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『ゆるゆると佳き日々を、命の未来を求む 』
衛 杏琳(ic1174)&隻(ib9266)&嘉瑞(ic1167)&五黄(ic1183)&虎星(ic1227)&斯波・火懿李(ic1228)

●弐

『‥‥今日は、どうやら賑やかになるようだね』
 風に乗るように浮かぶのは嘉瑞(ic1167)。肉体を失った今もなお現世に残っているのは、幼馴染との約束が理由になっている。
 病に伏せっていた時には叶わなくなっていた事柄を少しずつ試し、叶えながら時を過ごし‥‥今は、こうして時折同胞達の様子を見に出歩くのが楽しみの一つになっていた。
『意外と不自由な身の上だけど』
 病に縛られ、生に縛られていた身の上に比べれば段違いではあるのだが。今の嘉瑞は己の人生に縁があった土地にしか存在することができなかった。暮らした土地ならば制限は無く。関わった相手なら見知った場所も。どうやら知らぬ土地に向かおうとすれば、存在が強張るような‥‥魂、霊体と呼べる存在になった今はそれこそ己の全てが強張るような状態に繋がる。
(そこまでして冒険に出たいとは思わないけれどね)
 そもそも知らない土地に未練があるわけでもないし。
『……』
 例外として、本気を出せば‥‥今は幼馴染が持っている、かつて自分が愛用していた‥‥揃いの数珠、それを依代にできるらしいことはひょんなことから確かめてしまったのだが。
(それでは卑怯だろうしね)
 幼馴染は嘉瑞の存在を少しも感じ取る事が出来ない。嘉瑞自身も、自分がまだこの世に在ることは教えるつもりがないので都合はいいのだが。
 約束を果たすその日に、果たしたその後に積もる話をすればいい。だから、感じ取れないことは知りつつ、彼の様子は時々見守るだけにしていた。
(楽しみは後にとっておくものだ)
 その時に、全て知っているよと明かすのも面白くはあるだろう。けれど本人の口から語られる方がより嬉しいに決まっている。

●肆

 手慣れた宴の手配の中で、斯波・火懿李(ic1228)は今日この日だからこその準備について思考を巡らせていた。
 基本は参加者全員の嗜好にそった飲み物、主に酒の手配だ。年月を重ねるにつれ酒をたしなむ量、好みが変わった者だっている。そして新たに加わった者、ここから去った者だっている。
(あとは気候との兼ね合いもありますか‥‥)
 旬の食材、そこから予想される料理。それらと共に今正に美味しく味わえる酒も勿論欠かしてはならない。
 そして。
「彼らの分も‥‥忘れてはいけませんね」
 誰が集うか、その人数は勿論把握している。けれど用意する杯はそれよりも随分と多い。これは杏琳に直接指示されたことではない。けれど火懿李なりに杏琳の意図を読み、そうすべきと、そうなすべきと。火懿李自身もそうしたいと思ったからこその結論だ。
 多い分の杯は、今日、この日の宴に集まることができない者達の為の物。
 距離であったり、心であったり、魂であったり‥‥理由は様々だけれど、そんな彼らもまた、自分達の同胞であることに変わりはない。
 だから火懿李は、そんな彼らが好んだ飲み物も同じように手配する。
(料理についても、同じようにすべきかもしれませんね‥‥)
 それとなく、といった程度だけれど。料理の支度で手を貸してくれるだろう同胞ならば、自分の意図にも頷いてくれるだろう。
 さりげなく、今は居ない彼らの好きな物も‥‥ほんの少しでもいいのだ、この宴の間だけでも、同胞達全員の証を。

