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『今、君がここに在ること 』
大狗 のとうja3056)&花見月 レギja9841

●赤いつむじ風

 ある晴れた日のことだった。
 校舎の陰になった中庭で、花見月 レギは半ば目を閉じていた。
 海へ抜ける風が心地よく頬を撫で、揺れる木の枝では濃い緑の葉が笑うように翻る。
 そのざわめきはまるで楽しげなおしゃべりのようで、レギは穏やかな気持ちで耳を傾けていた。
「レオ!」
 不意にレギを呼ぶ声。
 目を開けるまでもなくわかる。この呼び名で呼ぶこの声の主は、大狗 のとうだ。
 ゆっくりと、夢の底から浮かび上がるかのように、レギが目を開く。その視界に飛び込んで来たのは鮮やかな赤。そして、自分を映す煌めく黒。
「やあ、のと君。こんな所で、珍し」
「君、次の日曜空いてる?」
 大真面目な顔で突然そう聞かれて、レギは思わず口をつぐみ、瞬きする。
 少し考えて、一応予定を頭の中に書き出した。
「……日曜日? 特に何もない、よ」
「じゃ、そのまま空けといてね」
「え? ああ、うん」
 レギの返事を待つ間も惜しいように、のとうはくるりと身を翻すと、あっという間に走って行ってしまった。
 あとに残されたレギは、ただ首を傾げるだけ。
「なん、だったんだろう」
 誰と。何を。何時に。どこで。何故。
(のと君、せめて5W分くらいの情報を置いていって欲しかった)
 そう思いつつ、レギは口元を僅かにほころばせる。
 まるで赤いつむじ風みたいなのとうの行動はいかにも彼女らしいし、レギにとって不快ではなかった。だから恐らく、そんな野暮なことを一生口に出して尋ねはしないだろう。
 レギは予定を白紙にして、日曜日を待つことにした。


●乗っ取り宣言

 そして日曜日。
 何時まで待てばいいのかも判らず、いつもどおり朝早くに起きたレギは、ときどき時計を見ながら朝食を取り、部屋を片付け、本を開く。
 そうしていると賑やかな足音。部屋が変わっても、聞き間違えることはない。
 身構えるうちに鳴り響くインターフォン。レギはドアを壊されないうちに、急いで玄関に向かう。
「やあ、のと君。待ってた、よ」
 レギがドアを開けると、そこには大荷物を両手に提げたのとうがいた。
「よしよし、いたのな! 服もちゃんと着てるな?」
 ひとり頷き、のとうはのしのしと部屋の中に入ってくると、キッチンのテーブルの上にどさりと荷物を置く。
 部屋の主であるレギが後をついて来て、荷物とのとうを交互に見やった。
「すごい荷物だ、ね。これから、何を始めるつもりなのか、な」
「ん? これから何するかって? ああ、部屋の乗っ取り、だ!」
 びしいっ!
 のとうがレギを指さす。
「……え?」
 流石のレギも返答に詰まる。が、のとうはおかまいなしにレギの背中をぐいぐいと押し、玄関先へと追いやった。
「一日レオん家を貸してほしいのだ。悪いようにはしないから安心して、外で遊んでくると良いにゃ」
「え、ちょっと待って、のと君」
 いつも持ち歩いている鞄が勢いよく飛んで来て、レギは咄嗟にそれを受け止める。
「だからね、のと君。ああそうだ、何を触ってもいいけれど、観葉植物……サボテンだけは……無体なことはしないであげt」
 バタン。
 レギの目前で玄関ドアが閉まった。
「大丈夫だろうか?」
 真っ先に心配するのはサボテンという辺り、実にレギも呑気である。

