▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『門出を祝う日 』
ウルシュテッド(ib5445)


 水無月の初め、ウルシュテッドの元に故郷の兄から手紙が届いた。
 珍しいことに救援要請だ。なんでも春の終わりに引いた風邪を拗らせ臥せってしまったらしい。
 まだまだだとは思ってはいるのだが、兄も自分も無理が利く年齢ではなくなりつつあるのかもしれない。そんな感慨と共にウルシュテッドは家族を連れ故郷へと戻った。
 絶対安静というわけではないのだが……寝台で兄が少々困ったように笑う。大事はないのだ、と兄は言うが、面窶れた様子は隠しようもなく顔色も良くはない。きっと弟が来るまで無理をしたのだろう。
 兄からは領主の名代として執務のほかに結婚式の準備も任された。結婚式は一族の誰かではなく、領民のものだ。
 領民の結婚式は領をあげて祝うのがシュストの地の伝統である。領主も参列し、祝儀として結婚式の準備から当日のもてなしすべてを担う。
 長い間雪に閉ざされるこの地は決して豊かとは言えぬ土地で、当然娯楽も多くはない。故に結婚式は領民を労い、共に楽しむ祭りのような側面もあるのだ。
 しかも今回は一組ではなく三組。確かに采配を振るう領主の負担は中々であろう。
「たまには休息も必要だ」
 兄の肩を叩き、ウルシュテッドは領主名代を引き受けた。

 天儀では雨ばかりのこの季節、ジルベリアは緑の美しい一年で一番過ごしやすい頃合である。
 結婚式はちょうど花の咲き乱れる屋敷の庭で執り行うこととなった。
 日常の仕事の合間に準備のため領民が入れ替わり立ち替わり、屋敷は大層な賑わいに包まれる。
 新郎新婦の席は楡の木の下はどうだろうか、楽士達は部屋から続くテラスに……。追加料理を並べるのは中庭でいいだろうか……。皆が忙しく立ち回る中、ウルシュテッドは庭の見取り図と睨めっこしつつ色々と書き込んでいく。そんな間にもあちこちから領主代行には声がかかる。
「テッド様、厨房から酒の買い付け一覧をもらってきました」
「当日の道の迂回路ですが……」
 指示を飛ばしても飛ばしても、運び込まれる案件のほうが多い状態だ。
「まだ少しだけ右の柱が高いです」
 息子の声が聞こえる。
 当日新郎新婦が入場するモッコウバラのトンネルに設置するゲート作りには双子の娘と息子が加わっていた。
 下の息子二人は、朝早くから果物を採りに畑にいる。果物はケーキになったり、果実酒になったり結婚式には欠かせない。
 開け放たれた窓、閉められたカーテンの向こうから流れてくる女達の笑い声。館の一室で女達は花嫁衣裳の準備中。殿方は立ち入り禁止じゃ、と神楽の都で買い込んだ大量のレースを抱えた妻に念を押されたのを思い出す。
「花嫁さんが通るのよ、もっと可愛くしないと」
 白く塗るだけじゃ可愛くない、と組みあがったゲートに娘が首を振っている。そしてもっと華やかに飾り付けをしましょう、と造花や綺麗な布が詰まった箱を持ってきた。きっと花嫁衣裳を準備している女達に分けてもらったのだろう。
 妻も四人の子供達もまるで此処で暮らしていたかのように馴染んでいた。シュストの地では男も女も子供も大人もない、生きるために皆がそれぞれできることをするのが習いだ。
 だから積極的に関わっていくウルシュテッドの家族とは相性がいいのかもしれない。
 寧ろ馴染みすぎて、うっかり妻の口から同人絵巻の話などがでないか心配なくらいだ。シュストの地に新たな文化が生まれてしまう。

 結婚式の準備だけが領主の仕事ではない。どちらかというとそれは副次的なもので、主な仕事は日々の執務だ。
 一日の終わり、書類をいくつか携えウルシュテッドは見舞いがてら兄の私室を訪れるのが常となっていた。
 兄ではないと判断ができない仕事を確認してもらい、ついでに一日の報告もする。時には昔話で盛り上がった。
「良い家族だな……」
 日が落ちてなお準備が進められている庭を眺めていた兄が柔らかく目を細める。その視線の先には手伝いに来た人々に握り飯や茶を振舞っているウルシュテッドの妻や子等の姿。
「謀ったろ?」
 ウルシュテッドの問い掛けに「何をかな?」と兄は笑顔。
 領主名代が回ってきたのは、準備を通して領民と自分の新しい家族とが馴染めるようにと兄が気を利かせてくれたのだろうとウルシュテッドはみている。
 それと……。皆に囲まれているニノンに確信するもう一つの理由。話題の少ないこの土地で自分達夫婦が今一番の話題なのだろう、と。
 領民にちょっとした娯楽を提供するのも領主の役目だ。
 まぁ……と溜息混じりにウルシュテッドは髪をかき上げた。
「兄上に休息が必要なのは事実だからな……。乗っておくさ」
「そういうことにしといてくれ」
 しれっと言ってからわざとらしく兄が咳き込む。そんな冗談が言えるほどには兄の調子も上向いてきていた。兄の負担を少しでも軽くすることができたのならば、企みに乗せられた甲斐もあるというものだ。

