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『門出の日 』
ルシフェル=アルトロ(ib6763)&宮鷺 カヅキ(ib4230)&久良木(ib7539)

 爽やかな空の青。穏やかな風に、咲き乱れる桜の花が揺れて、花弁がひらりひらりと舞う。
 ――護大との戦いが終わって5年。
 時折アヤカシが現れたり、ちょっとした事件が起こることはあっても、あれから大規模な戦いが起こることもなく、天儀の人々は平和な毎日を満喫している。
 今日も、往来には桜の花を見に来た沢山の人達が楽しげに闊歩していた。
 残念ながら、ルシフェル=アルトロには、桜も、楽しげな人々も目に入ってはいないようだったが……。
 宮鷺 カヅキは、隣を歩くルシフェルを心配そうに見上げる。
「……ルーさん、大丈夫ですか?」
「何が?」
「何がって、右手と右脚、左手と左脚が同時に出てますけど……」
「お、おぉ!?」
「気づいてなかったんですか……」
 己を見下ろして目を見開くルシフェルに、カヅキがため息をつく。
 緊張している自覚はあったが、よもやここまでとは……。
 空を見上げるルシフェル。
 まあ、ある意味これから彼の人生をかけた一世一代の大勝負が待っているのだ。そりゃあ緊張もしようというもので……。
 ――カヅキとルシフェルが向かっているのは、彼女の主である男性の家だ。
 そう。今日は、彼に折り入って話があってやって来た。
 有体に言えば、結婚の報告だ。
 カヅキと出会い、恋仲になり……この先もずっとずっと一緒にいたいと思った。
 だから、彼女の主であり、師匠でもあり、名付け親でもある彼には、きちんと話をしなければならない。そう思って……。
 愛する人の親代わりの人物に認めて貰う、というのはある意味、アヤカシ退治より難しい。
 まあ、ダメだと言われて、はいそうですかと諦めるつもりもないのだが……。
 ……だって。己の隣にいる銀の髪を持つ女性は、何よりも大切で……初めて、『失う』ことへの恐怖を覚えたひとだから。
 相手が誰であれ、何があっても、命に代えても絶対に! 譲れないのだ。
「……ねえ、カヅキ。ダメだって言われたらどうしよっか〜」
「そうですね……。その時は駆け落ちでもしましょうか」
「ああ、そうだね。そうしよっか〜」
「まあ、大丈夫だと思いますけどね」
 目的の場所の前で、顔を見合わせる二人。
 お互いを勇気付けるように、自然と手を繋ぐ。
「いいですか? 行きますよ?」
「うん。一思いに行って〜」
 顔が引きつっているルシフェルに笑顔を返すカヅキ。
 彼女は静かに、力強く戸口を叩く。
「師匠、カヅキが参りました」
 その声に応えるように、ガラリと開く戸。
 訪れた二人に体格の良い男性……久良木が柔和な笑顔を向ける。
「おう、カヅキ。ルシフェルも良く来たな。二人とも元気だったか?」
「はい。お陰様で」
「あー、うん」
「そりゃ何よりだ。まあ、入ってその辺に座ってくれ。今茶を入れる」
「失礼します」
「お邪魔します……」
 久良木の後を追うようにして敷居を跨ぐ二人。
 座布団を勧められて座るも、何だか身の置き所がない。
 久良木が桜が云々と時候の話をしているようだが、あまり耳に入って来ず……コポコポと、茶を注ぐ音がやけに大きく聞こえる。
「おー、見ろ。茶柱が立ったぞ、ホラ。今日はいいことありそうだなぁ」
 二人に茶を出しながら、邪気のない笑みを浮かべる久良木。
 そして続く沈黙。
 久良木が、ずずず……と茶を啜る音だけが響いて……。
