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『剣士二人と柴犬の夏 』
ユリアン・クレティエka1664)&ダリオ・パステリka2363

「おかしら……手合せを頼みたいんだ。
 自分の剣の弱みは解ってる。
 重さが足りない……自分の生き方も」

 少年は男を見据え言った。
 青い瞳が真っ直ぐに向けられていた。
 板の間に胡坐をかいて座る男は闇色の瞳を細める。
 眩しい、と思った。
 昔日の己にも、そういう時代は、あったのだろうか。
 しばしの間の後、男はゆるりと立ち上がる。

「表に出るが良い」


 抜けるように蒼い空で、夏の太陽がギラギラと輝いている。
 郊外にひっそりとある、東方風の小さな家屋、縁側に柴犬が伏せ寝、庭先で二人の男が対峙していた。
 年の頃は十七歳程度か、幼さを未だ残す面差しは、今は真剣に張り詰められ鋭さを見せている。
 少年《ユリアン》の額に浮かぶ汗は、日差しだけが原因ではない。
 少年が睨む先には、不精髭を生やした齢三十近い大柄な男が、反りの入ったサーベル状の木剣を片手で握り――サーベルは騎兵剣なので通常片手で扱う――無造作にだらりと下げていた。こちらは涼しい顔である。
「どうした? もう終わりか?」
 ふ、と大男が口元に笑みを引く。このアジトの主『滅亡した主家の再興を掲げる武士』『帝国の猟犬』『闘狩人』ダリオ・パステリである。
 ユリアンは目元を鋭く細める。
 歯を喰いしばり、腰を落として膝を僅かに沈めた。
 バネを溜める。
 音を立てる程の勢いで地を蹴って飛び出す。木剣を振り上げ天より雷が落ちるが如き速さで振り下ろす。
 瞬間、まるで未来でも読んでいたかのように、ダリオが右足で踏み出していた。
 手首を返し下方から一閃。激突。重く鈍い音を立てて木剣と木剣が交差して噛み合った。強烈な衝撃が剣握る手首を襲う。
 上からのユリアンの方が有利な筈だったが、まるで巨岩にぶちあたったかの如く、ダリオの剣はビクともしない。
 勢いが乗り切る前に止められたユリアンの剣の切っ先は、斜め上を向いている。対するダリオの切っ先は真っ直ぐにユリアンへと向けられていた。
(あ)
 不味い、とユリアンの脳裏に警句が走った。
 ダリオは動きを止めず、そのまま踏み出しの為に上げていた右足を大きく前に滑らせてきた。体を低く沈み込ませるように踏み込みつつ、流れるように勢いを乗せ突き降ろす。
 刹那、鈍い音が鳴り響き、身が後方に吹き飛ばされる。胸を貫く衝撃にユリアンの息が詰まった。
 防御から一拍の間も置かない刺突。
 それがユリアンの胸甲に吸い込まれるように叩き込まれていた。体重と速度の乗った、重い突きだった。
「一本、であるかな」
 ダリオは残身を見せつつ、一歩、二歩、と後退して木剣を風切り音と共に一振りして降ろす。
 男は打ち合いに勝利した喜びも何も感じさせない、当たり前のような調子で、泰然としたものだった。
 その様にユリアンは荒い息をつきつつ忸怩たる思いを抱く。
(落ち込むのは後で良い)
 俯きそうになる顔を歯を喰いしばって上げ、頬と顎を伝って落ちる汗もそのままに口を開く。
「……もう一本ッ!」
「うむ」
 ダリオは頷き、右足を前に半身に、脇に構えた。男の身に刀身が隠れて見えなくなる。
 ユリアンは左足を前に半身を取ると木剣の位置を下げ地と水平に下段に構える。
 睨み合ったまま徐々に間合いを詰めてゆく。
 止まった。
 ダリオは基本、受けに回っているが、不用意に近づき過ぎれば、当然強烈な一撃を繰り出してくる。
 だから、迂闊には踏み込めない。
 おかしらは巨大な壁のように見えた。
 隙。
 隙はないか。
 ユリアンが目を凝らしていると、僅かにダリオの腕が上がり、脇下に隙が生まれるのが見えた。
「だあッ!」
 少年は裂帛の気合の声と共に雷光の如く踏み込んだ。左から右へと水平にサーベルを一閃する。
 同時、ダリオが動いた。ユリアンから見て右の方向へと男の身体が流れる。
 刹那、宙に弧を描く一閃と一閃が激突し、猛烈な衝撃が巻き起こった。
 木剣が噛み合う鈍い音が鳴り止まぬうちにも、ユリアンは噛み合った剣を素早く巻いた。刀身を滑らせ切っ先をダリオへと向け刺突を放つ。が、その瞬間、男の身が遠ざかった。
 武士は地を蹴って、後方に跳び退るように後退していた。切っ先が虚空だけを貫く。
(逃がさない!)
 ユリアンもまた地を蹴って追う。踏み込みざまに振り上げたサーベル、首元目掛けて斜めに走る稲妻の如く振り下ろす。
 だが、ダリオもまた動いていた。
 サーベルを拳上がり、手首を返し、身を捻り様、切っ先を背後、地に向け、肩に担ぐように振り上げる。
 三度、鈍い音を立てて木剣と木剣が激突した。
 斜めに掲げられたサーベルに激突した振り下ろしは、その峰をダリオの肩に押し付けつつも、湾曲したサーベルの刃上を滑り、その刀身に沿って下方へと落ちてゆく。
 流された。
 ユリアンの身が前に泳いだ時、風が唸る音が聞こえた。
 ダリオのサーベルが飛燕の如くに翻り、ヒュンと鮮やかな弧を描いてユリアンの首元へと迫る。
 中る、とユリアンが覚悟した瞬間――剣は少年の首元で精密に止まった。
 心臓が激しく脈打っていた。
 両者は動きを止めたまま、しばし沈黙した。
「……うむ、一本」
 ダリオが言って、ユリアンは盛大に息を吐いた。
(駄目だ)
 項垂れる。
 悉くが届かない。
 破れない。
 目の前を歩く大きな人達に、少しでも届かせたいのに。これでは。
 流れる汗もそのままに、荒い呼吸を整えながらユリアンが木剣を握り締めていると、
「ユリアン殿」
 顔を上げると、黒い瞳がユリアンを見ていた。
「貴公の生き方に、姑息さはいらぬ、とそれがしは思う。そのままで良い」
 武士の瞳は柔らかかった。
「貴公が行わずとも、貴公のその輝きの元に、そういう事を、引き受けられる者が集まるであろう……が、剣術というものについて言うならば、もう少し姑息さがあっても良いかもしれぬ」
「姑息さ……?」
 意外な言葉であった。
『速さ』でも『重さ』でもない。『姑息さ』である。
「貴公の太刀は、真っ直ぐ過ぎる」


