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『新月に笑う世界の中で 3 』
水嶋・琴美8036

新月がうっすらと浮かぶ闇夜の通路を仄かな非常灯の光を頼りに駆け抜けていく眼鏡の青年。
予想よりも早く仲間―否、ライバルがこうもあっさりとやられるとは。
さすがは水嶋琴美、というべきだろう、と眼鏡の青年は結論付け、ボスのいるエリアへと走る。
もうそれ以外に道はない。というか、他の選択肢を選ぶつもりはない。
あのつかみどころのない、はっきり言って、ボスとしての資質があるかさえ疑わしいのに、いざ指揮を執らせれば、最大級の成果をもたらしてきた―いわゆる天才だった。
そのカリスマ性に惹かれてか、はたまた凄まじい対抗意識を持っていたのか、今では分からないが、自分を含めた4人の若手が組織の中で台頭してきた。
猛烈なスピードで成果を上げていく4人をボスは早い段階から目をつけていたが、若手の台頭を快く思わない無能な上層部は何かと難癖をつけて、遠ざけられていた。
そんな馬鹿な上層部をボスは煙たがっていたらしく、今回の件を理由に彼らを排除に成功したようだ。
しかし、そのために自衛隊に面と向かってケンカを売り、水嶋琴美を引きずり出すなど危険極まりない博打。
普通ならば、決して考えない手段だというのに、軽々とやってのけてしまった。
なんというのだろうか。ボスは常に破滅的な危うさに身を置きたがっている。
今回もその極致というところだろう。

「お〜大丈夫か?あのお嬢ちゃん、やっぱ侮れねーな」
「……うるさい、黙れ。愚か者。お前もあいつとガチでやり合うんだ。覚悟決めとけ」

漆黒の通路を駆け抜け、ようやくたどり着いた最奥のエリア。
観音開きの扉に体当たりをするように飛び込んだ眼鏡の青年に声をかけたのは、飄々とした笑みを浮かべた鋭い紫苑の瞳を持った青年。
相変わらずのふざけた口の利き方にイラッとなるが、若干遅れて後を追いかけてくる琴美の気配を捕え、警告する。

「分かってるって。そのために来てんだからよ……ま、どう転んでも終わりだろうけどな」
「ああ……ボスはそのつもりだろうな」

遠ざけられていた、とはいえ、組織のトップであるボスに目をかけられていたのだ。
それなりに個人的な付き合いもあった。
下部組織で手に負えないほどの問題児――だが、圧倒的な存在感と才覚を有していた4人を活用しないなど、ただの無能。
そう断じて、上層部排除を練っていたボスがまさか、と思うも、なぜか納得してしまうのは、ボスに心酔しているせいかもしれんな、と眼鏡の青年だけはない。

「さて、戦闘開始と行きますか」
「敗北必死かもしれんがな」

隣に立つダガーを両手に構えた紫苑の瞳を持った男の明るい言葉に、眼鏡の青年は口元に淡い微笑を浮かべ、両手に自動小銃を握る。
漆黒の闇に高らかに響く靴音。
滑るように開くドアの向こうに現れたのは、嫣然と微笑みながら、クナイを左手に握った琴美の姿。

「ずいぶんと潔しですわね、お二方とも」
「当然だろ?ボスを守るのは、俺らの役目だし〜?」
「お前の場合、真剣さに欠けるがな」

一歩踏み込んでくる琴美に、軽口を叩く紫苑の瞳を持った青年を眼鏡の青年はたしなめると、同時にトリガーを引いた。
けたたましい音とともに数千発の銃弾を吐き出す自動小銃。
その大きな反動を物ともせずに、撃ち続けるが、部屋中を縦横無尽に飛び回る琴美に、ただの一発も当たらない。
とんでもない運動神経に度肝を抜かれるが、その手を緩めるわけにいかない。
全弾撃ち尽くすまで、その銃撃を緩ませない眼鏡の青年に琴美は内心、感心していた。
先ほど力の差を見せつけられ、敗北は必至だと分かっているはず。
玉砕覚悟の攻撃ならば、それ相応に答えなくては、と琴美は天井近くの角で身をかがめると、逆手にクナイを構え直し、一足飛びに眼鏡の青年に切りかかる。
時間にしてほんの数秒。
目にも止まらぬ琴美の速さに、眼鏡の青年は驚愕し――気づいた瞬間、左肩から右わき腹にかけて鋭い痛みが走ったと感じると同時に、視界が暗転した。

どさりと倒れ伏す眼鏡の青年。
着地が悪かったのか、一瞬片膝をついた琴美を見逃さず、紫苑の瞳の青年が一対の幅広いダガーで振りかざし、襲い掛かる。
身をひねり、振り向きながら、琴美はその刃を左手一本で受け止めると、流線の動きで崩すと、その懐に飛び込む。
チッ、と忌々しそうに舌を鳴らし、距離を取ろうとする青年だったが、琴美の方が一歩動きが早かった。
固く握られた右の拳が唸りを上げ、青年の腹、鳩尾を正確にえぐり、悶絶せんばかりの猛烈な激痛が全身を駆け抜ける。
だが、咄嗟に後ろへ一歩さがったことで、青年のダメージは緩和され、気絶にまでは至らない。
しかし、それをも見抜いていた琴美は青年の身体が後ろへ移動した瞬間、半歩踏み込み、追いかけるように間合いを詰めながら、太ももに括り付けたクナイを右手で引き抜き、演武を踊るように切りかかる。
上下左右に、とらえどころのない華麗な琴美のクナイに翻弄され、自慢であったダガー攻撃は全て弾い返されただけでなく、青年の身体には無数の切り傷が刻み込まれていく。
すでに勝負は決していた。
再び青年の懐に飛び込んだ琴美はクナイの柄を上にして握り込んだ右手を思い切りよく振り上げる。
威力十分の――ボクシングで言うところのアッパーをまともにアゴにくらい、青年は目の奥に火花が走り、まるでスローモーションを見ているかのように視野が狭くなり――やがて、ブラックアウトした。

