはん用の豆腐忘れた!」
「気をつけていけよー」
 慌てて来た道を戻る双子を店主が見送る。
 双子に弟が生まれたことを機に父と母の故郷であるこの街に引っ越してきてから一年。市場は何度も来ているはずなのに、雨というだけで何時もの景色も見慣れぬ景色へと早変わりだ。
 結果、あっちこっちと大騒ぎな買い物道中となった。


 時計を確認した馨は縁側から通りを覗き込む。
 子供達の帰りが遅いことを心配しているのだろう。都はそんな夫の背に言葉をかけた。
「雨だもの。いつもみたいに走って帰ってこれないよ」
 転んだら大変だものねー、と胸に抱いた一歳の次男に同意を求めれば、「うやぁ」と嬉しそうな声。
「ほら、この子も心配ないって。夢も結羅も恭に似てしっかり者だもの、大丈夫」
「あぁ、何も初めてのことではないからな」
 馨は常に冷静で頼りになる夫だ。だが子供のこととなると少しばかり勝手が違うらしい。
 普段は見せない夫の一面に微笑ましい、と小さく零す笑み。それが聞こえたのだろうか、馨が都を振り返った。
「どうしたの?」
「……幼い頃の都みたいに迷子になってないかな、とね」
 からかい混じりの言葉。なんのことだかすぐに心当たりが浮かんだ都が「あれは……」と口を開いたところで「ただいまー」と元気な二重奏が響く。
 双子の帰宅に合わせたように止んだ雨。分厚い雲の隙間から差し込む光に照らされた庭に二人が駆け込んできた。
「夢、結羅、おかえり」
「お父さん、お母さん!!」
 笑顔で迎える父と母に双子は興奮した様子で空を指差す。
「見て、虹が出ているよ」
「虹?」
 赤子を抱え立ち上がる都の腰を馨が支える。
 見上げた空に架かる大きな虹。
「僕がみつけたんだよ」
「夢が先だもの」
 結羅が胸を張れば夢が一歩前に出る。
「二人で見つけてくれたのね、ありがとう。夢、結羅」
 赤子を抱き頭を撫でることができない代わりに都はそれぞれと目を合わせた。二人とも「うん」と良い笑顔だ。
「あの時も……」
 馨が呟く。虹をみたな、と。
「懐かしいね」
 頷く都。
 それは二人が出会った日のこと……。

 六歳の都は怪我をした愛犬の傷を治すため薬草を探しに一人で自宅近くの森に入った。
 下草を掻き分け、木陰を覗き込み、気付いたら薄暗い森の中、来た方向もわからない。
 しん……と耳に痛い程の静寂。いつの間にか雨まで降ってくる。
 心細さが次第に大きくなり鼻の奥がツンと痛む。そしてじわりと視界が滲んだ。
「うぅ……」
 一度涙が零れると止まらない。木陰で泣いていると「どうしたの?」と声が降ってきた。それが馨だった。
 話を聞いた馨も一緒に薬草を探してくれたが結局見つからないまま、とぼとぼと街に帰る途中のこと。「見て」と馨が足を止めた。
「わぁ……」
 雨上がりの空に七色の橋。
「また明日も探そうね」
 胸に広がった温かさに都はまた鼻の奥がツンとしたのを覚えている。

 あの日と重なり、虹が目に染みる。
 家に着くまでずっと繋いでくれた手の温もりを忘れたことはない。

 虹を見上げる都を馨は見つめた。
 長い髪は簪でひとつにまとめられ白いほっそりとした項が覗いている。雨上がりの涼やかな風に淡い色の単衣姿も絵になった。
 だが何よりも彼女の笑みに引き込まれる。
 都の優しい、心の奥から温かくなるような笑みが馨は好きだ。何度その笑みに救われてきたことだろう。
 森で出会った迷子の少女。幼くして両親を亡くした彼女を不憫に思い共に過ごすようになった。すぐに本当の兄妹のように仲良くなり、気付けば彼女は掛け替えのない存在に。
 思えば初めて会った日から、その笑顔に惹かれていたのかもしれない。
「とても……綺麗だな。ありがとう」
 彼女を支える手に力を込め、もう一方で子供達を抱き寄せた。

