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『真夏の人形館(後編) 』
セレシュ・ウィーラー8538


 セレシュ・ウィーラーが、本当にわざと捕まったのか。こうして蝋人形に変えられてしまっているのも、本人としては想定内の事態であるのか。
 いささか怪しいところがある、と少女は思わざるを得なかった。
『ガチで捕まった、わけではありませんのよね? お姉様』
『あったり前やんか。これはアレや、トロイの木馬と同じ作戦や』
 念話は出来る。蝋人形化が、それほど強力ではない、という事だ。
 夜になると、礼拝堂のイエス・キリスト像が動き出す。そこで願い事をすると叶う。
 そんな噂のある洋館の、エントランスホールに、セレシュ・ウィーラーは飾られていた。
 私立神聖都学園の制服を着た少女が1人、洋館を訪れ、セレシュと念の会話をしているところだ。
『あの戦争もなあ、木馬を運び込むまで一悶着あったんやで。それも済んで木馬は無事、トロイア市内に運び込まれたっちゅうわけや。もう勝ったも同然やないか』
『回りくどい事なさいましたわねえ、今回は。大丈夫ですの?』
『何しろ蝋人形やさかいな。自発的に何かするだけで、めっちゃ疲れるけど平気や』
 表情を変えられぬまま、セレシュは笑ったようだ。
『自発的に……って、動けますの? お姉様。まあ確かに、マネキンに変わっても動けるような御方ですものね』
『普通の人なら、意識までお人形に変わって、それでおしまいやけどな』
 意識に至るまで蝋人形と化してしまった人々が、この洋館には大勢、囚われているようだ。
『けどまあ、サイコでスプラッターなだけな昨今のホラー映画とちゃう……みんな、生きたまんまお人形に変えられとる。助けられるで』
『だから、こんな回りくどい事なさってますのね……』
 言いつつ少女は、ちらりと周囲を確認した。
 監視者の気配は、感じられない。
 手持ちの鞄から、少女は呪符の束を取り出した。
『言われたもの持って参りましたわよ。これ、ポケットにでも……って、お姉さまのこのお洋服、ポケットありませんわねえ』
『うかつにポッケ付けたらダサくなってまう、白のワンピースやさかいな。仕方あらへん、胸の谷間に入れときや。ナイスバディーなホステスやコンパニオンにチップあげるみたく……ってコラ、何しとんねん』
 少女はセレシュの着せられている白いワンピースの、裾をまくり上げた。そして蝋人形の腰の辺りに、呪符の束をテープで固定した。
 蝋人形になって、体型が変わったわけでもない。物を隠せるような胸の谷間など、あるわけがなかった。


 女は男よりも現実的な生き物、と思われがちだが、セレシュに言わせれば必ずしもそうではない。
 動くキリスト像に祈れば願いが叶う、などという噂話を信じて、こんな夜中に怪しげな洋館を訪れる人々。その内訳を見ると、男が4割で女が6割、くらいであろうか。
「先生があの女と別れてあたしになびいてくれますように。あの女が階段から落ちて顔ぐちゃぐちゃになりますように。先生があたしだけを愛してくれて、あたしと結婚してくれて、あたしに一生贅沢させてくれますように。世の中であたしだけが幸せになれますように……って、な、なななな何なのよあんたたち! きゃああああああああああああ!」
 どこかの女子高生らしき少女が、蝋人形たちに胴上げされ、大釜へと放り込まれる。
 その作業に加わりながらセレシュは、ワンピースの中から呪符の束を取り出した。
「恐れる事はないわ。貴女も、今や蝋人形……妄執から逃れられない生身の肉体を卒業して、私たちの仲間になったのよ」
 蝋人形のシスターが、そんな演説を行っている間。セレシュは他の蝋人形たちに1枚1枚、呪符を貼り付けていった。
 吸血鬼のような紳士の、後頭部に。イブニングドレスの似合う淑女の、綺麗な背中に。道化師の帽子に。猫の着ぐるみを着せられた子供たちの、耳や尻尾に。こっそりと呪符を貼り付ける。
 全員に貼り付け、1枚だけ余った。
 遠隔通話の魔法が仕込まれた、連絡用の1枚である。
 シスターが、動きを止めたキリスト像の眼前で跪く。他の蝋人形たちも各々の、持ち場と言うか飾られ場所に戻って行く。
 セレシュも、エントランスホールに戻された。
 蝋と化した繊手で連絡用の呪符を掲げながら、セレシュは念話を試みた。
『もしもーし……こっちは、準備オッケーや。そろそろ頼むで』
『……そろそろ寝ようかと思っておりましたのに』
 セレシュの自宅と繋がった。
 念話で文句を返してきたのは、助手の少女である。元々は石像で、そこに自意識と擬似生命が宿って即席の付喪神と呼ぶべき存在と化し、今では色々と役に立ってくれている。
『こっそり寝酒とか、しとらんやろな?』
『そ、そんな美容に悪い事しませんわ。それよりお姉様、本当にIO2の方々を呼びますの? 私1人が殴り込んで』
『あかんっちゅうの。相手は蝋人形やで? 自分、手足とか首とかもいだりせんと優しゅう扱うの苦手やろ』
『……本当に、1人残らず助けるつもりでいらっしゃいますのね。わかりましたわ、IO2に連絡いたします』
 少しの間、念話が途切れた。
『……早朝に突入、との事ですわ。お姉様、それでよろしくて?』
『お日様が完全に昇りきったら、っちゅう事でな』
 セレシュは応えた。
『このお屋敷の親玉は、たぶん夜系の魔物か悪霊や。だから、あのキリスト様も夜にしか動けへんのや』