(‥‥操様が結婚してから、もう二年がたつのか)
 火懿李の手配した品々が届く中、それを必要な場所へと運ぶ手伝いをしている。慣れていることでもあるから、身体を動かしつつも別の事を考えること位隻(ib9266)にとってわけもない。
 今日という宴には久しぶりに顔を出す同胞も多いと聞いているせいか、隻はいつも以上に結婚という人と人との結びつきについて考えを巡らせることになっていた。
 別に今回に限った話ではなく、衛 杏琳(ic1174)の結婚が決まってから、そしてハレの儀式も終えてから。隻は自らの将来について考えない日は無かった。
(操様より先に、というつもりは元からなかったし、考えたこともなかった)
 杏琳がいつか夫君を迎え衛家を盛りたてていく柱になる将来は勿論理解していたが、自分の未来はずっと、どこか漠然としていたように思う。
 弓術を、腕を更に向上させて、こうして操の元に戻って。夫君と共に歩む操の従者として‥‥従者という立ち位置だけでは何か足りないのではないか。その想いがずっと隻の中にあった。
 急いで考える事でもないと、それからも杏琳に仕えながら必要な物を見極め、そして見つけたのは結婚という形だった。
 先に伴侶を見つけた同胞達の様子も、無粋にならない程度に気にかけ、彼らがそれに合わせて変化していくことを理解して。勿論杏琳自身の変化、成長も見つめ。時間をかけて、結婚という縁の意味を、それが自分の求めていたものなのだと見出した。
(決まった誰かと共に歩みたい、というわけではないから)
 だから、それこそが答えだという事に気付くのが遅れた。
 杏琳に対する愛情も、五黄に対する敬愛の情も、同胞達に対する信頼も勿論あるけれど、自らが誰かと共に同じ道を歩む事、それに合わせて自分が変化していくこと、居場所をその誰かに定める事。自分は一人で問題ないと思っていたからこそ、それこそが自分を定めるきっかけなのだと気づくのが遅れた。
(正解とは限らないのかもしれないが)
 少なくとも、今の自分で見つけた答えはこれなのだ。
「‥‥兄様」
 丁度庭園に出ようとしたところで見つけた影に、意識が現実へと戻ってくる。

 まだ料理の仕込みも途中の時間に現れた五黄(ic1183)は、それこそ一番に呑み始めるつもりでやってきていたのだが。
「丁度いいところに」
 酒瓶を四阿に運ぶ隻に捕まり、是非力仕事をと手伝わされていた。
「そうか、今日は天気がいいもんなあ」
 池に映りこむ庭園を肴にってのもいいよなと巡らせる。灯りも吊るすだろうから、幻想的な雰囲気もあるだろうなと思う。
(‥‥ってこれ、それを設置するのも手伝う流れか)
 まあいいけどな。普段とそう変わらないし。
 今は衛家の食客というよりも、近所の都合のいい便利屋のような生活をしている五黄である。力仕事くらいわけもない。

(そうだ、言っておかなくては)
 そう思って話しかけようと口を開くのだが、何故か次の言葉が出てこない。その感覚に対する答えがまた見つからなくなった隻はまた口を閉じる。
「ん? 気にせず使ってくれていいんだぜ?」
 まだ何か言いたそうな妹分の様子に五黄が水を向けてみるが、隻の反応は芳しくない。
(なーんか怒ってんのかねえ?)
 杏琳が結婚した後は保護者なんて不要だろうと屋敷を出た。長い付き合いの自分は杏琳からすれば叔父にあたる。夫君にとってみれば小姑に当たる存在が多いほど面倒だろうと気を利かせたつもりでもある。
 杏琳が血族のトップで主である事に不満があるわけではない。彼女の主君としての器に問題があるわけでもない。ただ、血縁者が近くに居る事で面倒な問題を避ける意味もあった。
(久しぶりに好きに過ごしたいってのもあったけどな)
 世話をしたり気を配ったりは性分だ。衛家の屋敷を離れてからも、近所の手助けをしてみたり、飲み歩くのも近場にしてそれとなく面倒が起きていないか探ったり、暇そうな時を見計らって杏琳を訪ね、茶飲み相手をしてみたり。
 自分の思うままに過ごしているつもりだったのだが、長年培った保護者気質は抜けなかった。
(ま、そうだよな、簡単に変われるもんでもない)
 勿論当の杏琳に乞われればいつだって、全力で助ける心づもりだってある。
 杏琳が結婚するときだってそうだ。縁談の話があってから、すぐ本人にその意思も確認した。意に添わない話なのであれば、その縁談を壊す助力だって惜しまないつもりだったのだ。それがどれだけ良い話なのだとしても。
 権力をもつ者は、力を持つ者はそれゆえに自由が少ない。けれど誰かの力を足すことで選択を変えられるならばと思ったから。
(余計な心配だったけどな)
 その縁談は杏琳が決めたことでもあったから、そこから先の人生に祝福あれと純粋に祝うだけに終わった。
(‥‥それにしても)
 隻からの返事が来ないような。
(こりゃ長期戦かねえ)
 のんびり構えて待つことにしようか。

