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『それぞれの帰還 』
ユリアン・クレティエka1664)&エステル・クレティエka3783


 帰還の連絡は、寝耳に水の話だった。
 ユリアン(ka1664)がすぐ帰路についたことに妹は少し驚いたような表情を見せたが、きちんと玄関まで出迎えてくれた。そもそも、この連絡を兄に伝えたのは、妹であるエステル・クレティエ(ka3783)自身である。
「早かったのね。兄様」
 扉を開けて招き入れ、先に立って歩きながらくるりと1回廻って見せた。ふわりとワンピースの裾が広がって、微かに花の匂いが辺りに広がる。明るい緑の布で仕立てられた服は、彼女によく似合っていた。
「いや…だってさ。いきなりだったから」
「いきなりなのは、いつもの事でしょ?」
「それは、いつもの事だけど」
 キッチンに入ると、そこはいつもより慌しい気配がする。テーブルに並べられた皿に盛りかけのサラダ。焼いているのは鳥の肉だろうか。香ばしい香りが漂ってきて、ユリアンの腹に染み渡る。ついでに都合良く音まで鳴ってしまって、そこに立って料理をしている人の顔に笑顔をもたらした。
「お帰りなさい、ユリアン。昼食は、もうちょっと待って貰える?」
「ただいま。母さん」
 昼食にしては些か豪勢だが、ではあの人は突然に帰ってきたわけではないのだと思い当たる。これだけの準備が出来ているのだから、前もって連絡をして帰ってきたのだ。
「父さんは?」
「父様なら、いつもの所」
 母に尋ねた問いは、妹から返ってきた。
「さっき袋から出していたから、洗ってると思うわ」
「…そっか」
「邪魔とかしないでよね?」
 兄を信用していないようなエステルの物言いに、ユリアンは苦笑を浮かべる。この妹は、父親には素直に甘えるくせに自分にはこうだ。それでいてプレゼントしたワンピースを、こうして自分の前で披露している。大事に着ていることが見て取れる。
 持ち帰った荷物を自分の部屋に置き、ユリアンは白い格子の窓を開いた。この部屋からは、母親がいつも綺麗に整えている花壇と、妹と2人で大事に育てていた薬草園が見える。窓を開くと香る、花と薬草の匂い。子供の頃から嗅ぎ慣れた匂いだ。そしてその視界の端で、なにやら動いているものが見えた。
「…父さん」
 少し窓から身を乗り出し、自分に背を向けてしゃがんでいる男へと、声を掛ける。
「…手伝うよ」
 立ち上がりながら振り返った父親へと。そう声を掛けてユリアンは部屋を出、中庭へと入って行った。


