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『水無月逍遥 』
喬栄ka4565

●無情と無常

 そぼ降る雨に何もかもが濡れていた。
 これから夏に向けて、木々や畑の作物には恵みの雨となるだろう。
 だが。
「まいった」
 喬栄は暗い空に向けて呟いた。
 湿った胸の内から吐き出された息も、雨の中行き処をなくし、借りた軒先に吹き溜まる。
 軒先から続く空は一面の暗い灰色に覆われていた。たっぷりと含んだ雨を飽きることなく落とし続ける。当分晴れ間は見えそうもない。
 こんな気怠く物憂い日には、できることなら一日塒に籠ってのんべんだらりと過ごしていたいのは人の性。だが其れが必ずしも叶わぬもまた、人の世の常。
 僧形の五十路男はまた空を見上げ、物憂げに自嘲する。
「やれやれ、今の俺の心のようだよ」
 そんな風に多少詩的に表現してみたところで、何も変わらない。
 今あるのは、喬栄には不貞寝する為の寝床もないという事実だけ。
「今夜は、野宿かねぇ……」
 またひとつ、大きな溜息が漏れた。

 とは言え、喬栄を知る者がここを通りかかった時に、世の無常を儚んで共に雨に濡れ、物憂げな溜息を漏らしてくれるかといえば、それは難しいだろう。
 精々が諦めだとか、呆れ果てたとか、その類の溜息が出るのが落ちである。
 日々を気ままに思うままに生き、偶に入った日銭も宵の内にはあぶく銭。
 そんな男が当座しのぎ以外の金を持っている筈もなく。
 溜まりに溜まったツケに愛想を尽かされて、どうにかこれまで頭を下げつつやり過ごしてきた安宿も、今日遂に追い出されてしまった。
「何もこんな気のふさぐような雨の日に追い出すこともないだろうに」
 喬栄のそんな恨み言には、宿の主としては『では晴れの日のうちに払うべき物を払っておけ』としか言いようがないだろう。

 尤も、これぐらいで凝りる男ならこの年になるまでに性根を入れ替えている。
 苦難を下手に切り抜けて来た人間特有のしぶとさが、今回も何とかなるだろうという謂れのない自信となって積み重なり、喬栄という男を作り上げていた。
 早い話が、大げさに溜息をつきながらも、生き方を改める気なんざ微塵もない。
 本気で頭を下げて頼み込めば、一夜の、あるいはもう少し長めの宿を提供してくれる知り合いもいないではない。
 だが何故こうなったのか。当然、相手は問うだろう。
 流石の喬栄も、今回ばかりはその経緯を彼女に説明する気にはなれなかった。

 ごとり。
 物音に振り向いた喬栄は、胡散臭げにこちらを見ている視線に気付いた。
 他人の家の軒先に長居し過ぎたようで、住人が明かりとりの窓を開けてこちらを伺っているのだ。
「どうも、長らくお邪魔して。そろそろ失礼するとしますよ」
 愛想笑いを浮かべつつ、唯一のまともな持ち物である赤い傘を開く。
 弱い雨が降り続く五月雨の空の下へ、少し身を屈めて歩きだした。

●身上と心情

 雨は相変わらず降り続けている。
 喬栄はぼさぼさ頭を掻き回しつつ、ひとりごと。
「全く。世界にゃ砂漠やら山のてっぺんやら、水に困ってる地域もあるっていうじゃないか。雨雲の奴らも少しは空気読んで、そっちにも出張してみればいいんじゃないかねえ」
 どう考えても八つ当たりだ。
 だが雨雲に悪態をついても行くあてはない。
 墨染の衣の懐には、雀の涙ほどの全財産が入っているのみ。
 そこで喬栄は考える。
(安酒場で粘るか、これを元手に一発逆転を狙うか……)
 後者が選択肢に入る時点で、全く懲りていない。
 だが浮草暮しが骨身に染みた男には、地に足をつけた生き方は息苦しいものなのだろう。
 ふわふわと、心のままに、漂うように。
 信念だとか正義だとか、そんなモノだって目に見えないし、ある種の現実逃避に過ぎない。目の前にある現実をありのままに受け止めて生きる、究極のリアリスト。
 ……とまで自分を弁護するつもりもなく、喬栄はふらふらと繁華街へと足を向けた。

 喬栄は賭け事を好んでいるが、別に賭け事の神に愛されている訳ではない。
 そして賭博場という場所は、トータルで胴元が負けてはやっていけないのである。
 だが自分だけは良い思いをできるかもしれない。そんな幻想を掻きたてるのが賭博というものだ。
 ほんの僅かだった持ち金は、数時間後には安宿に戻れるぐらいまで増えていた。
 喬栄はここで帰るべきだった。だが当人にその気はなかったし、賭場の方でもここからが本番というのが本音だった。
 早い話が、乗せられて、僅かな元手も失ったというのが結論で。
「あららー……」
 結局、またもや傘だけを手に、雨の中ふらふらと彷徨う次第となった。

「さて、今度こそ行き詰っちゃったかね」
 多少大げさに溜息をつきつつ、辿りついたのは川べりだった。
 何も別に、身投げしようという訳ではない。水で空腹を誤魔化そうという訳だ。
 だが長雨に川は濁り、飲むには少し具合が悪そうだ。
「雨の日はホント、碌なことがないったら……」
 こぼしながら辺りを見回すと、川には一艘の小さな舫い船、そのすぐ近くには漁師が使うのか小さな小屋があった。
 この雨で漁に出られないのだろう、船は覆いを掛けられ、太い縄で杭にしっかり繋いであった。
 小屋の戸に手を掛けると、意外にも簡単に開く。中には様々な道具が収められていたが、一応土間の辺りは片付いている。
「こりゃちょうどいい。一夜の宿を借りるとしよう」
 とにかく雨が凌げれば、後はなんとでも。そう思った喬栄の耳に、微かな猫の声が聞こえた。
 どうやら小屋の中からではない。外に出ると、軒先に小さな白い猫がずぶ濡れで震えていた。
「お前、運がいいね。こんな日にこんな所で鳴いていても、普通は誰にも気付かれないもんだよ」
 拾い上げて抱え、黒い袖で軽く拭いてやる。既に湿っている袖ではあるが、ずぶ濡れよりはましだろう。
「お嬢さんかね、だったら嬉しいね。一晩、似たような境遇のおじさんに付き合っておくれよ」
 そう言って撫でると、いいわよ、とでもいうように仔猫がみゃあと鳴いた。

 喬栄は仔猫を抱いて、隅に積み上げられた藁に寝転がる。
「なあに、明日になって雨が上がれば、また何か方法はあるさ」
 根拠など無い。けれど今日までこうして生きて来たのだから、今更である。
 板一枚向こうの川の流れと、舫い船の軋む音に耳を傾けているうちに、いつしか喬栄は眠りにつく。
 その後のことは白河夜船。
 ゆらゆら揺られて、夢の中……。


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ka4565 / 喬栄 / 男 / 51 / 雨季の浮草】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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お待たせいたしました、おじさんの散歩、略して『おじさんぽ』のお届けになります。
キャラクター様のイメージに合わせてみたら、何やら和風言葉遊び風になっていました……。
お気に召しましたら幸いです。ご依頼、誠に有難うございました!

水の月ノベル -
樹シロカ クリエイターズルームへ
ファナティックブラッド
2015年07月27日

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