 結局、決意を伝えられないまま作業が一段落してしまった。けれど五黄は隻の言葉を待ってくれている。
「‥‥少し整理しますので、後でお時間頂けますか」
 一度ゆっくり考えた方がいいと、自分でも少しの間だけ匙を投げることにした。

●伍

「流石にもう呑んでもいいだろう?」
 あとは専門で勧めている誰かがやればいいだろうと見切りをつけた五黄は、他の誰よりも早く四阿に陣取っていた。今度こそ一番酒だと、気に入りの酒を見つけ出す。
「火懿李、ちゃんと入れてくれてるじゃねえか」
 では早速と、栓を抜く。その香りにつられたのか、はたまた偶然か。四阿に次々と同胞達が集まり始めた。

「おっ酒♪ おっ酒ー♪」
 隻達のように髪を伸ばし女性らしさを増したのとはまた別の方向で、虎星(ic1227)も成長を遂げていた。
 同胞達の中でも特に若い層、そのなかでも伸びしろは大きいだろうと予想されていた彼女は、その周囲からの期待を裏切らなかった。
 五黄をはじめ酒を楽しむ面子に酌をして周りながら、その数と同じくらい自分も酒を飲みほす。ひとまわり終えてから杏琳の近くへとやってきた。
「もー様ものもー?」
 妙齢の女性と呼んでも差し支えない虎星が、元から実年齢よりも幼い容姿である杏琳にゴロゴロと甘える様子、年の上下が逆に見えるかもしれない。
 とはいえにじみ出る性質、主と従者としての気質は表れているから、杏琳がにこやかに虎星の頭や耳を撫でる様子はやはりそれぞれ年相応の姿なのだ。
「ふふ。私も結構飲んでいるぞ」
 言いながらも虎星の酌に答える杏琳。
「虎星は飲み過ぎていないか? 無理はするなよ」
「えへへへへ、もー様ありがとー、でも大丈夫ー♪」
 昔から少しとはいえ飲んでいた実績もあるし、酷い悪酔いもしなかったので大丈夫だと返す。それは確かに理由だけれど、一番は少し違っていて。
「皆と一緒に、こうして呑めるのが一番嬉しいからー」
 だからね。宴の空気で酔っているような気分でもあるんだよ?

「ふふ。こう集まるのも久しぶりですね」
 改めて、懐かしい顔を認めること。そのために準備をしてきたとはいえ、やはり実際にその時になると感慨深いものだ。余らせていた杯にも酒を注ぎながら、火懿李は微笑みを浮かべている。
「手伝うぜ?」
 にかりと笑って声を掛ける五黄。
「ありがとうございます。では、そちらの瓶も開けてくださいませんか」
 火懿李と五黄二人で、次々に酒を注いでいく。
「操が頼んできたのか?」
 なんとなくそう思った。
「いいえ。ただ私がそうすべきと思ったからですよ」
 並べられた杯を前にそう答え、五黄と互いに杯を交わす。
「五年という節目だからこそ‥‥でしょうか」
 殿が皆を集めると言ったその時に、懐かしむような顔をされていましたので。少し擦れたような声で続ける。
「そうか。‥‥あいつらしいし、お前らしいよ」
 戦いの中で、皆との暮らしの中で。失った仲間達にも杯を。二人の注いだ杯のうちの一つに、誰の手も触れていないはずなのに、波紋が一つ。
『御相伴にあずからせてもらうよ?』
 嘉瑞が、好んで使っていた杯に注がれた酒に嬉しそうな笑みを向けていた。