 ともかく、あの勢いで突っ込んで来たのとうに逆らっても仕方がない。
「一体、何をするつもりだろう、ね」
 思わず漏れたその言葉には、嫌な感情は全く籠っていなかった。
 今にして思えば、予定を尋ねて来たあの日の表情も真剣そのものだったのだ。
 自分を真っ直ぐ見上げていた黒い瞳が、何かを思い詰めてキラキラしていたのも覚えている。
 唐突に居心地の良い住処を追いだされても、次にどんなことが待っているのかと期待してしまう程に、心友への信頼は揺らぐことがない。
 とはいえ。
「予定を空けていたから、ね。どうしようかな」
 夕方ぐらいに部屋に戻ることにして、レギは何処へ行こうかと考え込んだ。
 ふと思い立ちカレンダーを確認する。
「ああ、そうか。6月だった」
 そう言って密かに微笑むレギの顔を誰かが見れば、意外に思うかもしれない。
 いつもあまり表情を変えず、ただ穏やかに微笑むレギの目が、悪戯っ子のように輝いていたのだから。
 部屋を追い出した誰かさんと少し似てきたのだろうか?
 そのことに自分で気付いているのかいないのか、レギは足取り軽く街へと向かう。


●伝えたかった思い

 レギを追いだしたのとうは、ひとつ大きな溜息をついた。
「ごめん、レオ!」
 ノリと勢いでレギを部屋から追い出した悪い子は、一応そう言って手を合わせて見えないレギの背中に謝ってみたりする。
 だが直ぐにキッと顔を上げると、キッチンへ駆けこんだ。
「こうなった以上は、せめてしっかりこっちを頑張るしかないのにゃー!」
 のとうは綺麗に整頓された道具類の中から目的の物をいくつか選び、持ち込んだ荷物を広げた。トマトの缶詰、たくさんの野菜、卵、挽肉、その他諸々。
 鍋を火にかけ、野菜を刻み、忙しく手を動かし始める。
 レギを追いだした目的はこれだったのだ。
 ならば別に本人がここに居ても構わないはずなのだが、レギは自分で一通りのことができるタイプだ。おそらく料理も必要最低限のことはできそうな気がする。
 となると、なんとなく料理するところを見られるのは照れ臭いもの。それにできれば失敗は見られたくないではないか。
「や、失敗なんかしねえけどな! ……たぶん」
 のとうだって全く料理ができない訳ではない。レギはお菓子しか食べないと言って心配するが、のとうはそれが手軽だから口にしているだけで、必要があればご飯も炊けるし、おかずだって作れなくはないのである。
 だがのとうは天井を仰いで嘆いた。
「自分の分を作るだけなら、失敗しても自分で食べれば済むからにゃあ……」
 重大な真理だった。
 手料理はバシッと決めて出せれば、どうだー! と胸を張れる。
 だが失敗した場合には、色々と言い訳したり、取り繕ったりしたくなるもの。
「だいじょぶだ、いつも作ってる通りにやればいいのな!!」
 のとうは自分に言い聞かせながら、真剣そのものの表情で包丁を動かし続ける。


 夏の長い日が僅かに西に傾く頃。
「もう、そろそろいいか、な」
 レギが自宅の玄関に立つ。遠慮しながらインターフォンを鳴らすと、ぱたぱたと小気味よい音が近付いてきた。
 自分の家なのに、中から誰かが出てくる不思議。それはとても優しくもあり、くすぐったくもあり。レギは自分がこの短い待ち間に何処かそわそわしているのに気付いて、不思議に思う。
 ぱっと開いたドアから覗く笑顔は眩しかった。
「おかえりレオ! ちょうどいいタイミングなのだ!」
「……?」
 思わず鼻をひくつかせる。暖かくて、甘酸っぱい匂いが廊下に流れていた。
「さ、入って入って!」
「ちょっと待って、のと君。靴を脱ぐ、から」
 出て行くときと逆の有様で急かされて、レギは背中を押されて部屋に入る。
「これ、は……」
 テーブルの上には、出て行ったときには無かった物が並んでいた。
 白い皿に盛られた黄金色のオムライス。赤い色が眩しい、具だくさんのミネストローネスープ。とろりとソースを纏ったロールキャベツ。それらの湯気を立てるご馳走と、小さな花瓶に活けられた涼しげなゼフィランサスの白い花。
「レオ、ごめんな。怒ってないかにゃー……」
 今更にばつの悪そうな顔で、のとうがレギの顔色を伺っていた。
 その顔はまるで、叱られないかとこちらを見ている子犬のようで。
「勿論、怒ってはいない、けれども。これはどうしたのか、な……?」
「んー、あー……誕生日、おめでとう」
「え?」
 レギが思わず訊き返す。レギの誕生日は3月だ。
「とにかく座って! ほらほら!!」
 僅かに頬を赤らめながら、のとうが椅子を引いた。


