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『スモールトーク 』
アンドレアス・ラーセン(ga6523)&アルヴァイム(ga5051)&不知火真琴(ga7201)


 エアコンの低い唸り声と、キーボードの打鍵音だけが響く室内は、タバコの煙で薄くモヤがかかっている。
 量産品のビジネスチェアに浅く座り直すと、アスは背もたれに倒れかかる。ギシギシと椅子が鳴った。
 ちらり、と一度アルの様子を伺う。彼は正面のデスクの液晶モニタの向こうで、キーボードを叩いて、プリントアウトした紙を眺め、マウスをカチカチとやり、それを繰り返している。
 どうも、音を立ててはマズい気がして、アスは静かに両足を自分の座るデスクの上に投げ出し、椅子により深く背中を預けた。またギシギシと鳴る。座り心地は良くない。
 体裁だけ整えられた応接テーブルの、さほど大きくないソファは、この椅子より幸せな感触が約束されているように見えた。
 要するに、相手をしてもらえないアスは暇なのだ。
 吐き出す煙が、またモヤを少しだけ濃くする。
「なあ」
 声を掛けてみた。相変わらず打鍵の音とエアコンのモーター音だけで、返事は無い。
「やっぱ何か手伝うって。書類仕事って数字合わせだろ? そのくらいなら俺も出来っから。何かネーの?」
 液晶モニタの向こうから、アルがひょいと顔を覗かせて、目が合った。それから、短く「ない」とだけ返事をして、また仕事に戻る。
 取り付く島もない。
 不貞腐れたようにアルを見る。またモニタ越しにアルが顔を出して、目が合った。
「出来ると向いているは違う。正確さが必要な作業なら尚更、違いは大きくなる」
「そりゃあ、向いてはねぇケド……」
 そんな言い方は無いだろうとか何とか、反論をするところだったのだろうが、アスはもごもご口の中で不平を混ぜ返してやめた。
 時計は、十一時を指している。
 真琴が来るには、まだ二時間ほどあった。
「なんで、そんな早く来たんだ」
 見兼ねたアルが声を掛ける。
 真琴の今後に役立つかも知れないと、アルを引き合わせようとしたのはアスだ。彼の、昔兵舎だった、今は小さな書庫兼ホームオフィスで約束をしたのは十三時。アスが高速艇でラスト・ホープの空港に降りたのは九時過ぎだ。
「説明したろ? 一本後だと満席だったんだよ」
 アスが応えると、アルは相槌も打たず、またキーボードを叩きマウスをカチカチとやる。
 背もたれに預けていた体をアスが起こして、またギシリと椅子が鳴る。灰皿の吸い殻はもう七本になるのを数えてから、箱から新しい一本を取り出す。
「ああ、そうだ」
 銜えるのと同時に、またアルがモニタ越しにアスを見る。
「一つだけある」
「お、やっぱ探せばあるんじゃん、で、何手伝えば――」
「現場に随伴して、その場で治療してくれ。医療費もバカにならん」
 身を乗り出しかけたアスが止まり、また力が抜けたようにがくりと椅子に戻るのを、アルは無感動に見た。
「なんだよそれ……」
「契約にな、負傷した場合の責任の所在と双方の負担を、盛り込まない訳にいかんだろ」
 諭すように喋るアルに、またアスは不満顔でタバコの煙を吐き出す。
 アルは立ち上がってちらりと、銜え煙草の不満顔を一瞥すると、部屋の隅の給湯スペースへ歩く。朝に淹れたコーヒーが、丸いガラス容器の中で保温されている。
「てかさ」
 カップを二つ取り出すアルの背中に、アスが声を掛けた。
「もう会社にしちまえば? 事務の人雇ってさ。あ、俺じゃなくてな」
 両方のカップに注いだコーヒーを手に振り返るアルと、アスの目が合う。
「ブラックでいいか?」
「悪ぃ。サンキュ」
 カップをアスの前に置いて、アルは自分の席へと戻る。
「会社にしたほうが、医療費云々も楽なんじゃねーの? 雇用保険とか」
「いや、むしろそれが煩わしい」
 応えてから、アルは吸いさしの細葉巻を一口吹かし、コーヒーを一口啜る。空気清浄機のファンが反応し、また低くモーター音を立てる。
「全員が全員、いつもいつも仕事してたいって訳じゃないし、そんな状況で、常時人を雇っておくのは、案外大変なんだよ」
 また、アルはキーボードを叩いて、プリントアウトした紙を眺め、マウスをカチカチと始めた。
「そんなもんかねェ……」
 経営、に実感の薄いアスの言葉が、吐き出した煙と一緒に宙に浮く。
 頭の後ろで手を組んで、銜え煙草のまま(いい案だと思ったんだけどなー)と、また口の中で混ぜ返す。椅子がギシギシと鳴った。
 アルはアルで、ああ言ったものの、現実問題として考えてはいた課題だった。もう少し、今日これから現れる真琴のように、アルと伝手を作る人が増えたなら、個人でどうにかするのも限界がある。
