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『■The lethargy which spoils a person 』
ルースka3999)&尾形 剛道ka4612


●うだる様に暑い、或る夏の日の
 鮮やかな青い夏空に、白い雲が隆々と湧き上がっていた。
 野放図に伸びた草を揺らし、整列しながらも捻じれた枝を伸ばす葡萄の木々の間を、一陣の風が吹き抜ける。
 しかしそれも、先にある館の佇まいの前では気が滅入ったように精彩を失った。
 粘りつく湿り気を含んだ重い熱気の塊が、もたらす涼はなく。
 開け放たれた窓の奥、ソファで丸く膨らんだ毛布の下には届きもしない。
 ただ布の間から伸びた腕が、宙を掻くようにだらんと垂れ。
(……なんで、俺……こんな……なってんだ、っけ……)
 遮蔽された薄闇の中、朦朧とした頭でルース(ka3999)は細い記憶の糸を辿ってみる。
 しかし幾らも続かないうち、倦怠感と息苦しさが思考を濁らせ。
 途切れそうな意識の隅で、カツカツと床を叩く音がやってくるのを聞いていた。
 聞き覚えのある、その音の主は、確か――。

「……あァ?」
 辛うじて感じられる人の気配に、通りがかった尾形 剛道(ka4612)は足を止めた。
 あまりの暑さに涼を求めて自室から出た剛道だったが、数秒ほど逡巡し、気だるげな足取りでソファの毛布ヘ近付く。
(この暑い中、よくこんなのを被って……)
 膨らんだ毛布を掴んでめくれば、案の定、予想していた相手がぐったりとひっくり返っていた。
「……何やってやがンだ、テメェは」
 何も知らない者から見れば、単に暑さ負けして寝ているように思えただろう。しかし剛道と同じ館に住まう男からは、どうにも直感的に死に近い匂いがしていた。
 この【葡萄の館】で『遭難者』なんぞ出ようものなら、それこそ……と。館の主を筆頭に、少々癖のある住人達――無論、そこには自分と彼も含まれている――を思い出しながら。
「……」
 力尽きかけた男の乾いた唇が、僅かに動いた。
 言葉は続かないものの、薄く開いた目の動きから察するに、一応は剛道を認識したらしい。
 かと、思うと。
 もそり。
 周りの明るさから逃れるように、暑苦しい毛布に潜り込んだ。
 再び毛布をべろんとめくれば長身を丸め、また僅かな暗がりの下へ。
 ばさり、もそもそ。
 べりべり、ぎゅうぎゅう。
 めくっては隠れ、潜っては剥ぎ。
 そんな無言と無意識の『攻防』を、数回繰り返した末。
「テメェ……!」
 遂に逃げ場がなくなって、ソファの隅で毛布に絡まった状態な相手の腕を剛道が掴む。
 腕を引っ張って立たせてもおぼつかない足元に、仕方なく剛道は自分より小柄な相手へ肩を貸した。
「全く……こんなとこで、死にかけてンじゃねェ」
 ぼそりとこぼした呟きは、同じ館に住まう男の耳に届いたかどうか。
 もつれる足を半ば引きずる様にして部屋から連れ出されても、未だ何処に行くのか理解していない様子で。そんな半死半生っぽい有様でも、掴まれていない方の手は決して毛布を離さない。
 そしてヒールの足音と共に、ずるずると寝具は廊下を這っていった。


●潤渇
 外は相変わらず、ジリジリと焼けるような強い夏の陽光が降り注ぐ。
 それを避けた日陰で、バシャンと水飛沫が散った。
 心地よい、水の匂い。
 頭の天辺から足の先まで見事なずぶ濡れにされたものの、涼しくなったのは束の間。
 地面から立ち上ってくる湿気と熱気で、再び意識が持っていかれそうになる。
 それを留めたのは、頬をぴたぴた叩く濡れた手。
「ルース、まだ生きてンだろ」
「……」
 かくん。と、黒髪が前へ振れた。
 反応を確かめた剛道はルースの傍を離れ、井戸から汲み上げた水をバケツへ移す。
 間もなく、椅子に座り込んだまま垂れた頭へ、再び心地よい水が容赦なく注がれた。
 足元の下草も零れた水を浴び、生気を取り戻たように揺れる。
 拡散していた意識がようやく集束し、やっとルースは自分がどこにいるかを把握した。
「庭……」
 館の庭の、日陰。
 座っているのは、木の椅子。
 たぶん館のどこかにあった、適当なヤツ。
 顔を上げ、一番最初に目についたのは、ずっと持ちっぱなしだった毛布。
 井戸に引っかけた(たぶん)物干し竿に、ソレは重く垂れている。
 視線を動かせば、少し離れた場所に、椅子がもう一つ。
 椅子の上には、濡れて困りそうな小物が適当にまとめてあった。
 最後に目に入ったのは。