●ささやかな宴

 向かい合って席につき、改めてのとうは繰り返した。
「誕生日おめでとう、レオ」
「……うん、有難う」
 答えたもののレギはまだ少し腑に落ちない表情だ。
「実はさ……誕生日に何を渡そうか、何をしようかと考えてたら、あっという間に時間が過ぎちゃったのよな!」
 そう言ってのとうが照れくさそうに肩をすくめた。
「のんびりし過ぎたのな! まー、あれだ。サプライズって訳じゃあねぇけど、こういうお祝いも偶にはどうかなと思ってな!」
 いつも微笑んでいるけれど、レギが自分自身を見るまなざしはどこか冷めている。
 少なくとものとうにはそう見えた。
 他の人を優しく穏やかに微笑んで受け入れるように、自分自身に優しく向き合って欲しい。
 君が生まれてここに在ること。ただそれだけで、とても素敵なこと。
 そんな気持ちをどうやってレギに伝えればいいのか、のとうには分からなかったのだ。
 迷う程に日は経ち、タイミングを逃したお祝いはどんどん間抜けになって行く。
 そんな溜まりに溜まったもやもやの分だけ、行動を起こすには勢いが必要だったのだ。

「ああ、そうなんだ。ちょっと驚いた、よ。……じゃあ、いただきます」
 レギがスプーンを取り上げた。のとうは異常に緊張する。
「……何? のと君」
「あ、いや、どうぞ。うん。簡単な物ばかりで悪いけどさ、味はそこまで悪くねぇ……と思うし」
 レギがスープを口に運んだ。たっぷりの野菜を煮込んだ優しい味が口の中に広がり、温かさが身体の中に沁みとおって行く。
「うん、美味しい、よ」
「ほんとか……?」
「嘘じゃない」
 のとうの顔に安堵が広がっていった。自分もスプーンを手に、オムライスを食べ始める。実は慣れない作業で、こっちはちょっとだけ失敗した分なのである。見つかる前に証拠隠滅だ!
「有難う、のと君。じゃあ俺から、も」
「はにゃ?」
 レギが手にした箱をテーブルの上にそっと置いて滑らせた。
「誕生日おめでとう、のと君。自分の誕生日は、忘れてたのか、な」
 中から出て来たのは美しいがしっかりとしたチェーンだ。
「それなら、首にも腰にも付けられる。のと君、指輪、時々紐でぶら下げてるから……」
 のとうはまじまじとレギを見詰めた。
 レギの顔に浮かんでいたのは、いつもの何処か遠い所に在る様な微笑ではなかった。
 今ここに生きて、感情の動きを露わにした笑顔。
 悪戯っ子のような蒼い目の輝き。その左耳には蒼いピアスが、形のよい顎に当てた左手の中指には銀の指輪が光っている。
 まるで思い出を纏うように。重ねた月日を身に飾るように。
 のとうは照れ臭いような、それでいて嬉しいような気持ちで手元に目を落とす。
「そっか……うん、ありがとな! 大事にする」
 鎖を大切そうに掌に乗せ、指でそっと撫でるのとうを、レギは白い花越しに眺めた。
(西風の花か。つむじ風のような君らしい)
 清楚で無垢な白い花弁が、まるで頷くように揺れていた。

 白い花と、ささやかな宴と。
 少しずつ増えていく思い出は、君が、自分が、ここに共に在るからこそ。
 それをまた、今日という日に心にしっかり刻んでいこう。


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ja3056 / 大狗 のとう / 女 / 20 / 赤いつむじ風】
【ja9841 / 花見月 レギ / 男 / 29 / 家なき青年】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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いつもお世話になっております。
季節がめぐる度に刻む思い出をお任せいただいて、大変光栄です。
温かいメッセージもいつも大事に拝読しております。
今回もお楽しみいただけましたら嬉しいです。ご依頼、まことに有難うございました!
水の月ノベル -
樹シロカ クリエイターズルームへ
エリュシオン
2015年07月31日

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