▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『時には雨空の下を 』
喬栄ka4565)&白藤ka3768

●いつもの光景

 形の良い唇から白い煙が長く長く吐き出された。
 それは言葉よりも雄弁に、白藤の心中を物語っている。
 煙は暫く彼女の視線に添うように斜め下方に伸びると、薄いベールのように広がって消えていく。ベールの向こうには袈裟姿の五十がらみの男の頭があった。
「すみません白藤ちゃん、お金貸してください」
 白藤が仲間内の集会所のように使わせて『九十華』と呼んでいる家の玄関手前の軒先で、喬栄が顔を伏せて土下座していた。
 玄関の三和土(たたき)と額との距離はおよそ3センチ。擦り付けんばかりに懇願する男の姿は哀れを誘うが、白藤は一言言い放つ。
「あかん」
 即座に却下。
「いやあの、ちょっと理由をだねぇ……」
「あかんもんはあかん。どうせなんや知らん、妖しい博打にでも負けたんやろ」
 今度はふうっと、中空に向けて煙を吐く白藤。
 昼下がりにもかかわらず、今にも雨が降り出しそうな曇天の空は暗い。
「負けた? ……いや、負けてはいないよ。少ぉ〜しばかし場の流れが悪くなっただけで」
 喬栄が僅かに目を上げた。その目が嫌に真剣だ。
「あと何回かで流れが変わって、勝てば十分取り返せる分だからね、いわば暫く貸し付けてるだけだからね、貸し付けを取り戻すにも元手が必要ってことなんで、だから白藤ちゃん、お金かし」
「あかん」
 白藤はじろりと喬栄を見る。
 いつものことなのだ。
 飲む・打つ・買うの日々を送るこの生臭坊主は、そのことを全く悪びれもしない。
 プライドなんぞはとっくに質入れしたとでもいうように、こうして年若い女の足元に土下座してみたりもする。
 だが、不思議と憎めない。それがまた厄介なのだが。
 白藤は軽く眉を寄せて空を見上げた。そこでふと思いつく。
「まあそない言うんなら、ちょっとつきおうてもらおかな」
「えっ!?」
 喬栄が言葉に詰まる。何か売るのか。売れるモノなんかもう何もないぞ。
「買い物や。嫌やったら無理についてこんでもえぇんよ」
「行きます行きます、喜んでお伴いたします!!」
 喬栄はがばと顔を上げて立ちあがる。


●まさかの椿事

 梅雨の長雨の切れ間とあって、街にはそれなりに人が出ていた。
「白藤ちゃん、わかってるとは思うけど、俺、お金ないよ……?」
 震え声で喬栄が窺うと、白藤が小さく笑う。
「そんなん期待してる訳ないやん。荷物持ちや。あ、こっちこっち」
 早速何かを見つけた白藤が、喬栄の袖を引っ張ってずんずん歩きだす。
「え、ちょっと待って白藤ちゃん、おじさんにはここはちょっとまずいかなって……」
 流石の喬栄もたじろぐ、女性用の衣料品店。それもどちらかというと、挑発的な感じの。
「何を今更。嫌いやないんやろ?」
 白藤はお構いなしに扉を開く。レースにフリルにシルクの透ける素材、赤やピンクや白の色彩があふれている。
「いやあの、俺これで結構シャイだし、ムードとか大事にしたい方だからね? こういうのって暗がりで個人的にこっそり……」
「ほな目ぇつぶっとき。真っ暗やわ」
 白藤は喬栄を中に押しこんだ。
 が、そのまま店の奥まで引っ張っていくと、出迎えた店員に何やら耳打ちする。
 そして喬栄の腕を引っ張って、店の奥の扉を開いた。
「え? 白藤ちゃん、俺、試着手伝うとか緊張しちゃうんだけど」
「何でやねんな。このまま店出るんよ」
「???」
 訳も分からず店を通り抜け、裏通りに出たところで白藤が辺りを見回す。
「撒いたみたいやな。何やらかしたんか知らんけど、ずっと尾けられてたんやで」
「あっれー?」
 喬栄が頬を掻いて目を逸らした。どうやら借金取り辺りから匿ってくれたらしい。
(まあほんまは、返せるような借り方するほうがえぇんやけど)
 白藤としてはそこのところを何とかしろと言いたいところだが、なんだかんだで喬栄のペースに嵌っているところもあるようだ。
 どうやら喬栄にはヒモとしての天賦の才があるらしい。

 だが働かざる者食うべからず。
 現生を渡しても意味がないと知っているので、死なない程度に面倒を見てやる白藤だが、流石にただ黙って食わせてやる程のお人好しでもない。
 そこでせめて、荷物持ちなりとやらせる算段なのである。
「ほんまに、あんたとはちょっと買い物するにも一苦労やわ。ほら、これも持ってや」
「え? ああはいはい」
 あちらこちら引き回され、喬栄の両手には大きな荷物がぶら下がっていた。
 白藤はここぞとばかりに大根だの南瓜だの芋だの調味料だの、やたら重い物を買いこんでいる。
「ねえ白藤ちゃん……そろそろ帰らない?」
「何? なんかいうた?」
「いえなんでもないです」
 だがどう見ても下僕扱いでも。両手はちょっと痛くても。笑顔の白藤と街をそぞろ歩くのは、喬栄にとってもそれなりに楽しいひとときだった。
「ちょっとしたデートってとこだよなあ? ……って、あれ?」
 状況を極限まで好意的に解釈し、喬栄は小さく笑った。その鼻先に、何かたしなめるように冷たい雫が落ちて来る。
「あーあ、降ってきちゃったよ……」
 見上げれば、重く垂れこめた灰色の空から、無数の雨粒が落ちて来るのだった。