「オガ、タ……が、いる?」
 よく分からないまま連れて来て、嫌がる彼の手から毛布を取り上げた――といっても、既に抵抗できる程の体力なぞ残っていなかったし、残っていても非力なルースとは力の差が有り過ぎるのだが――名前と顔は知っている、館の住人。
 何故か、寝ている間は関わらずに放置され、今日みたいな死にかけた時になると構ってくれる彼は……いい人、なのだろう。多分。どんな人間なのか、あまりわかっていないけど。
「今更……ま、ヤバさに磨きがかかってたからな。この暑さじゃ、しょうがねェか」
 ルースの判断力がいくらか戻ってきたのに気付き、剛道が声をかける。
「あ〜……ここ数日、徹夜していたのは覚えてる」
「寝ろ」
 言うだけ無駄だろうが、思考より先に悪態が口をついて出た。
 同時に、チラついていた死の匂いが失せ――残されたのは、身を焦がす陽射しのような渇いた疼き。
 言い様のない雑多な感覚をない交ぜにした息を大きく吐いてから、剛道はがしがしと自分の髪を掻き。
 ルースの頭上で、三杯目のバケツを無造作にひっくり返した。
「わぷ……っ」
 反射的に首を竦め、水の塊が流れ落ちてから濡れた頭を左右に振り、垂れる水滴を拭うように手で顔を拭う。
「……これじゃあホントに、濡れネズミ……だな」
 すっかりずぶ濡れの自身を見下ろし、ルースが呟く。
 その間に剛道は四度バケツをぶら下げて戻り、おもむろに素足を掴むと水に突っ込んでやった。
「これで少しは、眠気と暑気が取れンだろ」
 両足をバケツの水に浸し、顎鬚からも水の雫を滴らせる顔を見やり。
 しゃがんていた剛道は膝に手を当て、面倒そうに腰を上げる。
 何かを探すようにポケットあたりに手をやりながら、首を巡らせて井戸や周りを見回すと、小さく舌打ちした。
 それから仕方なさげに、自分が着ているシャツのボタンを外す。
 比較的、乾いている裾のあたりで、わしゃわしゃとルースの頭を拭き始めた。
 タオル代わりにシャツで拭かれても嫌がる気配はなく、される方はされるがまま。

「……ちったァ、マシになったか」
 部屋から連れ出した時より、身体にこもった熱が幾らか下がっている感に剛道は安堵し。
 とすん、と。
 鳩尾の辺りで、何かが当たる感触がした。
 見下ろせば、癖のある髪が彼へ寄りかかっている。
 少しだけ後ろへ身を引けば、引いた分だけ、もたれる頭は鳩尾から腹筋にずり下がり。
「……すぅ」
「テメェ……人の腹ァ枕にして、寝てンじゃねェ!」
 聞こえてきた寝息に、剛道は首根っこを掴んでルースを引き剥がす。
 部屋で半死半生だった時ならともかく、単に寝るなら話は別だ。
「でも、眠い……から……」
 俯いた言葉は眠たげに間延びし、最後は再び寝息に変わりそうで。
「なら、テメェの部屋で寝ろっ」
「あ゛〜」
 両手で肩を掴んで揺さぶれば、頼りない首ががっくんがっくんと前後に振られた。
 しかし剛道の努力も虚しく、手を離せばルースは更に前のめりになって崩れる。
「……手ェ出しちまったからには、放って置くのもなァ」
 完全に寝る体勢に入っているルースに、空を仰いだ剛道が大きな溜め息を吐いた。
 濃い青空には雲一つなく、しばらく雨の気配はない。
「乾いたら、部屋に放り込むか」
 寄りかかる身体を無理やり起こし、独り言ちながら水気を含んだシャツを脱ぐ。
 それを広げて軽くパンと風に打つと、まだ生乾きの髪へ引っかけてやった。
 部屋に運ぶ手間はあるだろうが、それは剛道にとって大した面倒ではない……少なくとも、此処で死なれるよりは。遥かに。

 一方、程よい暗さで人の目より遮断されたのを感知し、改めてルースは重い目蓋を深く閉じる。
 ――オガタは、よく喧嘩をしているのはうるさくて嫌だが、でも自分には痛いことをしないし。やっぱり、何故かこうして構われるのは……なんとはなく、けれども安心する、から。
 足を浸す水はいくらか温くなったが、残るひんやりとした感覚と気遣いに、遠慮なく彼は徹夜続きで寝不足の意識を手放した。
「……猫だって、自力で涼しい場所を見つけンぞ」
 そんな、呆れた風な剛道のボヤきすら、既にルースの耳には届かず――。



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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【PCID / 名前 / 性別 / 外見年齢 / 種族 / クラス】

【ka3999/ルース/男性/38歳/人間(クリムゾンウェスト)/聖導士】
【ka4612/尾形 剛道/男性/24歳/人間(クリムゾンウェスト)/闘狩人】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 初めまして、ライターの風華です。ご依頼いただいた「野生のパーティノベル」を、お届け致します。
 始めましてな御二人様、イメージとしては大人気ない攻防を含め、夏のだるだるとした雰囲気な中での、ダルいかけ合い風景を切り出してみました。
 もしキャラクターの描写を含め、思っていたイメージと違うようでしたら、申し訳ありません。その際にはお手数をかけますが、遠慮なくリテイクをお願いします。
 このたびはノベルの発注、誠にありがとうございました。
(担当ライター:風華弓弦)
野生のパーティノベル -
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ファナティックブラッド
2015年07月31日

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