 目の前に置かれた茶をじっと睨んでいたルシフェルは、顔を上げると真っ直ぐに久良木を見る。
「あの、今日は話があって来た……来ました」
「おう。改まってどうした」
「あ〜。……んっと、とりあえず……カヅキと夫婦になろうかなって思って……ます」
 ルシフェルの、紅玉のような赤い瞳をじっと見据え、ほう……と呟いた久良木。そのまま目線を弟子の方に移す。
「……決めたんだな?」
「……はい、そう決めました」
 こくりと頷くカヅキ。久良木はその、真剣な眼差しを受ける。
 鋭い刃物のような銀色の瞳に宿る深い決意。
 ――ああ、間違いない。この子は覚悟を決めている……。
「そうか。なら俺から何も言うことはないな。おめでとさん」
 あっさりきっぱりと言い切った久良木。
 ルシフェルは心底驚いたのか目を見開いたまま、彼とカヅキを交互に見て、もう一度久良木を見る。
「何だ。ルシフェル、どうした?」
「……なんだっけ。……こういう時ってさ、『娘はやらん』とかって、殴られたりするもんじゃないの?」
「おー? なんだ、期待に応えて殴った方が良いか?」
 拍子抜けした様子のルシフェルに、カラカラと笑う久良木。
 ――養女とはいえ、カヅキはこのおっさんの一人娘な訳で、何言われるかと、殴られるかと思って色々考えて……!
 仮にもカヅキの主だから殴り返す訳にもいかないし、どうやって受身取るかまで考えてたのに〜!
 返して! 俺の緊張を返して!
「あ〜も〜! 一生分くらいドキドキした〜。俺ちょっと身体伸ばしてくるよ」
「まだまだ青いな、ルシフェルよ」
「言ってろ!」
 立ち上がり、伸びをしながら縁側に向かうルシフェル。くつくつと笑う師匠……。
 大好きな人達を眺めながら、カヅキはぼんやりと考えていた。
 ――こういう時は何と言ったらいいのだろう。
 師匠に出会ったのは、霞月が見える、燃え盛る炎の中だった。
 そこからカヅキは連れ出され――紆余曲折あって、彼の『臣下』となった。
 そして彼女が別に持つ真名とは別に、『仕事』のための名前だと言って、新しい名を与えてくれた。
 剣の使い方も、仕事の仕方も、生きる術も……そして、親としての深い愛情。
 生きることに必要な、ありとあらゆるものを惜しみなく与えてくれた彼に、一体何を言ったらいいのだろう――。
 分からない。分からないけれど……きちんと伝えなくては。
「師匠。長い間、大変お世話になりました」
 床に手をつき、深々と頭を下げるカヅキ。
 並大抵のことには動じない久良木だが、さすがに連続で畏まられて若干居心地が悪そうに座り直す。
「おいおい。お前まで何だ。畏まって」
「いえ、お世話になったのは本当ですし……。ルーさんに会えてこうして嫁に行けるのも師匠のお陰ですし……。その、こっ恥ずかしくてこんな事がなければ言えませんよ……」
 頬を染めてもじもじとする弟子に、久良木は目を細める。
「ハハハ。それもそうか。じゃあ、恥ずかしついでに俺からも一つ言っといてやるか。……カヅキの名前を付けたのは俺だからな。そう呼ぶ誰かがいる限り関係は変わらん。いつになっても、どこにいても、何があっても……な」
「……はい。師匠」
「あとは……そうだな。困ったことがあったらいつでも帰って来い。そう言っておいてやるのが親ってもんかな?」
「……!? カヅキは返さないよ!? 俺のだよ!?」
「ルーさん……。モノの例えですから……」
 黙っていられなくなったのか、縁側でガタァ! と立ち上がったルシフェルに、ため息をつくカヅキ。
 そんな二人に、久良木は豪快に肩を揺らして笑った。


