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『真夏の人形館(前編) 』
セレシュ・ウィーラー8538


 不法侵入、に当たるのかどうかはわからない。
 法的な持ち主が誰なのか、そもそもいるのかどうか、いろいろ伝手を使って調べてみても判然としなかった。
 郊外に建つ、年代物の洋館である。
「お邪魔しますよぉ〜……っと」
 一声かけながら、少女は扉を開けた。一応、ノックはした。
 すらりとした、いくらか凹凸に乏しいボディラインを、ゆるめのシャツでごまかしている感じが無くもない少女だ。下はホットパンツで、スリムに伸びた両脚が健康的ではある。
 若干ウェーブのかかった金髪に、青い瞳。一見すると、欧米人の美少女だ。
 薄暗いエントランスホールを、彼女はきょろきょろと見回してみた。
 埃っぽさはない。誰も住んでいない、にしては掃除が行き届いているようであった。


 トイレも、綺麗ではある。ただし電気も水も通っていない。
「恐怖のボットン便所やがな……おおーい、花子さんとかいてますかぁああああああああ」
 便器の奥を覗き込みながら、少女は声をかけてみた。返事など、あるはずがない。
「っと……あかんあかん、コンタクト落っことしたりしたら目も当てられへんわ」
 咳払いをしながら、少女はトイレを出た。
 別に用を足したかったわけではない。便所に隠れて、夜を待っていただけだ。
 夜にならなければ、願いを叶えてもらう事が出来ない。
 そろり、そろりと、少女は歩き出した。
 月明かりの差し込む、洋館の回廊。そのあちこちに人影が立っている。
 タキシード姿の、まるで吸血鬼のような青白い紳士。イブニングドレスを優雅に着こなした、やはり青白く美しい淑女。
 道化師もいる。猫の着ぐるみを着せられた子供たちもいて、同じく青白い。
 全て、蝋人形であった。
 当然、昼間も設置されていた。だが気のせいであろうか、夜になって数が増えたようにも思える。
 少女は、人形たちを掻き分けるようにして歩かなければならなかった。
「はい、ちょっと……ごーめんなさいよぉ〜」
 群れる蝋人形たちの間を、いくらか苦心しつつ歩き抜けながら、少女はやがて広々とした場所に到着した。
 礼拝堂である。
 奥の十字架ではイエス・キリストの、やはり青白い蝋人形が磔にされている。
 そのキリスト像に、同じく蝋人形のシスターが祈りを捧げている。
 少女は近付いて、目を凝らした。磔にされた蝋の聖人が、動いている、ように見えたのだ。
 目の錯覚、ではない。
 キリストの蝋人形が、十字架に拘束されたまま、苦しげに身をよじらせている。釘を打たれた手足から、鮮血を滴らせながらだ。
「ひっ……」
 少女は、悲鳴を飲み込んだ。逃げ出そうとする足を、懸命に踏みとどまらせた。
 ここで逃げてはいけない。
 この洋館では夜になると、礼拝堂に飾られたキリストの蝋人形が動き出す。それは前もって、噂で聞いていた事である。
 苦しみ悶えるキリスト像に祈りを捧げ、願い事をすると、それが叶うという噂だ。
 息を飲み、祈りを捧げようとして、少女は気付いた。
 ぎこちない足音が、近付いて来ている。自分を、取り囲むようにだ。
 少女は振り向いた。
 青白い紳士淑女。道化師に、猫の格好をした男の子と女の子。
 様々な蝋人形たちが、歩み寄って来る。
「ひ……ひぃいいいいいい! きゃああああああああああ!」
 少女は、悲鳴を飲み込んではいられなくなった。
 回廊の方からは、蝋人形の群れが押し寄せて来ている。逃げるならば窓からだ。
 少女は椅子を掴んで振り上げ、窓のステンドグラスに叩きつけた。
 砕け散ったのは、しかし椅子の方であった。
 蝋人形たちが、群がって来る。
 椅子の破片を棍棒のように振り回し、突っ切ろうとしながら、しかし少女は捕えられていた。
「かっ、堪忍や! 堪忍やぁああ……」
 泣きじゃくりながら少女は、蝋人形たちに胴上げされている。
 苦しみ悶えるキリスト像の面前に、いつの間にか奇妙なものが設置されていた。
 風呂桶のような、巨大な釜。中で何かが、くつくつと煮立っているようだ。
「美味しゅうないから! うちは美味しゅうないからぁああああ!」
 悲鳴を上げる少女を、蝋人形たちが大釜に放り込む。
 熱くはなかった。
 煮殺される事もなく、少女は大釜から這い出した。
 わけのわからぬものが、全身に付着している。
「はあ、はぁ……何……何やの、これ……」
 ねっとりと生温かい、どうやら薬品の類である。
 それが、ゆるめのシャツをぐっしょりと濡らし、少女の身体に貼り付けている。
 いくらか凹凸の控えめな、それでも女の子のしなやかさを最低限は備えた身体の曲線が、あられもなく月明かりに浮かび上がり、蝋人形たちに向かって晒しものとなる。
 蝋人形たちは、動かない。今ならば逃げられる。
 だが少女は呆然と、人形たちと同じく動きを止めていた。逃げよう、という意思が働かない。
「胸に手を当ててごらんなさい」
 声がした。生物が発したものとは思えないほど、透き通った綺麗な声。
 シスターの蝋人形が、歩み寄って来る。修道服を着せられた、蝋の美少女。
「左胸に手を当てて、鼓動を確かめてごらんなさいな。そうすれば、わかるはず」
 言われた通り少女は、いささか膨らみに乏しい己の左胸に片手を当てた。
 乏しい膨らみが、柔らかさすら失い、硬く滑らかな隆起物と化している。鼓動も、感じられない。
「恐れる事はないわ。貴女も、今や蝋人形……老いて腐ってゆく生身の肉体を卒業して、私たちの仲間になったのよ」
「蝋人形……」
 頭の中身も、蝋に変わりつつある。自分から動こうという意思など、働くはずがなかった。
「そ……やったの……うち……お人形に……」
「夏のお人形よ。さあ、これに着替えなさい」
 女物の衣類一揃いを携えて、シスターが歩み寄って来る。
 折りたたまれたワンピースと、麦わら帽子であった。
「お人形は……着飾るもんやしなあ……」
 何の疑問も抱かぬまま少女は、濡れたシャツとホットパンツを脱ぎ始めた。


 洋館のエントランスホールで、その少女は微笑んでいた。
 凍りついた微笑みだった。蝋で出来た美貌は、笑顔以外の表情を許されていない。
 ほっそりとした身体は若干、起伏に乏しく、清楚な白のワンピースがまあ似合ってはいた。
 すらりと伸びた両足は、サンダルを引っかけたまま、軽やかにステップを踏んでいる。躍動しながら蝋と化し、固まっている。
 左右の繊手で麦わら帽子の両端を軽くつまみながら、少女はおどけているようでもあった。夏の日差しに精一杯、対抗する感じにだ。
 その麦わら帽子からは、艶やかな金髪が溢れ出してサラリと揺れている。揺れながら、やはり硬直している。その髪の1本1本が、今は蝋の繊維でしかないのだ。
 訪う者のいない洋館のエントランスホールで、セレシュ・ウィーラーは今、夏向けの蝋人形と化していた。 
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小湊拓也 クリエイターズルームへ
東京怪談
2015年07月28日

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