 昔から、その人には素直になれなかった。
 花と薬草に包まれた空間で。地面に盥を置き、じゃぶじゃぶと何かを洗っているその人の傍に立つ。何かと言うか、ユリアンにはそれが何かは勿論分かっているのだが。
「それ、何枚目?…洗うよ」
 盥を挟んで向かい側にしゃがむ。水の中でよれよれと形を変えながら洗われているのは、紛れもなく埴輪型の衣装だ。埴輪のつぶらな黒い双眸が、盥の中で行ったり来たりしている。
 そうして2人で何枚目かの『まるごと埴輪』を洗っている間、しばらく沈黙が続いた。時折聞こえてくる虫の声が、強くなりつつある夏の日差しの暑さを、容赦なく増してくれる。
「今日は、何の話かな」
 どう話そうか迷っていたのだ。だがそれを見透かしたのだろう。父親が先に口を開いた。
「昔からお前は、何か話がある時は黙って傍に寄ってきたからね」
「…そうだっけ」
 応えながらも、きっとそうだったのだろうと思う。
「…ごめん、父さん」
 そのまま口を突いて出てきた声は、いつか告げたかったと思っていた言葉を紡いだ。
「私が謝る事があっても、お前から謝る事なんてあったかな」
「母さん達、守れてないから。俺が守るって。そう言ってたのに」
 父は王国騎士だった。家族を守る事よりも国を守ることを優先する父親に、反発する思いを持っていたこともあった。そんな父親の代わりに自分が守ってやると。そう強く思っていたはずなのに。
「騎士になるのを諦めたのは、父さんと同じじゃ俺は守れないって思ったんだ」
 気付けば家の外へと飛び出していた。不満があったわけではない。風に呼ばれ、ふらりと外に出てしまったのだ。
「でも結局、国を守る事で家族や多くの人を守ろうとしてる父さんよりも、漠然としてて色々迷う事がある。家を出たのも外の…風の呼び声に、勝てなかった」
 ぐるぐると盥の中で廻るよりも、その外に零れて走り出してしまいたい。その欲求は尽きることがない。
「外に出て、色んな経験をして…。父さんの事、解ろうと思う様には、なって来たよ。…良い師匠も、仲間もいるしね」
「師と生涯の友を得ることが出来たのなら、男としてそれに勝る僥倖はないな」
「…そう、かな?」
 言葉だけは淡々と…聞こえるように言ったつもりだったのに、思わず声が弾んだ。それを見て笑みを浮かべた父親が、次の句を述べる。
「まぁ同じくらい、理想と夢と仕事と家族と最愛の人も大事なんだけどね」
「父様、リアン兄様。まだ終わらないの?」
 実はひっそりと家の中から2人の動向を見守っていたエステルが、痺れを切らしたかのように声を飛ばしてきた。
 父親の言葉に反射的に返そうとしたユリアンだったが、その声に言葉を引っ込めてしまう。
「それより見て、父様」
 中庭に出てきたエステルが、くるりとその場で廻って見せた。先程と同じ緑のワンピースだ。
「兄様が買ってくれた綺麗なワンピース。エルフの吟遊詩人さんが選んでくれたの」
「さすがエステル。とっってもよく似合ってるよ。そしてさすがユリアン。何故女性へのプレゼントを自分で選ばないんだ」
「それは…」
「ふふっ」
 父親に褒められてか兄の言動にか嬉しそうなエステル。兄に対してとは違い、父親にはやけに素直だ。洗い終わった埴輪を干そうとする父親に近付き、自分もそれの腕部分を持って持ち上げる。よいしょと竿に掛けると、でろりと伸びきった埴輪の3体目が出来上がった。
「あ。この子は女の子? リボンがついてるのね」
「エシィは、ハンター業はどうだい?」
 穏やかな日常の会話の中に唐突に切り込まれて、エステルは父親の顔を思わず見上げる。
「…大丈夫よ」
 心配しているのだ、きっと。兄と同じように。自分を危険な目に遭わせたくないと思っているのだろう。
「うん、大丈夫。…兄様もいるし、ね?」
 1人でじゃぶじゃぶと4枚目を洗い出した兄にちらと視線をやり、声を潜めてエステルは囁いた。腰を屈めてそれを聞いた父親は、笑顔を娘に向けその頭にぽんと手をやる。
「大丈夫なのは分かっているよ。君を信じている。君は君の道を、頑張りなさい」
 それは娘にべた甘な父親というよりは師のような物言いだった。少し驚いたように見つめると、父親はもう一度その頭にぽんぽんと触れる。
「君の兄さんを、頼んだよ」
「…父様ったら…兄様には過保護なの?」
「エシィがしっかり者なのは知ってるからね」
 もう少し幼い頃だったら、兄を贔屓している!と不貞腐れただろうか。だが父親からはそう見られているのだと思うと、くすぐったくもあり嬉しくもあった。控えめなしっかり者であろうというのは、自分が目指すところでもあったから。勿論…少しばかりは寂しい気もするが。
「きっと…父様が思ってる程じゃないと思うの。でも、頑張ってみる。兄様がこれ以上飛んでいかないように、手綱を付けたほうが良さそう?」
「風を操作できるようになったら、弟子を取ってもいいくらいだね」
「弟子?」
 くすくす笑っていると、ユリアンが何事かとこちらへ視線を向けた。向けられたその微妙な表情に親子揃って笑うと、彼は再び洗い物作業へと戻る。
「違うのよ、兄様。兄様を笑ってたわけじゃないの」
「別に、気にしてないよ」
「ちょっと怒ってる?」
「怒ってないよ」
「…良かった」
 心底ほっとしたという風に呟いた妹の顔を見つめる前に、エステルは兄から離れて家のほうへと歩いていった。
「母様の手伝いしてくるわ。もうすぐみんな帰ってくると思うし…」
「みんな帰ってくるんだ。賑やかになるな」
 此処に母親が居てくれているから。帰るところが此処にあるから。だから皆、自分の道を歩いて行ける。
「本当…。楽しみよね」
 笑顔を残して、エステルは家の中へと入って行った。それを立って見送っていると、傍に父親が立つ気配がする。
「…ごめん。俺もエシィも、母さん達を守れなくて」
「母さんは気にしてないさ」
「何時も、相談も何もしないで…ごめん」
「謝るな、ユリアン。前を向いて進め」
「…うん」
 言いたい事は、もっと沢山あったのかもしれない。だが、きっと両親はそれすらも分かってくれているのだろう。
 大きく頷いたところで、昼食が出来たことを告げる母親の声が聞こえてきた。
「母さんの料理久しぶりだな。行こう、父さん」
 盥の中に4枚目の伸びきった埴輪を残し、家の中に入って行く。
 そんな親子を、3枚の干された埴輪達が見守っていた。

 

━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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 ka1664/ユリアン/男/17歳/疾影士/実子長男
 ka3783/エステル・クレティエ/女/15歳/魔術師/実子長女


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ご発注いただきましてありがとうございます。
埴輪を洗いながらも意外にシリアスな話になってしまいましたが、ご希望に添えておりましたでしょうか。
今回は埴輪を増量させて頂きました。妹さんは、ツンだけ増量してデレは増量出来ませんでした。
ご兄弟の距離感や喋り方や心境など、おかしな点がございましたらリテイク下さいませ。

それでは、またご兄弟にお会い出来ます事を祈って。
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ファナティックブラッド
2015年07月24日

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