(察してくれている者も居るようだしな‥‥嬉しいことだ)
 宴の席に揃っている同胞達の顔を改めて順繰りに眺め、杏琳は微笑みを零す。既に皆思い思いに過ごしているのも変わらない。久しぶりに会った者も、そうでなくても。共に同胞として過ごした時間は変わらず皆の中にあるのだなと実感する。
(また集めるのに間が開いたが‥‥まぁ、賑やかさは変わらないな)
 そのことが嬉しくて、また笑みが深くなる。どれだけ時間がたっても、皆、胸を張って誇れる同胞達なのだ。
 開拓者業と平行していた頃とはまた違う。衛家本家に本格的に腰を据えてからも、色々なことがあった。人の助力を得ながらこなしていた当主業もより濃密になり、自分だけで判断する事柄は増えた。それまでに修めていた学問や経験、そして覚悟が問われる場面をいくつもくぐり、それに慣れた頃に舞い込んだ縁談は巡り合わせも良いもので。夫は自分がどのように生きてきたか知った上で隣を歩いてくれる。理解のある対等な存在として良好な関係を築けていると思う。
 今日のような宴も、こうして自由にさせてくれる。勿論当主は杏琳で、夫は婿の立場だからというのもあるけれど‥‥楽しんで欲しい、久し振りの皆にもよろしく言っておいてほしいと言ってくれるような。挨拶だけでも顔を出したって誰も嫌な顔はしないのに、形だけでも気を使わせて空気を壊したくないと。言葉にはしないけれど、とても細かなところまで意識する、優しい人だ。‥‥人によってはただの控え目な男に見えるだろうけれど、自分にとっては‥‥
(いや、せっかく控えてくれたのだから、楽しかったと笑顔で言えるようにしなければな)
 ほんの少しだけ、今だけだからと夫の事は脇に避ける。

(水か甘酒にすり替えさせておくべきか‥‥)
 お世辞にも酒癖の良くない同胞の杯を見ながら、頭を捻る杏琳。久し振りの集まりで何か起きたら‥‥ほんの少しだけ迷う気持ちがあった。
「操様もいかがですか」
 昔語を肴にでもと、近い場所に座る隻。返杯を受けながら、ともにゆっくりと杯を傾ける。
「ありがとう、黒淵も飲んでいるか? ‥‥これも旨いぞ、さすがの揃えと言うべきだろう、うちの目付け役は」
「どうしたのですかと、その視線が問うてくる。隻は杏琳の胸の内を察したらしい。
「黒淵に隠し事は出来ないなあ」
 笑いながら明かす。
「‥‥好きにさせておいても大丈夫では」
 皆、もう子供ではないのですから。
「そうか? ‥‥ふむ。そうだよな」
 じゃあ見守るだけにしようか。そう言って注がれたばかりの杯に口をつける。
(私だってそうなのだ。皆、等しく変わっていく)
 ずっと近い場所に居るから変わらないだろうと思う方がおかしいと頭では理解しているのに、近いからこそ変わらないと思いがちだ。当主として、同胞達の変化も気付けるように、そしてよりよく見極められるようにならなければ。

「‥‥今後も、貴女様に何かがあれば何時でも馳せ参じます」
 ぽつり、いつもの事をあえて念を押すように零したのは隻。
「僕は、貴女様の従者なのですから」
 今までそうしてきたように、これからも。
「まだ呆けたりはしないぞ?」
 その意図を理解しているけれど、気恥ずかしさもあって。だから少しだけ茶化すように返す杏琳。
「そうやって言ってくれることが嬉しいと思っているし、いつも感謝しているよ」
 でも、どうして今? 首を傾げ問う様子は、姉妹の距離で。
「‥‥いえ、今日だからこそでしょうか。そう言っておくべき日のような気がしましたので」

●捌

 気配の変化で伝わったら面白いかな、その程度だったのだけれど。視線が強くなった。
『これは‥‥』
 どうやらしっかり認識されていたようだ。今はもう視線を逸らされたけれど。
 伝ったなら良かったかなと、一度頷く嘉瑞。
 それにしても。姿が見えないよう気を使っているはずなのに‥‥思いがけない相手ばかり自分に気付くような気がする。つつかれているかのような視線に振り向けば、杏琳と目があった。
(殿もですか。またどうして‥‥)

(誰に手を振っていたのやら)
 またそんな悪戯な顔をして。他にも何かやっていたのか? あとで皆にそれとなく聞いておこうかな。
 ぼんやりと眺めていたら、嘉瑞もこちらに気付いたようで。
「お前も来てくれたのか」
 音にならない程度の、小さな声で告げる。人ではない身になった嘉瑞にはそれでも届いているようだ。
「いつでも、また、私の元に」
 待っているから、また来ればいい。
(ありがとうございましす。‥‥また)
 この身に移り変わっても、気にかけてくれる主に出会えて良かった。
 臣下の礼を取ったその姿のまま、嘉瑞は姿を消した。