 笊に茹でた蕗をあげると、もうもうと湯気が立つ。
「火傷に気をつけるんだぞ」
 襷がけをし小鯵の下拵えをしている馨の注意に「はーい」と良い返事をして双子は蕗の筋取りを始める。
 夢が引っ張った筋が跳ねて結羅の目に水飛沫が飛んだ。
「……っ」
「ごめっ……きゃっ?!」
 同じことをやり返した結羅は「へへ」っと悪戯っ子の表情。
「結羅ってば!」
 負けじと夢も勢い良く筋を取る。結羅が身を屈め避けた水滴が馨の頬に掛かった。
「夢、結羅……」
 飛沫を拭い馨がゆっくりと二人に向く。
 「夢が!」「結羅が」互いに指差す双子に馨はしゃがんで目線を合わせた。
「父さんが最初に言ったことを覚えているかな?」
 順繰りに瞳を覗きこむと、居心地悪そうに体を揺らす。
「厨房で遊んじゃいけません」
「どうしてか、わかるかい?」
「危ないから……」
「そう、刃物とかあるからね。夢と結羅が怪我したら父さんも母さんも悲しいよ」
 ぽんと頭に手を乗せられた双子は「あ……」と顔を上げる。どうして父が自分達を注意したか分かったらしい。
 しゅん、と項垂れた二人は「ごめんなさい」と頭を下げた。
「次は拳骨だからな」
 冗談めかして拳を握ると、「さあ、蕗を切ろうか」と馨は二人を促す。
 包丁を使うのは夢、結羅交代。
「人差し指と親指で刃の根元をしっかり持って、左手の指は伸ばさない」
 子供達の背後から馨がもう何度も教えた包丁の使い方を繰り返す。
 トン……ト、ン……。おぼつかない包丁の音。でも見当違いの場所に下ろしていた頃に比べたら二人ともかなり上達している。
「ゆっくり、ゆっくり……」
 とはいえ子供が包丁を握っているとき、馨は片時も目を離さない。
「できた!!」
 切った蕗を誇らしげに差し出す双子。ところどころ長さがそろってないが二人とも指を切らずに全部切り終えることができた。
「綺麗に切れているな。母さんも驚くぞ」
 はにかんだ笑みを浮かべ互いに肘で突きあう夢と結羅。
 その姿に幼い頃の自分が重なった。もっとも自分はこんなにも無邪気ではなかったが。それでも作った料理を師匠に褒められると嬉しかったのだ。
 師匠に喜んでもらいたい、そう思ったのが馨が料理に向き合うようになったきっかけだ。その後、長い一人暮らしで驚くほどに料理の腕が上達した結果、今の馨がある。
 ともかく子供にとって褒められるのは嬉しいことだ。馨は双子の頭をわしゃわしゃと撫でた。

 父に褒められ双子はきらきらと頬を紅潮させる。赤子を抱きながら見守る都に向けた顔は「やった」と言わんばかりだ。
「どんな料理を作ってくれるの、夢、結羅」
「ひ み つ」
「できるまで見ちゃだめだからね」
 双子は馨と一緒に竈へと向かう。真剣な表情で聞くのは火を扱う時の心構え。
「あぅー」
 背を向けた姉と兄に手を伸ばす赤子をゆらゆら揺らしてあやす。
「もう少し大きくなったらパパに教えてもらおうね」
「ぁい」
 小さな手が都の頬をむにっと押した。