●雨音に包まれて

 ぱたぱたと落ちる雫が、乾いた石畳に水玉模様をつけていく。
「白藤ちゃんこっちこっち」
 今度は喬栄が引きずるようにして、大きな街路樹の陰に白藤を避難させる。
「ここじゃあ幾らももたないか……しょうがない、ちょっとここで待ってるんだよ」
 荷物を下ろした喬栄が雨の中を駆け出して行った。
「あ、ちょ……!」
 思わず声を上げ、手を差し伸べた白藤の頬に、冷たい雫が当たった。
 曇り空を映したような灰色の瞳が、見るともなしに辺りを見回す。
 人々は既に何処かへ避難したらしく、そぼ降る雨の中に人影はなかった。
 白藤は僅かに口元を引き締める。
(やっぱり雨は嫌やなぁ……)
 白い頬に当たり涙のように伝い落ちる雨粒を、ぐいと拳で拭う。

 ――いっそこの雨のように、思い切り泣けたら楽になれるのだろうか。
 白藤の心の中の重い記憶。
 かつて居た世界、かつて居た場所で、大切な仲間が雨の中で倒れて行った。
 握った指先から失われて行く熱、命の証の赤い液体すらも奪い、洗い流していく雨。
 雨の帳が景色を覆い隠すと、白藤の心はあの場所へと戻ってしまう。

 灰色の視界が、突然明るい赤に区切られる。
 驚いて顔を上げると、喬栄の得意げな笑みがすぐ傍にあった。
「お待たせ〜! これで帰れるよ」
 白藤の上に大きな赤い傘が広げられている。
「これ……どないしたん?」
 驚きに目を見張る白藤に、喬栄が少し口を尖らせる。
「おじさんだって、流石に傘を買うお金くらいは有りますぅ!」
「驚いたわあ。でもどーせそれで、ほんまにお金ないなったんやろ?」
 くすくす笑う白藤に、喬栄も苦笑いを返した。
 なけなしのお金は傘に変わり、喬栄の懐は酷寒の真冬より冷たい風が吹き抜けていくようだ。
「しゃあないな……うちが美味しいご飯つくったるよって、九十華……帰ろっか」
 おかしくてたまらないというように、白藤は肩を小刻みに震わせて笑い続けている。
 時に、笑いと嗚咽は似ている。暗い所に落ち込んでいた白藤の心は、赤い傘に遮られてまたここに戻ってきた。
「白藤ちゃん?」
「ほらほら荷物持って、ちゃんと傘も持ちや?」
 そして荷物をかけた喬栄の腕に、白藤も掴まる。
「傘一つしかないしな」
 言い訳するように付け加えたのは、指先から伝わる温もりが嬉しかったから。
 雨の中でも失われない温もりが、深い古傷を少しでも癒してくれるようだった。

 一方の喬栄にしてみれば大変な状態だ。
 荷物も女の子も、濡らす訳にはいかない。傘はふらふらだ。
「白藤ちゃん、ちょっと重い……かも」
「ご飯代やと思ってがんばりぃな」
 雨宿りの樹の下で曇っていた白藤の顔に、陽が差すような明るさが戻りつつあった。
 喬栄は軽く溜息をつく。
(それでもまあ、たまにはこんな日も……いや、まあ良いか)
 少なくとも、寄り添う温かさはとても心地よい。
「さー何作ろかな♪」
 白藤はわざと明るい声で言ってみた。
 雨は相変わらず降り続けている。
 白藤の心の中の雨も、きっとやむことはない。
 それでも、自分は生きていて、こうして笑うこともできる。
 誰かと一緒に美味しいものを食べることもできる。
 ちらりと見上げる顔は、どうしようもない生臭坊主で、甲斐性なしで、いい加減で……。
「何? おじさんの顔に何かついてる?」
「なんもついとらんかったら困るんやない?」
 それでもこうして傍にいるのは悪くはない。
「んー、そのうち無くなるかも……」
 借金のカタに。
 喬栄は鼻をむずむずさせる。
「おじさんの美貌が台無しだよね〜」
「そんなもん、お金もろうても要らんわ」
「白藤ちゃんってば、照れなくてもいいんだよ!!」
 他愛ない会話と人の温もり。
 雨は全てを包んで、静かに降り続けていた。


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
【ka4565 / 喬栄 / 男 / 51 / 懐はお寒い傘持ち】
【ka3768 / 白藤 / 女 / 28 / 雫雨に目を伏せて】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
お待たせいたしました、雨の中の素敵なデート(たぶん)のお届けです。
ご依頼文の内容に時間経過でハラハラしたのは初めての経験でした。
お二人共にお楽しみいただけましたら嬉しいです。
この度のご依頼、誠に有難うございました!
水の月ノベル -
樹シロカ クリエイターズルームへ
ファナティックブラッド
2015年07月14日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.