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『蒼い瞳の来訪者 』
青霧 ノゾミka4377)&アスワド・ララka4239


 目が覚めると、そこにキノコがいた。
 生えている、のではなく立っている。短い二本足で、ちょこんと大地を踏み締めているのだ。
 そしてノゾミを、興味深げに見つめている。くりくりと輝く両の瞳に、好奇心が漲っている。
「う……っ……」
 ノゾミは、周囲を見回した。
 木陰だった。
 巨大な木の根に、自分は今、もたれかかっている。
 身にまとっているのは、いくらか土汚れを帯びた黒いスーツである。
 夕刻、であろうか。日は傾きかけ、赤みがかった陽光が、森に差し込んで来る。
 いや、森というほどのものではない。木立の中、であろうか。
 近くでは、舗装された道路が、木立を貫いて通っている。
 アスファルトでも、コンクリートでもない。石畳である。
 ぼんやりと、ノゾミは思考を働かせた。
 ここはどこか。自分は何故、こんな所で寝ていたのか。と言うより、倒れていたのか。
 何も、思い出せなかった。
 青霧ノゾミ、26歳。
 思い出せるのは、名前と年齢だけだ。
「道の真ん中に、倒れていたのでね。失礼ながら、ここまでちょっと引きずらせてもらいましたよ」
 声がした。
 細身の人影が1つ、傍で木の根に腰を下ろしている。
 ノゾミよりも若干、年下と思われる青年。小麦色の肌は、日に焼けたものか、生来の色か。
 黒を基調とした衣装に身を包み、頭にはターバンのようなものを巻いている。そこから溢れ出した髪も、黒い。
「倒れていた……俺が……?」
 上体を起こしながら、ノゾミは軽く、頭を押さえた。
「よく思い出せないけど……状況を見るに、倒れていた俺を……あんたが、介抱してくれたと」
「一休みのついでにね。もうしばらく目を覚まさないようであれば、人手を集めてリゼリオまで運ぼうかと思っていたところです」
 小麦色の青年が、整った容貌をにこりと歪めた。
 紫色の瞳が、じっとノゾミを観察している。
「倒れていて、よく思い出せない……なるほど、典型的な例ですね」
「…………何の?」
「行き倒れを見たら来訪者と思え、ってね」
 来訪者、というのはノゾミの事であろうか。
「リアルブルーから転移させられて来た人が、記憶を無くしたまま道端とかに倒れている……最近、特に多いんですよ。貴方もそうでしょう? 見たところ、サルヴァトーレ・ロッソの人でもなさそうだ」
 リゼリオ。リアルブルー。サルヴァトーレ・ロッソ。全て、地名であろうか。
「失礼、僕はアスワド・ララ。海運商会の、しがない従業員です。あなたは……御自分の、お名前くらいは覚えていますか? それ以外はあらかた忘れちゃった、まさに典型的な例?」
「俺は、青霧ノゾミ……よくわかんないけど、その通りだよ。他は、何にも思い出せない」
 頭を押さえながら、ノゾミは身を起こし、木の根に腰を下ろした。
 キノコが相変わらず、じっとノゾミを見上げている。
「これは……アスワドさん、だったよね。あんたのペットか何か?」
「クリムゾンウェストのどこにでもいる、ただのキノコですよ」
 言いつつアスワドが、子供の帽子のようでもあるキノコの笠を、ぽむぽむと撫で叩いた。
「真新しい情報が大好物でね。リアルブルーからの来訪者であるノゾミさんは、だからまあ……ご馳走、のようなものです。このキノコたちにとってはね」
「情報、か……」
 興味津々なキノコの視線を、ノゾミは正面から受け止めた。
「……ご馳走してあげられるような情報なんて、何にもないよ。俺は、何もかも忘れちゃったんだ」
「僕は記憶喪失というものに罹った事がありませんから専門的な事は言えませんが、焦って思い出せるものでもないでしょう。少し、ゆっくりしてみてはどうです」