「蕗と厚揚げは夢が煮たの」
「炒め物は僕だよ」
 都の皿に我先にと料理を乗せる双子に馨が苦笑を漏らしてから、都に顔を向けた。
「夢も結羅も頑張ってくれたからな。今日の夕飯は期待してくれ」
「うん、とても美味しそう。まずは夢と結羅の料理から……」
 「夢のが先」「僕の」双子が同時に手を上げる。そして始まるじゃんけん。
「結羅の炒め物はしっかりした味でご飯にとてもよく合うね」
 勝者は結羅。代わりに夢の煮物は馨が先に箸をつけた。
「優しい味だな。夢の性格が出ててとても美味しい」
「本当、夢にしか出せない味だよ」
「炒め物は……うん、味噌がしっかり絡んでこれまた美味いな」
 かわるがわる両親に褒められて双子は嬉しそうだ。
「結羅、今度炒め物教えて?」
「じゃあ、次は二人で教えあいっこしよう」
 馨は家族の会話に耳を傾ける。二人で行った市場の話、料理の話、赤子の話……とりとめもない日常のことばかり。だが耳に届く音はどれも愛しく感じられる。
 故郷を捨てた日、自分がこうして家族を得るとは微塵も思ってもいなかった。自分はずっと一人だろうと思っていたし、自分のためだけに生きてきた。
 だというのに今自分の隣には妻に子供達がいる。彼らとこうして食卓を囲むのはどれほど幸せなことだろうか。
 自分は今彼らのために生きている。
 箸を止めた馨に都が「どうしたの?」と問う。
「夢も結羅もすぐに俺より料理が上手になりそうだな、と思ってね」
 冗談っぽく肩を竦めると、双子が「沢山練習するから、あっという間だよ」と互いに手を合わせる。
「お父さんも沢山食べてね」
 結羅が料理を皿にどんっと盛る。
「残したらダメだよ」
 母の真似をする夢に「夢もだよ」と都が釘を刺した。
 ああ、本当に幸せだと食卓に溢れる家族の笑顔に馨は僅かに口元を綻ばせた。
 馨の仕事は常に危険と隣りあわせだ。だが簡単に死ぬわけにはいかない。プロとしての矜持、そして何より家族のために。
 馨は心の中で繰り返した誓いをまた新たに誓う。
 食卓の上、沢山並んだ料理もいつの間にか皆の腹の中。ごちそうさまでした、と家族の声が重なった。

 部屋の片隅で揺れる灯。ほのかな明かりに三人の子供達の寝顔が照らされている。
 今日は買い物やら調理やらで疲れたのだろう、双子は寝る前のお話をせがむ間もなくぐっすりだ。
「夢と結羅はもうすぐ六歳か……早いね」
 子供達の布団をそっと直す都。双子が六歳になるということは来月一日に自分達は結婚七年目を迎えるということだ。
「本当に……早いね」
 そっと都は目を伏せた。
 早送りのようにこれまでの事が脳裏に浮かぶ。
 ある日突然街から姿を消した馨。花の名前、鳥の名前、色々教えてくれたお兄さんが恋しく泣いた日々。彼の力になれなったことを悔やみ、せめてもと医師を志したのが9歳。師の下で一心不乱に勉学に勤しんだ。
 そして医師となり、開拓者となって彼と再会し……。
「夢は都の幼い頃にそっくりだな」
 優しく目を細め馨が夢の前髪を指ですくう。
「結羅は時々恭にそっくりな難しい顔で絵本を読んでいるよ」
 起こさないように優しく髪を梳く。触れる髪は夫と良く似ていた。
「この子ももう少ししたら夢と結羅の後をついて回るようになるのかな……」
 赤子、双子と、子供達の頭を起こさぬようにそっと撫でる。大人よりも高い、子供の熱量をそのままあらわしたかのような体温が愛しい。
「この子も……」
 都は自分の腹に手を置く。様々な奇跡の結果、今こうして自分と夫と子供達がいる。
 そしてまた新しい奇跡が重なり、都の胎内に息づいた新しい命。四人目の子。まだ見ぬ我が子を腹の上から撫でた。
 とくり、と掌に感じる命の脈動。
「……恭」
 唇に彼の名前を乗せる。返事の代わりに向けられた視線。
 伸ばした手に馨の手が重なる。
「家族になってくれて……ありがとう……」
 言葉だけでは伝えきれない想いを視線に込めて微笑めば、彼も微笑を返してくれた。
 自分の手を包む大きな手のぬくもり、それは森で出会った日と何一つ変わっていない。
「夢、結羅……」
 二人は一人ずつ子供の名を呼んで
「おやすみなさい。いい夢を……」
 灯りを消した。


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
志鷹 都(ib6971) / 母
馨(ib8931)    / 父
夢         / 娘
結羅        / 息子

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
ご依頼ありがとうございました、桐崎です。

ここぞとばかりにお二人にはお子様の名前を呼んでもらいました。
また出会いのエピソードを少し広げさせていただきましたが大丈夫でしょうか?

イメージ、話し方、内容等気になる点がございましたらお気軽にリテイクを申し付け下さい。
それでは失礼させて頂きます(礼)。
水の月ノベル -
桐崎ふみお クリエイターズルームへ
舵天照 -DTS-
2015年07月23日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.