 バウバウと柴犬が吠えている。
 縁側に座って休憩しながらユリアンは豊後守の頭をよしよしと撫でていた。
 重さを重視した剣の振り方をユリアンは既にダリオから教えられていた。ダリオの指導のもと素振りを続ける事一週間、形になってきた、という事で組手をしているのだが、どうにも一方的にやられている。
(やはり、力が足りないのか?)
 重い一撃を放つには体重の移動を上手くやる事だ。腕だけではなく身体全体で斬る。
 だがダリオは重さを重視し、正面から斬りかかるのであっても、否、それだからこそ、動きの起こりを消す事が肝要だと言った。
 呼吸を読まれれば、力が乗り切る前に潰される、と。
 先の一本、斬り降ろしを斬り上げで止められたのは、それなのだろう。力が乗り切っていれば、上が有利。下からのダリオの迎撃剣に止められる事は流石になかった筈だ。押し切れていた筈だ。押し切れていれば、そのまま突かれる事はなかっただろう。逆にダリオの態勢を崩して一撃を入れられていた筈。
 だが、見切られた故に、力が乗る前に止められた。その剣は重くなれなかった。
 故にダリオは言った、最小の動きで最大の力を乗せ最短距離で最速で斬る。真に『重い』剣とはそういうものだと。
(つまり、予備動作が大きいのか?)
 ユリアンは剣を握る己をイメージし、腕を一つ振ってみる。
 無論、熟練の達人の様にまでは動きの起こりを消せてはいないだろう。だが、形にはなっているとダリオは言った。
 では、何故、こうも悉く読まれるのか?
 ユリアンは首を捻る。
 やはり足を使って回り込むのが良いのか? 文字通り足技を入れたり――いや、それは普段やっている事である。真正面から打ち破る重い剣を知りたいので、ダリオに指導をして貰っているのだから、普段と同じ手段を使っては意味がない。
 悩むユリアンの前で豊後守が自分の尾を追いかけるようにくるくると回っている。
 何故回るのか、謎である。
 見つめているとぴょんといきなり柴犬が跳ねて、ユリアンは驚いた。
 それほど素早い動作ではなかったのだが、反応が遅れた。
 予測できない豊後守の行動を眺めつつ、ユリアンはダリオの言葉を思い出していた。
"真っ直ぐ過ぎる"
 と。