 アスワドが言った。
「とりあえず……うちの海運商会で、働いてみませんか? 技術は要りません。やる気さえあれば誰でも出来るようなお仕事が、山積みなんですよ」
「ええと……俺、今もしかして面接を受けてるって事?」
「当商会では、面接をあまり重要視しません。人間なんて、実際に働いてもらわなければ何もわかりませんからね」
「だけど、何で俺なんかを……拾って、助けてくれるのかな」
「立場を逆にしてみましょう。僕が行き倒れていたとしたら、ノゾミさんはどうします。見て見ぬ振りですか? 助けようとも、してくれませんか?」
「それは……まあ、助けられるなら助けたいと思う。助けられなくて、結果的には見て見ぬ振りになっちゃうかも知れないけど」
「僕もノゾミさんを、助けてあげるわけではありませんよ。むしろ助けて下さい、という状況でして……行き倒れている人を片っ端から拾ってこき使いたいくらい、当商会は深刻な人手不足に陥っておりまして」
「……わかりました。じゃあ、よろしくお願いします。アスワドさん」
 ノゾミは頭を下げた。
 失われた記憶を取り戻すために、何をするにせよ、まず生活をしなければならないのは確かである。
 このアスワドという青年、どうやらノゾミよりいくらか年下のようである。が、仕事をするとなれば先輩であり、上司だ。
「ああ、やめましょう。そういうのは」
 アスワドは、軽く手を振った。
「僕は平の船員です。先輩風なんか吹かしたって、逆にかっこ悪いだけですから……呼び捨てでいいですよ。僕も貴方を、ノゾミと呼ぶ事にします」
 アスワドも、じゃあ敬語なんてやめなよ。
 ノゾミがそう言おうとした、その時。
 びちゃっ、と水っぽい足音が聞こえた。
 水掻きを広げた足が多数、周囲で地面を踏んでいる。
 アスワドが立ち上がりながら、ギラリと光を引き抜いた。
 短めの刀剣である。ナイフや短剣と呼べるほどには短くない。
 それを構えながらアスワドは、にこやかな表情を鋭く引き締め、紫色の瞳で周囲を睨んだ。
 人間サイズの、人間の体型をした、だが人間ではあり得ない生き物の群れが、そこにいた。
 鱗に覆われた全身のあちこちで、ノコギリのような鰭を生やしている。いわゆる半魚人だが、その両手は五指ではなく甲殻類のハサミで、人間の首くらいなら切断してしまえそうな大きさだ。
 そんな生き物が群れをなし、ノゾミとアスワドを取り囲み、牙を剥いている。
「ギルマン……? いや。これは、まさかヴォイド……」
 アスワドが、おぞましい単語を口にした。
 ヴォイド。その名を自分は確かに知っている、とノゾミは思った。
 宇宙で最も、おぞましい生き物たちの名称。
「それも、めったに見ないワァーシン属……どうして、こんな大量に」
「俺だ……」
 頭を押さえながら、ノゾミは呻いた。
「はっきり思い出した、わけじゃあない……だけど間違いない、こいつらは……俺を、追って来たんだ」
 その呻きに同意するかの如く、ヴォイド・ワァーシン属の群れは一斉に襲いかかって来た。
 鋭利なハサミで、ノゾミを、アスワド及びキノコもろとも切り刻もうとしている。
 何かを考える前にノゾミは、傍らのキノコに覆い被さり、ヴォイドの群れに己の背中を晒した。
 そこに無数のハサミが突き刺さる……寸前。
 黒い疾風が、吹いた。
 ワァーシン属が数匹、首の辺りから暗緑色の体液を噴出させ、倒れてゆく。
 倒れた数匹が、他のヴォイドの動きを阻害する。
 そこへ黒い疾風が、容赦なく吹き付けてゆく。短めの剣を閃かせながらだ。
「ここが海の上でなくて良かった……こんなに臭くて汚らしい血を、船の中にぶちまけたら、お掃除が大変ですからね」
 そんな事を言いながらアスワドが、ワァーシンたちのハサミをかわして踏み込み、あまり長くない剣を小刻みに閃かせる。
 ヴォイドがまた2体、毒々しい体液をしぶかせて倒れた。