●拾

「そっか、結婚したら、子供も生まれるんだよねー?」
 ぱあと笑顔を輝かせ、虎星が楽しそうに声をあげた。さっきまではうっかりしていた、新発見だよ、というように。当たり前のことだけれど、大半の皆が酔っ払いだ。二度目の乾杯を越えて、どこまでも無礼講に近い宴だ。だから虎星のちょっとばかりずれたようにも見える言葉にわざわざツッコミを入れるような者は居ない。
「ってことはだよ?」
 かくり、と首を傾げて杏琳へと視線を向けた。
「も―様赤ちゃんいつ頃なの?」
 わくわくと、期待に満ちた眼差し。今から待ち遠しくてたまらないと、その目が雄弁に告げている。
「はははっ! そうだな‥‥うん、虎星は、私に子が出来たら、その子を可愛がってくれるか?」
「もっちろんだよー!」
 笑顔で問われて、虎星も笑顔で返す。当たり前だよと即答してから、まだその言葉は続ている。
「フーは、も―様が大好き♪ 皆がいっぱい大好き♪」
 今日は特に、嬉しい気持ちがいっぱいだから。いつも以上に笑顔を振りまく虎星。大好きな皆が多く集う日だから、意識しなくても、笑顔で一杯になっちゃうんだ。
「そんな皆の家族なら、大好きにならない方がおかしいでしょー?」
 これから生まれるこだけじゃなくて、おうちで一緒に暮らすことになる子も、お相手さんも、みーんなみんな、同じだよ?

「振り返るにはちょうど良い時間がたったのだと思います」
 言いながら、火懿李の脳裏にこれまでの日々が蘇っている。
「戦闘にあけくれた日々とはいえ、とても充実していた‥‥」
 主の下に集った者の数は少なくない。それらを纏め指揮を執る彼女と、それぞれの理由と形をもって共に歩むことを決めた同胞。そこに自分も含まれている。
 戦う事だけではなく、共に楽しい時間を過ごすこともあった。閉鎖的な状況にはとどまらず、外部との協力もあった。けれど、同胞達、仲間達とはいつも共に在った。
 杯を見る。居なくなった者も居る。だから不謹慎でもあるかもしれないけれど。
「‥‥楽しかった」
 その一言に凝縮される。かちりと、持ち手のない杯に自らの杯を合わながら。
 自分でさえこうなのだ。彼らの主という立場として、彼らの身を預かる立場にあった杏琳はもっと‥‥その心中を想像し、火懿李は目を細めた。視線の先には同胞達と杯を交わす杏琳が笑っていた。

「兄様」
 四阿の端から空を見上げる五黄の杯に、新たに酒を注ぐ。
「なんだ、飲み過ぎって言いに来たのかと思ったぜ」
「言っても聞かないでしょう」
 特に今日は皆。そういう隻も、いつもより過ぎた量を重ねている。
「で? 聞こうじゃないか」
 その為に来たんだろうと促される。再び乾いたような気がして、一口酒で喉を潤わせる。
「‥‥これからは、女としての幸せを」
 用意した言葉があった気もするけれど、中途半端な言い方になってしまった。

 わざわざ予告していたから、なにかと思えば。
「お前が自分で決めたことなら、選んだ相手なら俺も反対はしないぜ?」
 結婚相手が定まった、それくらいのことを言われるのだと思っていた。随分と女性らしさが増したから、相手がいてこその変化だと思っていたくらいなのだ。
 決意を固めた段階からこうして報告するなんて、相変わらず真面目だなと笑みが浮かぶ。
 操の時と同じように。黒淵、お前の事もちゃんと気にかけてるんだからな。

 宴も終わりに近い頃、杏琳がぽつりとこぼすのは誰にでもない、そして自分にも向けた言葉。
「皆、立場は変わり移ろうと、私の大事な‥‥」
 愛すべき同胞達だ。今までと同じように、これからも変わらない。
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2015年07月21日

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