 澄んだ青空が広がる結婚式当日。
 楽士達が奏でる音楽に合わせモッコウバラのトンネルを潜りゲートから新郎新婦が姿を現す。
「おめでとう」
「お幸せにね!」
 祝いの言葉と共に空に舞う花びら。
「テッド様、今日はありがとうございます」
 祝いの杯を交わしに来たテッドに新郎新婦たちが頭を下げる。
「今日は君達が主役だ。 畏まらないで欲しい」
「そうじゃ、こんなにも美しい花嫁達が主役にならずにどうする」
 テッドの隣で妻も「見立ては間違っておらぬな」と満足そうだ。ヴェールとブーケを花嫁と一緒に考えたらしい。
(場が華やいでいるな……)
 雰囲気にあてられたのかトットットと少し足早に胸が鼓動を刻む。自分でも少し興奮していることがわかる。
 以前はそんなことはなかったというのに。結婚する二人のことは心から祝福していたが、結婚式は形式だけの通過儀礼だと思っていた。
 だが、どうだ……。ウルシュテッドは庭園を見渡す。
 瑞々しい緑に映える白いドレス。花嫁は皆に祝われ頬を真珠のように輝かせ、花婿は得意そうに胸を張り、親達は立派になって、と涙を浮かべる。
 祝うほうも祝われるほうも皆が幸せそうだ。
(ああ、これは……)
 形ではなく本当に新しく一歩踏み出すための日なのだな、と思う。不安もあるだろう、行く先に辛い事や悲しいこともあるだろう、それでも新しい道を歩む二人へ幸あれ、と皆が祝福し、その祝福を糧に一歩を踏み出す二人の門出となる日だ。
 そう思えるのは自身が結婚したせいだろうか。
 ウルシュテッドは庭に溢れる音に耳を傾ける。

 結婚式が終わった後も、ウルシュテッドは領主名代として仕事をこなしていた。
「素晴らしい式だったと皆が喜んでいた」
 弟の手腕を喜ぶ兄は誇らしげだ。
「姉上の結婚式を思い出したよ」
 当時に思いを馳せ遠くを見つめるウルシュテッドの視線。
「あれは良い式だった」
 兄も頷く。
 盛大な式だった。収穫祭のように領民は夜通し食べて飲んで、歌い、踊り、姉とその夫の門出を祝ったのだ。
「二人とも本当に……幸せそうだった……」
 溢れかえる拍手と歓声に応える零れんばかりの笑顔の姉と義兄。
「……」
 不意に訪れる沈黙。それは過去を懐かしんでいるばかりのものではない。
 ウルシュテッドの手に力が篭り杯がキュっと鳴いた。
 姉の面影を残す姪は……。
 自分の選択に悔いはない。姪も自分の幸せを願ってくれた。
 それでも何か自分にできることはあったのではないか、と未だに思う。彼女の透明な笑みを思い出すたびに、心の奥が軋む。
 きっと兄も気付いているだろう。姪の選択を。
 だが互いに敢えてそれに触れようとはしなかった。
 彼女が自身で選んだ道だ。それについて軽々しく論じるものではないだろう。
 兄の吐息が沈黙を破る。
「お前はどうだ?」
 ウルシュテッドは視線を兄から庭へと移した。数日前の結婚式の様子がありありと浮かぶ。
「俺は……」
 式で感じた気持ちの高揚……。
 だが結婚するつもりはないなどと言っていた自分としては兄に心のうちを悟られるのは気恥ずかしいし、何よりばつが悪い。
 絶対にこれをネタにからかわれる事だろう。親族とはそういうものなのだ。いつまでも小さい頃や若い頃のことを話の種にする。
 だが否定する気もない。なにせ今の自分の幸せは……。
 再び浮かぶ姪の笑顔。
 痛みの上にあるのだ。否定などできようか。
 少し考えてから口を開く。
「上手くいえないけど、楽しみにしている」
 兄が中心となり皆が自分の結婚式の準備を進めているということを聞いた。その日が待ち遠しい、と心の底から思っている。
「皆もその言葉を聞いたらはりきるぞ」
 一日二日で終わると思うな、とさらりと恐ろしい予言めいたことを兄が言う。
「俺はとことん付き合うが、嫁さんと子供達には無理をさせないでくれよ」
「言ったな。その言葉忘れないぞ」
「もちろん、忘れないさ。だから兄上は、しっかり風邪を治して復帰してくれ」
 そして「領主代理は俺じゃ務まらない」とおどけた表情で肩を竦めてみせた。

 兄の部屋から戻る途中、ウルシュテッドは遠回りをし庭を歩く。
 月明かりに照らされた庭はひっそりと静まり返っている。
 自分もいつの日か此処で皆に祝われるのだろう。
 妻と子等と共に……。
 足を止め、ひそやかな空気に耳を澄ます。
「ああ、俺は幸せだよ」
 今もそしてこれからも……。きっと、ずっと。
 そっと告げるウルシュテッドの口元には笑みが浮かんでいた。


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
【ib5445  / ウルシュテッド / 男  / 領主名代】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
ご依頼いただきありがとうございました。桐崎です。

結婚式に触れて思うこと、いかがだったでしょうか。
少しお兄様との会話を多めにとらせていただきました。

イメージ、話し方、内容等気になる点がございましたらお気軽にリテイクを申し付け下さい。

それでは失礼させて頂きます(礼)。
水の月ノベル -
桐崎ふみお クリエイターズルームへ
舵天照 -DTS-
2015年07月16日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.