「まぁ、考えてはいるよ。PMC化だとか」
 そうすれば、細かな事務作業などはもっと精通した奴が居るだろうし、経営も適任が居るだろうから、そいつらに投げて、フィクサーくらいに収まればいい、とアルは考えている。
「へー」
 返事をしたアスは、PMC化もいいんじゃないかと思ってすぐに、アルがそれを考えていない訳がないな、と気がついた。アスにしてみれば、会話の流れで思いつきを喋ったようなものだが、目の前のモニタの向こうのアルヴァイムという男は、様々な可能性を勘案する奴だ。
 灰が長くなり始めて、アスは親指と人差し指で摘んだタバコを、ゆっくり口から離す。ぺりぺりと、張り付いた唇が吸い口から剥がされて、痛みに少しだけ顔を顰めた。灰はまだ落ちていない。
「そういえば」
 またアルに声を掛けられて、ん、と相槌だけの返事をする。アスの意識は、右手で摘んだタバコにある。
「いつ結婚するんだ? 何なら」
 何か続けようとしたアルの言葉は、盛大に椅子を引いて中腰になったアスの立てた音に遮られた。
「……何で?」
 知ってるのか、とは言葉にならなかったらしい。基本的に、アンドレアス・ラーセンという男は表情豊かであると、アルは思っている。が、その中でもあまり見ない類の顔をしている。長く伸びていた灰は、アスの足元にみんな落ちた。
「わかりやすいな」
 アルが呆れ笑いを浮かべて、アスも落ち着いたらしい。ギシギシ鳴る椅子に戻る。
「いや、別に隠してた訳じゃネーんだけど」
 言い掛けて、アスは親指と人差し指で摘んだままのタバコを見た。アルも、同じタバコを見ている。
「どのくらい前から、ライトのボックス吸ってるんだ? ソフトパックだっただろ?」
 アスはまた、ギシリと大きく音を立てて、背もたれに体を預けた。
 なるほどタバコか。見透かされている。どうも、アルには隠し事を出来ないらしい。何人かいる、アスが全て見通されていると思う人物のうちの一人だ。ちなみに、これから現れる真琴も、その中に入る。
 将来のための貯蓄だとか、いずれ子供が出来た時のためにとか、いきなり禁煙は難しいから段階的にとか、何か言い募ろうとしてやめた。きっと、そんなこともお見通しなのだ。
「スパッと禁煙しないとこが、らしいな」
「うるせェ」
 アルの呆れ笑いに小さく抗議したところで、来客を告げるドアチャイムが鳴った。


 ドアを開ける前から微かにしていたタバコの臭いは、ドアを開けると想像通りというか、真琴の想像以上というか、部屋は白く靄っていた。
 全力稼働している空気清浄機と、エアコンの作動音を聞きながら、真琴は促されて小さな応接セットのソファへ座り、アルと型通りの挨拶をして、とは言っても、顔を突き合わせて長々と話した記憶はないが、初対面ではないので、幾分砕けた空気に落ち着いた。
 時計がカチカチと鳴って、相変わらず部屋は白い。
 真琴はペンを操り、アルに差し出された紙の上を動かしていた。名前。連絡先。それからどんなスキルがあるか。どんな戦闘スタイルで得物は何か。絶対ダメな仕事はあるか。
 ちょっとしたエントリーシートか、或いは経歴書のような中身は、アルが仕事を振る上で必要な情報で構成されている。
 ペンを走らせる真琴の左手に指輪があるのに気がついて、アルは「家族は?」と訊ねた。
「結婚してます」
 手を一旦止めて、真琴は笑顔で返す。アルが何か考えるふうにしたのをアスは気がついたが、黙っていた。アルが本人の決定に対して何か言うタイプではないのを知っている。
 アルはアルで、またペンを動かし始めた真琴とアスを交互に見て、なるほどと納得していた。人どうしの付き合いが数年にも及べば、その関係性は変わる。付き合いが切れずに続いているということは、お互い居心地の良い、或いはしっくり来る関係性を見つけたのだろう。
「じゃあ、あまり長期の案件は避けますよ、生活優先で」
「ありがとうございます」
 笑顔で返事をして、真琴は続ける。
「今もそんなに仕事あるんです?」
「ああ、質は変わったけどな」
 アルの代わりに、椅子をギシギシさせているアスが答えた。
「当たり前だけど、戦闘行為を伴うものは減ってます。戦闘の相手も、停戦のドサクサで忘れられてたキメラが暴れてるから退治とか、そんなのが多いです」
 後を引き継いだアルの言葉を、真琴は真剣に聞いていた。丁度彼女の自宅兼店舗のあたりは市街地で、キメラが残っていたなんて話は聞かない。けれども、どこもかしこも市街地という訳ではない。キメラが潜んでいられそうな場所など、幾らでもある。
 戦時中は、嫌というほど気にしていたのに、戦後、意識しないで暮らしているな、と真琴は思う。
 もちろん、それが悪いとは全く思わない。
 本来はそうあるべきで、戦時中が異常だったのだから。
