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『●腹パン1発目 』
百目鬼 揺籠jb8361)&八鳥 羽釦jb8767

 それは6月の晴れた日だった。
 窓を開け、梅雨の合間に見せたお日様をサングラス越しに見あげる八鳥 羽釦は、もともと睨むような眼差しをさらに細めた。
「晴れ過ぎだっつーの。もう少し、ほどほどにしとけよ」
 ぼやいても仕方ない事だと分かっていても、くそったれな天気にぼやくしかない。
 額の汗を手首で拭い、のろのろと羽釦はまな板の前に戻ってきた。見事な等間隔で斜め輪切りにしたキュウリを1切れつまんで、口に運ぶ。
 少し青臭いが瑞々しくて小気味良い食感が、ほんのわずかに暑さを緩和してくれる。
 それから輪切りのキュウリを綺麗に並べ、細く、刻んでいく――料理人のような速さはないが、的確で手慣れた速度を維持していた。
 それを氷水にさらし、手が空いたところでぐらぐらと湯が沸騰した釜の火を止めると、冷水を出しっぱなしにして流しの中でザルに流し込んだ。絹糸のように白く、しなやかな素麺がザルで山盛りとなり、冷水で締められていく。
 大きなガラスの器へ氷水を注ぎ、そこへ素麺を滑らせていく。
 最後に、輪切りのキュウリと細切りにしたキュウリで中央に緑の華を盛り付けると、羽釦は「うし」と満足げに頷いた。
 ――なんですかぃ。素麺だけだなんて、手抜きもいいとこじゃありませんか――そんな声が聞こえてきた気がしたので、キュウリを数本ざく切りにすると、袋の中へ塩と一緒に混ぜ込んで、手で揉み始める。
 そこに、ドタドタと足音が聞こえてきた。
(あいつか……)
 足音で人を区別するだけの耳を持ち合わせている、わけではない。が、それでもそいつの足音だけは、何となくわかる。
 一度、どこかに立ち寄ったのか足音は静かになったが、すぐにまたドタドタと足音を立て、その足音が羽釦の方にドンドン近づいてきていた。
 なんとなーく嫌な予感を覚えた羽釦は、とりあえず包丁を握る。
 足音がやはり引き戸のすぐ向こうで止まったかと思うと、勢いよく開かれた。
「結婚しますよ!」
 ――手から滑り落ちた包丁が、床で直立する。
 予想通りの相手だが、今朝まで短かったはずの髪が長いうえに、若干目が切れ長できつい印象はあるものの、化粧の効果で綺麗目な顔立ちをしているのは予想外だった。
「……はぁ!?」
 そんな百目鬼 揺籠を前に、口を半開きにして固まってしまった羽釦。その隙を突かれて、頭だけは見事な女性の揺籠に手を掴まれると無理に引っ張られ、足を前に出すしかなかった。
「さあさあ、式場へ急ぎますよ!」
 何の説明もなしにずんずんと歩いていく揺籠と、引かれるままに歩くしかない羽釦へ、誰も彼もが戸口を薄っすら開けて好奇の目を向けてくる。
「おい、百目鬼。どういうことだ」
「どうもこうも、1人じゃ結婚できないんですよ!」
「そういうことじゃねぇよ……」
 さっぱり要領を得ないと羽釦の顔に書いているのだが、振り向こうともしない揺籠は知る由もない。
 こういう説明もなしにわけのわからない事を言って振り回してくることは、今までにも稀にある――もう百年以上も一緒であれば、それもそうだという話である。
 長い付き合いでお互いに慣れ過ぎて、何も言わなくとも相手に伝わるという錯覚に陥ってしまっていても不思議ではない。
(そらぁ、ちょっとやそっとなら説明もいらねぇけど、今回のこれはなんだ……!?)
 あまりにも断片的すぎる情報に、さすがの羽釦も想像を補う事ができず、さっぱりわけがわからない。
「ほんの少し辛抱するだけでいいんですよ。あとは任せて貰えれば、悪いようにしませんから」
 揺籠が前屈みになって下駄を履こうと歩調が緩んだところで、逆に腕を引っ張ってのけ反らせると、そのがら空きの腹へとワンパンチ。
 おふっと短く吹き出し力が緩んだ一瞬の隙で、手から腕を引き離す事に成功した羽釦は、ついでとばかりに尻へ膝蹴りをいれて距離を離させた。
「だから、ちゃんと説明しろ。どアホ」