ふうっ、と吐息を零し、流れ落ちる髪を払いあげた琴美に、空々しい拍手が送られる。
何の感情を持たず、視線だけを動かすと、漆黒のスウェットスーツに身を包んだ―だが、凶暴な光を瞳に抱いた青年がにこやかに手を叩きながら、右隅の螺旋階段からゆっくりと降りて来るのが見えた。

「すごいね〜さすがは水嶋。ガキの手をひねるってのか?こうもあっさりと、あいつらをぶっ飛ばすとは……予想内だ」
「あら、そうでしたの?ご期待に沿えたようで、何よりですわ」

言ってくれる、と腕を鳴らし、皮肉を返してくる琴美を青年は睨みつけたが、何の効果ももたらさなかった。
やれやれ、と額を抑え、琴美は嘆かわしそうに見返した。

「貴方が私たちに勝負を仕掛けてきた張本人、ですわね?お陰さまで、こちらはハチの巣をつついたような大騒ぎでしたわ」
「へぇ……それは良かった。俺、あんたを引きずり出せれば、それでよかったんだよね」

人を喰った―ヘラりとした笑みを称える青年―ボスに、ぞくりとした寒気を覚える。
はっきり言って、あまりも破滅的だ。仮にも組織のトップにあるのだ。
組織存続に躍起になるのが当然のはずなのに、この男はそれがない。
あるのは、ただ全てを失ってでも、己の欲望を叶えようとする純粋なる意志。それはあまりに危険なで凶悪なもの。
今まで対峙してきた組織のボスにはおらず、だが、戦ってきた中に存在した、超一級の危険人物。
最強と呼ばれる―水嶋琴美と戦うためだけに、自らに従ってきた―あの4人をはじめとする部下を捨て石にする時点で、すでに危ない。

―ここで排除しておかなくては、必ず世界に災いをなす

琴美は認識を改めると、クナイを握り直し、初めから殺気を飛ばす。
その瞬間、ボスは、小さく口元を上げ、嬉しそうに手を一度叩くと、足に括り付けていたダガーを抜き、琴美に切っ先を向ける。

「嬉しいな、特務機動課のエースに殺気を向けられるなんて」
「つくづく変わった方ですわ。普通、殺気を叩きつけられて喜ぶなんてありえませんわね!」

ケタケタと笑いだすボスに、琴美は言い終わるや否や、床を蹴って、一気に間合いを詰め、クナイをくり出す。
だが、伊達にボスの座についただけあり、その攻撃を見切ると、素早くダガーを回転させ、柄を握り直しながら、琴美のクナイを受け止め、軽い力で受け流してしまう。
けれど、動じることなく、琴美はクナイを握り直し、ボスの顔面目がけて投げる。
―見事な速さのある攻撃だが、自分には届かない。
余裕を見せつけ、そのクナイをかわした瞬間、さきほどまであった琴美の姿が消えていた。

「なっ!!」
「甘いですわ」

動揺を隠せず、辺りを探したその一瞬が、ボスにとっての命とりだった。
己の頭上から降ってきた冷徹極まりない琴美の声で、ようやく敵の姿を見つけるが、全てが遅い。
クナイを投げつけると同時に、琴美は床を蹴って上へ飛び上がり、ボスの背後を取る。
そして、かわされたクナイを空中で受け止めると、無防備なボスの背を袈裟がけに切り裂いた。
正確無比な一撃になすすべなどなく、ボスは白目をむいて倒れるが、その表情はどこか恍惚としていた。


数枚の紙に印刷された報告書を読み終わるなり、上官は痛む米神を指で押さえつつ、椅子に背を預ける。
なんとも破滅的なボス、というのが感想だ。
一国家の軍事力に面と向かってケンカを売っただけでなく、脅迫のおまけつきまでしてくれた相手が危険人物とは。
だが、そうでなければ、ここに刃を向けるわけがないかと思い直し、何とも言えない笑顔を浮かべる琴美を見た。

「ご苦労だったな、水嶋。いや……本当にご苦労だった、今回は。正直、幕僚長以下、上層部は神経を張りつめていたし、こちらも一昼夜待機だ。そうまでした相手がこんなサイコとは」

大きくため息を吐き出し、天を仰ぐ上司に琴美は珍しく肩を竦めた。
実際、部下の4人はまともだったが、それを束ねるボスがああだとは予想外だった。
いつもなら、手早く仕上げる報告書も今回は若干、遅れ気味になった。

「まぁいい。一番苦労したのは、直接相手をしたお前だ。我々がとやかく言える立場ではない。十分に休んでくれ」
「ありがとうございます」

キリリと敬礼をして、部屋から琴美が退出したのを見届けると、上官はデスクの引き出しにしまっていた別の―もう一つの報告書を目にし、表情を険しくする。
あえて伝える必要はなかったが、琴美がボスを一撃のもとに意識喪失させなければ、隠し持っていた自爆ボタンで琴美もろとも吹き飛ぶつもりでいたらしい。
もっとも、琴美がそのことに気づいていなかった、という可能性はゼロだったが。
何とも危険な駆け引きに振り回された事件として、特務機動課に長く記憶されることとなったのは、自明の理であった。
PCシチュエーションノベル(シングル) -
緒方 智 クリエイターズルームへ
東京怪談
2015年07月27日

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