 陽が落ちる。
 赤い陽を浴びた少年が木剣を手に構え立っていた。
(ふむ……良い面構えだ)
 ダリオ・パステリはある予感を覚えつつ彼もまた木剣を構える。
――少し、変わったか?
「おかしら、行くよ」
「応、来られよ」
 ダリオは頷く。
 張り詰めた空気の中、じりじりと間合いが詰まり、睨みあう事しばし、やはりダリオは構えを少し崩して"わざと"隙を作って見せた。
 瞬間、雷光の如くにユリアンが斬りかかってくる。速い。素晴らしい速さ。だが、ここまではこれまでと同じ。
 いかに速くとも、ダリオはユリアンの太刀筋を知っている、故、正面からなら完全に予測がつくのだ。狙って来る箇所も呼吸も読みきっているのなら、雷光の速さでも叩き落してみせるのがダリオ・パステリだ。
(気のせいであったか!)
 僅かな失望を覚えつつも男は小さな動きで剣を振り上げて受け止め、間髪入れずに膝を抜き自重を利用し斬り降ろす。攻防一体の受け流し斬り。
 瞬間、視界内からユリアンの姿が消えた。
「む?!」
 ダリオが目を見張った瞬間、強烈な衝撃が鎧越しに腹に響いた。
 鈍い音と共に大男の身が浮き上がり、一歩後方に吹き飛ばされる。
 衝撃に息を詰まらせつつ見やる。
 すると、そこには、低い姿勢から剣を突き上げている姿の少年があった。
「おかしら、一本?」
「……一本であるな」
 御見事、とダリオは頷いてユリアンは破顔したのだった。


「ありがとう、おかしら。豊後守も」
 修行を終え、少年は笑って言って、ダリオはその様子に満足する。
 が、
(豊後守め、貴公、何かしたのか?)
 何故か同じように礼を言われている愛犬へと視線を走らせる。
 柴犬は、
「ワン!」
 と一声、そ知らぬ風に鳴いたのだった。


 了



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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 外見年齢 / 肩書き】
ka1664 / ユリアン / 男 / 17才 / 求剣の少年
ka2363 / ダリオ・パステリ / 男 / 28才 / おかしら
― / 豊後守 / ? / ? / おかしらの愛犬

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 ご発注有難うございます。望月誠司です。
 剣の訓練風景、熱いですね。劇中も現実も暑いですね。
 内容ですが、一日だけで一本取るよりは重みを出せるかなと一週間準備期間を勝手ながらいただきました。
 反撃頻度もちょっと、防御考えてなかったり甘く入ってきたらズビシッと容赦なく反撃する感じで上げてみました。そっちのが実戦的かなと。
 もし他も含めまして何処か不味い点ありましたらお手数ですがリテイクいただけましたらと。
 ご期待に添える内容になっていましたら幸いです。
野生のパーティノベル -
望月誠司 クリエイターズルームへ
ファナティックブラッド
2015年07月22日

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