●腹パン2発目

 こめかみを押さえ、眉間に皺を寄せている羽釦は、悪びれもしない揺籠を睨み付けた。
「つまりはなにか――結婚式のパンフレット作成で新郎新婦をやるはずだったモデルのピンチヒッターで、お前が引き受けたが、女のアテがなかったから自分で女役やる代わりに、俺を新郎として巻き込んだ――こういうわけか」
「ええ、ええ。そういうわけですねぇ。俺、ドレス着るから、釜サンはタキシードお願いします!」
 無理やり巻き込もうとしているのに、まったく悪びれもしないいつもの短い髪に戻っている揺籠が、ロングのウィッグを人差し指に乗せてクルクルと回す。
 説明も受け、ちゃんと詳細まで理解したうえで、羽釦ははっきりと嫌な顔を見せた。
「てめぇの仕事だろ、なんで俺が……」
「このバイト、実入りが良いんですよ。それでいて綺麗におめかしして写真撮ってもらえるんですから、おいしい所だらけじゃないですか。
 自分が綺麗なトコ、見せたいと思いませんかねぇ? 女性なら誰しも憧れると言われている、ウェディングドレスまで着れて」
「誰がそんなもん、見たがるんだよ」
「釜サン、見たくありませんかねぇ?」
「ねぇよ」
 心底嫌そうな顔をする羽釦が、なぜなのかさっぱりわからないという風に首を傾げる揺籠。
 だが、やがてぽんと手を打った。
「これが『いやよいやよもツンデレ』ってやつですかぃ」
 こめかみよりも、さらに深まった眉間のシワをもみほぐす羽釦は、答える気すらない。
 その様子に業を煮やしたのか、ウィッグをかぶり、羽釦に一歩近づいて若干の上目づかいで小首を傾げながら、その顔を見上げた。
「――俺が相手じゃ、不満ですかぃ」
 その仕草にドキリと――
「するわきゃねーだろ」
 強く踏み込んで身体の捻りを咥えたパンチが、再び揺籠の腹に突き刺さり、揺籠が腹を押さえて床に崩れ落ちるのであった――