「あと、人を相手にする仕事も、たまに」
 言いながらアルが、淹れ直したコーヒーを真琴の前に置く。真琴には、アスの視線がアルに向いたのが見えた。
「人、ですか」
「おおっぴらに出来ないようなのが。まぁ、ここでは取り扱いませんが」
 何を言い出すのかと思っていたアスの視線が、安心したように銜え煙草のまま天井に戻る。
「馬鹿げた話だぜ」
「それって、凶悪犯の確保とか……?」
 アスの反応から、恐らく違うのだろうとは思いつつ、真琴はアルに確認を取るふうに聞いた。
「それももちろん。だが、もっと酷いやつもあります。どこかに敵が居ないと、安心出来ないのが人間なので」
 アルの言葉に、真琴は想像よりももっと嫌な世界になっているんだなと感じた。アルの言葉は、バグアの代わりになる敵を人間同士で作っているということだろう。たったそれだけの言葉で、わかることは沢山ある。
 あれだけ侵略者に苦しめられて、力を合わせて抵抗したのに、もう忘れてしまったんだろうし、耳障りのいいことを言う連邦政府など機能していないんだろうし、何よりそういうきな臭い話が身近にあるのは、背中がぞわりとする。
「そういう依頼は排除しているんで、ご安心を」
 真琴の表情を見たアルが、もう一度念を押すように言い添えた。
「我々能力者も、もう政治的な意思決定に関わっていいような立場じゃないのでね。今やるべきことは他にある」
 ぎしり、と椅子を鳴らして、アスが空のカップを持って立ち上がる。
「妙な陰謀に巻き込まれなくて済むってこった」
 ひとりごちるのを、真琴とアルの視線が捉え、それに気がついたアスも動きを止める。
「な、なんだよ」
 どぎまぎと、消極的な異議申し立てをするアスが可笑しくて、真琴は口元を押さえて笑う。「巻き込まれ体質」と呟くアルの小声が聞こえて、また可笑しくなる。
「あーはいはい、言いたいことはわかりますよ!」
 不貞腐れた台詞を残して、アスはコーヒーメーカーへ向かう。
 残されたアルと真琴の視線が一度ぶつかって、何となしに苦笑いが出た。
「アンドレアス、お祝いも兼ねて割のいい仕事あるんだが」
 アルが声を掛けて、「お?」とアスが振り返る。
「何のお祝い?」
「あ、いやまぁ……」
 二人の様子を見ていた真琴が、「お祝い」を耳聡く聞きつけて突っ込みを入れた。アスの返事、というか言い訳は、歯切れが悪い。
「禁煙に向けて、第一歩を踏み出したお祝いだよ」
「へぇ、いいことじゃないですか!」
 アルがフォローを入れる。真琴は真琴で、結婚の話は知っているが、それと気付かずアルの言うまま疑わない様子なので、またアスは不満顔を見せる。
「アンドレアスよ、今日その顔しすぎだろ」
「いやアルよ、俺と真琴に対する態度違いすぎね?」
 二人が立ったまま動きを止める。二呼吸くらいして、アルが何事も無かったかのようにあっさり無視して、手元の作業を始めた。
 アルが「割のいい仕事」を探しているのか、動き始めたのを見て、真琴はアスを見た。「これだよ」と言いたげに、アスは肩を竦めてみせる。
 アルの人となりを、真琴はそれほど詳しくは知らないが、それでも二人の間の信頼感は伝わる空気だと、真琴はぼんやりと思った。正確にはタバコの匂いとコーヒーの香りの空気だが、嫌な居心地ではない。
「場所は選んでくれていい。幾つか候補を出しておいた」
 プリンタから取り出した数枚の紙を、アルはぞんざいにアスに渡す。
 小さい応接ソファに座り、アスがテーブルの上に広げ始めた紙を、真琴は覗く。任務の内容はともかく、行き先が観光地ばかりなのに気がついて、真琴は「お祝い」の真意を知って、それから嬉しく思った。
 ピッと電子音がして、エアコンの低い唸りが止まる。アルは、さっきまで作業をしていたパソコンの電源を落として、応接ソファに座る二人の横に立っている。
「選ぶのは後にして、先に食事だ」
 そう言って、時計を指さす。
 白い靄の向こうの時計は、十四時半を指していた。


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ga6523 / アンドレアス・ラーセン / 男 / 28 / エレクトロリンカー】
【ga5051 / アルヴァイム      / 男 / 28 / エレクトロリンカー】
【ga7201 / 不知火真琴       / 女 / 24 / グラップラー   】
水の月ノベル -
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CATCH THE SKY 地球SOS
2015年07月23日

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