「やれやれ。肩の荷が降りたって言うのはこういうことを言うんかね」
「師匠、肩が重かったのですか?」
 仲良く連れ立って帰って行く弟子達の背を見送り、コキコキと肩を鳴らす久良木。
 かくり、と小首を傾げる少年のからくりに微かな笑みを返す。
「んー……そうだな。重い……と言っても、物理的にじゃなくて責任の方だな。仮にも、人の命を預かってた訳だから」
 カヅキを森の中で見つけてから幾年月。色々なことがあった。
 決していい手本とは言えないこともあったと思うけれど……彼女は立派に育ってくれて、伴侶まで見つけて来た。
 親として、こんなに嬉しいことはない――。

 ――カヅキ。思い描く幸せを追え。お前なら。お前達なら大丈夫だ……。

「……さァて、橘。そろそろ修行に戻るか。今日は足技をみっちり教えてやる」
「はい。師匠」
 久良木の言葉に、こくりと頷く橘。
 弟子達の門出を見送って……彼らは日常へと戻っていく。


「あ〜、疲れた〜……。でも、これで一応挨拶周りってやつは終わりかな〜……」
「そうですねぇ。これも一段落って言うんでしょうかねぇ」
「許可貰えてよかったよね〜」
「ええ。師匠のことだから大丈夫だろうとは思ってましたけど……」
「でもやっぱり緊張はしたね〜」
「そうですね」
 くすくすと笑い合うカヅキとルシフェル。
 久良木の家に、思いの他長く滞在していたらしい。高かった日は大分傾いて、空が鮮やかな橙色に染まって……。
 手を繋いで歩く二人の影も、長くなっている。
「ルーさん、何だか嬉しそうですね……」
「いやだって、ルーさんに会えて、嫁に行ける〜なんて言葉をカヅキの口から聞けるなんてさ……」
「ですから、あれは挨拶の流れでですね……」
「うん。分かってる。けど、カヅキってば、ああいう事あんまり言わないから、ついね〜」
 満足そうに笑うルシフェルに目を伏せるカヅキ。
 ルーさんにこんな風に笑われたら、何も言えなくなってしまうじゃないですか……。
「そういやさ〜。聞きたいことがあるんだけど〜」
「はい。なんでしょう?」
「……カヅキ、子供って欲しい〜?」
 何の気なしに、流れるように続いたルシフェルの言葉。
 聞き流しかけたカヅキは驚きのあまり固まって……彼を凝視した後、目を泳がせてからもう一度見る。
「……えっと。あの……?」
「……ん〜。……カヅキ、あんまりさ……そういう事、好きじゃないでしょ?」
 さり気無いようでいて、考えて言葉を選ぶルシフェル。
 彼自身、カヅキに触れるのはとても嬉しいし幸せだし、彼女もこうして、手を繋いだり寄り添うことは応じてくれるけれど。
 それ以上となると、どうも苦手なような印象を受けて……。
 とてもデリケートな話ではあったけれど、夫婦として暮らして行く以上、どうしても避けられない問題ではあったし……カヅキを大切に思うからこそ、ハッキリとさせておきたかった。
「……俺は、無理やりってのは嫌だし……カヅキがいらないっていうなら、このままでもいいかな〜って」
 滲み出るルシフェルの気遣い。
 ビックリするあまり真っ白だった思考がようやく戻ってきて、彼女は必死に答えを探す。
「えぇと……いるか、いらないか、と言われたら……」
 ドクンドクンと、心臓の音がやけに大きく聞こえて、息を大きく吸い込むカヅキ。
 こちらを見つめるルシフェルの瞳。
 この目は、良く知っている。不安を隠そうとしている目だ。
 早く、答えを言わないと……。
「……い、いる」
 暫くの間。消えそうな声で続けた彼女に、ルシフェルは驚きで目を見開く。
「……えっ? ええ!? 本当に? いいの?」
「う、うん。女に二言はないです」
 妙に漢らしいカヅキの言葉にくすりと笑う彼。
 胸に暖かなものがこみ上げて、そっと彼女を引き寄せる。
「ありがとね、カヅキ……」
「こちらこそ。不束者ですが、宜しくお願いします」
「あ、それを言ったら俺の方が超不束者〜!」
「もう。ルーさんったら」
 くすりと笑うカヅキ。夫の背に手を回して、肩に頭を預ける。
 恋人という時代を経て、夫婦になったというのに、どこか真面目になりきれなくて――でも、それが心地よくて……。
 元々、かなり人として欠けていた二人だったのだ。
 こうして一緒にいることで、ヒトとしての何かを取り戻しているような……そんな感覚すらある。
 この広い世界で、出会い、想いが通じて……一緒にいられることも奇跡だと思う。
 今までもこれからも、お互いが、お互いにとって何よりも大切だということには代わりはないけれど。
 この先、二人に大切な存在が増えるのかもしれない……。
 それがいつかは分からないけれど――自分達の歩調で、少しづつゆっくりと時間を重ねて、もっともっと、想いを育んで生きて行こう……。
 言葉にしない誓い。寄り添うルシフェルとカヅキを祝うように、桜の花びらがはらはらと二人の上に舞い降りた。


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━・・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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ib6763/ルシフェル=アルトロ/男/23/砂迅騎
ib4230/宮鷺 カヅキ/女/21/シノビ
ib7539/久良木/男/36/泰拳士
橘/からくり/相棒(NPC)

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
お世話になっております。猫又です。

お二人の門出と、それを見守るお師匠様を、とても楽しく書かせて戴きました。
あれこれ追加してしまいましたが大丈夫でしたでしょうか?
話し方、内容等気になる点がございましたらお気軽にリテイクをお申し付け下さい。

ご依頼戴きありがとうございました。
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舵天照 -DTS-
2015年07月27日

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