 セレシュの推測が正しいのかどうかは、まだわからない。
 それでも太陽の昇っている時間帯は、あまり強い魔力が発揮されないようであった。
「な、何よ貴方たち……ええい、神を畏れぬ不信心者は片っ端から蝋人形にして火をつけてやる! さあ、やっておしまい!」
 迷彩服を着たIO2の戦闘部隊が、洋館に押し入って来る。
 シスターが、他の蝋人形たちに応戦の命令を下していた。
 人形を操る魔力が、傀儡の糸の如くシスターの両手から発せられ、蝋人形たちに絡みついてゆく。
 だが、強い魔力ではない。セレシュの貼り付けた呪符で、対抗出来る程度のものだ。
『やっぱり……真夜中やないと、力を100パー発揮でけへんみたいやねえ』
 セレシュは片手を掲げた。
 紳士が、淑女が、道化師が、猫の格好をした子供たちが、IO2戦闘部隊ではなくシスターに向かって、カクカクと動いてゆく。包囲し、捕え、袋叩きにする動きである。
「なっ……お、お前たち! 私に刃向かおうと言うの……!」
 青白い蝋人形のシスターが、さらに青ざめながら狼狽する。
 セレシュは微笑みかけた、つもりだが蝋人形のままなので表情は動かず、肉声も出ない。なので念話で語りかけた。
『うちもな、人形操りの魔法は割と心得があるんよ。それを注入したお札を大量に作っといたんやけど、売り物にする前に使い切ってもうたなあ』
「あとは……このシスターを、首や手足もいだりしない程度に叩きのめして差し上げれば一件落着と。そういう事ですのね?」
 付喪神の少女が、綺麗な拳をポキポキと鳴らしながら進み出る。
 蝋人形のシスターが激昂し、掴みかかって来た。
「このっ……首を捻じ切られるのは、お前たちの方よ!」
 掴みかかって来たその手を、セレシュは捻り上げた。腕を、がっちりと極めた。
 哀れっぽく悲鳴を上げるシスターに、セレシュは念話で優しく語りかけた。
『あとはIO2の人たちにお任せや。まあ生きた人間をお人形に変えとっただけやし、お優しめの処置で済むとは思うで? 全員、無事に人間に戻れたら……の話やけどな』


 シスターやキリスト像も含めて全ての蝋人形が、IO2の輸送車によって運ばれて行く。
 セレシュも、付喪神の少女と共に同乗した。
 蝋人形を人間に戻す解呪方法に関して,大まかな事はIO2に伝達済みである。が、やはり現場で細かく指示しなければならない事は出てくるだろう。
『で……お姉様ご自身は、どうなんですの? いつまで、お人形のままですの?』
 付喪神の少女が、目を細めながら睨んでくる。
『また元に戻れなくなったとか、おっしゃいませんわよね?』
『おっしゃらんて。まあアレや、金も人材も豊富なIO2に解呪してもろた方が、楽で安全やないかと思うてな』
『……IO2って、そこまで信用できますの?』
 少女が、念話の声を潜めた。
『私……ここの人たちには、何やら胡散臭いものを感じてしまうのですけれど』
『あんたの通うとる学校よりマシや……って、同じようなもんかいなあ』
 IO2エージェントには、何名か知り合いがいる。
 基本的には、信頼の置ける人物ばかりである。
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小湊拓也 クリエイターズルームへ
東京怪談
2015年07月30日

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