●腹パン3発目

「釜サン、マジパンはいけませんて。マジパンは」
 腹をさすりながら非難の声を投げつけるのだが、腕を組んで壁にもたれかかっている羽釦は、ふんと鼻を鳴らすだけだった。色々なんだかんだと言いつつも、結局は教会にまで来てしまっていた。
 羽釦からろくな反応が返ってこなくとも上機嫌でドレスを選んでいる揺籠だが、ふと、2着のドレスを見比べる。
 1着、刺繍をなぞって頷きつつも肩口に袖がないあたりで眉根を寄せ、顎を掻いてはもう1着を蛍光灯に向けて掲げてみると、透き通るような衣が幾重にも重なっているそれは、光が通らない部分は通らないものの、いくらか光が通り抜けていた。
 両手のドレスを交互に見比べ、自分にあてがうと羽釦へと身体ごと向ける。
「釜サン、どっちのドレスが良いと思います?
 こっちのは刺繍が俺好みなんですけど、肩が剥き出しだと晒し過ぎな感じもしますし、かといってこっちだとちょっとセクシーすぎる感じもするんですよねぇ」
「知るか――お前、よくそんな風に楽しめるな」
「何言ってるんですかぃ。何でも楽しまにゃ、損でしょうよ」
 カラカラと笑う揺籠を前に、そう言えばそういう奴だったと、嘆息1つ。
 だが思い立ったように揺籠は真顔を作り、「ああでも」と呟いた。
「パンフは仲間の目には触れないでほしいかな!」
「それなら、着るんじゃねぇよ……」
 項垂れて深々と溜め息を吐く羽釦。そんな羽釦へ、つい先ほどセクシーすぎると言ったドレスをあてがった。
「別に釜サンが着ても良いんですぜ、これなんかきっと似合うんじゃねぇですか」
 その瞬間、本日3発目の腹パンが飛びだした――が、それが飛んでくる前に揺籠は身を翻し、羽釦の拳は柔らかなドレスに吸い込まれるだけだった。
 フフンと唇の端を吊り上げて得意げな顔をする揺籠にカチンと来たのか、サングラスフレームを右の人差し指と親指で持ち上げズレを直すと、無言のまま大股でひらりひらりと動き回る揺籠を追い掛け回す。
「終われば酒くらい奢りますよ!」
「その前に、お前との縁をこの場で終わらせてやるよ」
 ――そこに、そろそろ準備お願いしまーすというスタッフの声。
「おっと、じゃれてる場合じゃありませんねェ……!」
 揺籠が足を止めたその隙を的確に突いて、やはり腹への軽い1発――今までからすれば、だいぶ優しい1発である。
 頭の後ろをガシガシとかきむしり、羽釦はサングラスを取って揺籠を睨み付けた。
「……袖なしにして肩に飾り羽、腕にはロング手袋付けて、後はヴェールも被っとけ。そうすりゃあ少しはお前だって気づかれねぇだろ」
 ジャケットを脱ぎ、柄シャツのボタンを外し始める羽釦のアドバイスに胸を打たれた揺籠は「羽釦さん……!」と、感涙を浮かべたような表情とシナを作るのであった。
 女形の如く、形だけでなく心情から女性らしく演じて本番に備える揺籠には、もはや、女装へプロ意識さえ生まれつつある――そんな発見があったりなかったりした、梅雨半ばのお話であったとさ。




●もう1発だけ

 撮影が終わり約束通り揺籠に奢ってもらうために、まだ明るいうちから居酒屋に入って行ったのだが、軽くひっかけるつもりが思いのほか深い酒になり、だいぶ暗くなった夜道、街灯に照らされながら歩いていた。
 それなりの酒量だったが、2人の足取りは危なげなくない――が、少しは酔っているらしく、羽釦はずいぶん前の事を思い出していた。
(あの頃、こんな時間ならすでに真っ暗だったか……時代はずいぶん変わっちまったが、俺らは相変わらずだな)
 時代にそれなりに合わせて生きてきた羽釦と、昔からほとんど変わる事のない揺籠。お互い、それほど似たところがあるわけでもないのに、気づけばもうずいぶん長い仲である。
 対極のような存在なんじゃないかと思ったが、頭を振る。
(――いや、結局は俺も百目鬼と一緒で、中身は変わってない、か)
「どうしました、釜サン」
「なんでもねぇ」
 ぶっきらぼうな返事だが、揺籠は何を言うでもなく煙管に口をつけ、一息。
 煙を味わっていると、腹の虫が鳴いた。
「飲んでばかりでしたしねェ。釜サン、帰ったらなんか食べさせてもらえやしませんかね」
「……素麺くらいなら、茹でれば、すぐ」
「なんですかぃ。素麺だけだなんて、手抜きもいいとこじゃありませんか」
 そのセリフを聞いた羽釦は笑ってしまい、不思議がる揺籠の腹を軽く、握った拳で叩くのであった――




━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【jb8361 / 百目鬼 揺籠 / 男 / 25歳ではないな / 腹筋鍛えましょうかねェ】
【jb8767 / 八鳥  羽釦  / 男 /    同上    / やくざキックも得意そう】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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まずはご依頼、ありがとうございました。不思議なネタで見せつける仲の良さに、ちょっとだけどうしたらいいものかとも思いつつこのような形となりましたが、いかがでしたでしょうか? ご満足いただけたなら幸いです。
またご縁がありましたら、よろしくお願いいたします。
水の月ノベル -
楠原 日野 クリエイターズルームへ
エリュシオン
2015年07月27日

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