 ワァーシンの群れは、しかしあまり減ったように見えない。
「駄目だ……逃げろ、アスワド」
 ノゾミは言った。
「こいつらは、俺を追って来たんだ……俺が、災いを引っ張って来ちゃったんだよ!」
「……知らねえよ、おめえの事情なんざぁ」
 ノゾミは耳を疑った。今のは、アスワドの声なのか。
「いいかノゾミ。おめえはな、もうララ海運商会所属の船員なんだ。同じ死ぬなら海の上、こんなとこで格好つけて命捨てるなんざぁ俺が許さねえ」
 アスワドの言葉に合わせ、ワァーシンの首が2つ3つと宙を舞う。
 何かが、アスワドの中で覚醒している。ノゾミはそう感じた。
「そーゆうワケで、だ……おう! おうおうおう、うちの従業員に手ぇ出してんじゃねえぜ! 煮ても焼いても干物にしても食えそうにねえ、釣りの餌にもならねえ腐れ雑魚どもがよおおおおおおおッ!」
 黒い疾風が、黒い暴風に変わった。
 もはやノゾミの動体視力で、捕捉できる動きではない。
 黒衣の青年のしなやかな細身が、怒り狂った黒豹の如く暴れ狂っている。わかるのは、それだけだ。
 短めの白刃が、まさに黒豹の牙となって、ヴォイドの群れを切り刻んでゆく。
 黒い暴風に吹かれたワァーシンたちが、片っ端から細切れの肉片と化し、飛び散った。
「てめーらみてえなのはよォ、切り刻んで撒き餌にしたって海が汚れるだけだぁなあ! だからって陸を汚しちまうのも気が引けるけどよ、まっここで雑草の肥やしにでもなっとけや!」
 吼えながら、殺戮の暴風と化すアスワド。
 その背後に、1匹のヴォイドが忍び寄る。
 ノゾミの動体視力で、それは辛うじて捉える事が出来た。
 大型のハサミが、アスワドの背中に突き込まれようとしている。
 次の瞬間には、アスワドはそれをかわしながら鮮やかな反撃を繰り出しているかも知れない。助けなど、必要ないのかも知れない。
 だがノゾミは、自分の中でも何かが覚醒するのを止められなかった。
「アスワド……!」
 キノコをしっかりと抱いたまま、ヴォイドの群れを睨み据えるノゾミ。
 その瞳が、青く激しく輝いた。赤い炎よりも高温の、青い炎の色。
 光が、迸った。
 光の雨、あるいは無数の光の矢。
 それがヴォイドの群れに、超高速で降り注ぐ。ワァーシンの頭を、胴体を、穿ち砕いてゆく。
 少しの間、ノゾミは意識を失った。ほんの一瞬か、あるいは1、2分か。
 戦闘の最中であれば、命取りである。
 だが戦闘は終わっていた。
「とてつもないマテリアルだ……ノゾミ、貴方は精霊と契約を交わすべきです」
 アスワドが、謎めいた事を言いながら、ノゾミを抱き起こそうとしている。
「正式なハンターになりましょう。そうすれば今の力を、倒れたりせず使いこなせるようになりますよ」
「何を言われてるのか……よくわかんないけど」
 ノゾミは苦笑した。
「アスワド……あんたが絶対に怒らせちゃいけない奴だってのは、よくわかったよ」
「……別に、怒ったわけでもキレたわけでもありませんよ。いささか自制が効かなくなっただけです」
 アスワドは、咳払いをした。
 倒れたままのノゾミの胸に、キノコがぴょこんと飛び乗った。
「気に入られてしまいましたね、ノゾミ」
 アスワドが、キノコを頭をぽむと撫でる。
「興味深い情報の塊、と思われているみたいですよ?」
「情報が欲しいのは、俺の方なんだけどな……」
 胸の上に乗られているので、ノゾミは起き上がる事が出来なかった。


 登場人物一覧
 ka4377 青霧ノゾミ(26歳、男性、魔術師)
 ka4239 アスワド・ララ(20歳、男性、疾影士) 
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2015年07月15日

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